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13.語られる出会い

「おー、本当に傷口が塞がった」


 そうツノーノが感嘆の声を上げた。どうやら治療が終わったらしい。メイド服に血が滲んだ部分を隠すように、イレネアは解けたリボンを結び直してあげている。


「うん、いい感じね」


「へー、これが主従プレイというやつか。これはいいな。やっぱり、ボクは眷属になるよ。いや、もうなってるんだけど」


「⋯⋯そのあたりの話を一度整理しましょうか。ツノーノ、いいわね?」


「もちろんだよ、ご主人。眷属にとっては、主の話が全てだからね」


 芝居がかった台詞に、イレネアが頭を手で押さえながら、こちらを振り返った。


「セウォンズも。私の説明は聞きたくないって言ってたけど、もう一度私の話を聞いて」


 お前そんなこと言ったのかと、ラネルがこちらに視線をくれる気配がしたが、それを無視して俺はイレネアに頷いてみせる。


「ラネル・アグリレン。貴方も」


 イレネアが当たり前のように、名乗ってもいないラネルのフルネームを口にした。


「私のことを覚えていらっしゃったのですか?」


「もちろん。王族として当時の貴族名簿は隅々まで暗記していたし、今でも諳んじることができるわ。とはいえ、貴方が例え平民だとしても覚えていたと思うけど」


「それは光栄ですが⋯⋯一体、なぜ?」


 言いにくそうではあったが、俺が聞きたそうにしてるのを察してか、ラネルがそう尋ねる。


 自称恋愛マスターで、毎日違う女との噂が流れるラネルのことだから、イレネアにも手を出していたのかと思ったら、この件に関しては特に覚えがないようだ。


「秘密」


「左様ですか。しかし、美しい女性の謎は暴きたくなってしまうのが、私の性でして。いつか教えていただけますか?」


「多分、一ヶ月後くらいに話すわ」


「楽しみにしています」


 その謎の期間は何なのか、そう問いただしたかったが、隣に立つラネルはそこで引き下がった。


「ところで、私は広間の工作員からお二人の帰りが遅いので様子をみてきてほしいと頼まれ、お迎えに参ったわけですが、美女がもう一人いるとは聞いておりませんでした。そちらのお話を伺っても?」


「ええ。回復薬の効果で目を覚ましかけている人が何人かいるから、手短に話したいところだけど、多分長くなるわ。あの日の説明からしないといけないから」


 そう言われて見回すと、確かに苦しげな呻きとともに身じろぎする仲間たちの姿が目に入る。今回も回復薬はきちんとその効果をみせていた。


「七年前のあの日、私は魔王領の森にセウォンズと薬草を取りに行った。けれど、その道中で魔物が出て、セウォンズは酷い怪我を負った。それで、私は大人の助けを呼ぶために、動けないセウォンズを置いて、一人で道を引き返すことにした」


 そこまでの話は当時の関係者なら全員に知っている話だった。しかし、その後の話は七年間誰も知らない。


 魔王領の森は広く、捜索隊も彼女の痕跡を見つけられなかったという話だ。


 無意識に手に力が入る。かつて十歳だった彼女は魔王に攫われたのか、否か。知りたいようで、知りたくないような気もした。


 しかし、そんな俺の心情を裏切るように、彼女はあっけらかんと告げた。


「それで⋯⋯結論から言うと、私は道に迷ったの」


 言葉を濁そうとしたが、他にうまい表現が見つからなかったのだろう。イレネアは開き直るようにそう言い切った。


「早くセウォンズを助けなくては。そう歩き始めて一時間くらいした後に思い出したの。色んなところに薬草を探しに出かけてはいたけど、私は森の中を一人で帰ったことがなかったのよ」


 それは当たり前のことではあった。森の中での一人行動は大人でも危険なのだ。子どもが一人で歩くところではない。


「行くときの道はいつも私の行きたい方向で、帰り道はセウォンズの方向感覚に頼ってたから、帰り道が分からない。そんな当たり前のことに気づかなかった。魔王領の森は初めてだったし、魔物と追いかけっこしているうちに、いつの間にか深いところまで来ていたんでしょうね。森の入口を探して見渡しても、同じような木があるだけ」


