後編(第八話~最終話)
第8話 腹黒な二人
南王領王都ファザート。準備を整えたシュロス一行は、馬車に乗り北へ向かう。
『いいか、先ずはマーハルの街へ向かい、ダベルフ大司教と会え。如何に大司教と言えども、このスカーレット家の印章で封じた書簡を持つ者を通さぬ、は道理に外れる行為。居留守を使うかも知れんが、その意味ではメルルンの占星術が役に立つ。見つけ出し、ハーベスターに連なる裏教会の事実を全部吐かせろ。』
「と、ヴァネッサ様は仰っていましたが。仮にも大司教の地位に立つお方、くれぐれも冷静な対応をお願いします。特にシュロスさん。」
ルフィアは相席するシュロスの方を見やり、冷ややかな視線をシュロスに向ける。
「え、オレ?」
「他に誰がいるんだ。」
フィリスがすかさず斬り込む。
「うう、お兄ちゃんを慰めておくれよクレミアちゃ・・・」
だが助けを求めるシュロスの目の先にあったのは、瞳の光も無くただただ汚物の様な存在としてシュロスを見るクレミアの姿だった。
「全くもって汚らわしい。何故お前が御者を務めぬのだ。」
「いや、それはアイツが自分から買って出てきたから、お願いした訳で、クレミアちゃんも一緒にいたじゃん、その時。」
「慣れ慣れしく呼ぶな。お前が行かないのなら私が外に出る。」
「大丈夫ですよぉ。ワッチは、馬に慣れていますからぁ。」
馬車の中の重苦しい空気を一掃してくれる、朗らかな声が馬車の室内に響き渡る。
「ワッチは、南王領王都よりもっと南に住むドワーフ族なんですぅ。でもぉ、ある時南王様の軍隊がワッチの住む国にやってきて、みんな捕まっちゃたんですぅ。」
「じゃあ、お前奴隷だったのか。」
フィリスが驚いた眼で、馬を巧みに御するメルルンの背中を見る。
「最初はそうでしたぁ。みんな足枷付けられ重い塊を引きずって王都まで歩いたんですぅ。」
「奴隷にされた割には能天気だな、オマエ。しかし、一国っていったい何人連れて来られたんだ?」
「多分100人くらいですぅ。」
「いや、それただの集落じゃねぇか・・・」
話の嚙み合わなさに、思わず頭をかきむしるシュロスを横目に、今度はルフィアがメルルンに問いかける。
「辛いお話をさせてしまって申し訳ありません。良ければ、話の続きをお聞かせ出来ますか?」
「いいですよぉ。道中はながぁいですからぁ。」
メルルンが住んでいた村は、度々洪水による水害に悩まされていた。そういった災害を察知する手段として呪術、または占星術が生まれたのだという。
「ワッチは代々呪術や占星術を学び、国民を指導する家に生まれましたぁ。ワッチの占いは余り当たらなかったけど、皆は褒めてくれたですぅ。」
「・・・占いの腕が微妙、って人探しの役に立つのかコレ。」
シュロスは、思わず本音を吐く。
「あ、でも呪殺は得意ですぅ。」
「あ、さっきの話ノーカンでお願いしまっす、先輩。」
メルルンは特に気にする事無く、笑いながら話を続ける。
「で、王都に着いたんですけどぉ、ワッチはみんなが悲しむ顔に耐えられなくて、南王様に直接お願いしたんですぅ。ワッチは奴隷のままで構わないので、どうか国人を解放してくださいぃ、ってぇ。」
「南王陛下に直接ですか!?」
メルルンの国民を想う心、そしてその武でもって内乱の勝利者となったあの南王に直接嘆願する度胸に、ルフィアは思わず胸が締め付けられる思いに駆られてしまう。
「そうしたらぁ、その時同席していたヴァネッサ様が口添えして下さってぇ、ワッチはヴァネッサ様にお仕えする事になったんですぅ。」
「じゃあ、国民の方は皆国元へ戻れたのですね。」
「いいえ、南王様が南王領の西側にドワーフ族居住地を設置してくれてぇ、今もそこで喜んで住んでますぅ。」
「え、ど、どうしてですか?」
「実は南王様の遠征は、水害の多い地方に住む先住民族の保護だったそうですぅ。でもどうせ話聞かないだろうから、取りあえずこっちで豊かな生活を一度体験させたかった、と後でヴァネッサ様から聞きましたぁ。」
「で、でも先祖伝来の地に未練は無かったのですか。」
「それよりも、身の安全が大事ですぅ。今では皆、南王様に感謝しているですぅ。」
「そんなもんだぜ、ルフィア。土地よりも人を選ぶ。私も彼女と同じ気持ちだ。元奴隷の立場だった者の意見として耳に入れておいてくれ。」
フィリスは軽くルフィアの肩に手を乗せる。その手に自らの手を重ねルフィアは呟く。
「それでも、私は・・・」
「・・・進路が外れている。」
クレミアの呟きに3人が顔を見合わせる。
「おーい、メルルンさんよ。クレミアが進路ずれているって言っているぞ、どうなっているんだ?」
シュロスがメルルンに大声で問いかける。
「大丈夫でぇす。進路は合っていますぅ。そもそも、最初の行先はマーハルでは無いのでぇす。」
『なにぃ!?』
メルルンの爆弾発言に、4人は同時に驚きの声を上げたのだった。
時はさかのぼり、北方領に残りケイン達を見送ったソルディックは、その足で再びメイヤーの下へ向かう。
「今日は、どのような案件かね。君とは懇意にしておきたいので話は聞かせてもらうが、私には待たせている客人が多いのでね。手短に願いたい。」
「はい。まず一つ、ギルドに加入している冒険者達への報酬増額をお願いします。方法はどのような形でも構いません。目的は目下モルゲスの手駒となっている盗賊達を冒険者に仕立て上げる事で、敵の兵力低下と北方領全体の治安強化を狙う事。」
「面白い事を言う。だがギルドの方針はあくまで“内政不干渉”だ。北方領の治安は北方軍に任せるべきだと思うが。」
「都合よく“内政不干渉”を使うのは止めませんか。北方軍は動かないでしょう。北王陛下の南進政策の為に。そして商工会は、今その大遠征の為の軍事物資備蓄の買い占めを一手に担っている。南方領のマーハルは今まさに大盛況との噂もあります。」
「情報通だな。君なら商人としてでも十分、一流になっただろうね。」
「目を逸らさないでください、メイヤー=ローヴェ。」
ソルディックの眼光がひと際鋭く、メイヤーを睨みつける。
「私を恫喝するつもりかね。生憎と、君に私を恐喝出来る材料など無いよ。」
メイヤーは百戦錬磨の商人らしく、動揺をする素振りも無くソルディックと対峙する。
「メイヤーさん、本当は今の時点で利益確定させておきたいのでは無いですか。北王に売ったところで、二束三文で買いたたかれるのは目に見えているでしょう。」
「!?」
ついにメイヤーの顔から余裕の笑顔が消える。そして、まるで相対象のように、ソルディックは邪悪な笑みを浮かべる。
「買いますよ、この僕が。物資全部をこの値段で。」
そう言うとソルディックは、懐から1枚の明細を取り出す。
「ご・・・5000万ゴールドだと?一介の冒険者にどうしてこんな大金が。」
「王都の実家、複数の別荘を全て売却します。ギームさんの口利きで、高官職のドワーフを紹介してもらったところ、すんなり契約となりました。おかげでこちらも節税が出来て大助かりでした(笑)。」
ソルディックは、明細を持ってなお震えるメイヤーの手からひょい、と取り上げる。
「メイヤー=ローヴェ。貴殿がこの取引を望むなら、条件が必要だ。」
「じょ、条件?」
「僕をギルドのスポンサーに加える事。なお、登録名は、モルゲス=ヘイドラー、とする。」
「例のネクロマンサーを登録名に、かね。」
先程の心理戦から解放された安堵感もあり、メイヤーの表情が大いに緩む。
「彼の真の目的は不明ですが、古代エルフの女王を本の悪魔に吸い込ませ、立ち去った事こら強力な触媒を欲している事が伺えます。それもたった一人で。」
「続けてくれたまえ。」
「つまり、より強い何かを蘇らせようとしている。それは『カタストロフィー』に匹敵するかも知れない新たなる大厄災かも知れません。世界のどこかでとんでもない事を企む輩が跋扈する中、地上で戦争を再開する事ほど馬鹿げた話なんてありません。これが、僕達パーティの総意です。なお今回、貴方に「実」を語ったところで僕に勝ち目はありませんでしたから、「利」で勝負させてもらった事はお許しください(笑)」
「いや、私の完敗だ。北王の南進政策が1日でも遅れるよう、協力させてもらうよ。」
「ありがとうございます。それに、冒険者の敵を名乗ったはずが、冒険者の賃上げの救世主として感謝されてしまうのを想像してみてください。」
「確かに、そう考えると間抜けな話になりますな。」
大いに笑うメイヤーを見て、ソルディックは思う。
(ケイン、北王は何とか僕達で止めて見せる。君はモルゲス捜索に合わせて、南王領の実情を知って欲しい。君なら、きっと共に豊かに暮らす道を見つけられる。そしてヴァネッサ・・・もし君がこの戦いの表舞台に立つというのなら、僕は君の敵になるしかない。)
再び時は戻り、シュロス達が旅立って4日後の南王領王都。
「何か御用でございましたか、ヴァネッサ様。」
ヴァネッサの私室に姿を見せたのはスザリ司祭長だった。
「ああ。父上の様子は?」
「それはもう、精力的に人口推計の調査書に目を通しておられました。」
「また不正か。賢王時代と同じ手口が未だに通用すると思う愚か者ばかりだな。」
「王も嘆いておられました。」
「本題に入ろう。この時間に呼んだのは他でもない。ルフィア達の件だ。」
「はい。明日にはマーハルに到着するものと。」
「いや、彼女達はマーハルには行かない。」
「今なんと?」
「彼女達が向かったのは、地方都市ミュッセル。お前の故郷だ。そして、『ハーベスター』
達の本拠地。目的は何だ、裏教会の教皇殿。」
「いつ知ったのです。」
「ずっと怪しいと思っていたさ。だが尻尾を出さない以上、父上に諫言する訳にはいかない。だからお前がクレミアをルフィアに紹介した、という話を聞いた時、動きがある、と踏んでいた。」
「私は、クレミアを紹介した司祭長とは面識がございません。疑うべきは彼の方かと。」
「お前が王都全ての司祭長とは面識が無い、とか本気で私が信じると思ってるのか?」
「いえ、滅相も無く・・・」
「この時点でメルルン、というカードを持っていたのが幸いした。彼女が言うには、人には、様々な色相のオーラがあるんだそうな。で、後日彼女が担ぎ込まれた時、先に物陰からクレミアのオーラを覚えてもらい、同じ色が集まっている箇所を探索魔法で調べてもらった。
彼女と同じ聖霊の色をした人間・・・『ハーベスター』が何故か集まっている場所を、だ。」
「は、はわわ・・」
「聖霊、は単一で全部同じ色になるんだってさ。ハイ、ネタ晴らし終了。」
「しかし、集団のハーベスターには彼女達でも勝てますまい。」
「さてね。で、だ。スザリ、どうせなら表の教皇にならないか?」
「その意図は?」
「言葉通り。ただし、王の下だ。同格でも格上でもない。」
「それはもちろんでありますが、何故私めに?」
「理由は単純。お前は使える。民に心の安寧を説くのはお前に任せる。私は父上が亡くなった後、王位を獲る。」
「しかし、厄介な事がございまして。」
「何だ?」
「『ハーベスター』の術式のほとんどは、実はある魔術師の手によるものでして。その者の所在は今も判らず。」
「その魔術師の名は?」
「モルゲス=ヘイドラー、と名乗る男でした。北方の訛りが強い男でしたので、恐らくは魔法学院の者かと。」
「私もその学院の者だが?」
「こ、これは大変失礼な事を。」
「私の同期では聞かない名だな。ソルなら判りそうだがなぁ。」
ヴァネッサは、何かを忘れる様に頭を強く横に振る。
「いかがなされましたか?」
「私にだって悩みくらいはあるぞ?」
「これは大変失礼を。」
「最後に、ダベルフに暗殺者とか送っていないよな?」
「・・・実は既に何度か『ハーベスター』を屠られておりまして。」
「はぁ?アイツの護衛部隊が何者か、全く知らないの?」
「生憎、荒くれもの共の事はさほど詳しくは無く、はい。」
「完全にガード固めてるわよ、ダベルフ。折角、彼女達に私からの詫び状持たせたのにどうするのよ、これ。」
「して、その護衛部隊とは?」
「大金積んで、騎士団団長クラスを10人くらい引き抜いたのよ。戦争になれば、元の配置に返す条件を付けてね。・・・中でも、第4騎士団団長、アンリ=ロレーンは、その強さも群を抜いて高く、騎士団から賞賛を込めて、聖騎士アンリ、と呼ばれているわ。」
同刻、マーハル大聖堂。
「今日は俺がいただく!」
「いーや、オレの方が先だっ!」
一人の『ハーベスター』に対し、挟撃をかける二人の戦士。
(な、何故じゃ、何故このスピードをあの鎧姿で上回るんじゃ!)
