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17.今日に至る裏側

「信じてもらえないだろうけど、私が本当にセウォンズを騙すつもりでいるなら、聞こえるかもしれないのに、愛してるなんて不用意に言わない」


「イレネアは賢いけど、不用意なところもあるよ」


 七年前森で迷子になったように、少し抜けたところがある彼女なら、気持ちが高ぶってうっかり魔王を愛してると言葉を零してもおかしくない。


「それは⋯⋯反論できないところもあるけれど」


 彼女は一瞬否定しようと口を開いたが、思い直したようで、代わりに肩を竦めた。


「でも、何も話さないでいようと思ったのは、セウォンズを信用してないとか、陥れようとかそういう訳じゃなくて、それが一番お互いにとっていいかもしれないと思ったから」


「そんな訳ないだろ!」


 思わず振り返ると、後ろに立ったイレネアと至近距離で目が合う。彼女は魔王を刺しているにも関わらず、あの時と違い、極めて冷静そうに見えた。


「だって、セウォンズは私が告白した時、恋人がいるならはっきり言ってほしいって伝えたのに、答えをはぐらかしたじゃない」


「それはイレネアが魔王が好きなのに、嘘をついているから!」


「そう最初に言ってくれれば、口が勝手に動いただけって答えたわ」


「それは信じられないって!」


「じゃあ、やっぱりこの首を落として見せましょうか」


 そう言ってイレネアが俺の返事も聞かずに、一人で魔王の心臓に刺さる剣を抜こうとする。


「ぬっ、抜けない⋯⋯」


「イレネアだけの力じゃ無理だよ」


 呆れたように俺がそう言うと、それがイレネアの癇に障ったようで、重なった手をつけられる。


「痛っ」


「じゃあ、どうすればいいのよ!⋯⋯大体、専属の護衛騎士は出来ないとか、薬草博士引退しろとか、城で幽閉生活送ったほうがいいとか、全否定されて、理由も言わずに私を疑ってるセウォンズに、私の生涯をかけた壮大な計画を、時間も限られてるのに治療の片手間で話せって。やる事が多過ぎるのよ」


 開き直ったかのように俺を睨みつける彼女は、言い始めたら止まらなくなったのか、言葉を続ける。


「昔のよしみで、やる事が一段落して落ち着いたら、問いただそうとか、それまでは疑念は胸にしまっておこうとか、少しくらいは思ってくれてもいいんじゃない?」


「しっ仕方ないだろ!イレネアは魔王が好きで、その魔王城で魔族と戦ったのに、俺たちの仲間全員が生還なんて何か仕組まれてるに決まってる!」


「仕組まれてるわよ!当たり前じゃない。私が七年間ぼうっとセウォンズの助けを持ってるだけのお姫様だとでも思ってるの?私はセウォンズと同じく多くを救いたいし、そのために行動してきた。私が何かセウォンズの仲間に不利益をもたらした?」


 魔族の不可解な行動に、何か損害を得たのかと問われれば、今のところ何もないので、そう言われると確かに弱い。


 だけど、何の根拠もなく疑っていた訳じゃない。


「ないけど、これから起こるかもしれないし、魔王城に侵入した人間が魔族から手加減されるなんて、そんなの魔王と何か共謀でもしてない限りおかしい」


 この理屈は覆しようがないだろう、そう想いをぶつけると、後ろから声が上がる。


「お二人さーん、お取り込みのとこ申し訳ないけど、早くして。ご主人には、魔王が死んだら結界が解けて、城に半グレ魔族が流れ込んで来るって説明したでしょ」


 ツノーノが初めて聞くにしては、とんでもないことをサラリと口にした。


「分かってる。⋯⋯セウォンズ、魔族たちは必ずしも魔王を崇拝してるわけじゃない。魔王は時々人々を襲撃した記録は残っていても、基本的には千年この領地に引きこもってきた。その現状に不満を覚える魔族は少なくないの。そこに、魔王を倒せるという伝説の勇者一族の末裔がやってきた。私は魔王に不満を持つ一部の魔族に対して、魔王を倒す勇者に道をわざと譲るように誘導した」


「魔王に不満を抱いた魔族?そんな話聞いたことがない」


「表立って口にすることでもないもの」


 イレネアは俺の疑念を事もなく否定する。彼女の説明は一定の説得力があった。しかし、そうした魔族側の勢力事情について、詳しいことは未だ分からないことだらけだ。鵜呑みにするわけにもいかない。


「つまり、この場には勇者側の魔族と魔王側の魔族がいた。勇者側の魔族は、セウォンズたちの襲撃時の混乱に紛れて、不意打ちをついて魔王側の魔族を倒した。とはいえ、魔王が倒された後に自分たちも倒されては元も子もない。出来るだけ人間の数は減らしておきたいという思惑もあった」


