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人と獣は相容れない

 玄関脇の階段を二段飛ばしで駆け上がる。踊り場に差し込む一筋の光は、影を切り裂くように校内を照らしている。鏡の盾で反射したら、あの伝説のメロディーが聴こえてきそうだ。

「わっ、ごめん!」

階段を登り切ってすぐのところで、3人組の生徒とぶつかりそうになった。廊下は走らない。いいな。絶対だぞ。一部の女子のたまり場になっている洗面所を過ぎると、2年の教室が3部屋並んでいる空間に着く。3部屋の中央、2年2組の前で速度を落として、無遠慮にドアを開く。


「お。高橋おかえり。体調は、もう大丈夫そうだね。」

「高橋君おかえり。」

教室のドアを開くと、そこには谷垣さんと新井さんがいた。黒板の横で談笑中だったのだろう。今年からクラスメイトになったので、彼らのことを俺はほとんど知らない。とりあえずわかるのは、2人がイケメンだってことくらい。谷垣さんは目がきりっとしてて、センター分けが抜群に似合っていて、流行りのK-POP歌手みたい。新井さんは、鋭い黒髪の清涼感が半端なくて優しい眼差しもクールで、スポーティーな美青年って感じだ。クラスメイトどころか、学年でも別格。聞いた話だが、2人はサッカー部で仲良くなったそうだ。そんな彼らに対して言えることは、ズバリ、バレンタインデー嫌いだろう君たち!!


「ありがとう!谷垣さん。新井さん。ですが、ご心配には及びません。この通りわたくし、快調でございますので!」

ここで~、グッドポォーズ。

「いや、もう心配はしてなかったんだけど。まあいいや。元気そうなら。」

谷垣さんは爽やかな見た目のわりに結構雑なところが多い。彼女さんが苦労しそうだ。彼女いるのか知らんけど。

「三上と田中なら、10分くらい前に中庭行くって出ていったぞ。」

...わぉ。さすが新井さん。凄まじい状況把握能力、気遣いの鬼。ポジションはボランチかな?ほんと、彼女さんはお目が高い。彼女いるのか知らんけど。

「新井さんありがとう。その情報一番欲しかった。じゃ、行ってきま~す!」

「どういたしまして。」

カバンから弁当袋を取り出し、2人に軽く会釈をしてから教室を出た。今しがた通ってきた道を事故が起きない程度に駆け抜けた。


 昇降口の対面には、正方形のマットが敷き詰められた広めのスペースがある。この広間は中庭の出入口なのだが、何かと都合がいいためイベントや集会に利用されることも多い。広間の端には巨大な掃き出し窓が立ち並び、閉ざされた校内を微かに照らしている。景観か、電気代の節約のためか。周囲の明かりは消灯している。風情もエコロジーも大切だが、怪我人が出ないことを願うばかりだ。


 クレセント錠は下を向いている。足ふき用の雑巾を避けながら窓を開くと、窓を圧していた空気が全身を直撃した。窄めた目を開くと、春の日差しに彩られた活気のある景色があった。


 さて。あきらしゅうはどこかなー。周囲を見渡す。2人はテーブル席に座っていた。だが見知らぬ2人組が傍に立っていた。悪い予感がした。

「おっす。おまたせ。」

「白おかえり。体調はもう大丈夫?」

秋のテンションが著しく低い。やっぱトラブルかなぁ。

「ありがとう。もう大丈夫。で、これどういう状況?」

2人に視線を送る。できれば予感が外れていてほしい。

「...先に俺たちがここ座ってたんだけどさ。そこの2人がここを譲ってくれって。」

明が視線だけを2人組へ向けた。そんなことだろうと、横目で空席を探していたが、生憎空席は存在しない。学生は相席を許容しないし、こいつらがそれを望むようには見えなかった。

「この席さぁ、いつも私たちが使ってる席だから。譲って。」

女の方が答えた。黒髪のボブ、鋭い眼光、立ち姿、その全てが気の強さを主張している。威圧的なその言葉には、軽蔑に似た嫌悪感が込められていた。噓はついていない、かもしれない。

