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春の歌、さくらに頼りすぎじゃないか?もっとあるだろ。ほら。あの、あれだ。ホトトギスとか。

4月14日月曜日。午前7時46分。

「朝ごはんは?」

大丈夫。ボソッと呟いて、勝手口にしゃがむ。かかとに人差し指を差し込み、強引にを足を突っ込む。

「いってらっしゃい。」

俯いたまま立ち上がる。靴とムラのあるアスファルトだけが映った。

行ってきますの一言が言えなかった。


 自転車は学校側の最寄り駅である「石英(せきえい)駅」に停めているので、自宅の最寄り駅の「黒磐(くろいわ)駅」までは徒歩で向かう。駅までは大体10分くらいで、通学を始めるまでは10分くらい余裕だろうと高を括っていたが、この10分間は想像の何倍も長くてめんどくさかった。そろそろ着くかな、と思っても実際は半分くらいしか進んでいないし、猛暑日や真夏日なんて一種のトレーニング、所謂修行、と言っても過言ではない。だが、今朝はいつもと違った。ぼんやりと霞む空色と眩い日輪。全身に染み込む熱を、そよ風が冷却していく。葉すれの音と(うぐいす)のさえずりが心地よく、木漏れ日がゆらゆらと樹影を泳いでいた。とても清々しい、麗らかな春の朝だった。おかげで今日は、ありえないくらい一瞬で駅に着いた。体感5分ってとこ。高校生活が始まって初めての体験だった。こんなにいい天気なのに、わざわざ学校に行くとかもったいないぜ。桜散る神社で運命の出会いとか、河川敷で昼寝とか、ログハウスのバルコニーでティータイムとか、エモーショナルでスペシャルなイベントのチャンスなのに。そんなことあるわけないって?大正解。夢なんかありませんよ。。ありえませんよ。ホットケーキミックスですよ。うっちゃれセーラー服ですよ。.....わかりました。行きますよ。行けばいいんでしょ。どうせバイトあるし。はぁ、ほんとロマンのかけらもない連中だわ。俺のロマンティックわけてあげるよ。あんたらのほんとの気持ち見せてくれたらー、なんちゃって。おっと、電車がついたみたいだ。それじゃ、行ってきま~す!

ぷしゅぅ。ガコン!カタンコトン。カタンコトン。ガタンガコン。ガコンガコン!ガタンゴトン!!

「え~、この電車は、櫻岡、櫻岡行きの電車でございます。次の停車駅は、葉山、葉山。」


これ反対方向の電車だ。ロマンを追い過ぎると、こうなるぜ。


 誰もいない正面玄関から学び舎に侵入する。昇降口の中央2年の下駄箱ポイントに接近したら、土間に置いてあるでかい下駄みたいな足場の前で靴を脱ぐ。右足の踵で左の踵を固定し、左足を引っこ抜く。露になった左足を下駄に下ろして、右足の踵を下駄のネズミ返しに引っ掛けて引き抜く。脱いだ靴をつまんで、奥から4列目、下から2段目にある「髙橋 白」の下駄箱に靴をぶち込む。低い位置なのに横幅がかなり狭く、靴を仕舞うだけのはずが、ちょっとした力仕事になっている。押し込んだ靴はギチギチだ。下駄箱の上の段から上履きを引き抜.k...。くそ、抜けねぇ。こんなに狭いと、ラブレターが入らないでしょうがぁ!

 

 力づくで引っこ抜いた上履きを床に放り、爪先で床を蹴るようにして足をずり入れる。式台から廊下に上がったら玄関脇の階段へ向かう。ふと、今しがた入ってきたばかりの正面玄関が目に入った。眩い外光が差し込み、45度に分かたれた空間が強いコントラストを放っている。今こそ運命的な何かが起こる。そんな予感がした。

「問おう。貴方が私のマスターですか?」

マスターですか?

じゃねぇよ。威厳ないよ。遜ってるよ。懇切丁寧だよ。大事なところを間違えるなよ、俺。あのシーンと同じシチュエーションだったのに。萎えたわ。もう帰ろうかな。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国行こうかな。景色きれいだし、個人的には、スコットランドに行きたいかな...。グラスゴー、スカイ島、エジンバラ、綺麗なところがたくさん...。あぁ、思い出した。


巡る記憶。行きつく先は........。あのでかい下駄みたいなやつ。すのこだ。


 ボロボロの木製扉を開き、全身が国境侵犯を完了したら後ろ手でドアを閉める。ドアがレールに引っかかって、力んだはずみにガゴンっ!と大きな音が鳴ってしまった。視線が集まるかと思ったが、クラスメイト達は微動だにしなかった。俺だったら思わず一瞥していたところだ。クラスメイト達の肝の太さに羨望の眼差しを向けながら自席に向かう。この教室には前後5列、左右6列の計30席が配置されている。俺の席は黒板を正面に右から1列目、前から3列目の位置だ。コンセントがついてて右側に誰もいないし、黒板もちゃんと見えるので気に入っている。というか、ずっとここがいい。