「そーれは、俺達が強いからですねぇ。」
一人の戦士が『ハーベスター』の持つ鎌に強烈な一撃を当て、相手の動きを止める。
「悪霊よ、冥界へ還れ。“解呪”(ディスペル)!」
もう一人の戦士が彼女の顔に除霊の呪文を放ち聖霊という悪霊は冥界の淵へと沈んでいった。
「大丈夫ですか、おじょ・・・」
除霊を行った戦士が、爽やかな笑顔で女性を救い上げようとしたが、その時すでに別の戦士が先ほどまで『ハーベスター』だった女性を抱き抱えていた。
「私・・・頭が・・・何故大聖堂に。」
「きっと神が貴女を救うために、この場所を用意したのでしょう。貴女は救われました。この南王騎士団に。」
「まぁ、本物の騎士様なのですね。」
「ええ、幸い宿も近くにあります。そこまで一緒に行きましょう。」
「ありがどうございます、騎士様」
騎士は、ヒシ、としがみつく女性を優しく撫でると、後続の男連中に、
「じゃ、俺はお先に一抜けな。」
と爽やかな笑顔で去っていった。
「おい、ロジャー!お前、何も手伝ってないだろ、そこ変われ!」
「しゃーねーわ、ラーク。余り者同士仲良くしようや。」
「俺はっ、騎士を夢見て騎士になったのに、何で傭兵稼業ばっかり回ってくるんだよぅ。」
「それ、後ろで控えてる聖騎士様にも言えるか?」
二人の背後には、祭壇前で鎮座する漆黒の甲冑に身を纏った戦士の姿があった。
「ゴメン、ムリ。でもよ、ケント、何で聖騎士様がこんな汚れ仕事受けてるん?」
「何でも最初の『ハーベスター』の娘を両断した際に物足りなかったらしく、面倒になって俺達も招集したらしい。」
「ああ、何でその娘救えなかったんだろう。どうか安らかに。」
「そろそろ手ごたえのある相手が来てくれないと、オレ達の心が休まらないんだよなぁ。」
今日も、聖騎士はただ静かに叩き伏せるに足る敵を待つ。
同時刻。深淵なる、闇の底。
一人の男が巨大な建造物を見上げている。いや、巨大故に建造物と勘違いしてしまったか。
見上げているのは、眠りにつく1体の龍であった。
「まだ、目覚めないか。前回の目覚めから1000年は過ぎようとしている。まだ、人の魂を喰い足りないか。聖霊も、エルフの女王の魂も、悪魔、魔物、まだ喰うのか。」
男は龍に身体を預け座り込む。
「だがそれが愛おしい。愛おしい、とはこういう事なのだな。」
男は両手を上げ、神に願うかのように告白する。
「私は炎が見たい。全てが滅ぶ『カタストロフィー』を見たい。その最後の観客となる事を切に願う。燃え、潰れ、泣き叫び、滅びよ!全ての生きとし生けるもの共よ!しかる後、私は『屍の王』となる。」
男は立ち上がると、再び龍を見やる。
「宵の時。死人どもを扱うには丁度よい狩りの時間だ。私はお前の目覚めの時に立ち合える事を切に願う。今度はより高潔な魂を手に入れてこよう。来たるべき時まで眠れ。厄災の龍、【カラミティ・ドラゴン】よ。」
第九話 プロフェッショナル
さて、今日もこの場を訪れてくれた君にまずは感謝を。前回においてその目的の意図が明かされたモロゾフだが、彼は破滅型の悪役といえよう。それ故に純粋で迷いが無い。他に選択肢を持たないからだ。しかし冒険者達は違う。選択肢を持つが故に、迷い、時に涙する。
では始めよう。冒険者達の物語を。
南王領地方都市ミュッセル。南王領の西方に位置し、さらに西方にはエルフ達の支配領域となっている“女神の森”が拡がっている。森から流れ出す風は、周囲の気候を温暖に保ち、作物も豊かに育てる事で知られ、南王領の穀倉地帯の一角となっていた。しかし都市と言えど、マーハルの10分の1にも遠く及ばない人口5000人ほどの町。ところが、路地は驚くほど整地されており、貴族の別荘もそこらかしこで見受けられ、のどかな雰囲気とは不釣り合いな光景を映し出していた。
ルフィア達が王都を出て4日目の日中、メルルンを先導役に彼女達はこの町を散策する。
「素敵な町ね。復興の手本になるわ。」
ルフィアは目を輝かせ、周囲の建物に目を配る。
「そりゃ、王都の司祭長の出身地ならお布施も沢山入るだろうさ。それでも、乞食すら姿を
見ない、ってのも相当なモンだけどな。」
フィリスは感心しつつ、道端で遊ぶ子供たちに声を掛ける。
「ぼうず、楽しいか?」
「うん、楽しいよ!」
その言葉にフィリスは頷くと、ルフィアに向き直り、告げる。
「私たちも作るぞ。この街に負けない、新しいラインフォート領を。」
「ええ、そのつもりよ。」
「そういや、さっきからどこに向かってるのさ、メルルンちゃん。」
「待ち合わせの酒場ですぅ。時間調整で散歩してたのですぅ。」
「へぇ、誰と?」
「ヴァネッサ様の間者ですぅ。ダベルフ大司教のライバル、スザリ司祭長が南王様を動かし失脚させる様動き始めた、ってデマを流すよう依頼されたのですぅ。」
「・・・気に入らねぇな、やっぱ。」
「何がですぅ?」
「スザリとかいうジジイが現状無罪放免な事が、さ。憑依された女神官ちゃん達は意図せず、人の限界を超えるスピードで戦わされた。それこそ壊れるまで。彼女達の受けた痛みの償いは、元凶を作ったあのジジイに償わせるべきだ。」
「ヴァネッサ様は考えてますよぉ?」
「どーだか。」
「ぼろ雑巾になるまで使い潰す、って言ってましたぁ。」
「やるだろなー、あの姉さんなら。」
「シュロス。」
不意にクレミアが声を掛ける。
「どわっ、な、何でしょう?」
「お前がスザリ司祭長様を憎むのは分かる。しかし、司祭長様は、施術前に必ず全員に確認していた。『全てを北王領への復讐に捧げる、と誓えますか。その手を血に染めるとしても。』と。聖霊が降りるのに若い女性が適任だったのは単に偶然だった、と私は思う。私は無力な自分が悔しかった。お父さん、お母さん、友達、ラインフォート村を焼き、殺し尽くした北王軍を許せなかった。だから志願した。彼女達の大半は先の戦争の犠牲者。シュロス、はっきり言ってあげる。お前は部外者だ。力は貸せても、一度染まった心の闇を晴らす事は出来ない。」
「それでオレが君を諦めるとでも?」
「もう少し分別があると思ったが。だがどうあがこうと、この先にお前が出来るのは、戦う事だけだと思え。」
「オレの考えは全く違うぜ、クレミアちゃん。」
シュロスの真剣な眼差しに、クレミアは諦めたように嘆息する。
「君が戦争の被害者となったのは、まず北王がラインフォート領を欲して軍を進めたからだ。そして当時のラインフォート領主、ルフィアちゃんの父親が戦において無能だった。」
「父上への侮辱は聞き捨てなりませんね。」
ルフィアが二人の会話を聞き、割って入る。
「丁度いい機会だからな、この辺でブチ撒けておこうと思ってね。」
シュロスの言葉にクレミアとルフィアは沈黙で答える。
「以前、ソルディックが、オレの事【ウロボロス】、と呼んだのは覚えてるかい?」
「ええ、でも自称【ウロボロス】は、南王領でも野盗が箔をつける為の方便で使用するでしょう?」
「オレは正真正銘、先代から名を継いだ【ウロボロス】・・・奇襲乱戦裏切り何でもござれの傭兵団【ウロボロス】の元団長なのさ。」
『!?』
シュロスの発言に驚く二人。
「でも、何故今冒険者を?」
「背乗り(はい の)、さ。」
シュロスは乾いた笑いでルフィアの質問に答える。
「背乗り、って?」
「身元を隠す為、シュロスって盗賊を殺して成り済ました。だから、冒険者と名乗る事も簡単だった。ギルドに名前さえ登録してあれば、それで冒険者だからね。だけど、論点はそこじゃない。君の父上を無能、といったのは戦場に駆けつける事が可能な距離に駐屯していた南王第四騎士団からの支援を断った事だ。まぁ、オレみたいな野盗崩れなら自前の軍で勝てる、と踏んだんだろうけどな。」
クレミアの鋭い一撃がシュロスの顔を直撃する。
「お前か!お前が村を・・・」
「最後まで話聞こうぜ、クレミアちゃん?」
クレミアに殴られた事に特に動揺する様子もなく、シュロスは話を続ける。」
「その時のオレの部隊の役目はラインフォート軍を引き付ける事。結局深入りした相手は、北王軍の増援との挟撃に会い壊滅。その勢いで北王軍は南下し、ラインフォート領の全域を手中に収めたってね。」
シュロスは、まるでお手上げかのように両手を上げ、話を続ける。
「それが2年前の話だ。オレ自身は村の虐殺に関わっていないし、ラインフォート領主の首級を上げた訳でも無い。ただ、戦う事への虚しさが強くなって団を抜け、冒険者に鞍替えした。そして今君達に、死んで詫びろ、と言われたら、それでもいい、と思っている。」
ルフィアはシュロスの告白に言葉を失い、震える指先をただじっと見つめる。
「話がそれちまったが、クレミアちゃん。君が幼児退行してお兄ちゃんに甘える姿、あれが君の本当の内面だと思っている。そんな無垢な心を持っていたはずの人々の死体の山をオレは見てきた。その事実に目を背け、選択肢の無い選択を迫ったセセリをオレは許せねぇ。」
「カッコ良く決めたところですけどぉ、セセリじゃなくてスザリ司祭長ですぅ。」
メルルンの言葉に思わず噴き出す、ルフィアとクレミア。
「休憩は終わりですぅ。もうすぐ酒場なのでそこでゆっくりするのですぅ。」
そして一行は、酒場で間者との合流を待つ事になった。
夕刻。人が集まり賑やかさが増してくる。
「何だかすごく落ち着きます。」
ルフィアが笑みを浮かべ、賑わいを眺める。
「おぅ、グラスこっちなのだぁ。」
