15.暗殺集団
「仮にお前がイレネアを助けたのだとしても、身柄の引き渡しを七年間も行わなかったなら、立派な誘拐犯だ」
「怖いなー。ボクだって小さい女の子が森で迷子になってたんだから、おうちに返してあげようと思ってたよ。これでも人の心があるからね」
「イレネアが自身で魔王領に残ることを決断したのだとしても、当時十歳の子どもが冒険気分で残ると言ったようなものだ。常識ある人間なら、いや人の心があるなら、少なくとも森の外に送り出すのが筋だろう」
「落ち着きなって。ボクに魔物に襲われているところを助けられたご主人は、置いてきた勇者の心配をしていた。だから、その夜が明けてからすぐにボクはご主人を連れて、勇者と別れただろう場所を探して歩いたんだ」
怪我をした俺は、日が暮れないうちに発見された。怪我が酷かったため、救出された次の日は病院に半ば監禁状態で治療を受けている。
その一方で、森ではイレネアが俺を心配して、姿を探し歩いていた。これが本当だとすれば、なぜ捜索隊はイレネアを見つけられなかったのか。
そう素朴な疑問をぶつけると、ツノーノは待っていたと言わんばかりに口の端を吊り上げる。
「ボクは長く森に潜伏していたから、話を聞いてすぐ勇者とご主人が別れた場所を見つけることができた。そこに勇者は既にいなかったけど、代わりに捜索隊がいた。これで事件は一件落着。探し人はここにいるよって、その集団に声をかけよう。ボクはそう思った。だけど、その時に聞いちゃいけないことを聞いたんだ。なんだと思う?勇者」
「……イレネアの悪口か何かだろ。お転婆姫がとうとう大きな事件を起こしたんだから、愚痴の一つや二つはある。それを許容できないイレネアではないはずだ」
「ご主人ってば、みんなにお転婆ってバレてたんだ!その愚痴大会ならボクも参加してみたいね。でも、その時聞こえてきたのは、そんな可愛い話じゃなかった」
ころころと笑い声をひとしきり上げた後、ツノーノが話の核心に触れる。
「ボクが聞いたのは、ご主人を殺そうって話さ」
イレネアを殺す。多少の愚痴はあれど、一国の姫に対してそのような暴言を吐くのは命知らずのすることだ。仲間内の冗談だとしても、場合によってはただでは済まされないだろう。
これが本当だとすれば、導き出される答えはただ一つ。
「捜索隊の中にご主人の暗殺するよう密命を受けた連中がまじってたのさ。魔族に殺されたことにすればいいって、面白いよね」
それのどこが面白いのか。俺は聞かされた恐ろしい内容に言葉を失った。
当時のイレネア捜索は、辺境領の兵と王都の兵が、力を合わせて行っていた。王族が行方不明となれば、辺境領の人間だけに任せるわけにいかないということだった。
それに、王妃と共に避暑のためという名目で辺境に遊びに来るイレネアには、王都の兵士が護衛として数十人ついてきていた。その兵士たちがイレネアの捜索を手伝うのは当然の流れだ。
おそらく行方不明になった翌日にはその数十人が捜索隊に参加している。
遅れて王都から派遣された兵士も五十人規模にも及び、捜索開始三日後には隊に加わった。
その中に裏切り者がいるというのか。
「その連中の顔は覚えてるか?」
今回の魔王領遠征も辺境領と王都の兵士の混合部隊となっている。選抜にはイレネア救出に協力してくれそうな人員と踏んで、当時の護衛や捜索参加者を多く採用していた。
この話が本当だとすれば、今にもイレネアを殺そうと企てている人間を自ら招き入れてしまった可能性がある。
「覚えてるよ。ご主人とボクでその一か月ずっと連中を観察してたからね」
「本当か!?」
「何回も言うけど、ボクは人の心があるからね。小さな女の子が理不尽に殺されそうになっているのであれば、手を貸すのを惜しまない。けど、数が多かったね。まったく、嫌われ者のボクにピッタリのご主人だよ」
「暗殺者の数が多くて、お前とその仲間とやらでは、手出しできなかったということか」
