お喋り観葉植物 中編
「うわあっ!!」
唐突に体をビクつかせながら、光輝は目を覚ます。
丁度朝を迎え、窓からは眩い朝日が帯を引くように差し込んでいた。
「な、なんだ……夢か」
「ん〜……? どうした光輝。急に叫び出して」
光輝の声に気付き、ジョージが目を覚ます。
「あ、ああ。ちょっと夢見ててびっくりしただけ。確か車に乗ったまま崖から落ちたような……もう殆ど忘れたけど」
「ははっ! 夢の中でどっかから落下する時にビクつきながら目覚めるアレか? 朝から刺激的な体験が出来て何よりだな」
「ちっとも嬉しかねぇよ〜。ふあぁ〜」
すっかり目が覚めた光輝はベッドから起き上がり、布団を畳み、顔を洗いに洗面所へと向かう。
「ふー、今日も俺は絶好調だ。よし」
洗面所の鏡に映る自分に向かって、光輝は笑顔を作りそう呟き、ジョージ・プランの一つを今日もしっかり実行する。
その後大学に行くための準備を一通り済ませ、時間に余裕ができた光輝はジョージと向かい合うようにベッドに腰掛ける。
「普段家を出る時間までまだ30分もあるな。いつもより余裕できたな」
「悪夢も偶には役に立つもんだな、はははっ!」
「もっとマシな手段で役に立って欲しいな……。それよりジョージ、明日から夏休みだけどどっか行きたいとことかあるか?」
光輝とジョージが出会って3ヶ月近くが経ち、8月に入り始めた頃、光輝の通っている大学では夏休みが始まろうとしていた。
「お、なんだ? 随分と気前がいいじゃあねぇか。どうしたんだ急に」
「べ、別に。せっかくの夏休みだし、どっか遊びに行って気分転換したいってだけだよ。お前も一人でずっと家に居るのは退屈だろ? あ、一人じゃなくて一本か」
「別に言い直さなくていいぜ……。まぁ確かに俺は自分では動けないからじっとしてるしかないが、割と退屈はしてないぜ。ここは居心地良いからな」
「そ、そういうもんなのか。やっぱ植物の気持ちはよく分からんな……」
「だがまぁ偶には存分に外の風を浴びに行くのも良いかもな。どっか程よく森林浴が出来て落ち着く場所とかないか?」
「森林浴が出来る場所か。ちょっと調べてみる」
光輝はスマホを取り出し、森林浴が出来そうな場所が近くにないか、ネットで適当に調べてみる。
「お、ここから車で一時間くらいの場所に国立公園があるな。良さそうな場所だし、ここ行ってみるか」
「……いい顔するようになったな、光輝」
スマホを眺める光機の様子をじっと見つめていたジョージは、思わず言葉を漏らす。
「ん? なんか言ったか?」
「いいや、別に。光輝との初の旅行、楽しみにしてるぜ!」
「ま、まぁその、ジョージにはこれまで色々と世話になったしな。細かい日程は学校から帰ってから決めるよ。そろそろ行かなきゃな」
光輝は腰かけていたベッドから立ち上がり、カバンを持ってそのまま玄関に向かう。
6月頃まではジョージを玄関の外に置いてから登校していたが、暑さが一段と厳しくなり、エアコンの効いた室内の方が快適ということで、エアコンをつけたまま室内に置き続けることにした。
――ザザザッ
「――うっ!?」
突然光輝は目に強烈な違和感を覚え、目を抑えながらふらつきはじめた。
「おい、光輝?」
光輝の異変に気付き、ジョージが心配そうに呼び掛ける。
(な、なんだ!? 今変なノイズが視界に……)
目の異変に困惑する光輝だったが、視界に発生したノイズは一秒も経たずに消え去った。
己の身に起こった出来事に戸惑いつつも、光輝は自分に何が起きたのかを考え込む。
(立ち眩みか!? いや、それなら今の変な音は何だ? てかこの感じ、以前にも――)
「おい、大丈夫か!? 光輝!!」
片目を抑え込んだまま固まっていた光輝に対し、ジョージが大声で呼びかける。
「あ、ああ! 悪いな、ちょっと立ち眩みしちゃっただけだ。大丈夫」
