これからあなたを24時間。この袴ではたき続ける。袴ってビッグなハリセンって感じじゃん。
生きるか死ぬか。信用できるのは己の腕と一振りの刃のみ。敵は真正面から叩き切り、頭蓋を粉々に踏み潰し、返り血を啜って生き永らえる。秩序も倫理もない。荒ぶる力の時代。
空は朱色の逢魔が時。烏の瞳が紅に染まる。稲がさらりと穂をゆらす。視線の先には、右目の古傷を疼かせた剣士。右手を柄に。途端に冷や汗、武者震いに戦い煩い。竹笛の音色が開戦の合図。
ちゃららーん。
悠久の静寂。焦れば躱され首落ちる。振らねば当たらぬ間に合わず。相手の動作を潰す刹那に勝機はある。よーいどんの真剣勝負だ。息を呑むな。固唾を吞むな。己の感を信じてただ待て。
パァンッ!!!!!!
「ぐほぁ!!」
ガタン!!!
反射的に席を立ってしまった。
「え⁉いってぇ!なに⁉なに⁉」
鼻が熱い、というか痛い。一体何が起きたのか、俺は全く理解できていなかった。
「目は醒めたか。高橋。」
加藤先生だった。右手で教科書を丸めて、左手にポンポンと打ち付けている。状況を察するに、どうやら俺は加藤先生にひっぱたかれたらしい。
「昨晩はお楽しみだったか?」
...説教されてるはずなのに、だめだ。先生がかっこよすぎる。一体何を食べたらこんなイケオジが育つのか。今度イケオジグロウアップセミナーを開催してもらおわなければ気が済まない。
「すみません。昨日の夜は詰将棋やってました。」
「...じじいかお前は。」
「すいません。」
「体調悪くないなら頑張って起きろ。形だけでもいい。ただ、きついならさっさと保健室に行け。」
なんだろう。お父さんですか。あなたは俺のお父さんだったんですか?いや、違う。全人類が夢見た親父が、今目の前、に...
突然、膝が無くなったような浮遊感がした。膝がガクついて力が入らない。よくわかんねぇけど、やばいか。これ。
「すいません。やっぱ保健室行ってきます。」
鼓動に合わせて頭の中がずきずきと痛む。息を吸うたびに気持ち悪い感覚が全身に広がる。
「保健委員つけるか?」
体調不良を疑われている感じはしない。日頃の行いがいいからだな。まぁ、このクラスになってから2週間しか経ってないけど。
「大丈夫っす。1人で行けます。」
正直結構きついが、ぎりぎりなんとかなりそうだ。
「体調戻るまでちゃんと休め。ダメなら早退しろ。」
担任ガチャは大当たりだと確信した。
「はい。」
保健室に向かう。いつもの倍の時間が掛かった。
手の甲で三回扉を鳴らす。
「は~い。どうぞー。」
コの字型の手すりを引く。途端に鼻腔に流れ込む薬品の非日常的な匂いした。コルクボードに掲示された色褪せたコラム。やけに柔らかそうな皮のソファ。イカれた温度を表示しているデジタルの温度計。白に統一されたインテリア。病院のような徹底した清潔感というよりは、歴史を残したレトロな雰囲気があって、個人的にはかなり理想的な保健室だと思う。綺麗なのもいいが、保健室なんてレトロでナンボでしょ。
手を離すと、ドアは勝手に閉じた。
「失礼します。2年2組の髙橋です。体調が悪くて休みに来ました。」
「あぁ。高橋君。えっと、ごめん。出席番号だけ教えてくれる?」
窓の近くで西野先生はパソコン作業をしていた。シワの無い白衣と、黒縁のメガネに分けられた前髪。パンツスタイルの出来るキャリーウーマンタイプ。もちろん大人気です。主に男子から。
「19番です。」
「19番ね。ありがとう。じゃあそこのソファ座って。体温測るから。」
返事をしてソファに座る。ぎゅむっと皮の擦れる音がして、背中が極楽に包み込まれていく。もうこのまま眠りにつきたい。ファラオのように。
「はい。体温計。」
「ありがとうございます。」
体温計脇に挟んでから三十秒くらいでアラームが鳴った。
「35.8℃。とりあえず風邪とか、インフルエンザじゃなさそう。他に何か症状はある?おなか痛いとか、頭痛いとか?」
「頭痛くて、フラフラして、満遍なく気持ち悪い感じです。」
「そっか。うーん。多分、貧血かな。とてつもなく重大な病気とかじゃなければね。」
「急に怖いこと言わないでくださいよ。くも膜下出血ですか?脳梗塞ですか?それとも幽体離脱?」
「さぁ。私にはわかならいな~。とりあえず、死にたくなければ大人しく休んでなさい。」
「は~い。」
重い身体を起こす。真ん中のベッドはカーテンが閉まっていて先客がいるっぽい。右のベッドは無料日焼けサロンだし、左側のベッドを使うことにした。制服を脱ぎカゴに入れる。ちょっとばっちぃ気もするが、そわそわするのも嫌だったから靴下も脱いだ。
「何かあったらすぐ呼んでね。近くにいるから。」
カーテンの向こうから先生の声が聞こえる。カーテンの向こうで手を振っているシルエットも見えた。
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、ゆっくり休んでね。」