「おはよう。(はく)。遅かったじゃん。なんかトラブった?」

クラスメイトの三上明(みかみあきら)だった。去年からクラスメイトと友人を続投中で、休日もよく一緒に遊ぶ仲だ。席は俺の左隣。聞いたところによると、普通に八百長したらしい。賄賂にアイスを渡したとかなんとか。愛されてるわぁ。俺。

「今日はいい天気だなぁって感心してたら、その、電車の方向間違えた。」

バックを机の脇に引っ掛けて椅子を引く。気を付けているのにガガガっと音が鳴ってしまう年代物だ。時々木の破片が刺さる。勘弁してほしい。

「まじかよ。平和ボケしてんじゃねぇのか?」

その通りなんだよな。春の平和ボケしてた。ふぅ、と息を吐きながら椅子に座る。

「平和しか知らないんだから当たり前だろ。それに、俺は平和じゃなくたってボケてる。公認よ。」

明は呆れている...。いいじゃん。心の声なんだから。

「言えてる。白は馬鹿だもんなー。」

慈悲の眼差しを向けられた。

「いや、お前だって人のこと言えないだろ。赤点常習犯。」

最近はマシになったが、明は全教科30点以下、全教科補修の伝説を保持している。賢しい感じの言動と雰囲気に騙されてはいけない。こいつは正真正銘のバカだ。類は友を呼ぶとは、誰が言ったものか。俺そこまで馬鹿じゃないし。大外れです。

「相変わらずだね、白は。でも今日めっちゃいい天気なのはわかる。」

前の席からこちらに話しかけてきたのは、もう一人の友人、田中秋(たなかしゅう)だった。授業態度や素行も良好。テスト勉強も手伝ってくれるし有能だ。だが、残念だけどこいつもバカだ。別ベクトルで。アイドルの写真集を賄賂に使った大馬鹿だ。

「だよね。あったかいし風も涼しいし、絶好のピクニック日和って感じ。あ、今日の昼ご飯さ、せっかくだし中庭で食べない?」

この学校の中庭はかなり広く、日当たりと風通しが良い。屋根とベンチ、テーブルと椅子も用意されている。まさに、昼ご飯を食べるにはうってつけの場所といったところなのだが、そこら中でカップルが2人の世界を作っているせいで、従人(ただびと)には立ち入れない聖域と化していた。やっぱり、前言撤回しようかな...。

「めっちゃいいじゃん。1年だったし、去年は行かなかったけど、もう大丈夫っしょ。」

明はすかさず賛同してくれた。こういう時に元気に答えてくれるところが.....。いや、なんでもない。

「僕も賛成。中庭でご飯食べるの、密かに憧れてたんだよねー。」

秋も賛同してくれた。やっぱり持つべきものは友ってか。

「じゃあ昼は中庭でピクニックだな。あんな綺麗な場所なのに、年中カップルが占領しててさ、なんか(しゃく)に障るなぁって思ってたんだよ。そうだ、明。彼女さん呼ぶ?」

「いや、ご飯はいつも別々だから大丈夫。」

「そっか。了解。」

明には去年から交際を始めた彼女がいる。彼女の部活が忙しく、性格もドライなのでかなり落ち着いた交際をしているらしい。でも告白したのは彼女からなんだとか。キャー!青春は、爆発だ!褐!

「秋も、彼女呼んでいいからね。」

「いないですけど。僕、彼女いないですけど。」

秋には彼女がいない。アイドルを追っかけてる。けど、いい感じの人がいるとかなんとか。褐!

「あ、そっか。」

「ねぇ、悲しくなるからやめよ。それに白も彼女いないじゃん。」

俺もいない。だが俺はいいのだ。我が野望は太陽よりも、銀河よりも大きいのだから.....。

「俺はいづれ無性生殖を可能にする男。気にしないぜ。」

親指を突き立てる。グッモニン!

「ほんとにぼけてんだから。まぁいいや。そうしたらいつも通り3人でご飯だね。」

明がニヤニヤしながらこっちを見ている。

「つかまんなよー。白。」

「あー。それは.....。」

俺は、昼休みに頼みごとをされたり、説教をされることが多い。だからさ、心配してくれてるんだよな?なぁ。

「今日に限ってそんなことはない!そう思うしかない!それじゃまた後で!」


 時刻は午前8時45分。チャイムと一緒に担任の加藤先生が入ってきた。今日も始まるんだ。めんどくさくて理不尽で、かったるいけど、楽しくて温かい日常が。昼食が楽しみだ。

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