「ほ、ほんとか? 体調悪いんなら無茶せずに学校休んだ方が良いぞ」
「いや、本当に大丈夫だよ。一瞬視界が変にぼやけたけど今は別にどこも違和感ないから。心配かけたな」
「そうか? お前が大丈夫ってんなら良いが、くれぐれも無理はすんなよ? ただでさえ今すげぇ暑いんだからな」
「分かったよ、絶対無理はしないから。んじゃ行ってくる」
「おう、気を付けてな」
光輝はいつもと変わらない調子でジョージに軽く手を振りながら玄関を出ていく。
ジョージは手を振るように葉っぱを揺らして光輝を見送る。
「……もう、そろそろか」
ジョージはぽつりとそう漏らす。
「――ん? 今俺が喋ったのか? 柄にもなく寝ぼけ――うあっ!?」
突然ジョージの身に強い違和感が生じ始める。
同時にジョージの視界と聴覚に、光輝が感じたものと同じノイズが生じ始める。
「な、なんだこりゃ!? 一体何が起こって――」
直後、ジョージの脳裏に、不可解な映像が断片的に流れ始める。
「……おい、これって……」
◇◇
8月も中旬に入り、夏休みに入って1週間以上経過した頃、光輝は朝から出かける準備をしていた。
「よし、準備できた。あとは……」
光輝はジョージの佇んでいる方を振り返る。
ジョージを車で運ぶことを想定し、土が飛び散らないようコンビニで適当に買った新聞紙で鉢を覆っていた。
「ジョージを車に運ぶだけだな。ちょっと重いけど頑張るか」
「フッフッフ。光輝、心配はいらねぇ。つい最近、俺は新しい力を手に入れたんだ」
「はぁ? 新しい力? なんだそりゃ」
「まぁ見てろ。絶対驚くぜ? んぬぬ……!」
そう言うとジョージは力むように軽く唸り始め、葉っぱがゆらゆらと震え出す。
(なっなんだ!? 一体何をする気なんだ?)
困惑しながらも、光輝はただじっとジョージの様子を見守る。
「――よしっ! 小さくなれ!!」
ジョージがそう叫ぶと、ジョージの体がみるみる縮んでいき、最終的に通常の5分の1程のスケールまで小さくなった。
「な、なんだこりゃ!? ジョージ、お前こんなことが出来たのか?」
「最近出来るようになった技だ。簡単に言えば、俺が具体的に強くイメージした思考をそのまま実現出来るようになったって感じだ。絶対出来るっていう強い信念がないと何も起こらねぇがな」
「ま、マジかよ……本当に魔法使いみたいなことしてんじゃねぇか。お前、本当に何者なんだよ……」
「……ま、細けぇこたぁ気にすんな! ほれ、これで運びやすくなったろ? 早く行こうぜ!」
ジョージの返答に一瞬不自然な間を感じ、少し違和感を感じた光輝だったが、ジョージの軽いノリに最早考えるのも面倒になり、ジョージを持ち上げてそのままレンタルした車に運んでいった。
これが光輝とジョージにとって最初で最後の旅行となることを、当時の光輝には知る由もなかった。
◇
「いや〜実に良いぜこりゃ。他の木々や草花の生命の息吹を直に感じられるようだ」
「お、おい。あんま大声出すと他の人間に怪しまれるぞ」
「心配すんな。どうせお前以外に俺の声は届かねぇよ」
「そ、そうなのか? それも新しい力ってやつでなんとかしてんの?」
「……まぁ、そんなところだ」
無事国立公園まで来た光輝とジョージは、園内の森に囲まれた歩道エリアをゆっくり散策していた。
光輝は相変わらず小さいままのジョージを片手に持ったまま、話をしながら歩いている。
「それにしても確かにここは癒やされるなぁ。偶にはこういうとこに来るのも良いもんだな」
「光輝」
「ん?」
「ありがとな。ここまで一緒に連れてきてくれて」
「な、なんだよ改まって」
突然のジョージの言葉に、光輝は少し動揺する。
