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10.悪魔の証明

「何言ってるの?魔王の死亡を確認したのはセウォンズ、あなた自身でしょう?」


 イレネアのその言葉は一瞬理解できなかった。だが、すぐに頭の中で咀嚼して、会話がすれ違っていることを理解する。


「……魔王が死んだことは疑ってないよ。イレネアの不意打ちに魔王は死んだんじゃなくて、わざと殺されたんじゃないかって疑ってる」

「あ、そういうこと……」


 イレネアは小さく呟いた後、気を取り直すようにワンピースの袖をまくり、注射器を持って最後の一人だろう人の前に移動した。


「残念ながらその疑念を否定することはできないわ」


「なら、ここは危険だ」


「危険を冒してでも助けるべきだと話したばかりでしょう?」


「状況が違う。諦める諦めないの話じゃない」


「セウォンズ」


「それとも、魔王は魔族全員に人間を殺すなって指示した?」


 言い争いをしている暇などないのに、つい追い詰めるような強い口調で聞いてしまった。当然のように答えには少し間が空く。


「全人類の敵と評される魔王がそんな指示するはずないじゃない」


 イレネアは軽口を叩いたつもりだったかもしれないが、隠し切れない険を含む言い方だった。魔王を悪く言うのは憚られるのだろう。俺も彼女にそんな台詞を言わせたいわけではなかった。


 これではただ醜い嫉妬をぶつけただけではないか。


 次の上手い言葉が見つからず、淡々と作業を進めるイレネアの背を見つめる。


「よし、これで全員ね」


「イレネア」


「ね、大丈夫だったでしょ?」


 こちらに笑顔を向けるイレネアに酷く罪悪感を覚える。ここは大人しく同意しよう、そう思った。しかし、その彼女の背後で閉じられた扉が音もたてずにわずかに開いたことに気付く。


「イレネアっ」


 渾身の力を込めて彼女と扉の間に跳躍した。イレネアの驚いた顔を横目に、間髪を入れずに握りしめた剣を開いた隙間に差し込む。


「何者だ!?」


 そんな台詞と共に切り込んだ剣が空を割いた。その手ごたえのなさに次の攻撃に備えるのため、一度差し込んだ剣を引く。しかし、それを見計らったかのように扉が開いた。イレネアを守るために一歩後ろに後退しながら、扉を開けた人物を見据える。


「あっぶないなー」


 剣を向けられているにも関わらず、緊張感のない間延びした声。その余裕ぶりは魔王を彷彿とさせる。


「それでお前が勇者なの?」


 明らかに遠征に参加した人間の台詞ではない。それにも関わらず、俺は咄嗟に動けなかった。魔法にかけられた訳でも、怪我をしたわけでもない。ただ、攻撃の判断ができなかったのだ。


「おい、聞かれたことには答えるべきだろ」


 謎の憤りをみせるその人物には魔族特有の角がなかった。


 突如現れたのはピンク色のクラシカルメイド服を着たツインテールの派手な不審者。明らかに遠征のメンバーではない。けれど、魔族の象徴である角もない。


 つまりは人間。それが俺の剣先を鈍らせた。その攻撃するべきか悩んでいる隙に、後ろに立っていたイレネアが声を上げる。


「つの⋯⋯」

「ツノーノ!」


 何か言いかけたイレネア。しかし、その言葉を遮るように、不審者が大声を出した。


「ツノーノ。それがボクの名前だ。仕方がないから、先に名乗ってやろう。勇者」 


「⋯⋯イレネア、顔見知りか?」


「えっと、そうね」


 不審者から目を離さないように、振り返らず背後のイレネアに尋ねると、微妙な返答があった。しかし、緊張感は感じられないので、危険人物や心当たりのない人物の類いではないらしい。