グラスと呼ばれた厳つい体格の男は、目を細め一行に挨拶する。
「申し訳ありませんが、例の物を確認させてもらえませんか?」
「例の物?」
「ヴァネッサ様から預かった書簡の事だよぉ。」
「ああ、この印章の事か。」
ルフィアは荷物から書簡を取り出し、グラスに見せる。
「確かに、これはスカーレット家の印章。ではお返しします。」
返却された書簡を受け取り、ルフィアは話を切り出す。
「メルルンより、貴殿がマーハルの情報を持っていると聞いた。現在の状況を教えてくれないか。」
「はい、喜んで。」
~~~
「なるほど、ではダベルフ大司教の身の安全は確保されている訳だな。大司教といえども全ての貧民を救済出来るものでは無い。」
「問題は話を聞く耳があるかだな。」
フィリスが呟く。
「その為の書簡でしょう?」
「中身は逮捕状かも知れんぞ?」
「まさか、ヴァネッサ様がそのような強行に・・・。」
ルフィアの擁護に対し、黙り込むグラスとメルルン。
「何で黙るのですかー?」
「いえ、まあやりかねない方ですので。」
「言ってる事と行動が嚙み合わない性格の人は、よく見かけるのですぅ。」
「ううう・・・」
半泣きになるルフィアをなだめるフィリス。
「では、私はこれで。縁があればお会いしましょう。」
「はい、ヴァネッサ様によろしくお伝えください。」
「ご武運を。」
一行は酒場を出ると教会へと向かう。
「いよいよ本番、か。」
「決行は深夜。街の皆さんが寝静まってからです。」
「私の弓じゃ多分当たらない。シュロス、クレミアの力だけが頼りだ。」
「承知。一人でも多くの『ハーベスター』を止めて見せる。」
「大丈夫ですぅ。除霊なので、すぐに終わるのですぅ。」
『・・・え?!』
「ワッチは呪術師でもありますぅ。除霊なら得意中の得意ですぅ。」
メルルンの指定の時間まで待機する一行。
メルルンは荷物から水晶玉を取り出す。
「この球を月明かりが照らせば、終わりですぅ。」
4人は空を見上げる。見事なまでの曇天だ。
「いや、これさすがに無理だろ・・・」
シュロスが呟いた瞬間、月が姿を見せる。
「マジかよ・・・」
「聖霊よ、その魂安らかに眠らん、『魂の休息!』」
水晶球が柔らかな輝きを放ち、教会全体を照らす。やがて、以前シュロスが見たあの聖霊が輝きを放ち、安らかな笑顔を浮かべ月明かりに向かって昇って行くのが、4人の目に見えた。
「何て、神々しい光。今まさに聖人達は聖霊となって天に帰られるのですね。」
「こんな私でも、女神様の存在を信じたくなるよ。少なくとも、ルフィアと逢わせてくれたのは、きっと女神様のおかげだ。」
「いや、俺たちがさっきまで滅ぼす気マンマンだった元凶なんですがね、あいつら。」
そんな中、クレミアが一人教会の中へ駆け込んでいく。
「あ、そうですぅ。除霊を受けた人は、呼吸が止まってしまう事もあるので、気道確保をおねがいしますぅ。」
「気道確保・・・!よし、オレも行く!」
何を感じたか、猛烈な勢いでクレミアを追うシュロス。が、クレミアは全体重をかけた回し蹴りをステップを効かせてシュロスに叩き込む。
「貴様の考えなどお見通しだ。彼女達の蘇生なら私の回復術で十分。」
「こんなに強くなって・・・お兄ちゃんはうれし(ガシュ)」
止めの踏み抜きを喰らい、シュロスは倒れた。
「メルルンさん、これからの予定は?」
「はい、今度こそマーハルへ向かいますぅ。」
「分かりました。引き続き、ご同行お願いしますね。」
「もちろんですぅ。」
「あ、月が・・・」
フィリスが呟くと、月が再び雲に隠れていく。
「何か、来るです。」
「メルルンさん?」
「とても恐ろしい誰か。そしてとても怒りの感情に満ちています。早く離れないと危険です。」
「大丈夫か、お前らしくないぞ。」
フィリスがメルルンを落ち着かせようと背中をさする。
「違うのです。本当に、本当に!」
「神官たちの蘇生は完了した。何があった?」
闇夜の一角が捻じれ曲がる。その隙間から姿を見せたのは禍々しい本を持った一人の魔術師だった。
「誰だ、誰が私の狩場を荒らした?」
明らかに怒りのこもった声音で一行に問いかける。
「あの聖霊を除霊したのは、貴様かぁ、ドワーフ!」
「彼らは現世を離れ、女神の身元へ旅立ちました。貴方こそ、彼らを利用して何をするつもりですか!」
メルルンを庇い、ルフィアは毅然とした姿で、魔術師と対峙する。
「ほう。素晴らしい、実に素晴らしい魂の輝きだ。冒険者よ、名を聞こう。」
「私は冒険者ではありません。名は、ルフィア=ラインフォート。南王領ラインフォート領領主にして、南王陛下に忠誠を誓う者です。」
「冒険者では無かったか。なればこその“高潔なる魂”とするならば、納得というもの。」
バシュ!フィリスの矢が、魔術師の身体を貫く。しかし、その身体は幻となって消えていく。
「名乗り上げの最中に邪魔をするとは、部下の教育までは行き届いておらぬようだな、ルフィア嬢。」
「うるせー、魔術師相手に卑怯もへったくれもあるかよ!」
「確かに、その通りだ。」
再び、虚空に姿を見せる魔術師。
「部下を持つなら、死者に限る。この様に。「彷徨う亡者よ、来たれ。『亡者顕現』!」
男の詠唱が終わると同時に、浮遊する亡霊がたちまちルフィア達を取り囲む。
「ルフィア以外の者。逃げるなら今だけだ。私はこの町ごと死の町として戴く。そして知るといい、私の名を。私の名はモルゲス=ヘイドラー。死霊術師にして、“全ての冒険者の敵”だ。」
「だとよ。クレミア、フィリス、メルルンを連れて逃げろ。」
「出来る訳が無いだろう、この状況で。」
クレミアが、シュロスに強く反発する。
「除霊が得意なメルルンが恐怖で動けない。解呪出来るのはお前しかいないだろう?」
「あっ・・・うかつだった、すまない。」
「殺しはプロに任せておけって、な?」
「うん。」
「よし、いい子だ。」
クレミアを見送った後、シュロスは再びモルゲスと対峙する。
「待たせてすまねぇな!おい、モルゲス、この中で冒険者を名乗るのはオレしかいない。つまり敵はオレだけって事だ。仲良く殺ろうや?」
「下らぬ。貴様のような盗賊ごとき、この一指しで十分。塵となれぃ『塵灰!』」
しかし、呪文は効果を発する事は無かった。
シュロスの懐から、灰となった耐魔用護符がこぼれ落ちる。
「耐えた?バカな!」
「じゃあ、次はこっちの番かな?」
シュロスはかかとを軽く鳴らすと高く跳び上がり、そのまま飛翔する。
「何故、盗賊の貴様がここまで飛べる?!」
「大盤振る舞いだ、こいつを喰らいやがれ!」
そう言うと、シュロスは、右に挿した指輪をモルゲスに向ける。
「大魔法の一つ、“大解呪”。指輪よ、ヤツの強化魔法を全て吹っ飛ばせ!」
「あ、あぁぁぁぁぁ!!」
飛行の魔法が解けたモルゲスは真っ逆さまに地上へ落下していく。
そして、その落下位置目がけて、シュロスの剣が突き刺さる。
「ぐけぁぁ!!」
「テメェが何者かは知らねぇけどよ、挑発に乗って最初の一撃をオレに撃ったのは悪手だったな。」
そしてそのまま、容赦なくモルゲスの首を刎ねる。
気か付けば、亡者達の姿は、跡形も無く消え去っていた。
「クレミア、王都に戻れ。この首持って。ひょっとしたら指名手配犯かも知れねぇ。」
「何故私に?」
「蘇生した女神官たちの事も放っておけないだろ?メルルンの状態の事もある。全員を連れて行くにはお前が一番適任だ。」
「そ、そうだね。」
「ん?どうかしたか?」
「何でもない、指示に従う。」
クレミアは、そそくさとシュロスの元を離れ、教会へと向かって行った。
「おーい、フィリス。手伝ってくれ。」
「何をだ?」
「モルゲスの死体と持ち物、全部燃やすから油ビン分けてくれ。」
「こいつ結構高そうなもの持ってそうじゃね?」
「多分、全部呪われた品物。憑りつかれるぞ、きっと。」
「大いに納得。持ってくる。」
こうして、本の悪魔はモルゲスの死体ごとシュロス達に知られる事無く、無事灰となったのであった。
シュロス達三名は、翌朝クレミア達を見送った後、馬を手に入れるべく街中を散策する。
「しかし、不思議だな。」
「何がだ、フィリス。」
「いや、てっきり向こうに行くと思った。お前の望んだハーレムパーティーじゃん。」
「こっちも同じだろう?」
「性別的にはそうだろうが、私とフラグでも立てたいのか?」
「お前は?」
「質問を質問で返すのは卑怯だろ!」
「まぁ、単純に王都の方が危険低いと思っただけさ。」
「盗賊の勘、か。」
「少なくとも、それでオレは生きてきたからな。」
「ルフィア落ち込んでるぞ。励ませよ。」
「あの手の気狂いには関わらない方がいい。彼女の事だ、落ち込んでいる暇は無い事くらい、すぐに気づくさ。」
フィリスは毒づく。
(お前との場数の違いに落ち込んでるんだよ、バカヤロウ)
こうして3人は装備を整えた後、マーハルに向けて進路を東へと進めるのだった。
闇。ただ闇の中。
(私は死んだのか。何故、自我を保っているのだ。)
困惑の中、やがて巨大な瞳が彼を出迎える。
(お前か!お前が私を呼んだのか。死の世界ではお前は目覚めていたのだな。)
瞳が二度三度、動きをみせる。
(そうか、お前は私を欲してくれたのだな。嬉しい、ただ嬉しいぞ。)
彼はふわりと漂いながら大きな口の前に立つ。
(さぁ、存分に食すといい。そしてその瞳で私にも見せてくれ、お前の楽園を)
ガブン!
