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お喋り観葉植物  作者: 叢武


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1/5

お喋り観葉植物 プロローグ

 とある木造アパートの一室に、一人の青年が気怠そうに帰ってくる。



「はぁ……あのクソジジイ、好き勝手騒ぎやがって」



 ワンルームの隅っこに置いてあるベッドの上に倒れこみながら、青年は一人愚痴をこぼす。


 飲食店で接客のバイトをしている彼は、運悪く厄介なクレーム客の対応をさせられてしまい、露骨に気分を悪くしていた。店ではなんとか穏便に事を済ませたものの、彼の中では未だクレーム客に対する怒りが収まらずにいた。


 暫くの間ベッドの上でスマホを眺めた後、体を起こした青年は、ふとベッドと向かい側の壁に目をやる。


 そこには一本の大きな観葉植物が置いてあった。



「そろそろ水やりしなきゃな。やれやれ」



 重い腰を上げ、コップに水を汲みに行く。そして観葉植物の土の上に優しく水をかけた。

 

 比較的水やりの頻度が少なくて済むタイプの品種のため、いつも思い出した時に適当な頻度で水やりをして放置している。



「俺も生まれ変わったらお前みたいな観葉植物になりてぇなぁ。そうすりゃクソ怠い大学もバイトも行かずに済むってのに……」



 まるで観葉植物に語り掛けるようにそんな独り言を呟き、青年はシャワーを浴びに風呂場に向かう。


 気を許せる家族や友人が近くにいない青年は、よくこうして観葉植物に愚痴や不満をぶつけることで気を紛らわしていた。


 何を言っても文句を言わず黙って話を聞いてくれる、いつしかそんな都合の良い話相手のような感覚で語り掛けけるようになっていた。



(あーあ。何やってんだろうなぁ、俺)



 シャワーを浴びながら、青年は思い悩んでいた。

 

 日々の生活に対する充足感を感じられず、観葉植物に愚痴をぶつけることしかできない自分を改めて惨めに思うようになっていた。



(こんなんじゃ父さんと母さんに顔向け出来やしねぇ。クソ、このままじゃダメだ!)



 青年は浴室を出て着替えながら、どうにか気をしっかり持とうと自らの両の頬を叩き、部屋に戻る――



「随分とシけたツラしてんじゃあねえか。ずっとそんな顔してっと幸せが逃げちまうぜ?」


「んなっ!!??」



 自分以外誰もいるはずのない部屋から突然響いた謎の声に、青年は思わず素っ頓狂な声を上げる。



「い、今のは一体!? 隣の奴が騒いでんのか?」



 青年は隣人の部屋を仕切る壁に耳を当てる。木造のアパート故、隣人の声が大きく響くことはよくあることだった。


 しかしどれだけ耳を澄ましても、壁越しからは微かな物音以外聞こえてこない。



「そっちじゃねぇよ。こっちだこっち」



 再び声が聞こえ、声のする方向に青年は咄嗟に振り向く。振り向いた先には、先ほど水やりをしたばかりの観葉植物がポツンと佇んでいるのみだった。



「は、はは……疲れてんのかな、俺。まさか観葉植物が喋るわけ――」


「そのまさかだよ」


「うわあ!! 本当に喋った!?」



 不自然に葉を揺らしながら声を発する様を見て、青年は改めて驚愕し思わず後ずさった。



「はははっ! いちいち反応が面白いなぁお前」


「い、いや……いやいやいや!! なんなんだこれ!? 夢でも見てんのか俺?」


「夢じゃねぇっての。いいから一旦落ち着けよ」


「んなわけあるか!! 植物が喋るわけねぇだろ!」



 目の前で起こっていることが理解できず、青年は混乱しながらも喋る観葉植物の言うことを大声で否定する――。


 カンカンカンッ!!!