「何者なんだ?」


「この姿を見て分からないか?ボクはイレネアの眷属だ」


 お前に尋ねたわけではない、イレネアに聞いたのだ。そう勢いよく返そうとした。だが、今の不審人物の言葉は聞き逃せない。


「イレネアの眷属?」


 眷属という聞き慣れない単語。それに思わず聞き返すと、不思議そうに不審者は首を傾げた。


「お前、知らないのか?人間の女は主人に仕える時、服従の印として、この珍妙な服を着ているだろう?」

「それは使用人のことを言っているのか?」


 確かに、そのド派手なピンクは普通のメイド服と違うのだが、貞淑な長いスカート丈や首元を隠す長襟は古典的だ。


「使用人?人間は眷属のことをそう呼ぶのか?」


「⋯⋯まるで自分が人間ではないかのような言い分だな」


 角がない魔族がいるとは聞いたことがない。だが、魔族のことは分からないことのほうが多いのだ。人間に擬態できる魔族がいても、おかしくはない。


「だったら?どうするの?」


 挑発的に笑うツノーノと名乗る不審者。俺は剣を握り直す。


「魔族ならこの剣で切る」


「へー。イレネアの眷属って言ってるのに?」


「⋯⋯関係ない。世界を火の海に焚べた一族に情けなど不要だ。我がケルカストの名において」


 魔王領に隣接する辺境伯家ケルカストは、魔王を退けた勇者の末裔一族が継いできた。おおよそ五百年前から続く由緒ある家系であり、その間ずっと魔王領の監視を任されている。


 魔族との大戦があった五百年前当時の詳しい文献は既に残っていないが、世界各国の主要都市に火をつけて、人間を蹂躙した魔王率いる魔族を、今の魔王領の土地まで退けたのが、初代ケルカストの勇者だ。


 戦火を逃れた魔王は勇者を恐れ、深い森の中に城を構えたことで、その周囲一帯は魔王領と呼ばれ、勇者にはその隣に領地が与えられたという。


 あの人間を小馬鹿にした態度の魔王が勇者を恐れ、五百年も深い森の奥に閉じこもっていたという話は、今となっては怪しいものだが、とにかくそれが通説である。


 確かなのは、魔王の指揮下で魔族が世界各国の人間を蹂躙したということだ。その爪痕は今もなお各地に残っており、疑いようもない事実として存在する。


 故に、俺はその意思を継ぐ者として、イレネアに泣いて縋られようと魔族を許すわけにはいかないのだ。


「もう一度問おう。お前は何者だ?」


「何者、ね」


 勿体つけるが如く、そう呟いたツインテールの不審者。こちらを睨みつけるような冷たい目線は、おおよそ友好的ではない。


「お前にはどう見える?ボクは人間?それとも魔族?」


「それが分からないから尋ねている」


「分からない!いい言葉だね。角がなくても、魔力が感じられなくても、ボクが人間か魔族か、お前には区別がつかないんだ!」


 興奮が抑えられないのか、俺の言葉を大げさに復唱してみせる。その態度からは、誰かに付き従う眷属という立場にあるなど想像もつかない。


「仕方ないから教えてあげよう。愚かな勇者」


 まるで魔王のような上から目線な物言いだった。角はない、魔力も感じられない。それどころか、姿、顔、口調、その全てが違う。けれど、態度のみで彷彿とさせられる。


「ボクは人間だよ」


 その勝ち誇った表情は魔王そのものだ。


「さて、ボクの言葉を信じる?それともボクをその剣で切る?こっちはどちらでも構わない」


 魔力の感じられない角なしの不審者は嘲笑う。そこだけを考えたなら、人間と言わざるを得ない。しかし、言動は短い時間しか共有してない魔王に酷似しいていた。


「……切る」


「セウォンズ!待って、私から説明する」


 困惑したように黙ったままだったイレネアが、よりにもよってこの時において声を上げた。俺の左肩に手を置いて引き止めようと袖を引っ張る。


「やめてくれ」


 理屈など分からない。魔王は確かに死んでたし、顔も違う。角だってない相手だ。しかし、イレネアが咄嗟に庇うその人物を、俺は根拠なく理解するしかない。


「イレネアの説明は、聞きたくないっ……!」


 添えられた手を振り払うようにして、俺は一歩前へと躍り出る。後ろで彼女がどんな顔をしているかは容易に想像がついた。


「セウォンズ!」


 懇願するような叫び。今度こそ俺はイレネアに一生恨まれるかもしれない。それどころか、人殺しの罪に問われる可能性だってある。


 けれど、俺は勇者だ。臆病だろうが、勇者なのだ。


「ツノーノ。俺と戦え。人間だと死んで証明しろ」

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魔王と結託して何を計画しているかまでは突っ込まなかったか…。 もっと人類の敵として揺さぶりをかけて欲しいけど、まだそこまで割り切れないか。 イレネアさん、待ってじゃないのよ。何も語らないあなたの所為…
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