ベッドに寝ても、身体の重さとだるさは続く。現状では、これっぽっちも眠気を感じない。横向きになったり、仰向けになったり。身体を丸めてみたり、腕枕をしてみたり。毛布を頭までかぶってみたり。色々試しているが、眠気は感じない。そうこうしているうちに、首や肘、手首や足首などの関節部が痛み始めた。神経が絞られているような、内側から沁みてくる痛みだ。それは継続的に、緩やかに痛みが増していく。触らなくても痛いまま。寝ていても痛いまま。ずっと、ずうっと、嫌がらせみたいにずっと痛いままだ。かといって、下手に動くと痛みは酷くなる。俺は、昔から不定期にこの痛みに苦しめられてきたた。眠ろうとすると急に痛くなる。俺は、何もしていないのに。俺は、何も、何もしてないのに。
いや、何もしてないのが悪いのかな。神経痛っぽいから、姿勢を改善したり、湿布貼ったり、体を温めたり、色々やれることがあったのかもしれない。これからは、何とかできるようにしなくちゃ。
でも、何にも気にしないで眠れた人達もいる。だとしたら、どうして俺は、こんな体質になったんだろう。
音。何かが前に動いていることだけが分かる。尻から伝わる小さな振動。埃臭い。タバコ臭い。半開きの視界の大半が黒。上の方に微かに明るいオレンジ色の光が見えた。
身体は動かない。五感だけが生きている。意識を持った瞬間には、ここが何なのか理解した。
前の車だ。
「あんたに、そんなこと言われたくないんだけど。」
会話の内容は思い出せない。というか、考えるだけの意識が無い。
「は?あんたには関係ないでしょ?」
会話の内容は覚えていなかった。状況は同じだった。ただ、胸の奥で震えていた何かがパッと、一瞬でどこかに消えてなくなってしまったみたいに空っぽになった。見えている景色が、音が、匂いが、感触が、何のために感知しているのかわからなくなった。
どうして、生まれてきたんだろう。目から勝手に溢れてくる涙の意味がわからなかった。
「ねぇ。大丈夫?」
何かに体を揺さぶられている。肩に置かれた何かは小さくて、声はか細い。
「...ん....。」
......
「うわぁ!誰!」
慌てて飛びのく。誰だ。今何時だ?ここどこだ?
「ごめん。驚かせちゃったね。私は3年の|足立 彼方。君は?」
繊細な黒の長髪、光に透けたところは透明感のある薄茶色。第一印象は、まじで髪が綺麗な人。いや、雑だなって思ったでしょ。でもまじなんだって。まじで、大人顔負けだから。ほんと、まじで。ボキャ貧なのは、許してください.....。まじでじま。
てか、こんな人先輩にいたっけ?
「2年の、高橋 白、です。こちらこそ。」
「なんか苦しそうだったから起こしちゃったけど、体調は大丈夫?」
「はい。もう大丈夫です。ご心配をおかけしてすみませんでした。」
「私のせいだから、気にしないでいいよ。」
この人、もしかしたら真ん中のベッド使ってた人かな。だとしたら俺、先輩の休息の邪魔しちゃったか。
ていうか、まつ毛なっが。
「隣のベッド使ってたのって先輩ですよね。だとしたらすみません。休んでるとこ邪魔しちゃって。」
「あぁ。私なら心配しなくても大丈夫だよ。」
「それは、なんか、ありがとうございます。」
「あと、先生との話聴こえちゃったんだけど、君も貧血で休みに来たんだってね。私も貧血気味で休んでたの。奇遇だね。」
奇遇だねって、なんなん。それ。
ラブコメなんか!これ!
「そういえば、先生いないんですか?」
カーテンの奥に西野先生の姿が見えないのが気になる。それに今は何時だ。全然眠ってた時間がわからん。めっちゃ寝てしまった感じもするし、全く眠れてないような感じもするし。
「先生?先生は今外出中だよ。もう昼休みだしね。」
ん?
急いでカーテンを開けて時計を見る。短針が12と1の間で、長針が5と6の間くらいかな。えっと、つまり、十二時半くらい。
「俺一時間以上も寝てたのぉ!!!」
俺めっちゃ寝てた。
「ていうか、先輩は!お昼ご飯食べましたか⁉」
色々大ピンチなのは確かだが、とりあえずこれ以上先輩に迷惑を掛けることは避けたい。先輩には自由になってもらわなければ。
「私は、あとで食べるから大丈夫だよ。あと、先生から伝言頼まれてるの。」
伝言?保健室から出る前に書類に名前書いていって~、みたいなやつかな?
「先生がね、ちょっと外すけど体調良くなったら帰ってもいいよ~って。」
う~ん。
「それ。俺への伝言じゃなくて、先輩に言ったんじゃないですか。」
「....あ、勘違いしちゃったかな。」
そっか。勘違いか。あるよね。あるある。
いや、なくね?
「先輩には、色々言いたいことはあるんですが、約束があるので先に行きますね!」
「約束?」
「はい。急がないと、友達が、友達が...。」
くそ。ベルトの穴が通らねぇ。
「友達が?」
「同性カップルにされてしまう!」
来た!穴が通った!
「あぁ、それは、その。大変だね。けど今のご時世ではそういうのもあり、なのかな。いや、高橋君にとってはまた別の問題...いや、でも当人同士の問題なの...いや、う~ん...」
「先輩。」
「ん?」
「今度、時間が空いた時に何かお礼をさせてください。あと、お互いに体調には気をつけましょう!それじゃ、行ってきます!」
ネクタイを結びながら走り出す。全開とは言えないが、体調もかなり回復した、
「待ってろ!アホ二匹!今行くぜ!」
お礼なんていらない。その一言を言うために彼を追う。ドアを開けて、なるべく大きな声で。
「お礼なんていいよー...!」
まだ薄っすらと背中が見えてたけど、ちゃんと聞こえたかな。
ていうか、こんなに人と話したの久しぶりだな。