 隣の部屋の壁が強く叩かれる音が響く。大声を出し過ぎたことを察し、青年は慌てて口を手で塞いで黙り込んだ。



「ちったぁ落ち着いたか?」



 青年が落ち着いたタイミングを見計らったように、観葉植物が再び話しかける。



「あ、ああ。い、いやそれよりお前は一体何者なんだ!? ま、まさか宇宙人とかじゃないよな!?」


「俺が何者かって? それはな……」



 そう言うと観葉植物が少しの間黙り始める。青年はそれを少し不気味に思いつつ、ゴクリと唾を飲み込み緊張しながら次の言葉を待つ。



「……俺って何者なんだ?」


「知るかっ!!!」



 あまりに間の抜けた回答に、青年は思わず派手にツッコんでしまう。



「うーん。まぁそうだな……」


「はぁ、今度はなんだよ」



 再び考え込む観葉植物の様子を、青年は最早呆れた様子で眺める。



「――よし! そんじゃあ今から俺のことはジョージと呼んでくれ」


「はぁ? ジョージ?」


「そう、ジョージ」



 まるで今適当に思いついたような名前を聞かされ、青年は呆然とする。



「なんでジョージなんだよ?」


「さぁな、なんとなく浮かんできたんだよ」


「んな適当でいいのかよ……」



 青年はジョージと名乗る観葉植物が何を考えているのか分からず、困惑と呆れ返る思いが入り混じる。



「それよりお前は?」


「え?」


「名前だよ、お前の名前。俺は名乗ったんだからお前も教えてくれよ」


「そっちは適当に思い付いた名前言っただけだろ……。まぁ別にいいけど」



 一呼吸おいて、青年は少し気恥しそうに頭を掻きながら自分の名前を言う。



「――俺は光輝。市川(いちかわ)光輝(こうき)だよ。これで良いか?」


「コーキか、へぇ。どういう字なんだ?」


「光に輝くって書いて光輝だよ。てか字なんてどうでもいいだろ」


「いやいや、中々良い名前じゃねぇかよ。光輝、うんうん。名前をくれた親はセンスあるな!」



 ジョージがそう言うと、光輝は露骨に表情を曇らせて不満に満ちた表情をしてしまう。



「……俺は好きじゃねぇよ、こんな名前」


「あ? なんでだよ。立派な名前じゃあねぇか」


「立派だからだよ、無駄にな。今の俺を見れば分かるだろ? 俺のどこが光り輝いてるってんだ? 寧ろ名前と真逆な日々で嫌気がさすくらいだ」



 気がつけば光輝は、己が秘めていた心の内を勢いのままに打ち明けていた。



「もっと平凡で地味な名前が良かったって何度思ったことか――」


「おっとそこまでだ。これ以上親から授かった大切な名前を否定すんじゃあねぇ」



 突然真剣な口調で言葉を返してきたジョージに、光輝は少し驚きの表情を見せる。



「ふざけたキラキラネームとかなら同情もするがな、お前のその名前は明らかに親の純粋な愛が込められたものだろ。それを否定することは、お前自身の全てを否定することになるんだぜ? 惨めで悲しいとは思わないか?」


「お、お前に何が分かるってんだよ! 植物の癖に急に偉そうなことばっか言いやがって!」 


「……」



 ジョージに痛いところを突かれ、光輝はつい感情的になって言い返した。


 ジョージは特に言い返すこともなく、光輝の次の言葉を待つようにじっと佇む。



「……分かってるさ、そんなことくらい。俺だってこの名前に恥じない生き方をしようとこれまで色々努力したんだ。両親には大学に入れさせてくれて一人暮らしまでさせてくれた恩もあるからな。けど今はその日その日を必死で生きるだけで精一杯なんだよ! 俺にはもう自分を輝かせる余裕なんて1ミリもねぇんだ!」



 暗い表情を浮かべながら話をする光輝を、ジョージは暫く見守るように佇んだ後再び言葉を発する。



「……なるほどな。やっぱお前、良いハート持ってんじゃあねぇか。既に輝いてるよ、光輝の心は」


「な、なに言って――」


「だがお前の本来の輝きはそんなもんじゃあねぇはずだ! よし、こうして出会ったのも何かの縁だ。俺が手解きをしてやる。お前が本来の輝きを引き出して前向きに生きていくためのな!」


「はぁ!?」



 ジョージからの突然の肯定的な発言と突拍子もないような提案に、光輝は頭が追いつかず呆然としてしまう。


 ようやく思考が追いついた後、光輝はジョージに色々と物申す。

 

 

