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第23話:記憶と記録の違い

森に色が戻ってくる。音が戻ってくる。


でも、私の中から何かが失われた。


「……やったの?」美咲ちゃんが息を整える。


「追い払っただけよ」立花先輩の声が通信から聞こえる。「でも、すごい一撃だった」


仲間たちが駆け寄ってくる。


「美咲ちゃん、大丈夫!?」


「はい……少し、打っただけです……」


美咲ちゃんの腕に、小さな切り傷。でも、大事には至らなかった。


私は安堵して、倒れ込みそうになる。


「ユイ!」


ミルが私を支えてくれる。


「大丈夫。ちょっと、力を使いすぎただけ……」


私は笑顔で答えようとして——


言葉に詰まった。


ミルの顔を見ているのに、なぜか、彼女の名前がすぐに出てこない。


銀髪の、ツインテールの、私にとって、かけがえのない……


誰?


「……ミル」


数秒の空白の後、やっと名前を呼べた。


でも、ミルは気づいていた。


私の瞳の揺らぎに、私の記憶が欠け落ちたことに。


ミルの顔が、泣き出しそうに歪んだ。


「ユイ……まさか……」


「大丈夫だよ」


私は必死に笑顔を作る。


でも、ミルの瞳から涙が溢れた。


「大丈夫じゃありません! ユイの記憶が……!」


時計塔に戻ると、セピアが深刻な顔でモニターに映っていた。


「ユイ、検査をさせて」


ミルが私の脳波をスキャンする。


結果は、予想以上に深刻だった。


「海馬の記憶領域に、複数の欠損」ミルが震え声で報告する。「このまま力を使い続ければ……」


「分かってる」


私は静かに言う。


「でも、他に方法はない」


「あるはずです!」ミルが叫ぶ。「私が、必ず見つけます!」


美咲ちゃんも決意を固めた表情で言う。


「私の《修復者》の力を、もっと強くします。きっと、部長の記憶も修復できるように」


立花先輩からも通信が入る。


『《視し手》のネットワークを使って、解決策を探すわ』


みんなが、私のために動いてくれている。


でも、私には分かっている。


終焉の記録者との戦いは、まだ始まったばかり。


そして、私の記憶は、確実に失われていく。


それでも——


「ありがとう、みんな」


私は仲間たちを見回す。


「一緒に戦ってくれて」


夕日が、部室を金色に染める。


美しい光景。


これも、いつか忘れてしまうのかもしれない。


でも、今この瞬間は、確かにここにある。


それだけで、十分だ。


申し訳ございません!要約せずに、しっかりと修正を加えたフルバージョンを作成いたします。


終焉の記録者との戦いから数日が過ぎた。


朝の食堂。窓から差し込む光が、テーブルの上に複雑な影を作っている。でも、私にはその光景が、どこか他人事のように感じられる。


コーヒーカップを持つ手が、震えている。


なぜ震えているのか、自分でも分からない。ただ、何か大切なものを忘れている気がして、不安で仕方ない。


「ユイ、今日の朝食当番、私と代わろうか?」


セピアの声がモニター越しに聞こえる。優しい声。でも、その奥に深い心配が滲んでいる。


「大丈夫だよ、セピア。ちゃんと作れるって」


キッチンに立つ。


卵を手に取る。冷たい殻の感触。


でも、次の瞬間、手が止まる。


これで、何を作るんだっけ?


頭の中が真っ白になる。霧がかかったように、思考が鈍る。


スクランブルエッグ。そう、スクランブルエッグを作るんだ。


でも、どうやって?


卵を割る。黄身と白身が混ざる。でも、次は? 牛乳は入れるの? 塩は? バターは?


