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お喋り観葉植物  作者: 叢武


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お喋り観葉植物 前編

 ごく普通の大学生、市川光輝(いちかわこうき)と、何故か突然喋り出すようになった観葉植物、ジョージとの不思議な共同生活が始まり、3日が経った。



「……ただいま」


「おう、おかえり。どうした? また随分と参ってそうな様子じゃあねぇか」



 いつも以上に疲れた様子で帰ってきた光輝に対して、ジョージが様子を伺う。



「またバイト先でクソみたいな客の相手させられたんだよ。やってらんねぇぜ……ったく」


「ほぉ、どんなヤツなんだそいつは」


「とにかくクレームがうるせぇ中年のジジイだよ。少し前から偶に来ては、料理持ってくるのが遅えだの、金払ってんだからもっと誠意を込めて対応しろだの、鬱陶しいことを大声でしつこく絡んできやがるんだ。何度ぶん殴ってやりたいと思ったことか」



 この3日間で光輝とジョージはある程度打ち解け合い、気楽に話し合える間柄になっていた。


 元々誰かと話をすることは満更でもなかった光輝にとって、ジョージは悩みや愚痴の都合の良い捌け口にもなっていた。


 ジョージも光輝の愚痴や悩みを聞くのはやぶさかではなかったので、互いにとって丁度良いバランスの関係性が築かれていた。



「しかも不思議なことにそいつ、何故か俺にだけ特に当たりきつい気がするんだよな。他の店員が対応する時は不機嫌そうにしつつもそんな理不尽に当たってこねぇんだよ。それが余計に気に食わねぇ」



 暫く黙って光輝の話を聞いた後、ジョージが話しかける。


 

「オーケー、事情は大体分かった。なら光輝、お前に一つ問題だ。お前はそのクレーム客とやらにかなり心を傷付けられたと思うが、実はお前以上に傷付いた人間が別にいる。それは誰だか分かるか?」


「な、なんだそれ……。俺より傷付いた奴がいるなんてどうして断言出来るんだよ」


「それは答え合わせの時に教えてやるよ」



 問題の意図がよく分からず困惑しつつも、取り敢えずそれらしい回答を光輝は考えてみる。



「……近くにいた他のお客さんとか? 大声で騒いでて煩かったしな」


「残念、不正解だ」


「じゃ、じゃあ他に誰がいるってんだよ?」


「まぁ勿体ぶってても仕方ねぇから答え合わせといこうか」



 光輝は少しドキドキしつつ、ジョージの問題の答え合わせに耳を傾ける。



「答えは――クレーム客本人だ」


「……はぁ? なんだそりゃ。どうしてそうなるんだよ」



 ジョージの答えが腑に落ちず、光輝はジョージを問い詰める。



「考えてもみろ。そいつは確かにお前に向けて怒ったつもりかもしれない。だがその怒りの声を最も近くで浴びる人間は誰だ? 声を発する本人だ。違うか?」


「い、いや……確かにそうかもしれないけどよ。でもそいつは好き勝手クレームぶつけて逆に清々してんじゃねぇのか?」


「なら自分が過去に怒った時のことを思い出してみろ。お前にも腹が立って思いっきり相手に怒りをぶつけたことくらい一度や二度あるだろ? その時お前は怒りをぶつけられてスッキリしたか?」



 ジョージに言われ、光輝は中学生の頃に兄と大喧嘩した時のことを思い出した。



「……いいや。怒った瞬間は清々したけど、時間が経つと確かに段々後悔の念が強くなって、辛くなっていった気がする」


「だろ? つまりそのクレーム客もかつてのお前と同じできっと本当は辛いはずだ。何故なら本当は自分自身を一番傷付けていることに気付いていないんだからな。きっと何か事情があるんだろうが」


「だ、だけどよ! 皆が皆同じ心境とは限らねぇだろ!? そいつが根っからの嫌がらせ好きなクソ野郎の可能性だって――」


「ストップだ、光輝」



 ジョージの話を今一つ納得し切れず、光輝は食い気味にジョージに反論しようとするが、全てを言い切る前にジョージに制止を掛けられてしまう。


 ジョージは今までよりも真剣な雰囲気で光輝に語り掛ける。



「お前、俺と初めて話をした日に俺になんて言ったか覚えてるか?」


「な、なんだよいきなり……」


「お前は俺にこう言ったんだ。『植物のお前に俺の何が分かるってんだ!』ってな。ご尤もだぜ? 俺にお前という人間を100パーセント理解することは不可能だ。だが同じようにお前がそのクレーマーのことを完璧に理解することも不可能なわけだ」