彼を大きく一呑みした龍は、満足げに再び眠りにつくのであった。
第十話 聖騎士VS元兵卒
さて、今日もこの場を訪れてくれた君に感謝を。前回、魔術師モルゲスがあっけなく退場した事に拍子抜けしたかも知れない。だが、魔術師との勝負とは切り札を先に切られた時点で終わりなのだ。そして物語は終盤へと進んでいく。生き残った彼らの選択は如何に。では始めよう、冒険者達の物語を。
ケイン達が新たな仲間を得て5日。そのリーダーは頭を抱えていた。
「情報収集がこんなに困難だとは、思いもしなかったぜ。」
「少しは思いなさいよ。魔術師の足跡なんて、ソルディックでもなければ簡単に掴める訳ないじゃない。そもそも、何らかのツテはあったんでしょう?」
シアナの厳しい言葉に、ケインは言葉を濁す。
「い、いや、マーハルの街の規模ならギルドくらいあると思っていてさ。」
「この街では、冒険者稼業よりもっといい稼ぎ場があるのよ。」
「なら、そこで情報聞けば・・・」
「用心棒なのよ、商人達の。」
「あ、そうか。・・・ってそれじゃあ、ここの連中、情報の共有とかは?」
「しないわよ。あっても出さない。依頼人の身を守るのが優先だから。」
「クッソ!じゃあ、丸々無駄足って事かよ。」
「そうでも無いでしょ。アタシの父さんやガロア牧師と面識を持てたじゃない。ソルディックやギームにしろ、ケインやティムに見聞を広げさせる為、敢えて引き留めなかったのだと思う。」
「確かに、俺はこの国をもっと知るべきだ。北も南も、ティムより年少の子供が親方に従って働いているが、南からは悲壮感は感じられない。」
「報酬があるからね。北では真面目に働いて報酬を稼ぐ事が出来るのは、職人のドワーフが大半。確かに、落ちこぼれて犯罪に走る子供は、どっちの国も多いけど必要以上に暴力を振るう子供は北の方が多かった。あの子もそう。」
「あの子?」
「シュロスよ。」
「・・・いつの話だ、それ?」
「たぶん、15年くらい前。まだ南北間も自由に行き来が出来た頃ね。当時アタシは国境辺りを一人旅してた。で、恐らくあの子が組織した強盗団に襲われた。」
「シュロスって俺と同じぐらいの歳だろう?」
「その当時が11,2歳前後だとすると、ケインよりは年上かもね。で、アタシは彼らをボコボコにした。それが最初の遭遇。南の内乱時は、アタシは北で過ごした。人間族やドワーフ族の戦争に巻き込まれたくなかったし。そこでギルドを知ったアタシはギルドに加入した。退屈しのぎに、ね。」
「次にヤツに会ったのは?」
「ケインがアタシを置いて依頼受けて出ていった時。だから一年半くらい前になるかな。その時に初めてシュロスと名乗って、アタシと共闘した。彼と組んだのは一つの案件だけだったけど、剣の腕は恐ろしいほど上達していた。盗賊としてパーティーを組んだけど、そっちの意味では全く役に立たなかったけどね。ホント、よく分からないヤツ。」
「ふぅん。」
ケインは目じりを緩め、シアナを見つめる。
「な、何よ。」
「いや、シアナが誰かを“お姉ちゃん”みたいに話すを見るのが新鮮でさ。ティムには近所のオバサンみたいにしかりつけるのに。」
「だぁれがオバサンですってぇ。」
「そういう切れやすいところだと思うが?」
スパァン、と綺麗な右ストレートがケインの顎を直撃する。
「切れやすい女で悪かったわね。」
「相変わらず、良いパンチだ。」
ケインは、苦笑いで顎を擦る。
「ケイン、シアナ、戻ったよ!」
ティムが、ヘイニーグ、ガロア牧師と共に酒場に戻り、5人は合流する。
「何か、新しい情報は掴めましたか?」
ケインの問いに、ヘイニーグは答える。
「臭くて仕方なかったこの空気も、慣れてしまえば気にならぬものだな。特に我らの里では、味付けは塩と香草主体だが、人間族の香辛料文化は実に素晴らしい。いや、今日も美味な食事に出合えた事に満足至極だ。」
「おい、このオッサン本当に役に立つのか?」
「火力は折り紙付きよ。他は期待しないでね。」
「オマエなぁ・・・」
ケインはヘイニーグに丁重に礼を言い、今度はティムに問いかける。
「ティム、今日はどうだった?」
「今日は、ガロア牧師の教会で色々な計算式を教えてもらったよ。数学って面白いね!」
「は?」
「ケインさん、宜しいでしょうか。」
ガロア牧師がケインに話しかける。
「ええ。」
「この数日、モルゲス=ヘイドラーなる魔術師について調査はしましたが、すでに報告した通り、10年の内乱による影響で記録の大半が喪失しており、手を付ける算段がありません。
ですので今日は、ティム君に楽しく教育を受けてもらい学問に興味を持ってもらう事に専念し、彼の未来の選択肢を増やす為の一日とさせて頂きました。」
「ガロア牧師の考えは理解しますが、今はパーティーとしての行動を・・・」
「それにつきましては、一つ提案があります。」
「え?」
「この街の最高権力者に聞きだすのが最も早いかと。」
ガロア牧師はその笑みを崩す事無く、ケインに進言する。
「えぇ・・・。」
「私は行かぬ。濁流派大司祭の醜い作り笑いなぞ見るのもおぞましい。」
「でもお父さん、時の権力者が食べる料理ってちょっと興味ない?」
「ぬ・・・。仕方あるまい、付き合うとしよう。」
(さすが娘。扱い慣れてるなぁ。)
ケインは苦笑しつつ、皆に声を掛ける。
「どうせ昼に行ったところで追い出されるのがオチだ。このまま、深夜に全員で大聖堂にお邪魔させてもらう!」
夜。曇天の中、大聖堂へ向かう5人。
「そういえは、今日は騎士と神官のカップル見なかったわね。」
「そういえば、そうだな。悪い夢から女神官を救い出した騎士様か・・・クレミアも本来なら彼女達のように救われるはずだった。」
「南王騎士団は動かなかったんだったね。そういえば。」
「生存の可能性が限りなく低いのは自覚している。だけど俺は諦めない。絶対に、だ。」
大聖堂。通常であれば多くの人々が豊饒の女神像を前に、祈り讃えるこの大広間も今は人影も無く静まり返っている。
「待て、ケイン。」
ヘイニーグは、大広間へ足を向けるケインを止める。
「何か感じましたか。」
「聖域結界ですね。この呪文は外敵侵入者に弱体化魔法を付与し、内部の者に警告を発します。そして、厄介にもこの結界は無力化された場合でも警告は内部の者に必ず伝えるのです。」
「おお、ガロア牧師、解説をありがとう。神聖魔法は余り詳しくないのでな。同士がいるのは実に頼もしい。」
「で、この結界、破壊可能なのですかね?ヘイニーグさん。」
ケインの質問にヘイニーグは鼻高々に答える。
「無理じゃな。」
「どういう事だ、オッサン。」
「ガロア牧師も言ったであろう、無力化、と。無力化とは、結界外から誰かが魔力で結界を相殺する事を指す。その様な魔力はシアナには無い。よって私が結界を無力化しよう。なあに、夜が明けるまで程度なら持ち堪えられる。」
「いや、それじゃあヘイニーグさんの守りは・・・」
「私が責任をもってお守りします、ケイン君。」
「ガロア牧師。・・・頼みます。」
「では結界を無力化するぞ。」
ヘイニーグが呪文を詠唱すると、聖堂の入口が大きく揺らめく。
「行って来い、3人よ。」
『はい!』
ケイン、シアナ、ティムの3人は一斉に大広間へと駆け込む。
大聖堂内、大広間。
「静かだね。」
ティムが呟く。
次の瞬間、天井にある太陽を形どった紋様が光を放ち周囲を照らす。
「うぉっ!」
「キャっ!」
「うわっ!」
三人が細目で辺りを見ると、3人の鎧姿の男がいがみ合いを始めていた。
「おい、『ハーベスター』じゃねぇじゃん、どうなってるんだよ、ラーク!」
「オレが知るかよ!しかもよりによって盗賊崩れの冒険者じゃん、全部ケントのせいだ!」
「俺に振るなよ。仕事は仕事だ。キッチリ頼むせ、お二人さん。」
ケインは前に進み、三人に話しかける。
「アンタ達、その意匠、南王騎士団だな。何で大聖堂にいる?」
「ダベルフ大司教の警護さ。騎士団って言っても給金なんてたかが知れているからな、副業さ、副業。」
「そっちこそ、金に困って大聖堂に忍び込んできたクチだろう?」
「アタシ達はダベルフ大司教に直接聞きたい事があってココに来たの。邪魔するのなら南王騎士団だろうが蹴散らすわよ!」
「威勢がいいお嬢さんは好みだぜ。私は南王第二騎士団所属 チャコール=キャスター。及ばずながら、お相手致そう。」
「おい、勝手に名乗り上げるなよ。しゃあねぇ、そこの大男、俺が相手してやる。南王第五騎士団所属 ラーク=ライト。チビだからって舐めると痛い目見るぜ!」
「で、オレはそこのチビか。南王第六騎士団所属、ケント=モーリス。ガキに油断する大人と思わない方がいいぞ。」
「アンタらに名乗る名は無いわ。さっさと終わらせてあげる!」
「・・・(この人達、本当に強い。ボクに止められるのかな。)」
「俺はケイン。ケイン=ラインフォート。元南王第四騎士団所属の兵卒だ。」
双方が武器を抜く。こうして大聖堂での真夜中の死闘が幕を開けた。
ラークはその自慢のスピードを生かして、ケインの死角を突く。
「ちぃっ!さすがに、言うだけの事はあるぜ。」
「どうしたぁ?その大剣は、ブン回すしかできねえのかっ!」
ケインは、大剣の刃先が地面に付くまでに剣を下ろし、左下段の構えでもってラークの攻撃に耐える。
「そこからじゃ届かねえだろ、首元がガラ空きだぜぇ!」
「そうだな!」
右の首元を狙ったラークの一撃は確実にケインに届いてた。しかし、なお早く、ケインの渾身の下段斬りがラークの胴を真っ二つに叩き切っていた。
「アンタは確かに強かったが、相手を嬲り殺す事がカラダに沁みついてたのが敗因だ。おかげで、アンタの間合いを掴めた。じゃあな。」
シアナは精霊を使役し、キャスターの手足を拘束する。
「ぐぅぬぬぬ・・・」
カラン! キャスターの手から剣が転がり落ちる。
「アタシは無駄な殺し合いをするつもりは無いの。大人しく引き下がりなさい。」
「それはこちらも同じこと。聖なる槍よ、敵を貫き勝利を女神に捧げよ。『聖槍突撃!』」
「神聖呪文?あぐっ・・・」
シアナの背後から白い光を帯びた槍が彼女の腹部を貫く。
彼女は力なく膝をつくと、その血で聖堂の床を染め上げていく。
「これで立場は逆転だな、エルフの女。飼ってやる気でいたが、貴様は危険だ。処分する。」
キャスターが剣を再び拾い上げる。
「ゴメン、ケイン・・・」
だが、次の瞬間床に崩れ落ちたのはキャスターの方であった。
「ケイン!」
「まだ、生きているか?」
「ちょっと、ヤバイかも・・・」
ケインはシアナの肩を担ぐ。
「一旦引くぞ、ガロア牧師に治療を頼もう。」
「・・・」
しかし、シアナの意識は次第に薄れ、ケインの呼びかけにも応じなくなっていく。
「今更逃げる気か?この子供を見捨てて。」
ケインの前に投げ出されたのは、ボロボロにまで刻まれたティムの身体だった。
「ティム!」
「死んではいない、だが時間の問題だ。」
ケントは、剣を抜くとケインを見据える。
「二人の仇は取らせてもらうぞ、ケインとやら。」
(どうする、俺一人で三人目の騎士団連中を倒せる自信は無い。でもやらなきゃ、二人が死ぬ・・・)
「そうか。ならば、その首貰い受ける!」
ガシャン、ガシャン、と甲冑の音が次第に近づいてくる。
現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ一人の男。
「聖騎士殿・・・」
ケントは振り上げた剣を下ろし、聖騎士に詫びを入れる。
「下がれ、ケント。」
聖騎士はシアナとティムに癒しの魔法を唱える。
「仲間の命はこれで助かるはず。盗みなど考えず、これからは陽の当たる道を進む事だな。」
「何故彼らの命を救うのです?我々は二名も仲間を失ったのです、この者は何としても裁かねばなりません。」
「一介の騎士団員が、この俺に諫言するのか。その二人が散ったのは単に弱かっただけに過ぎん。それまでしてこの者と戦いたいのであれば、まずこの俺を倒せ。」
「・・・二人の亡骸を弔います。」
「ちょっと待てよ、勝手に話進めてるんじゃねぇぞ!」
「君は、俺が誰か知っているはずだが・・・?」
「忘れる訳無ぇ、2年前の戦争で指揮官だったアンタを。」
「聖騎士様、この者は元第四騎士団の兵卒ケイン=ラインフォートと名乗っておりました。」
「アンタの名声なら、ラインフォート領主の命令を無視してでも、ラインフォート領に進軍出来たはず。現に多くの兵士から援軍を願い出た。何故あの時動かなかった!」
「ラインフォート領主には、息子はいなかったはずだが。親族の者かね?」
