お喋り観葉植物 エピローグ
ピッ……ピッ……ピッ……
シューー、シューー、……
何かの機械音がぼんやりと聞こえ、すぐ近くからは空気が流れるような音が聞こえる。
意識が朦朧として、閉じている瞼が重くて開かない。
体も重く、殆ど動かない。
自分が今どういう状況なのか、まるで分からない。
意識がはっきりしないながらも、これはどうしようもないことを悟り、無理に抗おうとせずそのまま現状に身を委ねる――。
少しの時間が流れ、段々と意識がはっきりしてくる。
先程まで重くて動かなかった瞼が、ぎこちなくもどうにか動かせる。
更になんとか瞼に力を入れると、遂に閉じていた瞳を少しずつ開くことに成功した。
少しボヤけたその視界には、白い天井が映っていた。
――ここはとある総合病院の一室。
様々な医療機器に繋がれながら、交通事故により半年近く昏睡状態となった青年、市川光輝は眠り続けていた。
そしてその眠りは、たった今破られた。
「……うっ……ぐっ……」
声が上手く出せず、体もまともに動かない。
半年の眠りによりすっかり衰えた筋肉をどうにか奮い立たせ、上体を起こそうとしたが、自分の体が余りにも重く感じ、断念する。
首だけをどうにか動かし、光輝は周囲の状況を確認する。
(ここは……病院か。周りはカーテンで仕切られててよく分かんないな……。にしてもなんか色々繋がれてんなぁ……酸素マスクとか、点滴とかって、こういう感じなんだな)
生まれて初めて本格的に入院した光輝にとって、病床から映る全ての光景が新鮮なものだった。
(ああ……戻ってきたんだな……現世に……)
元の世界に帰ってきたことに対し、感慨に耽る光輝。そして――
ガラガラガラッ
突然病室のドアが開く音が響く。
「それにしてもこうして家族皆でお見舞い来るの、久しぶりじゃない?」
「そうだなぁ。パパやっと仕事が片付いて休暇が取れたから良かったよ」
「ずっと頑張ってたもんね~貴方。こうして皆揃って来られたし、光君もきっと喜んでくれるよ」
他愛のない会話をしながら、3人の親子が病室に入ってくる。
(こ、この声……! 父さん、母さん、それに優那も!)
光輝からはカーテンで阻まれて見えなかったが、声を聞いてすぐに家族の声だと気付く。
家族の声を聞き、懐かしさを感じると同時に、自然と心が温かい気持ちに包まれていくのを光輝は感じていた。
(……そうか、皆ずっと……俺が目覚めるのを信じて……。ずっと待っててくれてたんだな……)
家族の愛に気付き、光輝は感極まって目頭が熱くなった。
「本当は、穣兄も一緒だったら良かったのにね……」
「……大丈夫。穣君なら天国からきっと見守っててくれてるから」
「そうだな……。アイツは昔から光輝のことをよく可愛がってたからな。きっと今もパパ達と一緒に見舞いに来てくれているさ」
「うん……。でもなんか、未だに実感湧かないな、穣兄が亡くなったって……。今でもその内どっかでさらっと会えるんじゃないかって、そう思っちゃう……」
「そうだねぇ……」
(……みんな……うおっ!!)
複雑な心境で家族の会話を聞いていた光輝だが、次の瞬間、光輝のベッドを仕切っていたカーテンが勢いよく開けられる。
(ま、眩しい……)
窓から差し込んでくる陽光が、光輝のベッドに一気に振り注いでくる。
「光兄〜、今日は皆で来たよー! そろそろ起きろ〜!」
カーテンを空けると同時に、光輝の妹、市川優那は、光輝に向かっていつもの調子で声を掛ける。
眩しさで目を瞑っていたため、光輝が既に起きていることに優那は気付かなかった。
(ど、どうしよう……まだ起きてるのに気付いてないみたいだけど、まずなんて声掛けりゃ良いのか分かんねぇ……。そもそもこうして会うこと自体相当久しぶりだし、ちょっと気まずい……)
一人暮らしをして以来暫く実家を離れていたため、昏睡中の期間も含めて、光輝にとっては実に1年半以上ぶりの家族との再開であった。
「光輝、父さんだぞ。まだ寝てるのか? もう半年だぞ。そろそろ起きてくれないと、父さん寂しいぞ〜?」
光輝の頬を指で軽くグリグリと押しながら、光輝の父、市川雅明は少し寂しそうに声を掛ける。
(う、うう……く、くすぐったい)
「ほら光君。大好物のりんご、また持ってきたよ〜! 早く起きないと皆で食べちゃうからね〜」
真っ赤な林檎を片手に、光輝の母親、市川静恵も光輝が起きるよう呼び掛ける。
(り、りんご!? うう、食べたい! でもここで起きるのはなんか気まずいし恥ずかしい……! どうしよう……!)