「だったらなんだよ。分かってるよそんなこと」


「じゃあ何故さっきそのクレーマーのことを『根っからの嫌がらせ好きなクソ野郎』だなんて決めつけようとした? 知ったふうな口で思いっきり人格否定してんじゃあねぇか。そんなんじゃあお前もそのクレーマーと対して変わらねぇじゃねぇかよ」


「――っ!!」



 ジョージの言葉に苛立ち勢いのままに反論しようとする光輝だったが、言葉が喉元を飛び出すことはなかった。


 結局光輝は言い返すことが出来ず、悔しそうにそのまま黙り込んでしまう。ジョージの言ったことは全てその通りだと、認める他なかったが故に。



「すまんな、少し言い過ぎた。お前の気持ちはよく分かるぜ。誰だって正面から悪口言われたらそいつを許せないし、憎みたくもなる。その気持ちを否定する気はねぇんだ。けどよ、いつまでもその怒りや憎しみの奴隷になっていても状況は好転しないし、そこに幸せは寄ってこないことも確かなんだぜ」


「……だったら……だったらどうしろってんだよ。俺に……」



 光輝は悔しさと悲しさが込められたような声を絞り出し、ジョージに聞き返す。



「心配するな。前も言ったろ? お前が本来の輝きを引き出せるよう俺が手解きをしてやるってよ。なぁに、難しいことはねぇ。これから俺が言うアクションプランを信じて実践すんなら、バイトだけじゃあなく、これからの日常そのものがより楽しく豊かになることを保証するぜ!」


「……そんな都合の良い手段があるんなら、是非とも聞かせて貰おうじゃねぇか。くだらねぇことだったら絶対付き合わねぇからな」


「ははっ! その意気だ。なら早速伝授するぜ。まず1つ目は――」



 その後、ジョージからアクションプランについて教わった光輝は、その内容に少し戸惑いながらも一旦はそれを頭の片隅にしまいつつ、自炊をしにキッチンへと向かっていった。


 この日の夜、光輝はベッドの中でジョージから教わったアクションプランの実践をするかどうか、そして自分に出来るかどうかを悩みながら緩やかに意識を手放していった。



    ◇◇



 光輝とジョージが出会ってから1ヶ月以上経った。季節はすっかり夏に差し掛かり、太陽が地上を焦がす勢いで散々と照っていた。


 その強烈な暑さは夕方になっても衰えることはなく、一人の青年が暑さに参った様子で汗だくになりながら木造アパートの一室に帰ってくる。



「ただいま~」 


「よぉ、おかえり。最近また随分と暑くなったよな〜。外にいても参っちまいそうだ」


「まぁもう6月だし仕方ない。ほれ、運ぶぞ」



 暑さが増してから、通学やバイト中はジョージを玄関の外に置いておくようになった。葉焼けしないよう、直射日光の当たらない日陰に置かれていたジョージを持ち上げ、光輝は部屋の中に入る――。