「えっと、俺達も今日はここで飯食おうって約束してたんで。すみません。今日は、今日だけは、譲ってくれませ」

「無理。」

何様だよ。お前。せめて最後まで聞いてから口を挟め。

「そこをなんとか!」

明と秋は、2人とも呆れた顔をしていた。もったいないが、この席は諦めた方がいいかもしれない。俺はその辺の地べたでもいい。ただ、やれることはやっておきたい。

「いや、無理だから。それにお前ら2年でしょ。いいから早くどけよ。」

緩めにかかった茶髪のパーマはON眉どころか、下まつ毛に到達している。こいつらは、俺達のことを何だと思っているんだろう。


「明、秋。俺すごい腹減っててさ。飯食おうぜ。」

2人を押しのけて秋の隣に座る。

「.....そうだな。誰かさんが寝込んでたせいでもう腹ペコだ。」

そう言って明はメロンパンの袋を開けた。その件に関しては、ほんとにすんませんした。

「僕たちが一生懸命授業を受けてる間さ。白は西野先生とお楽しみだったんでしょ?殺す。」

秋は弁当袋からコンビニのチャーハンを取り出して、パカっとプラスチックの蓋を外した。せめて待たされたことを怒ってよ。怖いよ。

「...お前ら何やってんの?」

塩顔が牽制してきた。だがもう俺は気にしない。そう決めた。

「てかさ、2人とも聞いてくれよぉ。昨日のこと。」

卵焼きを1つ頬張る。私は甘くない卵焼きは許せません。マイナーですって?うるせぇぶっ飛ばすぞ。

「昨日の夜さ、コンビニに散歩に行ったら中学の同級生がいてさ。その子がもうすぐでバイト上がるから、少し話さないかって誘ってくれたんよ。」

「白にモテ期が到来した、と見せかけて、どうせまた変な落ちがあんだろ。知らんけど。」

「ありがとう。明。モテ期到来を祝ってくれて。」

から揚げを頬張る。冷凍食品のから揚げってさ、から揚げっていうか、ナゲットだよな。そもそもから揚げとナゲットの違いがよくわかんねぇんけど。

「無視してんじゃねぇよ。」

今度はボブが牽制してきた。休み時間、もう20分も無いんだぞ。頭使えよ。

「...僕も明の言う通りだと思う。なんか、白がうまくいくところが想像できないし。」

「お前ら、俺のこと侮りすぎ。今度、彼女がバイト先に遊びに来てくれるって、約束しちゃいました!」

う、噓はついてない。噓はついてない!

「うそ!白が、そんな順調に?うそ?え。無理しなくていいんだよ?」

「無理なんかしてないって。ていうか、俺のこと何だと思ってんだよ。」

「ポンコツ凡骨鈍足天然居眠り常習犯。」

「ちょっとひどすぎないか!親しき中にも限度アリ!暴力反対!」

さすがにちょっと傷ついた。ぐすん。

「...気づけば、白も女を知る歳か。人の成長とはあっという間じゃのう。」

明はウザイ師範みたいなことを言い出した。ふーん。ずいぶんと上から物を言うじゃぁないか。えぇ?

「....おじさんさぁ。今時、女なんて言っちゃだめだよ。セクハラだよ。ジェネレーションギャップだよ。誇り高きジャパニーズショウグンサムライなんだから。ちゃんと女の子って呼んであげないとだめでしょ?ん?」

「...きも。」

「きもやめろ。傷つくだろ。この僕が。」

「...。」

「なんか言えよ。」

「...。」

「なんか言えよ!」

「...。」

「...なんか、言ってくれよ...。」



「お前らいい加減にしろよ。」

あんたには聞いてないわ!てか、こんなにも和気あいあいとした空間にいてさ、邪魔して申し訳ないな、とか、思わないんですか!この、バカ!

