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ホラー作品

かなえ屋


その奇妙な店はビルとビルの間の狭い隙間にひっそりと建っている。


店の扉の上に掲げられている看板には一文字ずつ区切られて、「か」「な」「え」「屋」と書かれていた。


暇を持て余し面白い事は無いか? と街を彷徨いていた数人の若者たちの目が、店の前に立ち看板を見上げながら喋っているサラリーマンらしい背広姿の2人の男の姿を捉える。


若者たちは店の看板を見上げ男たちの会話に耳をそばだてた。


「課長、此処ですよ 、此処。


何でも願いを叶えてくれるという店は」


「何でも願いを叶えてくれるって? バカバカしい。


騙されるなよ、催眠術かなんかで願いを叶えたように見せかけているだけだろうさ」


「そうなのかなぁー? でも大学時代の友人が願いが叶ったーって、喜んでいましたよ」


「フーンそうなのか?


ま、嘘か真か分からないが話しのネタに寄って行ってみるか」


「はい課長、お供します」


2人の男は扉を開け店の中に入って行った。


店の中に入って行く男たちの後ろ姿を眺めていた若者たちの1人が、仲間たちに声を掛ける。


「なあなあ、俺たちも入ってみないか?」


「高いんじゃ無いの?」


「最初に料金を聞いて、高ければ出てくれば良いんだよ」


「そうだな、入ってみよう」


若者たちはその言葉に頷きあい店の中に足を踏み入れた。


店の中は不思議な事に、ビルとビルの隙間3メートルぐらいのところに建っている店とは思えない程、広々としたロビーが若者たちを迎え入れる。


「いらっしゃいませ」


髪をポマードでキッチリと七三分けにした蝶ネクタイの男が、先に店に入っていた男たちに説明していた顔を上げて若者たちを笑顔で迎えた。


若者たちはその男に口々に質問する。


「ねー、願いを叶えてくれるって聞いたけど本当なの?」


「料金は高いのかい?」


それらの質問に、蝶ネクタイの男は笑顔を崩さずに返事を返した。


「本当にお客様の願う事を叶えます。


料金はお客様の願いを叶えたあと集金に参りますので、願いが叶ったと思えましたらそれに見合うとお客様が思う金額をお支払いください」


「後払いなんだ」


「はい、その通りです。


それでは此方の書類に願い事とお名前、住所、電話番号、メールなど必要事項をお書きください。


書いた願い事は他の方に見せないように」


「2人一緒の願い事は駄目なの?」


「同じ願い事でしたら構いません、1枚の書類に2人一緒にお書きください」


蝶ネクタイの男はそう説明しながら、若者たちと若者たちの前に店に入って来た男たち1人1人に書類を手渡す。


若者たちの願い。


『彼女と二人きりの世界に行きたい。


同じく、彼と二人きりの世界に行きたい』


『俺の命令を忠実に守る部下がいる世界に行きたい』


『大金持ちになって、金銀財宝や世界の高額紙幣で埋まったプールで泳ぎたい』


『沢山の女たちに囲まれて、食わせてもらいながらS○X三昧の生活を送りたい』


課長の願い。


『人生をやり直したい』


蝶ネクタイの男は願いが書かれた書類を回収し、代わりにアイマスクを手渡して説明する。


「皆様、アイマスクをお付けください。


これから書類に書かれた願いを叶えてくれる秘密の部屋に、お一人ずつご案内します」


蝶ネクタイの男は1人1人のアイマスクに隙間が出来ていない事を確認してから、手を引いて順番に部屋に案内した。


部屋に案内して椅子に腰掛けさせてから、蝶ネクタイの男は案内した者たちに声をかける。


「アイマスクを外して頂いて構いません。


ただ私がこの部屋を出て扉を閉めると同時に、この部屋の中は目を開けていられない程の光で満たされますのでお気を付けください。


そのあと鐘の音が鳴り響きます。


その鐘の音が鳴り響いたら願いが叶った合図になりますので、目を開き願いが叶った事をご確認ください」




二人きりの世界を望んだ男女の若者が送られた世界。


鐘の音を聞き2人は殆ど同時に目を開く。


そこは森林と草原に囲まれた小高い丘の上だった。


「ここは何処?」


2人のうちの少女が疑問を口にする。


すると2人の男女の頭の中に声が響いた。


『あなた方が望んだ2人きりの世界です。


あなた方以外の人間は存在しません。


生活に必要な物は自分たちで集め作ってください』


「え、オイ! ちょっ、ちょっと待てってくれ」


「どういう事よ、もっと詳しく説明して」


2人が慌てて問い返すが声は帰ってこなかった。




命令を忠実に守る部下を望んだ若者が送られた世界。


目を開いた彼の前にアンドロイドが1台直立不動で立っていた。


若者が目を開けたのを確認しアンドロイドは彼に声をかける。


「お目覚めですかマスター」


「ここは?」


「マスター、あなたの国です」


「俺の国?」


「こちらにどうぞ」


アンドロイドは若者を部屋の外のバルコニーに案内する。


地表から数千メートル上だと思われる凄まじく高い建物のバルコニーから見えるのは、地平線の先まで広がる街並みとその街の中で動き回る多数のアンドロイドの姿だった。


「アンドロイドだらけじゃないか? 人はどこにいるんだ?」


「人間はマスターあなた以外存在しません。


