春の歌、さくらに頼りすぎじゃないか?もっとあるだろ。ほら。あの、あれだ。ホトトギスとか。
四月十四日 月曜日。午前七時四十六分。
「朝ごはんは?」
「大丈夫。」
強引に踵を靴に押し込む。
「いってらっしゃい。」
「...。」
いつも通りの朝だった。
自宅の最寄り駅の「黒磐駅」までは徒歩で向かう。自転車は学校の最寄駅に停めているので使えない。黒磐駅までは十分くらいで着く。大した距離ではないが、一年以上も続けているとかなりめんどくさく感じるし、猛暑日や冬日の登校は修行と言っても過言ではない。年々距離が離れて行ってるような気がする。だが一番の謎は、それに合わせて体感速度も遅くなっていることだ。
そうして俺は、今日も今日とてトボトボと通学路を歩く。そうなるはずだった。だが、今朝は外の空気が、雰囲気が違った。なんと、なんと、なななんと。
風が涼しかったのだ。そんなこと当たり前だと思うだろうが違うのだ。つい先週までは身を震わせるほどの寒風が毎日のように吹き荒れていたのだ。さらに、太陽の熱が全身に籠って、額から汗が滲み出ている。正直暑くて鬱陶しいくらいだ。そして、車が居なくなると、鶯の鳴き声と、さわさわと葉が擦れる音も聞こえる。木陰の中には蠟燭の炎のような、小さい光が揺らめいていた。俺は足を止めた。自然に足が止まった。
自然?
そうだ。自然だ。
とうとうやってきたのだ!
春が、暖かな春に巡り合っているのだ!
冬型の気圧配置、西高東低?の気圧が過ぎ去ったのだ。ホワイトクリスマスがどうとか、お正月がどうとか、ダイヤモンド富士がどうとか、ラブでロマンスがフォーエバーだとか、そんなもん知るか!朝から寒くてどんよりしたり、廊下に出るだけで寒いし、換気するだけで寒いし、すぐに外暗くなるし、飯が熱すぎるし、脱衣所寒いし、唇割れるし、すぐに体調悪くなったりするし、マスクだるいし、夜寝るときも寒い!つまり、冬はクソだ!
それに比べて春。春には桜がある。満開の桜で迎える幼馴染との学園生活、桜咲く古風な神社で友人達とお花見、鏡花水月に降り注ぐ怪しげな桜吹雪も趣深い。シンプルに河川敷や桜街道でのんびりするのもいいだろう。確立に詳しい人がいたら、ボーイミーツガール的なイベントが、宝くじの一等より当たりやすいか教えてほしい。これからの学校をサボる言い訳にする。自分の夢は自分で掴み取る。学校なんて行かなくても、道は無数に広がっているんだ!
なんて、無理にテンション上げてみたけど、期待するのって正直めっちゃキツイよな。かくれんぼに参加していると勘違いして、誰にも見つけてもらえなかった、あの夏を思い出す。俺は、木の上で見てたんだ。暗殺者のようにじっと息を潜めて、和気あいあいとじゃれ合うみんなの姿を...。あれは泣けるぜ。というか泣いた。それに、今日バイト入ってるし....。なんか、急に涼しくなってきた。これ、心頭滅却すれば、ってやつかな。あのことわざの正体は、萎え落ちでした、ってか。
....学校行くか。足がスタスタ動いて、一瞬で駅についた。
駅のホームで電車を待っている間、どこかで誰かがくしゃみをした。Bless you.
カタン、カタン、と聴きなれた小さい音がする頃には、視界の隅に列車が来ているのが見えた。何事もなく乗車し、着席する。列車は、緩やかに加速していく。加速が落ち着くと、列車は住宅街を抜けて、自然豊かな山道に突入した。芽吹きの薄い新緑の中に、真っ白な桜の一帯が咲き誇る。あっぱれあっぱれ。でも、こんなにすぐに山道に入ったっけな?なんか、いつもと少し、風景が違うような気がするし。
「この電車は、櫻岡、櫻岡行きの電車でございます。次の停車駅は、葉山、葉山。」
あ、この電車逆だ。
誰もいない昇降口。ど真ん中を突っ切って、土間に置いてあるでかい下駄みたいな足場で靴を脱ぐ。奥から4列目、下から2段目の下駄箱に脱いだ靴をぶち込む。下駄箱の横幅が狭く、位置も低い所にあるために、靴を仕舞うだけて無駄に体力を消耗する。無論、上履きも同様である。
ふん!
抜けない。仕方なくその場にしゃがみ込んで上履きを引き抜く。傍から見たら、多分大きな株。
こんなに下駄箱が小さいと、ラブレターが入らないでしょうがあぁぁ!!!
上履きを床に放り、足をずり入れる。廊下に上がり、ここから一番近い玄関脇の階段へ向かう。視界の端に、今しがた入ってきたばかりの昇降口が写る。薄暗い空間を切り裂く強い光。校舎側の陰と入り口側の光の境界線がはっきりと見える。これは、この既視感は、もしや!!