「ボクが強かったって褒めた口で、そんなこと言わないでよ。当然、ボクはその連中をその場で全員殺すことができた。だけど、魔王領の森でそんなに人間が死んだらどうなるか、その責任は負えなかったんだ。ご主人も同意見だったよ」
魔王領の森で捜索隊が大量に不審死を遂げた後、イレネアが生還する。それは確かに嫌な波紋を呼びそうだ。イレネアを暗殺しようとした人間が、面白おかしく事実を捻じ曲げる可能性もある。
「だけど、大規模捜索は一か月で打ち切りになった。その後なら、どうにかなったんじゃないか」
暗殺者集団の似顔絵を後で書かせると心に決めて、俺は捜索打ち切り後の話について続きを促した。
「ご主人と一か月観察して分かったのは、暗殺の命令を出しているのが、ご主人と同じ王族だってことさ。ご主人が生き残りたいのであれば、魔王領が安全だし、戻るにしてもそいつをまずどうにかしないといけない。一緒に角を作りながら、ご主人は魔王領に残ると決めた」
「角?」
「魔王討伐のためには、ご主人のことばっかりにかまけているわけにもいかなかったからね。ボクが暗殺者集団を調べる手助けをする代わりに、ご主人には魔族に扮するための角の制作を手伝ってもらっていたんだ。ご主人が見つける草で染めるとそれらしい色になって、大助かりだったよ」
それは容易に想像がつく。イレネアの草に関する知識は、当時から目を見張るものがあった。
「でも、そんなものでは誤魔化しがきかなかったみたいで、魔王城に潜入したボクの最後の仲間はあっさり見つかってしまったんだ。約束の時間にその人物は帰ってこなかった。それがイレネアと出会って、半年が経過した頃の話だ」
「なっ、お前は馬鹿なのか……?」
思わず本音が漏れる。それが通用したら、魔族に人間が追い詰められた歴史など存在しないだろう。
「頭は良くないよ。ボク、勉強とかしたことないし」
ツノーノが自慢げにそう言うが、そんな作戦にイレネアが同意したのだろうか。子どもだったとはいえ、もう少し頭は回るはずだ。いや、魔王領の森に二人で内緒で行こうと言ったイレネアなら、そういう無謀さも持ち合わせていて当然かもしれないが。
つらつらとしょうもないことを考えていると、ツノーノがまた口を開く。
「それでボクらは選択を迫られた。帰ってこない仲間を助けに行くか、否か。ボクが一人であったら迷わなかったんだけど、イレネアをどうするかという問題があったんだ」
「どう考えても、イレネアの排除を狙う黒幕を倒して、彼女の身柄を引き渡してから、助けに向かうのが正しい」
「そう言うなら勇者はご主人の暗殺を目論見そうな人間に心当たりがあるの?」
「……ある。完全なる憶測ではあるけど」
「へー、誰なの?聞かせてよ」
ツノーノが興味深そうに尋ねてくるが、大した考えではない。七年前の行方不明騒動に乗じてイレネアの暗殺を企てそうな人間と言われたら、十人中十人が同じ名を口にするはずだ。
「七年前、あの年は王子が誕生したんだ。王様の子どもは他にイレネアしかいなかったから、その子は第一王子。だけど、イレネアと母親が違う。その王子は側妃の子だった。俺のいる辺境までその派閥争いの話が回ってきたことはない。だけど、イレネア暗殺したい人間がいるとしたら、側妃とその派閥が一番怪しい」
「なるほどね」
「イレネアもそう疑わなかったのか?」
「疑ってなかったわけではないと思うけど、ご主人には別の考えがあったみたいだよ。それはもう少し人のいない場所で後で話すとして、そう!ボクらは選択を迫られていた、仲間を助けるか、否か」
大げさに身振り手振りも加えたツノーノ。最初あれだけ面倒だと言っていたにも関わらず、ここに来て調子づいてきたようだ。
イレネアを視界の端で盗み見ると、全員の無事を確認したのが分かった。
「ツノーノ。もう少し手短に話せないか」
「手短に話したら、仲間を人質に取られて、なんやかんや魔王の言うこと聞きながら、七年間殺すタイミングを伺って、今日が来たという言い方しかできないけど」
「……」
「それでいい?」
「良くない」
吠えるように答えるとツノーノが笑う。
「じゃあ、もう少し話に付き合ってよ」