    ◇



「ふい〜、やっとクーラー効いてきたなぁ。あ~涼しいぜ〜」


「そうだな〜」



 帰ったばかりの時はサウナ状態だった部屋で、クーラーと扇風機を全開で回し、ようやく快適になってきた部屋で光輝とジョージはゆったり寛いでいた。



「そんで? 今日はどうだったよ」


「まぁ、そうだな。今日も割と良い感じだった気がするよ」


「そうか、それは良かったな! やっぱ光輝は素直で飲み込みが早かったから、『ジョージ・プラン』が良い感じに馴染んできたな」


「よ、よせよ……恥ずかしいな。あれやるの、まだ慣れねぇんだぞ」


「まぁ最初はそんなもんさ。ちょっとずつ自然にこなしていきゃ良いんだ」



 この1ヶ月、光輝はジョージから提案された"ジョージ・プラン"と呼ばれる3つのアクションプランを実行し続けていた。


 具体的な内容は次の通り。



・毎朝鏡の自分に向かって笑顔で「今日も俺は絶好調だ」と呟く


・ネガティブな言葉を減らし、極力ポジティブな言葉を使うよう常に意識する


・日常の中で自分を生かし支えてくれる恵みを探し、それらに対し感謝の念を向ける



 光輝は最初これらを聞かされた時、これを実行する自分を想像した時の恥ずかしさと、こんなことで本当に日々が良くなるのかという疑問で満たされ、乗り気になれなかった。


 しかしこのまま何もせず惨めな日々を過ごすくらいなら、ジョージの言うことを取り敢えず聞いてみて、何も変化しなければそれをネタにジョージに噛み付いてやろうと光輝は考え、ジョージの言うことに渋々付き合ってみることにした。


 

「それにしても不思議なもんだな。最初は何も期待しないで始めたけど、続けていくうちに段々胸の辺りにずっと燻ってたモヤモヤが消えて、心が楽になっていったような。それから大学やバイト先での人間関係もちょっと良くなっていった気がするし」



 この1ヶ月で自分の心境や周りの環境が不思議な程良い方向に変化していく様に、光輝は自分自身でも驚いていた。



「一番驚いたのは、あの憎たらしかったクレーマーが急に俺に謝罪してきた時だったな。段々態度が柔らかくなっていったことにも驚いたけど」


「確か1週間くらい前の話だったよな? 俺も話を聞いた時は、まさかもうそこまで変化が起きるとは思いもしなかったけどな」


「ジョージ、俺はてっきりお前が何かしてくれたのかと思ってたけど、本当に違うのか?」


「俺は何もしてねぇって前も言ったろ? これは完全にお前自身が成したことだ。元々光輝にそれだけの力があったってことだ。俺はただその力を引き出すきっかけを与えたに過ぎないぜ」


「そ、そうなのか……。正直まだ信じられないけどな」



 ジョージと出会うまでの日々は、光輝にとって灰色にくすんだ世界で泥臭く足掻き続けるような、辛く苦しいものだった。


 それがジョージとの出会いから急激に日常が変化したことによって、光輝はジョージが何かしら魔法のような力で世界を変化させたのではないかと思うようになった。

 

 観葉植物が喋るという奇想天外なことが起こっているのだから、魔法を使えると言われてもそこまで不思議に思うことは無かっただろう。



「ならそろそろカラクリを教えてやるか。これまでお前が感じてきた心境や環境の変化ってのは、全部『コトバの力』が引き起こしたものだ」


「コトバの……力?」


「そうだ。『言霊』って聞いたこと有るだろ? 言葉に霊力が宿るとされる、日本に古くからある考えだが、それと大体似たようなもんだ。俺がお前に教えたジョージ・プランの内容を振り返って、何か思わないか?」


「……そういえば全部何かしら言葉に関することだったり、心の持ち方とかそういうのに関することばっかだな」


「そうだな。コトバと言っても、何も口で発することだけが全てじゃあねぇ。心に念じること、そして実際に行動に起こすこと、それら全て引っくるめて『コトバ』になる。漢字の『言葉』じゃなくてカタカナで『コトバ』と表現してる理由だ」



 光輝はジョージが話すことを全て理解しきれている訳ではなかったが、それでも興味深そうにジョージの話に耳を傾け続ける。



「お前はジョージ・プランを実行する中で、自然と前向きでポジティブな言葉を発する機会を増やし、逆にネガティブな言葉を発する機会を意図的に減らすよう努めた。それによってお前の後ろ向きだった心が自然と前向きな方向に修正されたんだ」


「胸にずっと燻ってた心のモヤモヤが段々楽になっていったのはそういうことか……。じゃ、じゃあ周りの環境や人の変化は? それも全部コトバの力ってやつでそうなったのか?」


「その通りだ。単純に考えて、人はネガティブな人間よりもポジティブな人間と関わりたいと思うものだろ? そして普段から明るくポジティブな人間ってのは、その人間特有の心地良いオーラを放っているもんだ。逆にネガティブな人間は、不愉快で居心地の悪いオーラを放つ。心当たりはないか?」



