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「鬼は外、福は内」って言うじゃないですか。じゃあ「鬼は内、福は外」の時はどうすればいんすか?

「どこいくの?」

時刻は21時半。勝手口でサンダルを履こうとした時だった。母にとっては外出してほしくない時間なのだろう。そっけなく、散歩するだけだから、と伝えた。

「あんたさぁ、お風呂入ったんなら外出しないで。」

母はスマホの画面を見たまま、咎めるように呟いた。

「なんでわざわざ汚れに行くの?」

意味の無い問答が始まる前にサンダルを履く。

「...別に出て行ってもいいけど、そのままベッドに入らないでね。」

怒らないから言ってごらん、と同じ。真っ赤な噓。俺は気にしないから大丈夫!なんて言ってみろ。ヒステリックを起こしかねない。ここは大人しく人畜無害を装うしかない。

「11時には帰るからさ。」

誠実なふりでいいんだ。思春期の独特な発作とでも思ってくれ。

「それは友達と遊ぶ時の話でしょ。話を変えないで。」

母はこちらに視線を向けた。返事を待たずにドアノブを回す。ソファの皮が擦れる音して、俺は素早くドアを開けて逃げ出した。

(はく)!」

閉まりかけていたドアの隙間から、引き留める母の声が聞こえる。昔から何度も浴びせられた声だ。過度に怯える必要はない。あんなのは、ただの威嚇だ。母は、嫌なところは多いがこんなことで子供を殴るような人じゃない。それに、もう家からかなり離れた。もう落ち着いても大丈夫。そう、頭ではわかっている。なのに、不安が消えない。落ち着いた思考とは裏腹に心臓はバクンバクンと警鐘を鳴らし続けている。あそこで止まらなくてよかった。あの時足を止めていたら、振り返っていたら。俺は身動き一つ取れなくなっていたと思う。まさしく、蛇に睨まれた蛙のように。


 息を整えて、ゆっくり歩き出す。1分も経たないうちに1本の古びた街灯が見えてくる。公園とか駐車場があるわけではない。田舎らしい寂れた穴埋めだ。近所の人が設置したであろうマイナーな会社の自販機が2台。羽虫を避けながら120円のリンゴの缶ジュースを購入した。

「....ふぅ。....めんどくせ。」

座ったとたんにため息と本音が漏れ出た。缶ジュースを片手に、俯いてしまった。なんで、なんで俺が嫌な気持ちにならないといけないんだろうか。俺、そんなに悪いこととをしているのだろうか?

...帰ったら、説教だろうなぁ。もしかしなくても。今すぐ帰れば、何事もなく収拾がつくだろうか...。そんなことを考えてしまう自分があまりにも情けない。罪の減刑を願う脱走兵とか、自首をする重罪人とか、こんな気持ちなのだろうか...。

「ほんと、意味わかんねーよなぁ。まじで...。」

何も受け付けない喉に無意識でジュースを流し込む。普段通りの味なのにめっちゃ薄く感じた。

「...なんで、放っておいてくれないんだろうなぁ...。」

缶を太股に挟んで、ワイヤレスイヤホンとスマホを取り出す。音楽を聴いて心と体をリセットしよう。画面をスクロールしながら今の自分に合った曲を探す。目についたのは、格闘ゲームの戦闘BGMだった。

「...10年かけて解いた問題の答えを僕は2秒で忘れた。そんなもんだよ。....」

表はロックで裏はジャズ風。天邪鬼で皮肉の聞いたアメリカンジョーク、言われてみればそんな気がしてくる心理と諦観にも近い脱力感。三半規管の興奮と、詩による安堵が恐怖を打ち消していった。リンゴジュースを飲み干して、中身がパンパンのゴミ箱に空き缶をねじ込んだ。


 晩春の夜はまだ少し肌寒い。しかし、その程度の気温など、厚手のスウェットを着用した俺の敵ではない。今日は風も吹いていないし、快適とさえ思える。最適快適。雲一つない紺色の空には、白銀の月と無数の星々が輝いている。月暈でよく見えないけれど多分満月っぽい。まさしく、絶景で絶好の散歩日和と言えるだろう....。あれ?月ってさ、15日で満月になるんじゃなかったっけ?十五夜の月がなんとかって、理科の先生が言っていた気がする。イマジナリーティーチャーもとい誤学習かもしれないが...。でも、今日は4月の13日...。こういう時に、勉強って大事だなぁって思うよねぇ。