「嬉しいかったんだぜ? お前があの時夏休みにどっか行かないかって俺に言ってくれたこと。そしてこうやって一緒に旅行を楽しめている今この瞬間も、凄く嬉しいんだ。あのアパートの一室の中だけでの寂しい関係性だった俺らが、こうして今まで行ったこともない場所まで飛び出して、見て、感じて、味わっているものをその場で共有し合えている」
ジョージが内に抱いていた感情が、言葉となって溢れ出す。
「何より嬉しいのは、お前の成長をこうして間近で見れていることだ。もうお前は初めて会った時のような、下ばかり見て現実に振り回されてるだけの人間じゃあねぇ。こうしてちゃんと前を向いて歩いている。今味わえている全てのことが、俺にはとても嬉しいことなんだ」
「…………」
光輝はただ黙って、ジョージの話を聞きながら歩き続ける。
「だから、ありがとうな。言いたいことはそんだけだ」
「……なぁ、ジョージ」
ジョージが話し終わり、少しの間を置いて光輝はジョージに話しかける。
その表情は、緊張と少しの不安の色が滲み出ていた。
「……いや、ここで話すのもなんだし、丁度奥に見えるベンチで落ち着きながら話そう」
「ああ、いいぜ」
そう言うと光輝は前方にぽつんと佇むベンチに向かい、そのままベンチに腰掛け、座っている横にジョージを置く。
「元の大きさに戻れるか?」
「もちろんだ。ほらよっと」
ジョージの体が鉢ごとみるみる膨らみ、通常のサイズに戻る。
「んで、話ってのはなんだ?」
「……笑わないで聞いてくれるか?」
「それは約束出来ねぇな。面白い話ならきっと笑っちまうからな」
「まぁ、お前ならそうだよな……」
「だが、絶対に馬鹿にはしない。それは誓うぜ」
「……そっか」
光輝は一旦深呼吸をして、胸に秘めた想いをジョージに打ち明ける。
「俺さ、最近好きな人が出来たんだ。大学で所属してるサークルの後輩なんだけど」
「……へぇ、お前にもとうとう春が来たってわけか」
「ま、まだ付き合ったりはしてないけどな。俺、今まではどこのサークルも入ってなくて、今年の6月からようやく漫画サークルに興味湧いて入ってみたんだ。2年生からでも入れるって知ってな。その時に出会った」
「なるほど、漫画サークルとは中々楽しそうなとこ入ったな。そんで? どんな人なんだ? お前の気になってる後輩とやらは」
ジョージは興味津々といった様子で、光輝の話を聞こうとする。
光輝は少し恥じらいを見せつつも、そのまま話を進めていく。
「あ、ああ。嬉野光華って人なんだけど、漫画とかアニメの好みが似てて、それきっかけでよく話すようになったんだ。嬉野さんと話をしてる時はなんていうか、自然体で無理なく接することが出来るんだよ。安心して絡めるというか……。あと何より――」
光輝は頭を軽く掻きむしりながら、照れ臭そうに話を続ける。
「そ、その……笑顔がめっちゃ可愛いんだ」
「ンフフ〜そうかそうか〜! いやはやなんともロマンチックな話じゃあないかお前〜!」
光輝の話に、ジョージは思わず変にテンションが上がる。
もし表情が分かるなら、間違いなくニヤケ顔になっていたことだろう。
「よ、よせよ恥ずかしいな……。そ、それでさ」
光輝は少し恥じらいつつも、改まった様子でジョージをしっかり見て話し始める。
「お、俺もお礼を言いたいって思ってさ。その、お前に」
「……ほう、どうしてだ? 恋愛のアドバイスなんてした覚えはねぇが」
「いや、そうじゃなくてさ……。お前が何者で、どこから来たのかとか、未だに気になることは多いけどさ。もしあの日お前が俺の部屋に現れなかったら、きっと俺は今も暗闇の中を彷徨っていたと思う。ましてや好きな人が出来て、その……付き合ってみたいって夢を抱くことも絶対出来なかった」
光輝もまた、自らが秘めていた想いの内をジョージに曝け出していく。
「ジョージ、お前が俺に前向きに生きる術を教えてくれて、支えてくれたおかげで今こうしていられるんだ。だから、その……」
