立場の違いと世界の違い。
どいつもこいつも、記憶が無いんじゃないかと疑うほどに同じ言葉を言った。反射的に言ってしまったのであれば途中で気付くはずなのに、ただの一人も嬉々として喋るのをやめなかった。その度に俺は、よく言われるんですよと愛想よく答えが。すると、いつもと同じように慰められた。
でも、二人とも綺麗な顔してるよ。とか。
お父さんとお母さん、どっちに似てると思う?とか。
あくまで自然を装い、謙遜した。
「兄妹なのに、あんまり似てないよね。」
俺と木葉を見るたびに、誰もがそう言った。
HRが終わってすぐ、新藤は俺の席の前で立ち止まった。
「武内くん。話があるので、五分後に職員室に来なさい。」
「...。」
新藤は物を見るような目で俺を見下している。
律儀に五分待ってやった。
「...失礼します。」
部活の顧問で出払っているのだろう。職員室はガラガラだった。
「武内くん。こっち。」
ソファに座っていたのは学年主任の河上だった。新藤も隣に座っている。五分の意味を理解した。
「そこの椅子に座っていいよ。」
「...。」
赤錆の付いたパイプ椅子に座る。ギギギギ、と脚が悲鳴をあげた。
「わかっているよね。どうしてここに呼ばれたか。」
河上は穏やかに告げる。怒りも失望も感じない。普段通りのフラットな様子だった。
「...。」
「じゃあ、情報の整理をするから、事実と異なる点があれば遠慮なく言ってほしい。」
「...。」
河上は、三十代半ばで学年主任を務める秀才だ。教師陣はもちろん、生徒からの信頼も厚い。決して崩れない穏やかな姿勢、納得しやすいユーモアのある授業、問題への的確な対処と反応速度。人気があるのは当然、納得もできる。だが、俺は河上のことを信用していない。河上は人間が出来過ぎている。清廉潔白、品行方正、聖人君主。このような表現が似合う人間には、得てして他人には言えない隠し事があるものだ。常人よりも美しく華麗に見えるのは、疑われる隙を作らないためだ。心の底から自分を信頼させるための長期的な洗脳にも近い。
そして、この人種に共通していることはそれを自覚して行っているということだ。
「まずは、事件の時間と場所と経緯とメンバーを確認するよ。」
その余裕ぶった面構えが、心底気に食わない。
河上から伝えられた情報は俺の記憶と合致していた。虚偽の報告はされていない。律儀か臆病か、無能かは定かではない。被害者の名前、俺が殴ったのは二年の「高橋 白」という人間らしい。気絶した原因は脳震盪で、当たり所が悪かったようだ。一瞬自分の格闘家としての才を疑ったが、どうやら万全の状態ではなかったらしい。
「私は去年から高橋君のクラスの英語を担当していてね。それなりに面識があるんだけど、彼は授業態度がすこぶる悪くてね。頑張ってるのはわかるんだけど、授業の最後まで起きている方が珍しいんだ。よだれが垂れていることもあってね、気持ちよさそうに眠っているところを見ると、微笑ましいと同時に少し羨ましくも感じるよ。何回注意しても治らないから、もしかしたらそういった体質的な問題かもしれないと、最近は心配するようになったよ。」
高橋伯はどうやら無能だったらしい。そういう浮ついた奴は何をやってもだめだ。肝心なところで失敗する。人生で積み上げた物が無いからだ。そのうち誰も手に負えなくなって見限られるのがオチだ。
「まぁ、こんな感じで言動には多少問題があるけど、内面は悪い子じゃない。今回の件もこれ以上話を大きくするつもりは無いそうだよ。良かったね。」
「....。」
お前のその軽薄な態度にも、問題があるんじゃないか。胡散臭いんだよ。
「あと、君と一緒にいた女子生徒。1年1組の武内 木葉さん。妹さんだよね。」
「....。」
「おそらく今、君と同じように色々と事情を確認されていると思うよ。」
「...。」
時間が掛かるか、一瞬で終わるか。どっちだろうな。