 ネットで調べたところ、月は29.5日くらいで満ち欠けを繰り返しているらしい。つまり15日に一度は満月が見えるってわけだ。そして十五夜は陰暦で毎月15日目を意味し、月の満ち欠けを基準としている陰暦では、十五夜はほぼ確実に満月となるらしい。しかし、現代は太陽暦を採用しているため、毎月の15日と十五夜が重ならないこともある。つまりはそういうことらしい。ちなみにこれは豆知識なのだが、8月の満月である「中秋の名月」のことも、十五夜と呼ぶそうだ。


はぁ~、スッキリした。雑学最高。10年以上生きてきたけれど、8月の満月とか、そもそも満月のことを気にしたことはなかった。折角だし、今年は中秋の名月とやらを拝んでみるとしよう。覚えてるかわからないけど、覚えてたら人を誘って楽しめたらいいな....。ここでメモの一つも取れれば、成長するんだろうなぁ。


 ガラガラの駐車場に着いた。昼間は結構客が入っているのに。これを田舎らしさと言ってもいいのだろうか。そもそも、こんなに広い駐車場があること自体ありえないか。都会なら。駐車場を気持ちよく横断して、聞き馴染んだ曲と共に入店する。カゴを手にとったら即右折し、コンビニの自社製500mlの安い麦茶をカゴに放る。ここから何を購入するかを考える。資金と空腹度とカロリーを考慮するに、パンが最適であろう。しかし、肉体が大量の糖分を求めている。パンではこの渇きを癒すことはできないだろう。とりあえず、おにぎりの棚を拝見する。商品を補充したばかりなのか、上から下まで綺麗に陳列されている。おにぎりのメジャーリーガー「焼き鮭」を手に取る。


 あれ?1個160円って書いてある。昨日まで、いや、去年までこいつ、100円くらい?だったよな....。いや、わかってるよ。もう100円のおにぎりは存在しないってことくらい。


そっと棚に戻した。一般おにぎり(160円)の上には、豪華なパッケージのおにぎりが並んでいた。多分1個200円くらいするリッチな商品だということを承知で手に取った。1個、320円だった。ジャ〇プより高いじゃん。いや、俺達少年の夢が安いのだろうか。


蝶よりも花よりも丁重に、御握りを棚に戻した。


 そうこうしているうちに、空腹感はどんどん膨れ上がっていく。今なら多分、デビ〇大蛇くらいならいける。だが、夜の暴飲暴食は健康にも資金的にも良くない。血糖値が上がると気持ち悪くなるもんな。うん。良くない。非常に、良くない。

「やはり、コスパの良いパンにすべきだ!」

脳内で俺が叫ぶ。

「...これほどの空腹をパンの1つや2つで抑えられるのか?」

研究員っぽい俺が静かに反論した。

「ごちゃごちゃうるさいぞ貴様ら!今この瞬間にも食欲は膨張し続けている。迷っている暇など1秒たりともないのだ!パンなどありえん!破滅を覚悟して米をドカ食いするべきなのだ!」

過激な俺が叫ぶ。頭の中がまとまらない。節制と発散のどちらも優先したい。だが、限界は刻々と近づいている。これ以上我慢すると、から揚げ弁当と鶏むね肉のサラダをカゴにブチこんでしまいそうだ....。いかんいかん。理性で食欲を抑えろ。吞まれるな。だが、考えるほどに腹は減る。だぁクソッ、プチおかずのタルタルチキンから目が離せなない!ごま油とキャベツの和え物、ポテトサラダ、餃子、豚の角煮、エビチリ、お好み焼き、たこ焼き、ペペロンチーノ、豚ラーメン....から揚げ弁当....。

あー、無理だ。我慢の限界。理性の敗北。動物性の回帰。暴食の罪。身体は制御を失った。この時間にドカ食いなんて、背徳的過ぎるぅ...が、ブレーキが壊れた車は止まることなどせぬ!俺は喰らうぞ!塩分、糖質、油分、炭水化物!夜食が、健康が、血糖値がなんぼのもんじゃぁぁ!毒も喰らえと、誰かが言ってた気がする!