「ちょ、ちょっと待て!! 話を勝手に進めんじゃねぇ! さっきも言ったが植物のお前に俺の何が分かるってんだ! 大きなお世話だ!」


「ああそうそう、言い忘れてたが、お前がこれまで俺に語り掛けてきた愚痴や独り言はぜーんぶ覚えてるぜ? 『どうすれば俺にも彼女ができるかな?』とか、『このままじゃ父さんと母さんに誇れる男になれない』とか」


「ちょ、まっ――」



 突然の自分の恥ずかしい独り言の暴露に戸惑い、制止を促そうとするも、ジョージは構わず話を続ける。



「今日なんか『俺も生まれ変わったらお前みたいな観葉植物になりてぇなぁ』だったか? 随分と可愛げのある独り言呟いてたよなぁ?」


「だああああそれ以上はやめろぉ!!!」


「しーっ」



 また隣に響くぞ、とジョージが注意し、光輝は慌てて口を塞ぐ。


 恥ずかしさが限界突破し、頭を抱える光輝の様子を満足気に眺めながら、ジョージは再び話し始める。



「これで分かったか? 俺はお前が今抱えている心の問題も、その解決方法も理解しているってことだ」


「はぁ……本当になんなんだお前。そもそも植物が普通に喋ってるってだけで意味分かんねぇってのに……。どうして俺にそこまで構おうとするんだ?」


「なんでだろうな? 俺にも急に話せるようになった理由は分からねぇ。ただどうもお前のことは放っておけないと思ってな。なんつーか、光輝と話してるとまるで可愛い弟分を相手にしてるような、そんな気分になるんだ」


「なんだそりゃ。悪いが俺にはもう立派な兄貴がいるんだよ」


「へぇ、そうかい。じゃあ俺は2人目の兄貴ってことで」


「勝手に兄を増やすな! はぁ〜……」


 呆れながら深く溜め息を付いた後、光輝はまるで諦めの付いたような面持ちでジョージに話しかける。



「世話の仕方は今まで通りで良いのか?」


「問題ねぇぜ。強いて言えばもうちょい日光をしっかり浴びたいくらいだな」


「なら良いよ。お前の好きにすれば良いさ。減るもんじゃなさそうだし」


「おっ、良いねぇ! そうこなくっちゃな!」


「言っとくが! 俺はお前のくだらねぇ手解きとやらを受ける気は更々ねぇからな? そのつもりでいろよ」



 観葉植物であるジョージは自分で移動出来る訳でも、ましてや超能力のような力を使える訳でもなさそうだった。少し葉っぱを揺らす程度の動きが出来るだけだ。


 ただ会話をするだけの存在なら、本人の気の済むまで好きに喋らせれば良いし、余りに(うるさ)ければ外に出すなり売り払うなりすれば良いだろうと光輝は考えた。



「そう邪険にすんなよ。手解きと言っても、別にお前にこうしろああしろと(やかま)しく押しつける訳じゃあねぇ。俺はただ知恵を与えてやるだけだ。心豊かに生き抜くためのな。俺の言葉を信じるも否定するも、全部お前の自由だ。光輝の人生の主人公は、お前なんだからよ」


「……そうかよ」



 そう言って落ち着きかけた光輝だが――


 グウゥゥゥ〜


 突然光輝の腹から夕飯を催促する音が鳴り響く。



「ははっ! なんだ? 腹でも減ったか?」


「う、うるせぇな。お前と話してたらいつも以上に疲れただけだよ」



 腹が鳴った恥ずかしさを誤魔化すように光輝は立ち上がり、夕飯の自炊をしにキッチンへと向かう。



「これからよろしくな、光輝」



 ジョージの言葉に振り返り、光輝は少し照れくさそうに頭を掻きながら言葉を返す。



「まぁその、こちらこそよろしく。えーっと……ジョルジュだっけ?」


「ジョージだ! ちゃんと覚えとけてめぇ!」



 こうして少し冴えない青年、市川光輝と、突如喋るようになった不思議な観葉植物、ジョージとの何とも奇妙な生活が始まった。

 ご覧頂きありがとうございます。当作品は3話構成で仕上げる予定です。短いですがしっかりと書いていきますので、よろしくお願い致します。感想、意見等お待ちしております!


追記:最終的に全5話になりました(笑) まぁ沢山読めるということで、一つよろしくお願い致します。

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