「木葉さん。もう噂になっているよ。とんでもないおてんば娘が入学してきたって。君は、妹さんのことをどう思ってる?」
「........あんたには関係無いだろ。」
「あるよ。」
「なんで?」
「報告書に書くからだよ。今回の件は職員会議で報告するし、通知表にも記載するし、もちろん君の両親にも通達する。だからより多くの情報があった方がいいんだ。それに、君の弁明の手助けにもなる。だから、君が言うべきだと思ったことを、自分に有利な情報を答えればいい。」
「...答えなくてもいいんだろ?」
噓をついて今の俺に有利な状況を作ったところで、後々それも含めた評価をするはずだ。
「もちろん。君のプライバシーは尊重する。」
「わかった。」
なら、このまま黙っている方が楽だ。あいつは喚いたり反抗したり余計なことをするだろうが、俺には関係ない。そのあともいくつか質問をされたが黙秘で通した。核心には触れないが、家庭環境や心理的な問題を示唆する質問が混ざっていた。
「武内。お前何考えてんだ。」
「...。」
隣に座っていた新藤が嚙みついてきた。その質問はそっくりそのまま返す。隣に座ってる間、何もしていなかったお前に。なんだ?今日の晩飯のことでも考えてたか?
「十八になって席の取り合いで喧嘩だなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。」
「....。」
それは違う。あいつが挑発の天才だっただけだ。席の取り合いで喧嘩したわけじゃない。
「お前、いつまで黙ってんだ。自分の立場わかってんのか?自分が何したかわかってんのか?」
「...。」
人を殴った。それだけじゃないか。
「高橋が死んでたらどうするつもりだったんだ。」
「...。」
殺すつもりが無かったわけじゃない。殺意に近い苛立ちがあった。だから、死んだら死んだで本望、喜んだと思うな。俺は。
「人に迷惑掛けて、傷つけて、人の厚意を踏みにじって、これからどうやって生きていくつもりだ。大学にも行けなくなるかもしれないんだぞ。」
「....。」
その時はその時だ。別にどうとでもなる。
「お前、反省して無いだろ。」
「....。」
確かに反省していないが、お前が何を言っても俺が反省することも無い。だから早く満足するか諦めてくれ。時間がもったいない。
「新藤先生。もういいです。」
なんでもっと早く止めなかったんだよ。この役立たず。
「でも、武内は全く反省してませんよ。」
「それはわかりませんよ。人の気持ちを確認することは出来ませんから。」
俺は反省してないです。河上先生。
「確かに...その通りですね。すみません。出しゃばってしまって。」
新藤が萎んでいく。言葉の通り。直立から膝立ち、そしてゆっくり着席。びっくり箱の仕掛けが箱に収まるものまねみたいで、少し面白かった。
「いえ。積極的に相手と向き合うことは、とても大事なことだと思います。ただ、そのやり方だと反省した風を装うことも出来ます。本当に反省してくれる生徒もいますが、両者を判別するのは困難です。だから、これからの武内君を見て判断しましょう。頼みますよ。新藤先生。」
河上は、落ち込んだ新藤の肩を優しく叩く。河上先生は素晴らしい考えをお持ちのようだ。
「はい。わかりました。河上先生!」
「はい。お願いします!新藤先生!」
爽やかな笑顔だった。新藤もなんかホクホクしてるし。きもいんだよ。まぁ、これで茶番は終わりだ。さっさと帰らせろ。
「あ、武内君。最後に一言いいですか?」
「...。」
いいからさっさとしろ。
「さっきの質問とは別で、完全に私の感想なので気にしなくても大丈夫です。」
「...。」
いいからさっさとしろって言ってんだろうが。言ってねぇけど。
「さっさと死ねや。このクソボケガキが。」
「え?」
「....。」
それってあなたの.....やめておくか。