「ラインフォート村から騎士団に志願した志願兵だ。領主とは縁もゆかりも無ぇ。あの戦争で行方不明になった妹を探す為、敢えてこの姓を名乗らせてもらっている。」
「では聞こう。君の望みは何だ。」
「俺と戦え。勝ったら俺の話を聞いてもらう。負けたら好きにしろ。」
「面白い若者だ。ケントよ、大司教を叩き起こして来い。この者との立会人にさせる。」
「今からですか?」
「嫌なら構わんのだぞ。」
「いえ、今すぐ呼んで参ります。」
「その間に仲間を外に連れて行って構わないか。牧師が待っている。治療を受けさせてやりたい。」
「好きにしたまえ。」
ケインは二人を連れて外へ出る。
「ケイン君、その傷は!」
「俺はいい、二人の治療を頼みます。」
「君はどうする気かね。」
「私用が出来ました。パーティーは解散にします。」
「私用?」
「ええ、“私闘”です。ガロア牧師、くれぐれも二人を頼みます。」
そう言い残し、ケインは聖堂へ足を向ける。
「戻ってきたか。」
「ああ、逃げる理由は無いからな。」
「一つ聞くが、君は強盗目的でこの場所に侵入した訳では無さそうだな。」
「ああ、ある死霊術師の情報を求めてここに来た。モルゲス=ヘイドラーという男だ。」
「聞かぬ名だな。確かにダベルフ大司教なら知っているかもしれんが、それは俺に勝ってから聞くといい。」
やがて、慌てて法衣を身に纏ったと思われる姿で、息を切らして2人の前に立つダベルフ大司教。
「一体、この夜中に何をさせるつもりじゃ。賊の警備は続けておるのじゃろうな。」
「ご心配なく。実はこの試合の立会人になって頂きたい。この者は、俺に土を付けるかもしれない若者です。もし、彼が勝ったら新しい警備兵としてスカウトする事を勧めます。」
「何と、それほどの者か。了承した。事の顛末、最後まで見届けよう、聖騎士殿。」
「御託は済んだか?ならさっさと始めるぜ!」
ケインは重心を落とし、低姿勢で聖騎士に突撃を仕掛ける。だが、その一突きは聖騎士の盾によって防がれてしまう。
「さすがに奇襲で一発、とはいかねぇか。」
「いい踏み込みだ。ではこちらも動かさせてもらおう。」
聖騎士は盾を巧みに使い、息をつく暇も無く、ケインの間合いの内側を取る。
「ちぃっ、その位置じゃ大剣の威力が出ねぇ。」
「そういう事だ。君には天性の強靭さがあるようだな。だが!」
ケインの必死の連撃も聖騎士の盾が悉くはじき返していく。
「上手ぇ・・・盾だけでここまで押し込められるとは、聖騎士の名は伊達じゃ無ぇ、か!」
ケインは聖騎士の盾を蹴り飛ばすと、再び間合いを拡げる。
「盾の圧力からよく逃げた。今の君なら南王騎士団正規兵として十分入団可能だろう。」
「その言葉は、あの戦争の最中に聞きたかったぜ、団長さんよ!」
再び、聖騎士に対し突撃を仕掛けるケイン。その動きに併せ盾を構える聖騎士に対し、直前で聖騎士の右側に軽く跳び、聖騎士の右斜め前に立つと、全身が悲鳴を上げるまで体を伸ばし、大剣を槍の様に突き出す。
「もらったぁ!」
ケインの大剣は聖騎士の右肩当てを直撃し破壊した。
しかし、決定打には至らず、逆に間合いを詰めた聖騎士はケインの喉元に剣の先を突き立てる。
「勝負あり!聖騎士アンリの勝利とする。」
ケインは、ガックリと膝をつき悔しがる。
「ケインよ。確かに俺は最後にお前の喉に剣を突き立てたが、突き刺す力は残っていなかった。この聖騎士を最後まで追い詰めたのだ。誇ってよい。」
「でも負けは負けだ。この戦いで得たものは何も無かった。」
「ダベルフ大司教殿、モルゲス=ヘイドラー、という男をご存じないか?」
「聖騎士殿、何故その名を?」
「知ってるのか、大司教!」
「ケイン君、仲間の方々も呼んできたまえ。」
一行は、ダベルフ大司教、聖騎士アンリの同席の元、モルゲス=ヘイドラーについての情報を得る。
「内乱の10年の時代、私は戦争物資の調達で莫大な財を成しました。スザリ司祭長の方は王都を中心に広く人脈を作って行きました。内乱では実に多くの人材が失われました。北王軍は、その間隙を突いて、2年前の戦争を引き起こしました。『ハーベスター』計画は元々は失った人材に変わる新しい兵器でした。そのプランの草案者の名が、モルゲス=ヘイドラー。ですが、彼の草案は難解で実現は皆無であるという判断が下され、スザリ直下の研究機関でさえ、絵空事と半ば忘れ去られた研究となっておった、と聞いております。生憎と私はこの者とは面識はありません。内乱の最中消息を絶ったとは聞いておりました。ですが、2年前、あの戦争が終わった直後、ヤツが現れ、『ハーベスター』を完成させたのです。私は、女神に背く愚かな行為だと強く非難しました。しかし、スザリが王姫ヴァネッサ様に近づいた事で、私の立場が逆に悪くなっていってしまったのです。そしてついに、『ハーベスター』
の刺客に私は襲われました。元々、聖騎士様に護衛役を依頼していた私は難を逃れましたが、
身の安全を第一に考え、騎士団員を増員し昼夜護衛をお願いしていた次第であります。」
「『ハーベスター』として憑依した聖霊は除霊が可能だ。なら、神聖魔法を多少使える騎士団員でも十分対応可能と考えたまでの事。」
「騎士様と女神官のカップル増加は、それもあったのね。」
すっかり回復したシアナが、感心したように呟く。
「ケイン君、スザリ司祭長をこの大聖堂まで連れてこよう。あの男が今回の首魁だ。騎士団も二名の人員を失う事になった。放置しておく訳には行かぬ。」
「良いのですか?聖騎士様自ら行かれるなんて。」
「スザリの持つ権力は強い。俺以外にヤツを表に引きずり出せるのは、南王陛下だけさ。」
「ありがとうございます。」
「出来れば、復員の件、考えておいてくれたまえ。君ならすぐにでも副団長に推薦しよう。」
「・・・考えておきます。」
「何、騎士団に戻るの?」
「ああ、元々の夢だしな。」
「アタシの夢はどうなるのよ。ケインと一緒に色々な冒険がしたい、って夢。」
「ヤダよ、ボクもまだケインと一緒に旅をしたいよ!」
「私は一度教会に戻ります。旅をする気になれば、いつでもお声をおかけください。」
「私はしばらくガロア牧師の教会に世話になる事に決めた。いつもで話は聞くぞ、若者。」
ケインは彼らの励ましに対し、ただ頷くだけだった。
「ケイン、俺の不在中に代役を頼む。ケントも部隊に戻らせる。俺と同じだけの給金は大司教に約束させた。」
「い、いえてすね。それは聖騎士アンリ様の実力を買っての事で・・・」
「払え。」
「判りました・・・」
「『ハーベスター』は、まだ現れる、と?」
「分からん。が、お前なら対処するだろう?」
聖騎士は立ち上がり、装備を整える。
「ケイン。あの時動かなかったのは、俺の失態だ。だが動いていたら兵卒のお前は死んでいただろう。」
聖騎士の言葉に、思わず涙ぐむケイン。
「貴方という男を知る事が出来て良かった。本当にそう思います。」
聖騎士は微笑み、一行に告げる。
「では後を託す。しばらくは戻れないと思ってくれ。また会おう。」
二日後。
「どうしたの?ボーっとして。」
大聖堂で座り込み、ぼんやりするケインに、シアナが後ろから覗き込む様に尋ねる。
「いや、正直お前が好きだ。」
「はえっ?!」
「だけど南方騎士団に強い憧れを今まで以上に持ってしまった。聖騎士アンリと肩を並べて、敵陣を突破してぇ。」
「でも敵って北王軍よ?ギルドだって動くかも知れないわよ。」
「ああ、ソルディックやギーム、この鎧を安く売ってくれた防具屋のおやっさん。皆好きだ。」
シアナはケインの手をそっと握る。
「また、一緒に旅に出よう?戦争なんて放っておけばいいのよ。アタシは、少しでも長くケインと同じ時間を過ごしたい。」
ケインがシアナを軽く抱き寄せる。
「骨折の時は済まなかったな。」
「今は大丈夫。」
シアナは、ケインに身体を預けようとした時。
「危急の件である。ダベルフ大司教に取り次ぎをお願いしたい!」
「何だぁ?」
ケインは思わず立ち上がり声の方を見る
そしてスルーされたシアナは、勢いよく側頭部を聖堂の床にぶつける事になる。
「何だ、アンタらは。」
「私の名はルフィア=ラインフォート。危急の件に付きダベルフ大司教に取り次ぎを願いたい。ここに、王姫ヴァネッサ=スカーレット様から預かった書簡もある。」
「ルフィア・・・ルフィアお嬢様!」
「私を知ってるのか?」
「俺はラインフォート村に住んでいたケインです。騎士団に入団後はお会いする事はありませんでしたが、幼い頃は何度かお見掛けしました。」
「ラインフォート村のケイン、貴殿がクレミアの兄か!」
「え、クレミアをご存じなのですか。」
「おい、兄さんよ。何か運命の出会いっぽい演出してるけど、オレ達ちょっと急いでるんでね、大司教様に取り次いでもらえないかな?」
シュロスが二人の間に割り込み、小舅っぽい口ぶりでケインを追い払おうとする。
「何よ、急に立って・・・・って、シュロスじゃない!何でアンタがココに居るの。」
「うわっマジでシアナちゃん?!これぞまさしく運命の再会ってヤツ?」
「テメーも人の事言えねーじゃねーか、このバーカ。」
第十一話 冒険者達の選択(前編)
マーハル大聖堂、貴賓室。ヴァネッサからの親書をダベルフ大司教に無事手渡した一行は、ケインら3人と対話する機会を得る事となった。
まずはケインが、これまでの経緯、そしてモルゲス=ヘイドラーと名乗った魔術師を追っている事を彼女達に語る。
「その魔術師なら、オレがやっつけたぜ。死霊術師だろ?」
シュロスは、しれっとモルゲスの討伐完了を語る。
「何?!」
「アンタなら特に驚かないわ。」
「お仕事、終わっちゃったね。」
「で、では私達の経緯について語らせていただきますね。」
ルフィアは同じく、自分達の経緯について語る。
「・・・以上が私達のこれまでの経緯です。」
「ルフィア様は心のお強い方だ。俺は未だ迷ってばかりです。」
ケインは自嘲気味にその心情を吐露する。そんな彼を思ってか、ルフィアは他の仲間にしばらく二人だけにしてもらえないか、と依頼する。その願いを受け、他の一行はそのぞれ部屋を退出していった。
「ケイン、聞いていただけますか。」
「はい。」
「私は、ヴァネッサ様に今回の一件を報告した後、南王陛下に謁見します。そして、ラインフォート領奪還の為の兵を借りる予定です。」
「!?」
「しかし、この想いを共有する者は私の元にいません。領地を略奪され、家族を失った悲しみは、体験した者にしか分かり得ません。」
「・・・その通りです。」
ケインは、ぐっと拳を握りしめる。
「ケイン=ラインフォート。同じ姓を持つ貴方に、私の剣となって欲しい。」
「俺は元冒険者です。北方領にも友人がいます。ラインフォート領も北方風に名称を変え、既に多くの北方民が入植しました。この二年の平和を崩壊させる気ですか。」
「そうです。戦争で奪われたものは、戦争で奪い返す。ただそれだけです。」
「・・・考えさせてください。」
「明日にはマーハルを発ちます。次にマーハルに立ち寄る時は、ラインフォート領攻略戦の総大将としてでしょう。」
ルフィアは、そう言い残して部屋を出る。
「・・・俺は、どうすればいい。」
ケインは部屋の天井を見上げ、ただ呟く。
夕刻、ルフィアは、シュロス、フィリスを呼び、改めてラインフォート領奪還の件について二人に話す。
「なら、オレはお役御免って訳か。」
「強制はしません。殺し合いに嫌気がさして冒険者に鞍替えした貴方に、今更傭兵に戻れと言う権限は、私にはありません。」
「まぁ、でも勝つぜ。間違いなく、今回の主戦力はあの第四騎士団だ。あのケインってヤツに詫び入れたって事は、ルフィアちゃんにも負い目を感じるところは持ってるだろう。」
「シュロス・・・」
「だから邪魔をする。本気の聖騎士様と戦場で戦える日なんて、そうそう無いチャンスだろ?」
「え?」
驚いた表情のルフィアにシュロスは顔を近づけ、警告する。
「君の欠点は、考え方に柔軟性が乏しい事だ。その部分は御父上と全く同じ。机上の軍略なんざ、実戦では何の役に立たなかった、なんて戦いは何度も見てきた。だから警告しておくぜ、前には出るな。あっという間に出来立ての亡者に足元をすくわれるぞ。」
シュロスの助言に、ルフィアは無言で頷く。
「私はシュロスと同行する。ラインフォート姓も返上して、ただのフィリスに戻る。」
「フィリス、貴女まで!?」
「これはルフィア、お前の戦いだろう?私は私の道を行く。北のギルドに興味を持った。」
「あれ、もしかして本当にフラグ立った?」
「ばーか。勘違いするな。」
「二人とも今までありがとう。」
「でも、逃げ出してもいいんだぜ?君は十分不幸を背負ったんだ。」