あんなに毎日作っていたのに。


ミルと一緒に、楽しく作っていたのに。


「……ユイ?」


ミルの心配そうな声。振り返ると、彼女が不安げにこちらを見ている。


私は慌てて笑顔を作る。口角を上げる。でも、それが不自然だということは、自分でも分かる。


「ごめん、ちょっと考え事してた!」


嘘だ。


本当は、分かっている。


終焉の記録者との戦いで、力を使いすぎた私の記憶は、確実に欠け落ち始めていた。


簡単な単語が思い出せない。


慣れたはずの帰り道を間違える。


そして何より怖いのは——


大切な仲間たちの顔を見ても、一瞬だけ「誰だっけ」と思ってしまうことがあることだった。


その日の午後、終焉は、なんの前触れもなく訪れた。


「警報、最大級!」


ミルの声が裏返る。瞳の回路が真紅に染まり、激しく明滅している。


「《写し世》と現実世界の境界が、完全崩壊寸前です!」


窓の外を見て、息を呑んだ。


空が、割れていた。


巨大な亀裂が天を引き裂き、その向こうに異なる世界が見える。


現実世界の青空に、《写し世》の記録の星々が浮かんでいる。


逆に《写し世》のモノクロの街に、現実の車やビルがノイズのように混ざり合っていく。


二つの世界が、一つに溶け合って崩壊を始めようとしている。


まるで、水と油を無理やり混ぜようとしているような、不自然で暴力的な融合。


『時は来た』


終焉の記録者の声が、二つの世界に同時に響き渡る。


空気が震える。窓ガラスにひびが入る。ビリビリと振動が伝わってくる。


『すべての記録は罪』


声が続く。感情のない、機械的な宣告。


『すべての記憶は呪縛』


『今こそ、すべてを原初の無に還す時』


時計塔の最上階に、あの黒い影が姿を現した。


前回よりも、さらに巨大に、さらに濃密になっている。


もはや、人の形すら保っていない。純粋な虚無の塊。


もう逃げることはできない。


「みんな、行くよ!」


立花先輩、美咲ちゃん、そしてミル。


私たちは屋上へと駆け上がった。


階段を上るたびに、重力が増していく。まるで、世界そのものが私たちを押しつぶそうとしているかのよう。一段上がるごとに、体が鉛のように重くなる。


屋上。


風が吹き荒れている。でも、普通の風じゃない。記録の断片を含んだ、ざらついた風。肌に当たると、小さな記憶が削られていくような感覚。


『また会ったな、記録の守護者たちよ』


影が嘲笑する。その声は、無数の怨念が重なったような不協和音。


「あなたを止めるために来た!」


私は叫ぶ。でも、声が震えている。恐怖を隠せない。


「無駄だ」


影が手をかざす。


その瞬間——


私たちの足元から、大切な記憶がビジョンとなって引きずり出されていく。


文化祭の思い出。みんなで撮った集合写真。展示の準備で夜遅くまで残った日々。


商店街で笑い合った日。クレープの甘い味。セピアが初めて実体化できた喜び。


初めて三人で手を繋いだ温もり。ブレスレットの冷たい感触。ミルの涙。


記憶が、物理的な形を持って、私たちから剥がれていく。


まるで、皮膚を一枚一枚剥がされるような痛み。


「私たちの記録を……!」


「思い出せ」


影が冷たく言う。


「記憶とは、時に人を苦しめる呪縛となる。愛する者を失った記憶、裏切られた記憶、後悔の記憶。忘却こそが、唯一の救済なのだ」


「違う!」


美咲ちゃんが、震えながらも前に出た。


小さな体が、巨大な影に立ち向かう。


「悲しい記憶も、辛い記憶も、全部あって今の私たちがいるんです!」


美咲ちゃんの全身から、オレンジ色の光が溢れる。


《修復者》としての彼女の祈りが、温かい光となって私たちを包み、記録の流出を食い止める。


「忘れることなんてできません! たとえ辛くても、それが私たちの生きた証なんです!」


「小賢しい……!」


影の攻撃が美咲ちゃんを襲う。


黒い槍のような触手が、彼女を貫こうとする。


速い。避けられない——


「させないわ!」


立花先輩の《視し手》の力が、攻撃の軌道を完璧に予測する。


「右に3歩、今!」

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