海は知っている。世界の始まりも。世界の終りも。
コンビニを後にして、本田家への帰路につく。海岸線に立ち並ぶ街灯は、じりじりと命を削るように瞬いていた。
「白ってさ、今はサッカーやってないの?」
「やってないよ。」
「じゃあ別の部活やってるの?」
「バイトが忙しいからやってない。」
否定から入るやつは嫌われるって、ネットで見たな。もしかしなくても、今の俺のことじゃね?
「そうなんだ。...最近流行ってる違法な奴はダメだよ?」
「この辺で闇バイト募集する奴いないだろ。儲からないし。」
「それもそうだね。」
これは、確信犯か...。だが、嫌われる勇気ってやつも、ネットで見た。いや、無敵か。ネット語録。
「何のバイトしてるの?」
「本屋のバイト。」
「へー。本屋のバイトか。いいね。知的だね。頭良くなりそうだね。今度遊びに行ってもいい?」
前のめりに食いついてきた真の提案は、別になんてことはない。暇な時間も結構あるし、先輩や店長も温厚な人達ばかりだ。だが、俺は嫌われ者ムーブを二連続でかましてしまっている。何か、ユニークで、会場が沸き上がるようなスペシャルな返答はないものか....。
「来れるもんならきてみんしゃい。」
.....終わったかも。
「...分かった。お店見つけたら参考書一冊、いや。三冊買って。」
助かったと思ったのも束の間。たかられてね?俺。ていうか、参考書って三冊も必要なの?
五千円は飛ぶよな。それは普通に厳しい。だが、これ以上否定するのはまずいか....。仕方ない。
「...。」
俺は渋々頷いた。
「約束だからね。」
「楽しみにしてる。」
俺は「買う」なんて一言も言ってない。首を下に向けただけだ。一人っ子のお前にはわからんだろう!人の狡猾さが!兄に物を強奪される理不尽が!
「絶対見つけてやるからな。首を洗って待ってろよ~。」
なんか、やけに説得力があるんだけど。怖いんですけど。こいつは、同級生なんかじゃなく、死神。俺の人生の介錯人だったのか...。だとしたら、約束を反故にするのは、命にかかわる...⁉
「白ってさ」
「はい⁈」
「あ、やっぱなんてもない。」
真を驚かせてしまった。話しかけるタイミングを失った真は、沈黙の姿勢を取っている。さっきからずっと真に話題を振ってもらってばかりだったし、そろそろ俺も何か話さなければ。なんかないかなぁ、と波のさざめきに吊られて海を見た。夜の闇を月の光が照らしていた。
「真。」
「ん?」
「今年の夏さ、一緒に海行かない?」
「.....え?」
あ、やばい。だめっぽい。
「う~ん。そっか。私は、別にいいんだけど、今度彼氏に確認してみるね。」
「ん。あぁ。わかった。」
は?彼氏いんの?俺の下手人、俺の死神じゃなかったの?
これ、浮気か?
「でも、あんまり期待しないでほしいな。」
「そっか。まぁ、受験対策してるんだったら忙しいよな。」
まだ夏まで時間があるとはいえ、夏期講習や部活があるだろうし、暇な日が嚙み合うとも限らない。彼氏がいるなら尚更だろう。
「あぁ、違うの。彼氏がちょっと心配症で。」
これ、メンタルヘルス案件ですか?
「そっか。それはまぁ、頑張れ。」
「....なんか勘違いしてるでしょ。」
「いや、全然。束縛きついのかなぁとか、全然思ってない。」
「それが勘違いだって言ってるんだけど。」
真がちょっと怒ってる。図星だったのか、彼氏を馬鹿にされてムカついたのか。一番まずいのは、その両方...。手遅れだったか...。
「きつかったら、誰かに相談するんだよ。お父さんとか、お母さんとか、先生とか。なるべく権力がある人に...」
「ちょっと。」
「ん?」
「さすがにしつこいよ。本当にそんなんじゃないから。」
真は呆れた顔をしていた。このままだと俺は、真に見限られるだろう。それは、普通に辛い。
「そっか。勘違いして悪かった。」
「わかればよろしい。」
真の表情が柔らかくなった。粗相が許されたのだろうか。
「彼氏に聞いてみて、大丈夫そうだったら連絡するね。」
「わかった。」
ほどなくして俺達は、海岸沿いから内陸部の住宅街に入った。少しだけ大通りを歩いて、真は足を止めた。
「この辺でいいかな。私の家すぐそこだし。」
家の位置なんて知られたくないのが普通だ。真の言う通りここで別れるのが正解だろう。
「わかった。」
「家まで付いてこないでよ~。」
「そのやりとりさっきやったじゃん。」
「ダメ押しだよ。後ろからザクっとやられるかもしれないし。」
俺はお前に首を断たれるイメージを持っている。妄想とヒヤリハットで俺に勝てると思うな。
「じゃあ、俺が先に行くよ。あ、海の件は適当で構わないから。」
「参考書の件は適当にしないでね。」
無視した。
ていうかさ。彼氏がメンヘラじゃないのならさ、俺、普通にふられただけじゃね.....。
家に着いた後、両親は何も言わなかった。




