海は知っている。世界の始まりも。世界の終りも。
コンビニを後にして本田家の帰路につく。海岸沿いの田舎道を暖色系の街灯が照らしていた。ぽつり、ぽつりと立ち並ぶ歴戦の街灯達は、もう光に耐えるだけの余力がない。じりじりと命を削るように瞬いては、ブツンと気絶するように消えていく。そのうちブツン!と起き上がって、自分の仕事を思い出すだろう。学生の自分が言うのもあれだが、こいつらは心霊スポットに転職した方が賢明だと思う。そもそもこの道路が心霊スポットとか言うな。田舎は色々大変なんだ。
「白ってさ、今はサッカーやってないの?」
同級生様の声によって意識が引き戻される。
「もうやってないよ。」
「じゃあ別の部活やってるの?」
「やってないよ。バイトが忙しいもんで。」
「そうなんだ。意外。」
サッカーを続けていることを前提にしていたのか、それとも他の部活でもいいからとにかく話を広げようとしていたのか。比べて俺の回答はあまりにも的外れだった。
「...違法な奴はダメだよ?」
真はこちらの反応をニヤニヤと伺っている。揶揄って楽しんでいる。でも、悪い気はこれっぽちもしなかった。むしろありがたい。こうして話題を振ってくれることが。
「誰が違法アルバイターだこの野郎。ただの本屋のバイトだよ。」
「へ~。本屋さんなんだ。いいね。知的だね。頭良さそうだね。今度遊びに行ってもいい?」
「う~ん。どうかなぁ。」
ちょっと考えてみた。高校の友人がたまーに遊びに来て駄弁ってる。怒る先輩もいない。なんなら店長が一番さぼり方が上手。なんの心配も無いな。
「いいよ。来れるもんなら来てみんしゃい。勝手にな。」
焚きつけるように、おちょくるように吹っ掛けた。
「分かった。絶対遊びに行くからね。お店見つけられたら、参考書一冊、いや、三冊は買ってね。」
...三冊も必要なの?余裕で5000円はするじゃん。でもな、断るのはなんか負けた感じするしなぁ....。
「まぁ、見つけられたらね。」
「わかった。絶対見つけてやる。覚えてろ~。約束だからね。」
普通に見つけそうなのが怖いなぁ。だが、俺は買ってあげるなんて一言も言ってない。それに気づかないなんてな、このマヌケがぁ。慈悲の微笑みで迷える子羊に激励を送ろうではないか。
「頑張れ。楽しみに待ってるよ。」
「うん!がんばる!」
真の目が冬の星空のようにキラキラと輝いている。純真無垢な笑顔が、俺の心を搔き乱す.....。ちょっと悪い気がしてきたな。でも高校生にとって5000円は大金なんだ。器の小さい俺を許してくれ。でも、三冊もいらないだろ。絶対。
「白ってさ.....。やっぱなんてもない。」
真は、なんだか煮え切らない様子だった。言いにくかったのか、言うべきことじゃないと思ったのか。彼女が何を聞こうとしていたのか、知りたい気持ちもあるが、そこまで追い込んだのは俺がずっと受け身の姿勢を続けていたからだろう。故に、これ以上甘えてはいけない。ここは一丁、俺がビシッと盛り上げるところだ。
場を盛り上げる話題はないかと、周囲を見渡してみる。劣化した街灯、凹凸とひび割れのひどい道路、沿岸沿いの小さい林、虫がたかる自販機。なんてことない。いつも通りの潮風漂う暗い田舎道があるだけだった。
あ、見えた。この状況を一転する、勝利の青写真が。
「真さん。」
「ん?」
「今年の夏さ、一緒に海行かない?」
漢高橋、行きまぁぁぁす!Vamos!!
「え?」
俺は、きっと断られるだろう。だがそれでいい。大丈夫。平気だ。怖くなんてない。まぁ、都合がつかないこともあるだろうし、かなり先の話だし。「自分の顔、鏡で見たことない?」とか、「小さいね。」とか、尊厳に関わることさえ、言われなければ、だ、大丈夫だ.....。せめて、できれば、申し訳なさそうに断ってくれると、助かる。尊厳。尊厳は、守護らねば。
でも、日本男児として、俺は俺自身を誇りに思う。不可能に挑戦した、己自身のことを。全身全霊、全速前進、猪突猛進、気炎万丈。恐れなど知らぬ、わが身は一切省みぬ、ただ実直に、目前の壁にタックルをかまし続ける。そんな愚か者であれたことを。だから、俺はかっこいい!俺は男前!俺は、決してダサくなんてない!俺は、俺の身の程を知りたいだけだぁぁぁ!
「あぁ、うーん、受験勉強あるしなぁ。夏の予定なんてほとんど決まってないし。どうなるのかさっぱりわからないんだけど.....」
予想の範疇、計算通りだ。このペースなら、尊厳を破壊されることはないだろう。優しく、丁重にお断りされるのが関の山だ。大丈夫。覚悟とダッシュで逃げる準備は万全だ。この装備なら女子からの拒否なんて怖くない。俺、結構足早いよ。すごいでしょ。
「う~ん。多分だけど、■■が怒るから無理。」
なんだ?途中からノイズが.....。洗脳攻撃を受けている?一体誰に?
「けど、せっかくのお誘いだし、今度■■に聞いてみるね。ちょっと心配性だから無理だと思うけど。」
ん?
また聞こえないところがあった。ノイズだ。真は誰に聞いてみると言ったんだろうか。心配性ってことは、ご両親かお兄様ってところかしら。過保護なのね。いい家族じゃない。
「じゃ、私の家ここだから。送ってくれてありがとうね。返事は今度改めて連絡するから。」
「あぁ。そうだね。こちらこそ今日はありがとう。とても楽しかったよ。それじゃ、またね。」
「うん。またねー。」
真の家がコンビニから案外近かったこともあり、家には11時前に着いた。意外にも、両親は何も言わなかった。まぁ、そんなことはいいんだ。なんたって、明日は花の月曜日。短い高校生活だ。存分にEnjoyしなければ。なに?ボクがNavasに見えるって?君が何を言っているのか、ちょっとボクにはI don't know.
目から血が出てる?あぁ、Youが気にすることはない.よ....。それに、もう遅い時間だ。良い子はもう寝なさい。それとも、その可愛いお口を二度と開けないように縫合してほしいってこと?CP9のフク〇ウみたいに、口にジッパー縫い付けてやろうか?
.....違う?そうか。いい子だ。それじゃ、Have a good night.
いや、あの感じで彼氏いるとはさ、夢にも思わないじゃない。俺、悪くないじゃない。
違う。そうじゃない。かっこいい男は、ここでスッと切り替えられるはずだ。まずは心と体を冷静にする。深呼吸だ。さぁー!大きく息を吸ってー、少しづつゆーっくり息を吐いてぇ。吸ってー、吐いてー。これをもうワンセット!はい!
なんか、急にあほらしくなってきた。悩む意味、ないね。無駄無駄。ほんと無駄無駄。今日のことは仕方なかった。山あり谷あり、七転び八起。犬も歩けば棒に当たる。人生には負け戦だって必要なのだ。だから、また明日から頑張ればいい。今日から頑張る人だけが、とかごちゃごちゃ言う奴は、俺の前に出てこい。ぶっ飛ばしてやる。つまり、そういうことだ。はい。万事解決。さて、もう寝ようか。おやすみなさい。全世界の隣人たち。
この日、俺は知ったのだ。ちっぽけな身の程と言うものを...。落ちなんてねぇよ。くそ。