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第36話:三位一体の覚醒

崩壊しかけている空間。今にも完全に消えそうな人々の記録。


「守りたいものを、守る力なんです」


美咲ちゃんが、両手を天に掲げる。


「部長を守りたいって、心の底から思った時——」


虹色の光が、天に向かって柱となって立ち上る。


「初めて、この力の本質が分かりました」


光の柱が、ドーム状に広がっていく。


市場全体を、優しく包み込むように。


「《守護結界・虹の揺りかご》!」


美咲ちゃんの叫びと共に、虹色の結界が市場を覆った。


すると——


奇跡が起きた。


崩壊しかけていた建物が、元の形を取り戻す。


消えかけていた人々の記録が、しっかりと実体化する。


野菜に色が戻り、魚に輝きが戻り、パンから香ばしい匂いが漂い始める。


そして——


「いらっしゃい!」


「新鮮だよ!」


「安くしとくよ!」


人々の活気ある声が、市場に響き渡った。


「すごい……」


私は、言葉を失った。


これが、美咲ちゃんの真の力。


守護者としての、本当の姿。


「でも、部長」


美咲ちゃんが、私に向き直る。


虹色の瞳で、真っ直ぐに見つめてくる。


「私がこの力を使えたのは、部長を守りたいと思ったからです」


美咲ちゃんが、一歩近づく。


「部長は、記憶を失って、毎日不安で、でも頑張っていて」


もう一歩。


「そんな部長を見ていて、私、決めたんです」


美咲ちゃんが、私の手を取る。


温かい。虹色の光が、私の手にも伝わってくる。


「部長が忘れても、私が覚えています。部長が不安でも、私が守ります」


「美咲ちゃん……」


「だから、安心してください。私たちは、ずっと一緒です」


私は、涙が止まらなかった。


記憶を失って、不安で、怖くて。


でも、こんなにも私を想ってくれる人がいる。


私は、震える手でメモ帳を開く。


そして、大きな字で書く。


『美咲ちゃんが守ってくれた』 『虹色の守護者』 『私は一人じゃない』


そして、一番下に、心を込めて書く。


『美咲ちゃん、大好き』


「あの、部長」


美咲ちゃんが、少し照れたように笑う。


「虹色、似合いますか?」


「うん、最高に可愛い」


私は、カメラを構える。


虹色の守護者となった美咲ちゃんを、ファインダーに収める。


カシャリ。


新しい思い出が、また一つ増えた。


朝、メモ帳を開くのに、いつもより時間がかかった。


文字が、揺れて見える。


『美咲ちゃんが虹色になった』 『守ってくれた』 『今日:美術館へ』


ペンを握る手が、震えている。


何か、良くないことが起きる予感。


記録大美術館への道中、私の足取りは重かった。


カメラが、いつもより重く感じる。


「ユイ、大丈夫ですか?」


ミルが心配そうに聞く。


「うん……でも、なんか変」


胸の奥が、ざわざわする。


まるで、嵐の前の静けさのような。


美術館の正面玄関に立つ。


重厚な扉。でも、触れる前から分かった。


ここは、他とは違う。


何か、恐ろしいものが待っている。


扉を開けた瞬間、異様な光景が広がっていた。


巨大な絵画は、ただの染みが付いたキャンバスではなかった。


絵の中の人物たちが、こちらを見ていた。


色は失われているのに、目だけが生きている。


無数の視線。


恨めしそうな、妬ましそうな、憎らしそうな視線。


「ひっ……」


美咲ちゃんが、私の腕にしがみつく。


彫刻も同じだった。


石像の目が、私たちを追ってくる。


首がゆっくりと動いて、常にこちらを見ている。


「分析不能です……」


ミルの声が震える。


「これは、通常の褪色ではありません。何者かが、意図的に——」


その時だった。


私は、いつものようにカメラを構えた。


深呼吸。


心を込めて。


瞬間色彩モーメント・カラー!」


カシャリ!


何も起きなかった。


シャッターは切れた。


でも、光が出ない。


世界が変わらない。


「え……?」


もう一度試す。


今度は、もっと強く念じて。


瞬間色彩モーメント・カラー!」


カシャリ!


やはり、何も起きない。


カメラは正常に作動している。


シャッター音もする。


でも、私の力が——


消えている。


「ユイの力が……消えた?」


ミルが慌ててデータを解析する。


瞳の回路が、高速で明滅する。


「違います。力は残っています。エネルギー反応も正常。でも、何かが遮断している」


その時——


美術館の中央にある、最も巨大な絵画が、突然動き出した。


真っ黒なキャンバス。


そこに、人の形が浮かび上がる。


いや、人というより、影。


濃密な影が、絵から抜け出してくる。


ズルリ、と粘液のような音を立てて。


『ついに気づいたか、偽りの写し手よ』


低い声。男とも女ともつかない、無機質な声。


影が、完全に絵から抜け出す。


身長は3メートルはある。人の形をしているが、顔はない。


ただ、真っ黒な靄の塊。


『我は、終焉の記録者が遣わした、第三の使徒』


影が、ゆらりと動く。


『お前の力を、封印しに来た』


「終焉の記録者!?」


『そう。我が主は、お前たちの茶番に飽きた』


影が、私の周りをゆっくりと旋回する。


冷たい風が吹く。


いや、風じゃない。存在そのものから発せられる、絶望の冷気。


『お前は、記憶もない、空っぽの器』


影が、私の前で止まる。


『かつての海野ユイは、確かに強かった。だが、今のお前は?』


影の手が、私の顎を掴もうとする。


ミルが防御壁を展開するが、影の手は、まるで霧のようにすり抜ける。


冷たい指が、私の顎に触れる。


氷のような、死のような冷たさ。


『記憶もない、心も薄い、借り物の力』


影が、ゆっくりと力を込める。


痛い。でも、動けない。


『そんな者に、世界は救えない』


「離れろ!」


美咲ちゃんが、虹色の光を放つ。


でも、影には効かない。


光を吸収して、より濃くなるだけ。


『《修復者》か。だが、無駄だ』


影が、もう片方の手を上げる。


『お前たちの力は、すべて「ポジティブ」な力』


『だが、我はネガティブの極致』


『光が強ければ強いほど、影も濃くなる』


確かに、美咲ちゃんの光が強まるほど、影の密度が増していく。


私は、震える手でメモ帳を開く。


助けを求めるように。


でも——


文字が、消えていく。


インクが、紙から浮き上がって、空中に溶けていく。


『私は海野ユイ』


その一文さえも、消えていく。


「やめて……!」


『記憶だけでなく、今この瞬間さえも、お前から奪ってやろう』


影が、私のカメラに手を伸ばす。


「それだけは!」


必死にカメラを抱きしめる。


でも、カメラが急に重くなる。


10キロ、20キロ、50キロ。


持ち上げられない。


手から滑り落ちて、地面に落ちる。


ガシャン。


嫌な音がした。


ファインダーが、割れた。


「あ……」


私の武器が、壊れた。


そして、ファインダーを覗いても——


真っ白。


何も写らない。


世界が、写真に収まらない。


私の力が、完全に封じられた。


『これで終わりだ』


影が、私たちを飲み込もうと、大きく広がる。


黒い津波のように。


もう、逃げ場はない。


「ユイ!」


セピアの悲痛な叫びが、ブレスレットから響く。


でも、遠い。


すべてが、遠い。


私は、壊れたカメラを見つめる。


祖父の形見。


私の、唯一の武器。


それが——


(ごめんね、おじいちゃん)


(私、世界を救えなかった)


涙が、頬を伝う。


でも、その時——


カメラが、私の手の中で砕け散った。

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