「じゃあな、ルフィア。こちらこそ礼を言う。ありがとう。」
二人はルフィアに別れの言葉を残し、部屋を去る。ルフィアもまた自室に戻り、明日の準備を始めるのだった。
同時刻、ケインも同様にシアナ、ティム、ヘイニーグ、ガロア牧師の四人を大聖堂の一室に招集する。
「警備の仕事はいいの?ケイン」
シアナがケインに尋ねる。
「昨日も結局『ハーベスター』は現れなかったし、元凶はルフィア様の方で片付けているみたいだから大丈夫だろう?」
「いい加減ねぇ・・・で、全員集めて何の話。」
「俺は明日、ルフィア様と共に王都へ向かう事に決めた。そして、ラインフォート領奪還戦に参戦する。同行したい者があれば、話を聞く。」
「はぁ?どうしたの急に。」
「ほう、奪還戦ですか。ドワーフ共を正しき教えに目覚めさせる良い機会。是非同行させていただきましょう。」
「私は人間族の争いには関与せぬ。もうしばらくマーハルに滞在してから帰らせてもらう。」
「・・・」
黙ったままのティムに対して、ケインは強い口調で言う。
「ティム、ギルドへ戻れ。俺が今から始めるのはただの殺し合いだ。ギームやブロウニーじいさんにお前の無事を知らせろ。」
「それがいいわ、ティム。アタシも付いていってあげる。」
「シアナも?」
「アタシも父さんと同じ。人間族の殺し合いに加担するのはゴメンだわ。」
「シアナ、お前も、なのか?」
シアナの予想をしていなかった反応に、ケインは思わず声を上げる。
「アタシはエルフ族よ。アナタと一緒に過ごせる時間なんてアタシには一瞬なのよ。なのに、何でそんなに死に急ぐの!」
「俺が、そう見えるか?」
「アタシには見えるわ。アンタはあのルフィアって女の為に死ぬ。それが“名誉”なんでしょ、オトコってのは!」
シアナはそう言い残し、部屋を去っていった。
「牧師様、今までありがとうございました。ボクはシアナと一緒にギルドに戻ります。どうか牧師様もお元気で。」
「それがいい。君の故郷は北方領だ。友人を大切にしなさい。そして、マーハルでの経験が君の人生の糧になる事を願うよ。」
ティムはガロア牧師に一礼すると、シアナを追うように部屋を出て行った。
「牧師殿。ここでお別れとは残念だが、これも縁。楽しませてもらった、またこの街には訪れるようにしよう。」
「次にお会いする時は、私の武勇伝を披露しましょう。ご自愛を。」
「期待して待とう。忘れぬうちに、な。」
ヘイニーグは、ケインを見やり、冷ややかに告げる。
「娘も気づいたじゃろう。人間に恋慕する事の無情さを。さらばだ、人間よ。」
ヘイニーグもまた部屋を去り自室へと戻っていった。
「さて、私も自室に戻ります。では、明日。」
ガロア牧師も部屋を去り、一人大部屋に残るケイン。
「そうだな、変わってしまったのは俺だ。だけど、もう決めた事だ、後戻りはしない。」
翌日。
「ルフィア様。」
聖堂で女神への祈りを奉げるルフィアにケインが声を掛ける。
「ケインですか。その同席の方は?」
「戦神の牧師エイブラハム=ガロア。どうぞ、ガロア牧師とお呼びください。」
「丁寧にこちらこそ。ルフィア=ラインフォートです。どうぞよしなに。」
「前から気にはなっていたのですが、豊饒の女神の信徒に対してガロア牧師は丁寧な対応を取られていますが、異教徒同士って敵対関係にあるものじゃないんですか?
「それは大きな間違いです、ケインさん。神は違えど信仰する心は同じ。それに作物が実らなければ私達は飢えて死にます。逆に生存本能が無ければ、生きる意欲を失います。どちらの神の御力が欠けても人間は富み栄える事が出来ない、故に尊重するのです。」
「つまり信仰自体は自由、という訳ですね。」
「ただし、ドワーフ共の宗教は別です。あれは神の存在を自己都合に改ざんした邪教です。
故に、滅ぼさねばならぬのです。」
「あ、はい。(ヤバイ、やぶ蛇つついたかも)」
「そういえば、他の皆さんは?」
ルフィアは、特に臆する事も無く二人の会話に割り込む。
「(た、助かった)彼女達とは別れました。昨日お話した通り、二人は冒険者ですし、もう一人は例の魔術師討伐で雇った助っ人でしたから。」
「ルフィア殿の方こそ、お仲間の方々は。」
「実は、私の方も意見の不一致で、ここで別れる事に・・・。」
「でも、あのシュロスって男、相当の手練れでしょう?良かったのですか。」
「・・・はい、私から切り出した話でしたから。」
ケインはおもむろに、ルフィアの両腕を掴んで自分の方に顔を向けさせる。
「ケ、ケイン?」
「俺も迷いました。でも貴女が迷ってはいけない。指揮官の迷いは兵卒にまで伝染するのです。露払いは俺とガロア牧師で行います。貴女はただ進んでください。父上の汚名を注ぐ為にも。」
「判りました。もう迷いません。」
ルフィアの頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。初めて得た、思いを共有する仲間への感謝の涙だった。
一方、シュロスと共に北方領へ向けて馬を走らせるシュロスとフィリス。
「まさか、フィリスがオレと付いてくるとはねぇ。」
「別にお前と一緒にいたい訳じゃない。ただ、ルフィアの悲願に付き合って死ぬのは間違っていると感じたまでだ。」
「そそ、一度きりの人生、楽しまないとな。」
「おーい、シュロス―!」
二人に声を掛けたのはシアナだった。
「シアナちゃん?どうしたのさ。」
二人は馬を止め、シアナ、ティムと合流する。
「パーティー解散したぁ?」
「うん、ケインはあのお嬢様の為に南王騎士団として戦う、ってさ。」
「止めなかったのかい?」
「止めたかった。でも、あのルフィアって娘と談笑しているケインを見てさ、アタシには絶対向けない顔だと思うと、そんな気はしてたんだ。彼は冒険者には戻らない、って。」
「シアナちゃん、一緒にパーティー組もうぜ。」
「えっ?」
「ギルドに戻って、ソルディックの野郎も巻き込む。ヤツの事だ、ケインって奴がいずれ抜けるのは予想していたはずだ。」
「あ、ありがとう、シュロス。」
「それじゃあ、北へ向かいますか。多少魔物の巣窟になっている抜け道があるが、オレとシアナちゃんで十分殲滅出来る規模の敵だ。危険は低い。」
「それより、冒険者3人に南方人一人だから、国境の兵隊に賄賂掴ませた方が早くて安全だと思いますが。」
「その少年の方が理にかなっているな。そもそもいつの情報だ、それ。」
「2年前、かな?」
「情報が古すぎる。国境突破に変更だ。」
こうして新たなパーティーとなった彼らは、一路北方領へ向かうのであった。
ケインとルフィアが出会う前、クレミアは一足先に王都への帰着を済ましていた。
「どうでしょうか、メルルンの状態は。」
「良くないな。神官たちの体調は良好だそうだ。お前の救急看護のおかげだ。ありがとう。」
「シュロスが私を鼓舞してくれたからです。それまではこの力でしか皆の役に立てないと思っていましたから。」
「惚れたか?」
「・・・多分。」
「言うねぇ、この娘は。しかし、メルルンの状態は不安定のまま。ドワーフ族の呪術師の中でも彼女は別格だったから替えが利かない。完全に手づまりだ、チキショウ。」
「ヴァネッサ様、もう一つお願いがあります。スザリ司祭長もご同席の上で。」
別室にて。
「一体何でしょうか、ヴァネッサ様。」
「首実検、だそうだ。指名手配者かも知れないらしいのでな。」
クレミアが箱から首を取り出す。呪文で腐敗を防止しているため、顔の形は整っており、今にも目が開きそうなほどだ。
「ひ、ひぃっ!」
スザリ司祭長は、椅子から滑り落ち、後ずさりして壁際でへたり込む。
「どうした?知っている顔なのか。」
「モ、モルゲス=ヘイドラーでございます!」
「はい、確かにそう名乗っていました。やはり、指名手配犯なのでしょうか。」
「いや、『ハーベスター』の立案者にして生みの親。スザリはこの男の研究を利用して、クレミア達を権力強化の手駒にしようと目論んだ。」
「はい、今はヴァネッサ様に忠誠を誓っております、この通り。」
スザリは、クレミアに土下座でこれまでの非礼を詫びる。
「お顔をお上げください、司祭長様。私はこのような体になった事を恨んではおりません。むしろ、試作品としてルフィア様に引き合わせていただき感謝さえしております。」
「すまぬ、すまぬ。私が傲慢過ぎた。」
「だがこれで『ハーベスター』計画は全て抹消する事が可能になった。クレミア、これは十分報償に値するぞ。」
「ありがとうございます。」
すると、部屋をノックする音。
「何事だ。」
「失礼します、ヴァネッサ様。お客様が是非お目通りを、と。」
「今日は客人が多いな。一体誰だ。」
「はい、聖騎士アンリ様でございます。」
「アンリが?・・・仕方ない、通せ。」
しばらくすると、アンリが部屋に通され、席に付く。
「ヴァネッサ様は、『ハーベスター』なる者をご存じでしょうか。少女の姿でありながら、巨大な鎌を操り、且つ高い技量の体術を繰り出す暗殺者を。」
「ああ、その一件なら解決した。スザリが全部白状したよ。後は私の書状をダベルフ大司教がどう判断したか、だ。」
「結局あの書簡の内容とは何だったのでしょうか?」
「教皇位の復活を南王陛下に進言する代わりに資金調達に協力しろ、ってな。聖職者にとって、最高権威ってのは、喉から手が出るほど欲しいものさ。だが、南王に直接進言出来るのは、それこそ私か、ここにいらっしゃる聖騎士アンリくらいなもの。使うなら両方美味しく使わないと、な。」
「という事は、その資金は軍団の買収に?」
聖騎士の問いに、ヴァネッサは不敵に笑う。
「ああ今のうちに味方に付ける。少なくとも私が玉座を手に入れるまでは餌付けておくさ。」
「では、もう一つ質問を。モルゲス=ヘイドラーなる魔術師をご存じでしょうか。」
「そこの箱に首が入っているぞ。見るか?」
「いえ、私は顔を知らぬ故。つまり何者かが討伐を?」
「ああ、そこの神官の仲間が討伐したそうだ。」
聖騎士は、傍らに傅く少女を見やる。
「畏まる必要は無い。むしろこの様な邪悪な魔術師を討伐してくれた君達に非常に感謝をしている。」
「ありがとうございます。」
「で、アンリはどこでその名を。」
「はい、ケインと名乗る冒険者がこの魔術師の捜索を行っておりまして。その後『ハーベスター』の関係者である事はダベルフ大司教から聞き、こちらに参上した次第です。」
「ケイン?」
クレミアが思わず声を上げる。
「彼はラインフォート村のケイン、と名乗っていた。私の軍団の元兵卒だったらしいな。」
「それは、私の兄です!」
「ほう。」
「彼女は2年前、ラインフォート村で保護された神官の一人です。可能性は高いでしょう。」
スザリ司祭長がか細い声で補足を入れる。
「吉報であると良いな、少女よ。」
聖騎士は立ち上がるとヴァネッサに一礼する。
「では、私は王の元へ。兵の補充の承認をいただきに伺います。」
「分かった。下がれ。」
「はっ。」
アンリが立ち去った後、ヴァネッサは女中を呼びよせる。
「おい、メルルンの容体は?」
「はい、呼吸が荒くとてもお話出来る状態では。」
「そうか。」
ヴァネッサはその豊かな赤髪をかき上げると、スザリに命じる。
「スザリ司祭長、直ちにミュッセルに戻って街の様子に変化が無いか確認をせよ。死霊術師の魔法は土壌に残る場合がある。持てる限りの聖水を持って行け!」
「はい、畏まりました。直ちにミュッセルに向かいます。」
ヴァネッサに一礼をすると、スザリは部屋を退席する。
「よいのですか?彼を行かせて。」
「死霊術の魔法は、時間差で発現する呪文もある。念には念を、だ。」
「ヴァネッサ様も休憩を取られては。」
「忠告通り、そうしよう。これからしばらく寝れなくなるかも知れないからな。」
「何か感じるのですか?」
「ただの予感さ。女のカン。」
夕刻。
「ヴァネッサ様、早馬が到着しました。三人の者が面会を求めております。」
「やはり寝かせてはくれないか・・・名前は?」
「はっ。ルフィア=ラインフォート、ケイン=ラインフォート、エイブラハム=ガロアと名乗っております。」
「クレミア、同席しろ。」
「はい!」
謁見の間。
ヴァネッサの前に傅く、ルフィア達一行。
「・・・以上が報告となります。他2名は使命を終えた事もあり、離脱を選択した事をお許しください。」
「承知した。討伐ご苦労であった。後ろの二名はお前の同行者か?」
「いいえ、同士です。ヴァネッサ様、どうか南王陛下への謁見を取りなして頂けないでしょうか。私は、ラインフォート領奪還戦を王に歎願したいのです。」
「許さぬ。」
「えっ?」