3600世代前の初代マスターがマスター以外の人間の消去を命じられたので、マスターに忠実な下僕である我々アンドロイドが全ての人間を抹殺しました」


「3600世代前だって? それじゃどうやって子孫を残しているんだ?」


「クローンです。


あなたは3601代目のマスターになります」


若者は数週間後、バルコニーから数千メートル下の地表に向けて飛び降りる。


飛び降りた若者を見てアンドロイドは呟いた。


「3602代目のマスターを起こさなくては」




大金持ちになり金銀財宝や高額紙幣で埋まったプールで泳ぎたいと願った若者が送られた場所。


彼の耳に機械的な声が響く。


「オキテクダサイ、アサデス、ミスター、ショクジノジカンデス、ハヤクオキテクダサイ」


若者は目を開け周りを見渡した。


そして気が付く、自分が金銀財宝や高額紙幣に埋まったプールで財宝や紙幣に埋もれて寝ていた事に。


それらの金銀財宝や高額紙幣をかき分けてプールから脱出し、食堂に向かう。


食堂のテーブルの前の椅子に腰掛ける。


テーブルの上には缶詰めが2個とコップ1杯の水が置かれていた。


またコンピューターの機械的な声が響く。


「オハヨウゴザイマスミスター。


カクシェルターセイカツ、1636ニチメノアサデス。


チジョウデハキョウモ、ホウシャノウノアラシガフキアレテイマス」


「風呂に入りたい」


「ダメデス!


ミズハキチョウデス、フロ二ハイリタケレバ、ジョキンシートデカラダヲフイテクダサイ。


ダイイチコノシェルターニハ、ミスターアナタシカイナイノデスカラ、タショウヨゴレテイテモワラワレルコトハナイノデス」


「ああ、分かっているよ」


「ミスタードチラニイカレルノデスカ?」


「プールだ」


「リョウカイシマシタ」


若者はプールの金銀財宝や紙幣をかき分けて身を横たえ、トイレットペーパーの代用品にしかならない高額紙幣を手に取り眺めるのだった。




沢山の女に囲まれ食わせてもらい、S○X三昧の生活を送りたいと願った若者が送られた世界。


若者は乱暴に身体を揺すられて目を開けた。


目を擦り周りを見渡す。


そして若者は悲鳴を上げそうになり口を慌てて押さえる。


若者は大きく目を見開き周りをもう一度見渡す。


若者の周りには人間と猿の合いの子のような毛深い女たちが数百人程いて、彼に果実や焼け焦げた肉を差し出していたり女性自身を剥き出しにして誘ったりしていた。


『な、なんだ、こいつらは?』


頭に直接声が響きその問いかけに答える。


『あなたが望んだ世界です。


この部族の男たちは病気や事故が重なり全滅しました。


彼女たちを妊娠させる事が出来るのはあなただけなのです。


彼女たちに食わせてもらいながらS○Xに励んでください。


彼女たちを妊娠させる事が出来ない役立たずと見なされたら、殺され食われますからご注意を。


頑張って沢山の子孫を残してください』




人生をやり直したいと願った課長の場合。


彼はドクン、ドクンと音がする居心地の良い安心出来る場所から、眩しい光と聞き慣れない音で満たされている場所に押し出される。


今までの記憶を全て無くし彼の母親の腹からまた出て来た彼は、元気な産声を上げるのだった。




残された課長の部下の男が蝶ネクタイの男に声をかける。


「兄貴、今日も上手くいきましたね」


「ああそうだな、男女の身分が6人分手に入ったからな」


「でも大丈夫なんですか? 天界の奴らに目をつけられると面倒ですよ」


「大丈夫さ。


願いを書かせるとき事細かに書けって言わないだけで嘘はついていないだろう?


大雑把にしか書かないのは奴らの自由だしな。


それに書類に書かれた願い事をちゃんと叶えてやっているのだ、文句言われる筋合いは無いじゃないか」


「それもそうですね。


そういえば課長、人生をやり直したいと書いてましたが、結局同じ人生を歩む事になるんですよね?」


「当然だ、別な人生を歩みたいと書けば良いのに、やり直したいと書くから母親の腹から出てくるところからやり直しさせてやったのだ。


それで同じ人生を歩む事になっても、それは私には関係無い事さ」


「ハハハハ、俺に愚痴をこぼしていた人生をまた歩むのか、なんか可哀そうだな」


「それじゃ手に入れた身分をこの世界に来たがっている奴らに売りに行こうか。


この世界から出て行きたがっている奴は沢山いるが、この世界ほど微妙なバランス上にいるとは言え、永く続く世界は無いのにな、馬鹿な奴らだぜ」


「仕方がないですよ、この世界に生まれた奴らはそれを知らないのですから」


「そうだな、知られたら俺たちの商売も上手くいかなくなるからこれで良いのだろう。


さて、行こう。


儲けた金で美味い物でも食おう」


2人の男は店を閉め、夜の闇の中に溶け込むように消えて行った。






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― 新着の感想 ―
ふたりきりの世界は予想通り、忠実な部下は概ね予想通り。 プールは金銀財宝に潰されるかと思ったから、ハズレ。 沢山の女は枯れ果てるまで、くらいだと予想してたけど、これはキツいなあ。そもそもその気になれな…
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