少しの間を置いて、光輝は気恥ずかしそうにしつつもジョージを改めて見つめ、ずっとジョージに伝えたかった言葉を口にする。
「……俺の方こそ、ありがとう。ジョージと出会えて、本当に良かった」
光輝の言葉をまるで噛み締めるように、ジョージは少しの間沈黙する。
「……そうか。なら俺の役目もそろそろ終わりだな」
「え? ――んなっ!?」
ジョージが呟くと同時に、光輝の視界にノイズが生じ始め、頭の中にジジジッという不愉快な音が鳴り響く。
それは以前生じた症状と全く同じものであり、以前と違うのは、今回はノイズが収まる気配がまるで無いということだ。
「な、なんなんだこれ!? 以前と同じノイズが……い、一体何が起こって――」
「悪いな光輝、今から種明かしの時間だ」
「ジョ、ジョージ!? 何言って――えっ!?」
困惑する中、ノイズがようやく収まった光輝の視界に、信じられないものが映っていた。
ピシッビキビキッという何かが砕けるような音を響かせながら、光輝の見ている景色に不自然な白いひび割れが生じる。
それはまるで空間そのものが崩れていくように景色そのものが消えていき、崩れた空間の奥には真っ白な空間が顕になっていく。
「な、なんだよこれ……今度こそ本当に夢でも見てんのか? 俺」
「半分正解……ってとこだ。正確じゃないがな」
「ジョージ!? まさかお前の仕業なのか――え? ジョー……ジ?」
ジョージがいた場所を振り向いた光輝は、観葉植物であるジョージの体が眩く光り、段々と姿形が変わっていくのを目の当たりにする。
気が付けばさっきまでいた国立公園の森の中の景色は完全に消え去り、周囲は見渡す限り真っ白な空間がどこまでも広がっていた。
「思い出すんだ、光輝。本当の記憶を」
「本当の……記憶? あ、あレ……?」
突如光輝の視界が赤くボヤけ始める。
同時に光輝の脳内に、覚えのないはずの映像が鮮明に流れ始める。
◇◇
――それは、交通事故によってぐちゃぐちゃに壊れたとある車だった。
そこに乗っていたのは、光輝ともう一人の青年。
「う……ああああ……兄貴……」
車の運転席で血を流し、視界が赤く染まり、意識が朦朧とする中、光輝は助手席に座っていた実の兄の様子を必死で確認しようとした。
しかし、そんな光輝の目に映ったのは、見るも惨たらしい姿で力無く横たわる兄であった。
「あ……ウソ……兄貴……! うああ……アアアアアア"ア"ア"ア"!!!」
目の前の残酷な現実を目の当たりにし、光輝は狂ったように叫び出す。
――映像は、ここで途切れる。
◇◇
「あ、あアア……そウダ……おもいダシダ……」
いつの間にか光輝の体は、脳内に流れた映像の中で大怪我をしていた自分と同じ姿になっており、同時に流れ込んできた悲しみと絶望の感情に呑まれてしまう。
「本当はずっとあのまま一緒に過ごしたかったがな……。いつかは夢から覚めなきゃあならねぇ」
そう呟くジョージの体は観葉植物の姿から、みるみる人の姿に変わっていく。
やがて変化が終わり、眩く放っていた光が徐々に消えていく。
ジョージの声に気付き、ヨロヨロと声のする方を向いた光輝は、そこで見たジョージの姿に衝撃を受ける。
それまで朦朧としていた意識がはっきりとしだし、驚きと共に光輝の口から言葉が溢れ出す。
「あ……兄貴……なのか……?」
光輝の目の前にいたのは、光輝が見た記憶の中で死んだはずの実の兄、市川穣治であった。
「ああ。正真正銘お前の兄貴で、世話焼きなお喋り観葉植物の正体そのものだ」
そう言って光輝の目を真っ直ぐに見る穣治の瞳は、強い芯が有りつつもどこか寂しさと儚さが籠っているようだった。
「光輝、今からお前にこの世界の真実を話す。お前にとっては残酷なものになるかもしれないが、今のお前ならきっとその真実も乗り越えてくれるって信じてるぜ」
もうちっとだけ続くんじゃ