そう、ドカ食いを覚悟した時だった。女の店員さんが隣でサンドウィッチの補充を始めた。荒ぶる食欲の鬼は鎮まり、理性は革命を成し遂げ、本能組から制御権を取り戻した。


 この時間なんか気まずいんだよなぁ。なんか己の深いところを晒しているような感じがするじゃん...。なんだか居たたまれない気持ちになった。店員さんが離れるまでは適当にやり過ごそう。その辺をうろうろしながらあれでもないこれでもないと、商品を手には取らず見比べて時間を潰す。

「...あれ、白じゃん。」

微かに記憶にある声が俺の名前を呼んだ。思わず声がした方を向く。

「.......もしかして、真?」

「そう。久しぶりだね。」

隣で陳列をしていたのは中学の同級生。本田真(ほんだまこと)だった。


 あぁ、よかった。当たってたぁ。なんか、中学の同級生って、それだけで恥ずかしいな。昔の自分がフラッシュバックしてくる感じがやばい。まともに顔見れないかも...。

「久しぶり。会うのは、数年ぶり?」

「多分、そんくらいかな。」

「ここでバイトしてたんだ。知らなかった。

多少もごもごしてしまったが「外で同級生と出会ったら~バイト編」を唱える。

「だよねー、めっちゃ久しぶり。バイトは最近始めたんよ。」

ぶっちゃけると、俺は早く飯を食いたい。サンドウィッチを補充する手が止まっているぞ。働け。

「そういうことか。このコンビニ結構使うのに、見たことないなーとは思った。」

彼女もバイト中だし、会話が弾みすぎてもよくないよね。うん。そうだよねー。

「まあね。2週間前くらいかな?入ったの。」

「そっか。素直に偉いな。さすがっす。」

会話をしたら疲れた。おなか減った。から揚げ弁当と鶏むね肉のサラダとタルタルチキンをカゴにブチこんだ。それ今から食うの?的な視線を感じるが、俺は気にしない。気にしなーい。

「ありがとう。えっと、それ一人で食べるの?」

はい、俺エスパー。これからジョ〇フの十八番やろうかな。お前は○○と言う!てやつ。

「肉で一番好きなんだ。鶏肉が。」

...俺は一体何を言っているんだ?そうだけど。一番鶏肉が好きだけれども。

「あ、そうなんだ...。」

真さんがサンドウィッチの補充を再開した。これでご飯が食べられる!温めお願いします!

「あのさ、白が良ければなんだけど...」

真の表情が固くなった。何か困りごとでもあるのだろうか。

「どうかした?」

「もうすぐバイト上がるからさ.....少し話さない?」

少し間があるなぁ、と思った。腕がふさがっているのでコンビニの時計を探す。時刻は21時50分くらいだった。時間は大丈夫そうだし、まぁいいか。

「いいよ。」

「ほんと!ありがとう。そろそろレジ行く?」

「すぐ行くから、ちょっと待ってて。」

「はーい。」

鮭おにぎりと麦茶を追加して、おしゃれな食べ物は何かと考える。パスタ、サラダ、フランスパンみたいサンドウィッチ、スイーツ....。ブリトーだな。個人的にはピリ辛チョリソー一択だが、安定のマルゲリータもどきにした。デザートの月見だいふくをカゴに放ったらレジに向かう。

「温めとおしぼりお願いします。」

「レジ袋どうしますかー。」

「2袋お願いします。あと温かいのとそれ以外で分けてください。」

「はーい。会計お願いします。」


「ありがとうございましたー」

真のはきはきとした声が聞こえる。女の子は声が掠れなくて羨ましいな。いや、どうだか。俺の喉がクソ雑魚なだけかな。それにしても、くそ。2600円かぁ。結構いったな。痛い出費だ。これが、食欲に負けた、暴食の末路かぁ。


 駐車場の縁石に座ってレジ袋を脇に置く。高校生は22時までしかバイトが出来ないので、真もすぐに出てくるはずだ。それまではサラダでも食べて空腹を落ち着けよう。それにサラダはカロリー0で、サラダを食べれば後の食物のカロリーが0になるって誰かが言っていた。しかもタンパク質が12gも入っているらしい。すごい。このままだと俺自身が筋肉になってしまう。サラダ最高。付属のポン酢風ドレッシングを全体に馴染ませる。5回くらい天地を返して表面がテカテカしてきたら、肉と野菜を一緒に口に入れる。柔らかくて弾力のあるサラダチキンの塩味、レタス、細切り大根、ニンジン、千切りキャベツのシャキシャキ食感、ドレッシングが肉と野菜をまとめ、後味さっぱりヘルシーテイストに仕上がっていた。まぁ、他のサラダも似たような味だけど。ぶっちゃけドレッシングの味8割だし。俺、ポン酢のドレッシングのやつしか食わないし。

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