「問おう。貴方が私の、マスターですか?」
...ちょっと間違えたな。なんか、ちょっと威厳のない感じになってしまった。あ。思い出した。あのでかい下駄みたいなやつの名前。すのこだ。
ボロボロの木製扉を開く。ドアを締めようとしたらレールの凹凸に引っかかった。力づくで閉めようとした結果、ガゴンっ!と大きな音がしたが、クラスメイト達は微動だにせず談笑に耽っている。肝が据わってんなぁ。まじで。
右端の前から3番目が俺の席。近くにコンセントがついてて、右側に誰もいないし、黒板もちゃんと見える。一生ここがいい。
「遅かったじゃん。白。なんかトラブった?」
クラスメイトの三上明だった。去年のクラスメイトで友人。今年も同じクラスだったのは、多分運営の意図があると思う。俺の左隣に座っているのは、アイスで八百長したから。
「今日はいい天気だなぁって感心してたら電車間違えた。」
リュックサックを机の脇に置いて椅子を引く。床と擦れる度にガタガタ五月蠅い。年代物すぎて木の破片が時々指に刺さる。あれまじで痛い。
「平和ボケやん。」
それはそう。
「平和ボケしてるくらいが、人生ちょうどいいと思わないか。三上くん。」
「白は馬鹿だしな。」
「適当言うなよ。それにお前だって人のこと言えないだろ。」
明は成績が悪い。特別得意な教科があるわけでもない。だが、おそらく足りていないのは能力ではなく、純粋なやる気。
「まぁ、俺は多分頑張ればなんとかなる。」
それは一体いつの話なんだ。え?前回の英語のテスト十二点とかだったろ。俺は忘れてないぞ。ただ、将来は家業を継ぐつもりって言ってたから、気持ちが分からんでもない。
「相変わらず白はマイペースだね。でも、今日いい天気なのはわかる。春だね。」
前の席の田中秋だった。去年は違うクラスだったが、明の所属している写真部の部員で、明との繋がりで知り合った。テスト勉強を手伝ってくれたり課題を見せてくれたり、色々便利...じゃなかった。すごく有能だ。だが、少々問題がある。それは、まぁ、そのうちわかると思う。
「だよな。ちょっと暑いけど風は涼しいし絶好のピクニック日和って感じ。だから、今日中庭行かね?」
うちの中庭。石英高校の中庭は、隣接する校舎の隙間を中庭として利用していて、結構広い。多分縦に繋げたテニスコート二面分くらいはある。左右を校舎に囲まれていて、少々閉鎖的な空間になってはいるが、お昼時にはそこそこの人数が昼食を取りに来る。屋根もあるし、日向もちゃんとある。ただ、一つ問題があるとすればズバリ、カップル達である。
屋上?あんなん解放されてるわけないだろ。今時人死ぬぞ。
空き教室?そんな都合よく空いてる教室あるわけないだろ。エロいぞ。
部室?あんな埃臭いところで飯なんか食えるわけないだろ。アブナイぞ。
というわけで、この学校には昼食を取る場所が無い。だから、基本的にみんな教室で食べる。物好きは外階段で食ってたりするけど、風がびゅーびゅー吹くから安心できない。一回だけ明と食べに行ったことがあるが、その時は海苔弁の海苔が吹っ飛ばされて教室に帰った。教室で数人の男女グループで食べるパーフェクト陽リア充もいるが、それは例外。さらに、高学年のカップルになるほど中庭で昼食を取りたがる傾向があるため、中庭のテーブル席では日々争奪戦が繰り広げられていた。
俺達は、そんな戦場に男三人で乗り込もうとしている。
「いいじゃん。去年は一年だったから行かなかったけど、今年はもう大丈夫っしょ。」
「僕も賛成。中庭でご飯食べるの密かに憧れてたんだよね。」
持つべきものは友、か。
「じゃあ、昼は中庭で食おう。別に何の迷惑も掛けれらてないけど、あいつら楽しそうでムカつ...羨ましいし、男三人で雰囲気ぶち壊しに行くか。」
「そこまで言うなら訂正する意味なくない?」
やはり、秋は鋭いな。
「明。」
「ん?」
「彼女さん連れて行くか?」
「いや、飯はいつも別々だから大丈夫。」
「そっか。了解。」
明には去年から交際を始めた恋人がいる。彼女の部活が忙しいのと、お互いにドライな性格のため、大っぴらにイチャイチャすることは無い。だが、告白してきたのは彼女の方からなんだとか。青春は、爆発だ!褐!
爆発しろ。いい意味でな。
「秋も、彼女呼んでいいからね。」
「いないですけど。僕、彼女いないですけど。」
秋には彼女がいない。代わりにアイドル追っかけてる。いい人がいるとか、気になってる人がいそうとか、そういう噂は聞く。(明から)
「そっか。」
「....ほら。悲しくなるじゃん。それに、そういういじりは恋人がいる人がやらないと、虚しいよ。」
仰る通りだと思います。
「まぁ、俺、無性生殖目指してっからさ。みんなとは既に、別の次元にいるわけ。」
「低次元じゃん。」
「んだとごら?」
「まぁまぁ。事実だから。」
あ、秋さん?
「馬鹿には儂の壮大な計画が理解できんのじゃ。儂はな、自分のクローン作って永遠の生を手に入れるんじゃ。そしていづれはこの世界を征服するのじゃ。」
「白が何人いても世界征服できないだろ。」
...確かに。
「映画とかだと若いクローンでも長生きできないから、じじいのクローンとか一瞬で死にそうだね。まぁ、そういう話してるわけじゃないんだろうけど。」
....確かに。そういう話はしてないけど。確かに。
「まぁ、とりあえず昼は中庭だな。つかまんなよ。白。」
「あー。それは...どうだろう。」
俺は昼休みに説教をされることが多い。授業態度が悪いから。
「今日に限ってそんなことないだ。じゃあ、また後で。」
時刻は午前八時四十九分。始業のチャイムと一緒に担任の加藤先生が入ってきた。
「体調不良いないか?」
沈黙。
「連絡事項だが...」
固唾を吞む。
「特にない。」
無いの?