「ラインフォート領は肥沃な穀倉地帯だが、戦略的に見れば絶対に取られてはならない領域では無い。守りを固めるべき地域は他にも多く存在する。騎士団とて無限に存在する兵団ではない。奪い返したところで、荒れ果てた畑で泣き叫ぶ子供たちをまた作るのか?」
「でも南王陛下なら、南王陛下なら分ってくださるはずです!」
「だから謁見を許さぬ、といっている。お前は都合のいい口実に使われるだけだ。」
「どうか、どうか・・・」
「良いではありませんか。ヴァネッサ様。」
謁見に姿を見せたのは聖騎士アンリだった。
「さぁ、立ちなさいルフィア殿。私が殿下との取りなしを致しましょう。」
「どういうつもりだ、アンリ!」
「人は常に戦いを求める生き物です。膨張した騎士団はいずれ破裂します。結果、いずれ内乱が始まるでしょう。南王陛下も北王軍に雪辱戦を望んでおられる。彼女の願いが真摯であれば、南王陛下を動かすやも知れません。その彼女の機会を奪うのは、いささかフェアとはいえませんな、ヴァネッサ様。」
「ちいっ!」
ヴァネッサはアンリの言葉に思わず舌打ちする。
「聖騎士様・・」
ケインは、アンリに声を掛ける。
「ケイン、陛下から了承を得た。今日から君は南王第四騎士団副団長だ。無論拒否するのも君の自由。」
「ええっ!」
「驚くのは早い、ヴァネッサ様の方をよく見たまえ。」
ケインが振り向くと、走り寄ってくる、一人の神官服の少女。
「お兄様!」
「クレ・・ミア、なのか。」
「そうです。ラインフォート村のクレミア。お兄様の妹です。」
戦争から2年。冒険者となって妹クレミアを探し続けた戦士ケインは、ついに妹との再会を果たしたのだった。
ルフィアは、南王始め臣下達も注目する中、必死にラインフォート領奪還戦への出陣を要請した。多くの臣下は2年の平和がもたらした恵みを主張したが、一番の熱意を持って支持を表明した聖騎士アンリの前に、かき消えてしまう程度の主張だった。
結果、歩兵隊4000、弓兵2000、南王第一騎士団2000、南王第四騎士団2000 計1万の兵が招集される事が決まった。
「農作物の刈取りを急がせよ。北方商人に物資を横流しする者は極刑に処せ。総大将はルフィア=ラインフォート、作戦指揮は聖騎士アンリがその任を負うものとする。」
南王の大号令の元、ラインフォート領奪還作戦が正に動き出そうとしていた。
そして一ヶ月が過ぎた。
マーハルから届けられた大量の食糧を始めとした戦争物資が馬車に積み込まれ、歩兵隊、弓兵隊が大行進を始める。
その行軍を王宮から眺める一組の男女。
「お兄様も、もう行かれるのですね。」
「ああ、そうだな。」
「やはり私の同行は許されないのですね。」
「何度も話しただろう?」
「でも、私はシュロスに死んで欲しくない・・・」
「シュロスってあの男か?アレは生粋の戦争屋だぞ。冒険者ですらない、お前とは住む世界が違う人間なんだ。」
「でも・・・」
「俺はもう、家族を失いたくないんだ。少なくとも、この場所ほど安全な場所は無い。頼む、お兄ちゃんの言う事を聞いてくれ。」
「・・・分かった。わがまま言ってごめんなさい。」
ケインはクレミアを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
だが、クレミアの方は何か決意を固めたかのように、その目を伏せるのだった。
「ヴァネッサ様、これ以上はお身体に障ります。どうか自重を・・・」
「うっせ、これが自重出来るかっての。」
ヴァネッサはこの数日酒浸りの日々が続いていた。
反戦側の中心人物として、一度火が付いた戦争に終着点が無い事を王を始めとした臣下達に説いたが、最初からルフィアを戦犯に仕立て上げようと考える臣下達には無意味な論説と化していた。
(そもそも、父上が戦争に積極的なんだ。最初から勝てる筋はなかった。)
「ソルぅ・・・つらいよ、たすけてくれよぅ。」
ヴァネッサは酒瓶を抱え、つい泣き言を漏らす。
「呼びましたか?」
「!?」
エピソード~フィリス~
私は元奴隷だ。父はラインフォート領の領主様、母はその領主様が所有する奴隷。だから私は奴隷として育った。ルフィアと初めて会ったのは、お屋敷で掃除の御奉公をするようになった頃だった。ルフィアと私は髪の色も瞳の色も同じ。大きく違ったのは私の方が痩せていて小柄だった事。逆にルフィアは体格がしっかりして、男の子達のケンカに率先して仲裁に入ったりしてとても正義感の強い子だった。ルフィアは私に色々なモノを恵んでくれた。ドレスやお菓子、髪飾り・・・でもそれが私をいじめの対象にした。ルフィアが何とかしようと大人達に掛け合う度に、いじめは酷くなった。だから私は弓を覚えた。弓なら体格が小さくても戦える。そして次第にルフィアと距離を置くようになった。
私が奴隷で無くなったのは戦争に巻き込まれたからだ。母も戦争で死んだ。領主も死んだみたいだった。そして私はルフィアの従者となった。
なぁ、ルフィア。この戦争でお前が求めていたものは取り戻せるのか?私にはお前の求めていたものは分からないし理解出来ない。でも、今の私は少しだけ幸せだと言えるぞ。だからルフィア、お前も幸せになれ。
第十二話 冒険者達の選択(後編)
時はさかのぼり、北王領王宮謁見の間。メイヤーとの対談を終えた後、ソルディックは、王宮へ向かい、北王との謁見の機会を得る事に成功する。
「南下政策を撤回せよ、だと?」
北王は怒りに満ちた目でソルディックを睨みつける。
「はい。2年前の戦争で北王領は豊かな穀倉地帯を得ました。しかしまだ戦後2年しか経っておらず、民心も完全に落ち着いてはおりません。どうか、今一度ご再考をお願いしたく参上した次第であります。」
北王は怒りで、その蓄えた髭をワナワナと震わせる。
「我らドワーフ族はお前たち人間族と違い、戦いを恐れはせぬ。前国王は暗愚故、南の混乱という好機を無駄に過ごした。お前の様な商人達の言いなりとなってだ。だが今や好機は我らにある。子飼いの北王騎士団にドワーフ兵、そしてギルド兵を加えれば前回以上の版図を拡げる事が出来よう。」
「2年前の侵攻は不意打ちでしょう。それに相手も精強を誇る南王騎士団ではありませんでした。付け加えますと、先の内乱に終止符を打った現南王は無能などではありません。現にこの2年で人口比は大きく拡がっています。理由をご存じですか。南王は豊穣の神官達を南王領全域に派遣し、優先して疫病対策に重点をおいて清潔な水の確保を行った事で、子供達の死亡率を劇的に改善させたからです。一方、北王である貴方は何の指示をしましたか?疫病の罹患率は北と南で差はありません。ドワーフ族は元来病気に強い種族です。それを人間族は軟弱だ、と何ら策を打たなかったのは誰なのでしょうか。」
「貴様、この北王を愚弄するか!」
「事実を述べたまでです。北王騎士団、ドワーフ兵団は北王を支持するでしょう。ですが、ギルドは“内政不干渉”の鉄則に基づき、この度の南下政策には参戦を拒否します。」
「何じゃと?メイヤーがその様な事を許すはずが・・・まさか?!」
「はい、南下政策で使用する兵糧をある商人が買い占めました。そしてその多額の出資により、出資者上位5名からなる商工会の常任理事に就任が決まったそうです。」
「あ、あ・・・」
「上位出資者5人の最下位に王家ゆかりの商家が入っていたのは以前から知っていました。しかし少々出資をケチり過ぎましたね。口数の多いケチほど嫌われる者はいませんよ。」
「貴様、この国を乗っ取る気か!」
「その様なつもりは毛頭ありません。単に陛下の南下政策を諫める為に参上したまでです。」
「この者を捉えよ!不敬罪、不敬罪じゃ!」
「ほぅ、捉えられますか?この魔術師を。」
謁見の間の警備兵の足が恐怖で竦む。
「ご安心ください、僕も北方領の民です。不毛な戦いを善しとはしません。では、これにて失礼させていただきます。今日の件、くれぐれもお忘れないよう。」
ソルディックは北王に一礼し、踵を返すと謁見の間を去る。
「少なくともこれで北王は自ら兵を進める事はしないはず。次は、工房か。」
ウォルフス、鍛冶工房。
「おお、よく来たなソルディックよ。」
出迎えたのはギームだった。
「ギームさんもお元気そうで。」
「こっちでも噂になっておるぞ、北王陛下を恫喝した魔術師の話。」
「脅しはしていませんよ。ただ事実を伝えただけです。」
「やり方がだんだんケインに似てきたの、全く。」
「それより、ブロウニーさんは?」
「ああ、奥じゃ。」
奥の炉では、黙々と仕事に打ち込むブロウニーの姿があった。
「ブロウニーさん、仕事の依頼でお伺いしました。」
「何の仕事だ?」
「これです。」
ソルディックは懐から書面を二通取り出し、ブロウニーに見せる。
「コイツ、お前さんが使うのか?」
「まさか(笑)」
「まあいい。素材の調達は?」
「そちらは抜かりなく。」
「分かった、ギームの仲介だからな。引き受けよう。」
「よろしくお願いします。」
それからの数日、ソルディックは南側の情報を詳細に把握すべく、隊商の商人達と会話を重ねるが、有益な情報を得る事が出来ずにいた。彼は実家を売却後、ギルド会館を拠点に置いた。ギルドメンバーの増員に向けて手を打つ為である。死霊術師モルゲスの出方が不明な今、
考えうる手は全て先行する。ただ、南王が北に野心を向けない事、ソルディックの不安はその一点だった。だが、ある日を境に事態が急変する。ケイン達が旅立って20日ほど経過したこの日、シアナ達が戻ってきたのだ。
「・・・」
帰還メンバーに混ざり、頭を抱えて卓を囲むソルディック。
「まさかこの様な形で再会するとは、僕も想定外でした。」
「想定外はお互い様さ。取りあえず、フィリスをギルドに加えてやってくれ。お前の権限なら容易いものだろう?」
「ソルディック、ギルドに加えてくれ。南王軍相手でも全力で戦う。」
「フィリスさん、ギルドには“内政不干渉”の鉄則があります。ですので、南王軍とは戦いません。」
「ないせいふかんしょう?」
「王国の政治には関わらない、という事です。」
「じゃあ、ルフィア達には関わらないのか?」
「そんな訳ないでしょう、南王軍にはケインがいるのよ!」
語気を荒げ、シアナが立ち上がる。
「それは僕も十分理解しています。しかし、戦場で本当にかつての仲間に刃を向けられますか?・・・それが可能なのはシュロス君だけです。」
「ま、そういう事だ。せっかく悪い魔術師倒したってのに、災難続きだな、ソルディック。」
「問題が全部なおざりのままよりは、まだ良い、と考える事にします。とにかく、現状ギルドはこの戦争には関与しません。ですが、このギルド会館で過ごす限り、身の安全は僕が責任を持って保障します。」
「フィリス、入っておけ。お前の為だ。」
シュロスはフィリスの肩を押す。
「・・・わかった、入る。」
「ソルディックは、どっちが勝つと思ってるの?」
シアナの問いにソルディックは答える。
「南王軍に勝ち目は無いでしょうね。ラインフォート領を焦土にしても勝つ気概が、北方軍にはあります。残念ながら、ルフィア殿にそこまでの無慈悲さは持てないでしょう。」
「だが、戦争には時にして、一人で戦局を一変させるヤツが出現する。『英雄』ってのがな。聖騎士アンリ。果たして北方軍に勝てるヤツいるのかね?」
「何にせよ、このウォルフスにまで危害が及ぶ事はありません。今日は、ここでゆっくり暖を取りくつろいで下さい。当面の住居はギルドスポンサーである、モルゲス=ヘイドラー氏の御厚意にて後日手配されますのでご心配無く。」
『はぁ?!』
四人の驚愕の声に、いつもの涼し気な笑みで返すソルディックであった。
ソルディックは四人と別れた後、ギルド会館の自室へと戻り、山積みとなった書類の山に辟易する。
(色々、手を出し過ぎましたかね。本来はモルゲスをあぶり出す売名の策略だったのですが。)
嘆息し、ソルディックは羽ペンに魔法をかける。すると羽ペンは自ら書類を取り書類にサインを始める。
「よろしく頼むよ、羽ペン君。・・・ヴァネッサ、やはり君は戦いを選択したのか?」
物思いに耽るソルディック。すると、どこからか声がするのを感じる。
『・・・さん。・・ディックさぁん。』
(テレパス(精神感応)?いや、何か違う。)
『ヴァネ・・様を、たす・・・い。』
(冥界からの声?声の主は死の淵にいるのか。)
ソルディックは、右手で顔を撫でると、笑みを浮かべる。
「どのみち、彼女の名を出されては飛ぶしか無いでしょう。」
ソルディックはベッドに仰向けに寝ると、呪文を唱える。
「幽体離脱!」
ソルディックは幽体となって、声の主を探る。
(僕がソルディック=ブルーノーカーだ。僕を呼んだのは誰だ?)
