もう、何も考えたくない。NOT!!!THINKING!!! もう、どうなってもいいや。
「もうあと一本だけじゃん。さっさとやっちまえってー。」
野次を飛ばした男はペットボトルの蓋を左手で緩めた。ぷしゅぅぅ、とプラスチックの容器に閉じ込められた炭酸が静かに空気と溶け合っていく。
「うるせぇな。制限時間なんてないんだから好きにやらせろっての。てか逆だし。むしろ、ラストの一本だから大事なんでしょうが。明はわかっとらんなぁ。」
「....あっそ。勝手にすれば。」
「言われなくたって勝手にさせてもらいますよ。一度しかない人生、やりたいように好き放題しましょうや。」
「お前のそういうとこきらい。」
「えー。俺は好きだけどなぁ。なんつーか、無駄に明るいところ?」
「無駄ってわかってんならその無駄省けよ。重いだろ。色々と。」
「...じゃあ明も身包み全部置いてけや。重いだろ。色々と。」
「....お前の無駄が省かれたら考えてやってもいい。」
「よし。行ってくる。」
二人は含みのある悪い笑みを浮かべていた。
無駄を省く。つまりは脱力深呼吸。まずは、大きく息を吸ってぇ、五秒くらい肺で息を止めてからぁ、大きく息を吐き出しましょー。う~ん。頭がスッキリするぜぇ。意識がはっきりするし、キンキンしたノイズもない。これが俺を更生する要素の九割を占めるであろう「無駄」を省いた結果なのだろうか。つまり、俺の存在そのものがほとんど無駄ってことぉ?それって悲しすぎない?
.....い、今なら何でもできる気がするぜぇ。もしかして、これが噂のゾーンってやつか?極限の集中力によって身体能力のリミッターが外れるとか、目からオーラが迸るようになるとか、門の前に誰かが立ってるとか、なんか色々かっこいいやつ。でも最近はフローっていうのもあるんだっけ?まあいっか!なんでも!
「うおぉぉぉ!!!ぶっとべぇぇぇぇ!!!!!」
ドゴーン!ガコン!ドカーン!
男の渾身の一撃によってあたり一面に轟音が鳴り響く。これは死んだわ。全世界の有機生命体が。
「GUTEER!!!」
電子モニターに映し出された驚愕の事実。男はこの現実を受け止め、意識を保つことが出来るか。
「.....っざけんな!!くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!」
男は絶叫し、悶絶し、死に際のミミズのようにのたうち回ってから絶命した。それを眺めていた男は、大きな大きな焼きおにぎりも泡を吹いて倒れるほどの特大ため息をついた。
「先頭の一本だけだったのに。凄いな。逆に。」
あまりの珍事に素直な感想が出た。才能無いんじゃない?とは言わなかった。下手をしたら弁護士沙汰になってしまう。それとは別に、百年後にボウリングプロAI搭載型最新鋭パーフェクトエースストライカーハットトリックスラムダンクガ〇ダムでも連れて出直してこい。と普通に馬鹿にしているが、スコア自体は案外接戦だったりしてほっとしている。
「そんなこと言って、先輩だって似たようなもんだったじゃないすか。スコアだって十点くらいしか差ないし。」
俺の発言に納得いかない様子で高橋が蘇生した。後ろ回りの途中のような体勢から、一気に飛び跳ねるように体を起こし、ムッとした表情で反論してきた。
「先輩も下手くそだったけど、お前よりはましだったぞ。というかボウリングで十点差は結構なもんだぞ。一回投げてないくらいの差があるわけだし。まぁ、俺から見たらどっちも雑魚だけど。そっすよね!せんぱぁい!」
フォローになってねぇよ。あとニヤニヤしながらこっちを見るな。ガキが...。
「...お前さぁ、少しは味方しろよ。仲間だろ。」
相変わらずムッとした表情で高橋は三上を詰める。気のせいかもしれないが、こいつらからは友情が感じられない。