 そこで言葉は一度区切られた。


 その時のイレネアの様子は想像に難くない。あの時は俺も怪我に気を取られていて、イレネアが森の出口が分からない状態で行ってしまったことまで、頭が回っていなかった。


 当時の俺から見たイレネアは博識で、何でも出来るように見えていた。だから、帰り道を俺の方向感覚に頼っていたなんてことも気づかなったのだ。


「そんなことだから、魔王領の森を彷徨い歩いていると次第に日が暮れて、いつの間にか夜になっていたの。日の光があるうちは、魔物に見つからないように歩くこともできたけど、夜はそうもいかない。案の定、その夜のうちに魔物と目が合って、私は逃げようとして転んでしまった。セウォンズに心の中で謝りながら、私は死を覚悟したわ」


「でも、イレネアは死ななかった」


「そう。私を助けてくれた人がいた」


「それが魔王?」


 その先の言葉が聞きたくなくて、俺はイレネアの言葉を先回りするように尋ねていた。しかし、彼女は首を横に振る。


「違うわ」


「では、誰が貴女を助けたのです?」


 ラネルが次の言葉を促す。その表情は訝しげだ。


 しかし、無理もないだろう。魔王領の森には当然人間は近づかないが、魔族だって好んで夜に出歩く場所ではない。偶然イレネアを見つける者がいたなんて、話が出来すぎているように思えて当然だ。


「それがお散歩好きのご老人だった、なんて話ではないのでしょう?」


 圧を感じる言い方をするラネル。女性に対しては基本的に物腰柔らかな言動をする彼にしては珍しく、分かり易すぎる攻撃的な態度だ。


「そのまさかよ。私はたまたま森を散歩していた彼女に助けられた」


 そう言ってイレネアが視線を向けた先には、ツインテールのメイド服を着た女性。


「ツノーノ。彼女が魔王領の森で彷徨う私を助けてくれたの」


 イレネアの説明に、ツノーノは直されたリボンを所在なさげにいじりながら、小さな声で訂正した。


「おい、ボクは散歩してたわけじゃないぞ」


「そうだったけ?まあ、そこはなんでもいいのよ」


「勇者と眼鏡が険しい顔でこっち見てるけどな」


 イレネアは俺たちの視線に気づくと、コホンとわざとらしく咳払いした。


「冗談よ」


 だとすれば、ユーモアセンスの欠片もない。


「ツノーノがなぜそこにいたかというのは、説明すると信じられないくらい長くなるのだけど……」


 ピクリとも笑わないこちらの様子に、イレネアが視線を彷徨わせる。その視線を辿ると、先程まで気絶していた仲間が目を覚ましているのが分かった。


「仕方ないなー。そこから先の話はボクが一番良く知ってるからね。新入りにはボクが話すよ。ご主人は目を覚まし始めてるそいつらの様子を確認して」


 イレネアが助けた仲間たちの様子を心配そうに見ていたのを、俺と同じく察しただろうツノーノが、その心情を慮るような提案をする。


「でも……」

「ご主人が説明しても、ボクが説明しても同じ。そうでしょ?」


 当てつけのようにこちらを見据えたツノーノ。咄嗟に肯定も否定も出来ずにいると、彼女は俺たちを鼻で笑った。


「ほら、同じだって」


 イレネアの頬を引っ張りながら、俺の心情を決めつけるような台詞を投げかける。彼女は眉を下げてぽつりと「そうね」と呟いた。


「ちがっ」


「そうです。誰の口から聞こうが全く同じです。それで、お話の続きを伺っても?」


 反射的に同じではないと弁明しようとした俺の口を塞ぐように、ラネルが早口でツノーノの言葉を肯定する。


「いいよ。ほら、ご主人。変な顔しなーい」


「それは……私の頬を引っ張るからでしょ」


「そっか」


 あっさりと手を離したツノーノは、次いでイレネアの肩を掴んで反対に向かせた。


「後悔しても遅いしね?責任持ってお仕事頑張って、ご主人」


「分かってる」


「そうこなくちゃ」


 ツノーノがイレネアの背を押す。それに頷いたイレネアはこちらに振り返った。


「悪い子じゃないんだけど、分からない部分があれば遠慮なく聞いて」


「そうさせて頂きます。とはいえ、美人に悪い人はいないという持論を持っておりますので、そのような心配はしておりませんよ。イレネア様、貴女も含めて。そうでしょう、セウォンズ」


 ラネルが機転をきかせて俺に同意を求める。俺はこくりと頷いた。その様子が可笑しかったのか、イレネアは口の端を緩めた。


「奇遇ね。私も美人に悪い人はいないと思ってるの」

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― 新着の感想 ―
とはいえ、イレネアにしてもツノーノにしても、それが真実という保証もないのよね。 今までの言動のせいで信用がなくなってる。 この先を聞いても、その内容が本当ならなぜすぐに話さなかったの?ってなりそう。 …
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