林檎を食べる為に勇気を出して起きるか、このまま寝た振りをして様子を見るか、光輝の中で妙な葛藤が巻き起こる。
「……やっぱり、優那達の元に帰りたくないのかな……光兄……」
「何言ってんだ優那。光輝はいつか必ず目を覚ますさ。信じて待とう、一緒に」
「で、でもパパっ! もう半年も起きないんだよ!? もうこのまま一生目覚めないかもしれないじゃん! それに……」
一瞬気まずそうに口籠る優那だったが、それでも勇気を振り絞って、ずっと言えなかった本音を口にする。
「一人暮らしをするって言い出した時の光兄、まるでパパとママから離れたそうにしてたじゃん。それ以前から光兄、ずっとどこか機嫌悪そうにしてたし……。きっと優那達のこと、どこかで嫌いになっちゃったんだよ! だからもう戻ってこないんだよ!」
「優ちゃんっ!」
静恵がそう叫び、優那の元に近付く。
(や、やべぇ! 下らねぇことで悩んでたせいで雰囲気最悪になっちまった! ま、待ってくれ、母さん……!)
これ以上家族皆の雰囲気を悪くすまいと、光輝は急いで自分が起きていることを伝えようと必死で声を出そうとする。
一方、近付いてくる母親に怯える優那だったが、静恵はそんな優那の震える両肩に優しく手を置いて、優那と同じ視線まで屈む。
「ごめんね……ママ、優ちゃんの気持ちに気付いてあげられなかった。不安だったんだよね? 寂しかったんだよね? お兄ちゃんが二人ともいなくなったら、優ちゃん一人になっちゃうもんね……」
「ママ……うぅ……」
優那は耐えきれず、涙を流しながら静恵に抱き着く。
雅明も優那の隣に寄り添い、優那の頭を優しく撫でる。
「大丈夫さ、優那。光輝が本当は凄く優しい兄ちゃんだってこと、ちゃんと知ってるだろ? あいつは昔から頑張り屋だったからな、頑張り過ぎてちょっと余裕が無かっただけなんだ。きっと今も頑張って闘い続けてる。だから、皆で信じて待ってあげよう。な?」
「……うん……分かった……」
「ほら、りんご切ってあげるから。一緒に食べて落ち着こ? 優ちゃん」
静恵の胸元で泣いていた優那は、ゴシゴシと涙を拭き、近くの椅子に座って一旦落ち着く。
雅明も適当な椅子に座り、リラックスする。
静恵はりんごを持って、ミニキッチンへ向かおうとする。
(…………とんだ大バカ野郎だ、俺は……!!)
最早光輝の中に、恥じらいや余計な気まずさなど欠片も無かった。
「…………あ……ぐうっ……」
「っ!!? こ、光兄っ!? 今光兄の声が!!」
「えっ!? ほっ本当に!? 優ちゃん!!」
優那は真っ先に勢い良く光輝の側に駆け寄る。
――優那の視界には、薄っすらと目を開け、体を必死に動かそうとする光輝の姿があった。
「ぱ、パパ!! ママ!! 起きてるっ!! 光兄が起きたよっ!!」
「ほ、本当だ! 光輝! 分かるか!? 父さんだぞ!!」
「光君っ! お母さんだよっ! お父さんと優ちゃんと皆で来たんだよ! 分かるっ!?」
雅明と静恵も、光輝の近くに駆け寄り、必死で声を掛ける。
「うっ……た、ただいま……父さん……母さん……優那……!」
「光輝っ……! よく、帰ってきたな……。そうだ、すぐ医者に診てもらわないと! 優那、ナースコール!」
「あ、うん!」
優那は慌ててすぐ近くにあったナースコールのボタンを押そうとする。
「ま……待って……! その前に……話を……聞いて欲しい……」
「光兄? どうしたの?」
光輝に止められ、優那はナースコールを押すのを止める。
「どうした光輝? 何か伝えたいことがあるのか?」
「と、父さん……母さん……ごめん……ゴホッゴホッ!」
「無理しちゃダメだよ光君! ゆっくりで良いから、ね?」
光輝は一度深呼吸をし、衰えた声帯を必死で動かす。
「……俺、ずっと……意地張ってた……。一人暮らし……始めたのも……父さんと、母さんに……もう子ども扱い……されたくなくて……」
家族全員、光輝の話に黙って耳を傾ける。
「立派な息子だって……ただ……認められたくて……。それが……こんなことになっちゃって……皆の気持ちも知らないで……本当に……今までごめん……」
「光輝……何故謝るんだ?」
父の手のひらが、光輝の頭を優しく包む。