 自分たちの手で魔王を倒そうとは思わず、勇者の力を頼る魔族。それはあまりにも滑稽な話に思えたが、イレネアの説明は続く。


「私は提案した。最初は勇者一人を通して、勇者が負けそうだったら、私が回復薬で瀕死状態にした人間を起こして増援に向かわせる。そうすれば最小の人数で魔王を倒してもらえるって」


「⋯⋯自分たちの手でとは考えなかったのか?」


「魔王の方針に不満があっても、魔王の強さを疑っていたわけではないから。絶対に自分たちでは倒せないことを悟っていた。そして、勇者には特別な力があると信じていたの」


「特別な力⋯⋯」


 それはおとぎ話の世界だけの話だ。俺は特別な力など感じたこともない。魔王を対峙した時だって、不思議な力が湧いてくるといったこともなかった。


「勇者側の魔族もその力の真偽については疑問視していた。最悪の場合、勇者含めた人間全員が魔王を倒せないこともあり得ると覚悟していたの。その時には、勇者と戦う魔王に助太刀しなかった理由が必要になる。だから、人間を瀕死にさせた後は、自分たちを傷つけ合って瀕死状態になった。私が上手く回復薬で人間の数を調節して、勇者が魔王を倒した後は、魔族用の回復薬を使うと信じて」


「魔族はイレネアのことをそこまで信用してたのか」


「信用はしてなかったでしょうね。でも、私の薬がなかったとしても、魔族は瀕死状態でも夜には自然治癒能力で回復する。私が裏切ってようと、魔王が倒されれば脅威になる存在ではないし、魔王が生き残れば私を上手く告発して責任逃れすればいい」


 淀みなく説明するイレネア。どこか釈然としないものの、上手く言語化はできなかった。


 しかし、俺には最大の疑問が残っている。


「魔族側はそうだとしても、俺には魔王がイレネアにわざと殺されたように見えた。それが魔王との共謀を考えた理由の一つでもあるんだ」


「⋯⋯セウォンズの勘違いではないという前提で話すなら、魔王は死にたかったのかも」


「死にたかった?」


「千年という時間は長過ぎるから」


 それはなんとも人間的な意見だった。俺たちには想像もつかない年月を生きるのは、とても大変なのではないかという妄想。


 人間だってネズミの何倍も長く生きるが、ネズミの生涯より大変だとは限らないと、少し考えれば分かものだが。


「俺はそうは思わない。魔王はイレネアのことを任せられないとか、⋯⋯未練があるようみたいな言い方をしていた。魔王とイレネアの間には何らかの関係があったはずだ。違うの?」


「ねー、早くしてって言ってるよね。嫉妬深い男は嫌われるよ、勇者」


 イレネアに助け舟を出すように、ツノーノが口を挟む。


「さっきも言ったけど、魔王城に潜入したボクのたった一人の仲間が帰って来なかった。魔族に捕まったと判断したボクとイレネアは救出を考えていた。死んでる可能性も高かったけど、ボクは行くと決めていたし、イレネアも作戦を立てるのを手伝った」


 そう言われて、先程ツノーノがそんな話をしていたことを思い出す。


「思い出してくれた?結論から言うと、その救出作戦は失敗した。ボクとイレネアは、ちょうどこの部屋でいつ首を飛ばされるかヒヤヒヤしながら、魔王と対峙していた。あの時は怖かったよね、イレネア?」


「⋯⋯そうね」


「でも、イレネアが命乞いしたら助かった。面白いから僕を殺せるなら殺してみればいいみたいな、そんな挑発的なことを魔王が言ったから、週一でイレネアとボクが魔王城を襲撃するという遊びが始まった」


 聞かされたろくでもない遊び。とてもじゃないが、現実味のない話だ。だけど、人を小馬鹿にするような態度を取りつつも、説教好きなおしゃべり魔王を思うと、あり得ないと言い切ることも出来ない。


「ボクも勇者の立場だったら、こんな話は信じない。けど、魔王とそんな奇妙な関係にあったのは事実だ。だから、魔王がイレネアを気に入ってたのも、事実だと思うよ」


「魔王が一方的にイレネアを好きだったと言いたいのか?」


「魔王はイレネアの魂に興味があると言っていた」


「魂?」


「そう、魂。その言葉の真意は知らないけどね。単に性格が好きって意味かもしれないし。でも、ボクは身体が乗っ取られたように感じたイレネアと関係がありそうだなーとは思うよ」


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― 新着の感想 ―
イレネアが言う反魔王派との計画が本当なら戦わずに影から状況を監視して連絡する魔族がいないとおかしいのよね。 まさかの、魔王が千年生きてる間のどこかでできた嫁さん(人間か魔族かは不明)の生まれ変わりが…
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