「仲間違う。俺勝者。お前敗者。あんだすたん?おーまいがーwww」
三上は指を指しながら立場の違いをわからせていく。最後のわざとらしい嘲笑には殺意すら覚えた。ガキが....。舐めてるとつぶすぞ。
「お前なぁ、今度ス〇ブラやるとき覚悟しろよ。ぜっっったい手加減してやらんからな。」
三上の傲慢すぎる発言に、おそらく穏健派であろう高橋も怒りを露わにしていた。
「え、じゃあもうやらん。」
普通に逃げた。これを賢いとするか小さいとするか。これで現実派か浪漫派を図れる気がする。
「あー、そういうことするんだ。じゃあお前の彼女に言いつけてやる。明がス〇ブラ弱すぎて泣いたって。それでもうやらないって拗ねちゃったってな。」
小学生のノリでえぐい脅迫をする高橋。ノンデリすぎる。というか三上には彼女がいたのか。三上は性格が終わってるから交際相手はさぞや苦労を強いられて....いや、案外彼女の前では良い顔するタイプか?ガキが。
「人質取るなんて卑怯だろ。それに、俺がス〇ブラ勝負をやりたくないのは白のせいじゃん。真面目になると道づれとかコメテオとか復帰阻止とかばっかで理不尽でつまんねぇし、誰でもお前みたいに暇を持て余してるわけじゃないだっての...。まぁ、今日の惨敗を言いつけられる相手もいないパクさんにはわかんねぇか。ごめんごめん。俺が悪かったよ。」
前言撤回。こいつは彼女の前でいい顔しないわ。絶対。彼女の前ではいい顔しろ。ガキが。
「....いやぁ、負け惜しみお疲れ様っす。」
「いやいや、何言ってんの?どちらかと言えば負け惜しみしてんのはお前だろ?」
疑問過ぎて三上の頭上にハテナブロックが浮かんでいる、ように見える。俺もこの空間に侵されてしまったのかもしれない。
「いや、違う。俺はボウリングで負けたことには、一言も文句は言っていない。最初に勝敗の話をしたのは明の方だ。だが、明は俺が提案したス〇ブラの勝負からは逃げた。しかも、勝負を受けない理由を俺のせいにするなんて、これを負け惜しみと言わずなんとするか!全く、笑止千万!逃げるな!この卑怯者ぉぉ!全集中 ディベートの呼吸 壱の型! はい論破ァ!」
口もそうだが、身体の動きもよくわからんが凄まじい勢いだ。もう柱になれよ。馬鹿柱とか。
「うっざ!揚げ足取りだけ一丁前だなお前ぇ!だから友達も彼女もできないんだよばーか!」
三上は高橋に厳しい現実を突き付けることで必死の抵抗を見せる。あの様子だと高橋の言うことが正しいと認めてしまっているのだろう。だが、それは勘違いだ。なぜなら、ボウリングで負けてス〇ブラ勝負を挑むことは普通に負け惜しみだからだ。まぁ、2人とも気づいてないみたいだから何も言わないが、まぁ、なんだ。似た者同士の馬鹿者同士で仲良しこよし、てとこか。チェケラ。
「負け惜しみお疲れ様です。」
「...ボウリングに負けたことをお前がもっと悔しがってくれたら、俺は嬉しかったのに。」
「ざまぁみんしゃい。男なら勝利に酔いしれるのではなく、勝利を嚙み締めるべきなのよ。この阿呆が!」
そう言って高橋は拳を天高く掲げ、三上は床に這いつくばっていた。
なぜ俺たちはボウリングをしているのか。何か話したいことがあったのではないか。言いたい言葉が、ぶつけたい感情があるのではないか。そんな感じであいつらに聞きたいことがある、はずなのに。このあまりにも軽すぎるやり取りに俺は、なんだか色々どうでもよくなっていた。普段は頭の中の色々が消えないまま無駄に存在感をはなっているのに、今はそいつらが遠く、小さく、ぼやけて見える。あまりこういう感覚になったことが無いから断言はできないが、端的に言うと俺は、ぼーっとしていたんだと思う。
と、俺の中のガ〇ダムが言っている。