「父さん達はな、ただただ感謝してるんだぞ? お前がこうして生きていてくれて、またこうして話が出来て、それだけでとても嬉しいんだ。これ以上のご褒美は、父さん達には無いぞ?」
「そうだよ。寧ろ、光君の気持ちにちゃんと寄り添ってあげられなかったお母さん達にも、問題はあったんだよ……。ごめんね、光君……」
「そん、な……いいんだよ……。俺も……今は凄く、感謝してる……。ずっと……見舞いに来てくれて……ずっと……待っていてくれて……」
光輝の目が、涙で潤っていく。
「それから…………俺を産んで……ここまで育ててくれて……あ、ありがとう……!」
「光君……」
涙を流しながら、光輝はようやく伝えたかった気持ちを両親に伝えられた。
静恵も光輝に釣られて感極まり、涙をハンカチで拭く。
「それから……優那。俺はもう少しで……お前を一人置いて……逝っちまうところだった……。こんな……ダメな兄貴を……許してくれ……」
「違うよ! 光兄はダメなお兄ちゃんなんかじゃない!! だって……こうしてまた戻ってきてくれたじゃん!! むしろダメなのは……優那の方だよ! 光兄のこと、ちゃんと信じてあげられなくて……もう二度と目を覚さないんじゃないかって諦めかけてた! だから、優那の方こそ、ごめんね……光兄」
優那も涙ながらに、光輝に本音を打ち明ける。
「半年も……待たせて悪かった……。これから……沢山……思い出を作ろうな……。穣兄の……分まで……」
「し、知ってたの……!? 穣兄がその……亡くなったこと……」
事故後すぐ昏睡状態になった光輝は、穣治が亡くなったことを知らないかもしれないと、家族は敢えて穣治のことに触れないでいた。
「ああ……てか、向こうで会ってきた」
「そ、そうなの!? 凄いじゃない光君! それ、臨死体験って言うんでしょ? 穣君何か言ってなかった?」
「……信じて、くれるの……?」
「当然じゃないの! だってアンタ達は仲良し兄弟なんだから!」
(……敵わないな、母さんには)
母の信頼と愛が、改めて光輝の身に沁みた。
「詳しく話すと……長くなるから……、続きは医者に……診てもらった後でね……」
「おお、そうだな! 今すぐ医者に知らせよう!」
――その後、医者により精密検査が日を跨いで行われ、認知機能、感覚機能共に大きな問題が無いことを確認した。
医者は「あれ程の怪我を負ってここまで大きな障害が無いのは奇跡だ」と、家族に伝えた。
今後は作業療法によるリハビリを行い、運動機能も含めたあらゆる身体機能の回復を目指すことになる。
検査が落ち着いた頃、再び家族が病室に集まり、光輝は家族に現世と霊界の狭間で体験したことを沢山語った。
ジョージと過ごした日々のこと、沢山の豊かに生きる知恵を兄から教わったこと、そして――
「最後に兄貴が俺に、家族皆への伝言を託してくれたよ。"俺の家族になってくれてありがとう。愛してる"って」
「そう……お母さん達の方こそ、生まれてきてくれてありがとうって伝えたいよ……」
「ああ……。穣治は最後まで、俺達の誇らしい息子だった」
「穣兄……やっぱり優那、寂しいよ……。もう会えないなんて……」
光輝の話を聞いていて、優那はより穣治との別れを惜しむ気持ちが膨らんでしまう。
「優那、穣兄言ってたぞ? "俺の魂は、命は、そしてお前や家族を想う心は、ずっと生き続ける。だからそう寂しがんな"ってな。俺も、今はそう思うぞ」
「光兄……」
「大丈夫、いつかきっとまた会えるから。それまではこの人生、楽しまなきゃ損だぜ?」
「……うん、分かった。ありがとう、光兄!」
励まされて気持ちが楽になった優那は、光輝に自然な笑顔でお礼を言う。
「光輝、お前も本当に立派になったな……。無事目覚めてくれて、本当に良かった。ありがとう、光輝」
「きっと穣君は、光君の守り神だったのかもね。出来ればここに穣君も一緒だったら一番良かったけど、それでも……こうしてまた家族皆一緒にいられて良かった。戻ってきてくれてありがとう、光君!」
ベッドの上で座る光輝を囲うように、家族皆で優しく抱き合った。
光輝の心の中は、それはもう溢れんばかりの温かい家族の愛で満たされていく――。
きっと、これからの人生色々と辛く苦しい瞬間が待っているかもしれない。
もう取り戻せない過去を悔やんだり、どうなるか分からない未来に思い悩むこともあるかもしれない。
それでも――