「...じゃあ白はさ、その同級生のことどう思ってんの?狙ってる?てかさ、ぶっちゃけ可愛い?髪型は?趣味は?おっぱい大きい?」

田中きも。

「正直、可愛いなーとは思うよ。中学の頃より大人っぽくなってたし。髪型はね、セミロングっていうのかな?肩くらいの長さのやつ。バイトの時は後ろで縛ってて、それもめっちゃよかった。」

「じゃあ、うまくいったら付き合うの?」

「うーん。容姿は文句ないし意外と話せたけど、ちょっと不思議なところがあるというか...。俺が変な話題ばっかり振っちゃってたのもあるんだけどね。でも彼女、イ〇ーガー派だ....」



パキン、と箸が床に落ちた音がした。左の頬を何かで打たれたようだ。濃密な鉄の味と匂いが呼吸を妨げる。

「おい!大丈夫か白!」

「ん?あぁ。まぁ、大、丈夫だよ。全然平気。」

秋にもたれかかっている身体をどかすために両腕に力を入れる。腕が震えて力が入らない。目もうまく開けない。気を抜いたら勝手に瞼が閉じてしまう。唯一耳だけが生き残っていて、やたら鮮明に周囲の音が聞こえてくる。

「先に座ってたのは俺達だろ。なのに、この仕打ちはさ、ちょっとおかしくねぇか?」

明が2人組を責め立てる。俺も、全く同じ気持ち。もっと、言ったれ.....

「人が手を出さないと思って舐めたことするからだ。」

子供かよ。

「あんたらがしつこかったからだろ。自分のしたことも思い出せねぇのか。てめぇは。」

「3年に席譲れって言われたらどくべきでしょ。普通。それに、理由もちゃんと説明したよな?この席は俺達が普段から使ってる席だからどいてくれって。お前ら脳みそついてんの?」

何言ってんだこいつ。まじで小学生じゃん。

「.....どくべき、ってなんだよ。まじで偏見えぐすぎ。脳みそ委縮してんじゃねぇの。」

「...偏見でもないと思うけど。先輩に席譲れって言われたらさ、普通譲るだろ。まぁ、でもそうか。ごめん。噓ついたわ。」

「あんたらが悪いって、やっと自覚したか?」

「いや、違う。そいつ。そこで伸びてるお前。ムカつくんだよ。こっちの顔をチラチラ覗いて、逐一反応を伺ってるのが。そのくせ自分は何も悪くありませんって顔でヘラヘラしやがって。人のことおちょくるのも大概にしろよ。気づいてないとでも思ったか?バレバレなんだよ。臆病者。まぁ、どうでもいいけど。時間ないし、次はないから。」

.....。


「ちょっと待てって、まだ話終わって...!」

「明!もういいから、早くこっち来て!白が、ちょっとやばそう!」

秋は白の体を抱えて、意識の確認の為に声を掛け続けていた。だが、白は精巧な人形のようにピクリとも動かない。

「....分かった。誰か、こいつを運ぶの手伝ってくれ!」

怒り、恐怖、焦り、色々な感情が喉のあたりで渦巻いている。頭ん中は暴力でいっぱいだった。だが今は、今は、呑まれるわけにはいかない。飲み込むしかない。理性で抑え込むしかない。切り替えろ。忘れろ。手を動かせ。声を出せ。錯覚しろ。

「見てないで誰か早く来てくれ!....ああもう!そこの3人組、ちょっとこっち来て運ぶの手伝ってくれ!それと、そこの入口の傍にいる2人組!ちょっと保健室に行って状況を伝えてきてくれ。頼む!」

ようやく集まった面子に、せーのっ!と合図を出して白を持ち上げる。俺と秋を含めて5人。思っていたよりも軽くない。一瞬、おんぶでよくね?と思ったが、ごちゃごちゃと何かを考える余裕はなかった。



 薄れる意識の中で、塩顔の声がはっきりと聞こえていた。あれは獣だ。排他的な警戒心の塊だ。何があったか知らないが、触れてほしくない何かがあるんのだろう。小学生レベルの知能しかないと思っていたが、好奇心は猫を殺す、藪をつついて蛇を出す、君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。先人達もこう伝えてきた。そもそも、好き好んで地雷原に突っ込む馬鹿はいない。だが、誰もそこに踏み込む気が無いのなら、俺が踏み込んでやる。そんで、傷口をほじくり返してやる。傷だらけでボコボコで、ジャガイモみたいになったその無様な様を、思いっきり笑ってやるさ。なぜそんなことをするか?って。


そんなの、面白いからに決まってんじゃん。

暗いですね。ごめんなさい。

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