 光輝は、偶に家で不機嫌そうにしている両親と過ごしていて、居心地がとても悪かった時のことを思い出していた。



「た、確かに。それじゃあ俺は以前より明るいオーラを出すようになったってことなのか? あんま自覚は無いけど……」


「自分では分かりにくいもんさ。でも俺からすりゃ以前より随分雰囲気変わった気がするぜ? まだ完璧ではないにしても、以前より愚痴は減ったし、悲観的なことをあまり口にしなくなったからな」


「そ、そうかなぁ」



 ジョージに思わぬ形で褒められ、光輝は少し照れ臭そうに頭を掻く。



「1ヶ月前、お前はバイトで何故か自分だけがクレーマーに強く当たられる気がするって話してたよな? それはおそらくお前の中に無意識に他人を見下す心があったからだと思うぜ。そしてそれは無意識のうちに態度や言動にも現れてしまっていた。つまりお前がクレーマーに対して感じていた理不尽は、お前自身が作り出していた状況だったかもしれない。どう思う?」


「……今思えばそうだったかもしれない。前にジョージに怒られたことも、それで納得出来る気がする」


「そこに自分で気付けることが何より立派なことだぜ。そしてコトバの力を最も強く引き出す重要な要素。それがジョージ・プランの3つ目の鍵になる『感謝』だ」


「感謝……」


「そう、ジョージ・プランの3つ目の行動の本質は、日常の中にある当たり前の恵みに気付き、それらを与えてくれる人・物・事に感謝の気持ちを向けることなんだ」



 光輝はこの3つ目のプランを実行することに最初は特に苦労した。自分を生かし支えてくれる恵みとは何を指すのか、あまりピンとこなかったからだ。


 しかしジョージのアドバイスもありながら、段々と自分を支えてくれる様々な恵みに気付けるようになり、今はそれらに対し感謝を向ける習慣がなんとか定着しつつあった。



「それに関しては自分が如何に恵まれた環境に支えられてたのかを改めて思い知った気がする。このアパートも、電気も水も食事も、学校に行けることも、バイトでお金を稼げることも、全部誰かがそれを支えてくれてくれてるから成り立ってんだなって思ったら、自然と有り難いって気持ちが湧いてきたよ」 


「人は当たり前の恵みに慣れてしまうと、その有り難さを忘れてしまうもんだ。そこに気付いて感謝の気持ちを向けられるようになるだけで、一気に人生は好転するぜ? クレーマーがお前に謝ってきたのも、きっとお前自身の変化を無意識に感じ取って、自分もこのままじゃあ駄目だってことに気付いたのかもしれないな。それ程『コトバの力』ってやつは強い力を持ってるんだ。これで理解出来たか?」

 

「そ、そうだな……まだ完璧に理解出来てる訳じゃないけど、でも少し希望は持てたかな。はぁ、最初は上手くいかなかったらお前に『やっぱりダメだった』って噛み付いてやろうと思ってたのにな〜」


「おいおいそりゃあねぇぜ光輝〜。寧ろ一生俺に感謝して崇拝してくれても良いくらいだぜ〜?」


「それは絶対ありえないな」



 光輝がそう冷たく返した後、暫く両者は互いに向かい合い、そして吹き出して笑い合った。



「まだまだこれからだぜ、光輝。これからもジョージ・プランを続けていけば、きっとより良い人生が待ってるはずだ。……っておい、どうした? 光輝」



 急に片目を手で覆ってぼーっとし始めた光輝の様子を見て、ジョージは少し心配そうに呼びかける。


 ジョージの呼びかけに少し遅れ、光輝は反応する。



「……え? あ、ああ済まねぇ! ちょっとぼーっとしてた。そうだな、これからもなんとか頑張って続けてみるよ」


「暑さでちとバテちまったか? シャワーでも浴びてしっかり飯食えよ」


「そ、そうかもな。汗だくだったしそうするよ」



 そう言って光輝は風呂場へと向かった。



(なんだ……? さっき視界の端っこに一瞬変なノイズが入った気がする……。気の所為か?)



 シャワーを浴びながら、光輝は自分の目に生じた違和感を気にしつつも、その後は特に違和感が出なかった為、気にするのをやめてそのまま風呂場を出ていった。

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