「俺の方こそ……ずっと待っていてくれてありがとう。ただいま!」
確かにここにある、家族の愛に満ちた"今"を大切に生きようと、光輝は心に誓ったのだった。
◇◇
その後、光輝は2ヶ月で無事日常動作が可能なレベルまで回復し、無事退院。大学に復学するまでの間、3ヶ月実家で自宅療養を続けた。
休学していた大学は、1年留年する形で来年度前期から2年生として復学。
一人暮らしはやめ、実家から大学に通い続けた末、無事卒業することが出来た。
卒業後は、地元で電気工事士として働き始め、同時に実家を離れていった。
―現代においてなくてはならない電気インフラの有難さを、身を以って理解し、支える側になりたい―
その想いで掴み取った進路だった。
因みに優那は中学、高校と順調に卒業し、光輝が通っていた大学と同じ所を受験し、見事合格。
進路はまだ決めていないものの、光輝のような立派な志で仕事を出来たらと、これからの勉強に勤しむだろう。
――そして、光輝が目を覚ましてから約4年半の月日が流れた。
「それじゃ、そろそろ行かなきゃな」
「気を付けてね、弁当持った?」
「大丈夫、いつも助かってるよ。ありがとう」
とあるマンションの一室に、一組の若い夫婦が暮らしていた。
一方は、電気工事士として働いてもうすぐ2年になる、市川光輝である。
「どういたしまして。仕事から帰ったら、今夜も例のアニメ一緒に見よ!」
「お、良いね! そうだ、帰りにあの漫画の新刊買ってくるから。ミッちゃん楽しみにしてたもんな」
「そうそう! ずっと待ってたからね〜! ありがとうコウちゃん!」
もう一方は、光輝がかつて大学の漫画サークルで知り合った、嬉野光華であった。
復学直後、光輝はすぐ漫画サークルへ加入し、あの心象世界で出会った彼女が実在していたことを確認した。
光輝と光華はすぐ意気投合し、出会って一年後に光輝は光華に告白する。
そこで実はお互い両想いだったことが判明し、二人は無事付き合うことになった。
お互い名前に"光"が付いていたこともあり、サークル仲間や友人からは"光カップル"などと持て囃された。
その後二人は同時に卒業し、更に同時に婚約を結ぶに至り、昨年遂に結婚したのだった。
二人はサークル時代から良きオタク仲間の関係を維持し続け、結婚してからもそれが変わることはなかった。
「あ、そういやそろそろジョージに水やり必要じゃない?」
光輝はふと、光華の後ろの壁に佇んでいる観葉植物を見つめる。
「あー、そうだね。後で私が水やりしとくよ」
生前に兄から貰った観葉植物に、今はジョージという名前を付けて光華と共に世話をしている。
今やこの観葉植物は光輝にとって、掛け替えの無い兄、穣治の大切な形見である。
光華も穣治の話は既に把握しており、共に大切に愛情を込めて世話をし続けている。
(穣兄、見てるか? 俺、今すっげぇ幸せだぜ! これからも楽しんでくれよ、俺達の人生を――)
「どうしたの〜? そんなにニコニコして」
「いやぁその……俺、今幸せだなぁって。こうして毎日好きな人に支えられて、笑顔で見送って貰えるなんて、こんなに幸せなことはないよ」
光輝は改まって光華に対し、少し照れ臭そうにしつつも幸せな気持ちを伝える。
そんな光輝の言葉に、光華も少し顔を赤らめて照れ臭がる。
「も、もう〜急にそんなこと言われると照れちゃうじゃん! 私の方こそ……いっぱい一緒に居てくれて、幸せだよ。ありがとう」
二人は互いに抱き締め合い、互いの背中をポンポンと優しく叩く。
「それじゃあ、今日も頑張ってね! いってらっしゃい!」
「うん、いってきます!」
玄関のドアを開けると同時に、眩しい朝日が二人を、そして部屋の奥に佇むジョージをも照らす。
仕事に向かう光輝に光華は手を振り、光輝は光華に、そして奥で光輝を見守るかのように佇むジョージに手を振りながら歩いていく。
――観葉植物は、もう喋らない。
役目はもう、終えたのだから。
輝かしい人生の1ページを、彼らは今日も紡いでいくのだ。
お喋り観葉植物、これにて完結です! 最後までご覧頂き、ありがとうございました。
何気に初めて物語を完結させられた気がします……感無量です。
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