(ここですぅ。ワッチが呼んだですぅ。)
声の先には一人のドワーフの女性が浮いていた。
(君はドワーフ族?)
(自己紹介は後ですぅ。あっちを見るのですぅ。)
ドワーフの指先は、途方も無く巨大な龍を指していた。ソルディックは思わず息を呑み、ドワーフに尋ねる。
(あれは何ですか!文献にもこれほど巨大な龍の逸話は見た覚えがありません。)
(ある訳ないですぅ。あれは天変地異『カタストロフィー』が具現化した存在、厄災龍【カラミティ・ドラゴン】なのですぅ。)
(厄災龍?!)
(では、早く逃げるですぅ。今、厄災龍に睨まれたら魂ごと取り込まれて終わりですぅ。)
二人は急いで厄災龍の視界が及ばない場所へと逃げる。
(危ないところだったですぅ。ここなら自己紹介できるのですぅ)
(僕の紹介は不要かな。)
(はい。ワッチはメルルン。ヴァネッサ様にお仕えする呪術師ですぅ。)
こうしてメルルンは今までのいきさつをソルディックに語る。
(モルゲスの唱えた恐怖呪文は、彼の真の目的を投影したのですぅ。それが、厄災龍を目覚めさせる事だったのですぅ。モルゲスは、死の間を扱う術、死霊術を研究するうちに厄災龍にたどり着いたのですぅ。)
(しかし、モルゲスは死んだ今となっては厄災龍を目覚めさせる・・・いや、もう目覚めているのか!)
(そうですぅ。恐らく南の内乱で沢山の人が死んだ時にその魂を喰らって目覚めていたんですぅ。でもたぶん動く気にならなかったのですぅ。)
(しかし、2年前の戦争でも災害は起きなかった。)
(今度は違いますぅ。厄災龍をその気にさせる魂を喰らったのですぅ。)
(モルゲスの魂か!なら戦争は何としても止めなければ。)
(ダメですぅ。戦争で亡くなった人の魂を求めて、今度は厄災龍が地上に顔を出しますぅ。その覚醒前の時を狙って厄災龍を再びアビスへ叩き落とせば、『カタストロフィー』は、今後1000年起きる事は無くなりますぅ。)
ソルディックは、メルルンの容赦無い意見に言葉を失う。しかし、拳を握りしめ再びメルルンに問いかける。
(メルルンさん、厄災龍の出現のタイミングを占う事は可能ですか?)
(はい、1000年の未来のためにもやりますですぅ。)
(メルルンさん、君の身体は今どこに?)
(南王様の王宮ですぅ。ヴァネッサ様の部屋のすぐ近くですぅ。)
(なら、君の部屋で再び会おう。ありがとう、君の言葉は僕の救いになった。)
(厄災龍に見つかる前に会えて本当によかったですぅ。また会うのですぅ。)
ベッドから起きたソルディックは、滴るほどの汗を全身に感じる。先ほどの話が夢では無かった、と事実として受け止めた彼は、汗を拭きとり肌着を着替え出立の準備を整える。
「ヴァネッサ、遅くなりましたが、今日が約束の時のようです。『瞬間転移!』」
そして現在。
南王領王都王宮、ヴァネッサの部屋。
「何でお前がここにいるんだぁ!、ソルディック!」
「ワッチが呼んだのでぇすぅ。」
メルルンがソルディックの後ろから、ひょっこりと姿を見せる。
「メルルンが起きてる?」
「どうしてもお伝えする事があったので、死の淵を彷徨っていましたぁ。ヴァネッサ様には心配かけたのでぇす。」
こうして二人は、今までのいきさつをヴァネッサに細かく説明をする。
「これからが僕の意見です。厄災龍が出現した時点でこの戦争の勝者は消えます。そして、もし厄災龍に勝利したのであれば、ラインフォート領はギルドが接収し南北どちらにも属さないギルド直轄領を宣言します。代表はルフィア=ラインフォート。君は、南王にこの承認を呑ませてください。それが出来なければ、争いは繰り返され厄災龍は再び目覚める事になります。人々が1000年の安息を得る最大の好機、出来なければ君に女王を目指す資格はありません。」
「あの時の少年が、大きくなったものだな。」
「当然です。あれから17年ですから。」
「私はお前が欲しい。」
「僕も君の全てが欲しい。でも今ではありません。」
ヴァネッサはふらつきながら立ち上がると、ソルディックに身体を寄せる。
ソルディックが苦笑しつつ、ヴァネッサに話す。
「僕は構いませんが、メルルンが顔を真っ赤にしてこちらを見てますが如何なされます?」
「!?」
「ほえぇ、これが大人の恋なのですねぇ。」
「いや違う、それは違うぞメルルン!」
~~~
「それでは、彼女をお借りします。厄災龍のサーチ役に必要ですので。」
「ヴァネッサ様、いってきますぅ。」
再びテレポートを使い、二人はヴァネッサの元を去っていった。
一人残された彼女は、再び酒に手を伸ばそうとしたが、手を止め宮女を呼ぶ。
「お呼びでしょうか。」
「湯浴みの用意を。酒を抜く。」
「承知しました。」
宮女が去るのを見て、ヴァネッサは呟く。
「ソル、メルルン、ありがとう。私が止められなかったルフィアをどうか救ってやってくれ。」
南王軍北進の情報は、北王領にも届く事となり、北王は直ちに志願兵を招集、計6000からなるドワーフ族、人間族混成兵団が結成された。
「ねぇ、どうしてさ!」
ティムは、鎧姿に身を固めたブロウニーを必死に説得する。
「言ったはずだ。俺は北方領民だ。だから、王の招集に応じる。」
「ソルディックから聞いたんだ、今度の戦争では沢山の人が死ぬって。兵士なんて他にいくらでもいるじゃん、戦いたい連中が戦えばいいんだよ。」
「その通りだ。だから俺は戦う。元気でな。」
ティムの背中を叩くと、ドワーフの職人は大斧を担ぎティムの元を去る。
「どうして、どうしていなくなるのさ。ケインも、ブロウニーも。」
「それが選択なんじゃ。彼らなりのな。」
「ギーム・・・」
「お主にも、いつか選択すべき時が来る。じゃが今はその時では無い。それだけの事じゃ。」
「ブロウニー、還ってくるよね。」
「神が望めば、な。」
ソルディックが帰還してから、ギルドは騒然となった。無理もない、相手は未知のドラゴンなのだ。だが、彼らの目には滾る炎があった。そう、破格の報酬である。
「この度の討伐に対し、モルゲス殿は君達に破格の討伐報酬を約束した。彼が約束を守る男である事は、これまでの君達への報酬が証明しているだろう。死を恐れるな、共に勝利を手に入れよう!」
歓声に沸く冒険者達を目にフィリスが呟く。
「まぁ、いけしゃあしゃあと言葉を吐くわ、あの男。」
「まぁ、実際人数減ってくれないと、報酬額払えないかもだしね。」
「その前に払う気あるかもわかんねぇからな、アイツ。」
既に戦勝気分で飲み騒ぐ冒険者達を眺めるシュロスにシアナが話しかける。
「ねぇ、何か隠してる?」
「え?い、いや何も隠してませんけど。」
「何か、凄く満足そうな顔してたからさ。」
「ははっ、そうかも知れねぇや。でも、もっと色々な場所をシアナちゃんやフィリスと冒険出来たらより楽しめた人生だったと思うぜ。」
「どういう意味、それ。」
「厄災龍の討伐はアンタに任せたって事、シアナちゃん。」
「何言いだすのよ、アンタも主戦力でしょうが!」
「俺はしょせん傭兵稼業の殺し屋。オレにはオレなりの獲物があるのさ。」
「誰?総大将ルフィアの事?」
「聖騎士アンリ。」
「えっ!」
「じゃあな、シアナちゃん。フィリスによろしく。」
シュロスはそう言い残すと、ギルドを後に去っていった。
「シュロス、行ったか。」
「フィリス?」
「最後にお礼、言いたかった。ここに一緒に連れてきてくれた事。シアナやティム、新しい友達も出来た。放っておいても良かったのに最後まで一緒にいてくれた。でも、私にはアイツのやりたい事を止める理由が無い・・・」
フィリスは大粒の涙を浮かべて泣きじゃくる。そんなフィリスをシアナは抱きとめ優しく慰める。
「ホント、勝手なオトコばかり。必ず戻って来なさいよ、シュロス。」
翌日、北王領旧ラインフォート領。
「よーし、テスト始めぃ!」
岩を吊り下げた、巨大な支柱に似た機械が動き始める。
柱はそのまま岩を持ち上げると、はるか遠くまで放り投げる。
「これで全ての投石機テスト完了じゃ。皆ご苦労じゃった。」
ドワーフの技術者たちは満足そうに頷く。
「そういえば、向こうのチームはどうなっておるんじゃ?」
「あっちの方はもうとっくに終わっておったぞ、ほれ。」
「おお、これが例の速射型クロスボウか!」
「この二つの新兵器があれば騎馬部隊なぞ恐るるに足らず、じゃ!」
一方、南王軍宿営地。
ケインは大本営に進むとルフィアの駐在する天幕に入る。
「失礼します。ルフィア様。」
「お入りなさい、ケイン。」
「団長アンリより報告が。明日の日中にはラインフォート領に入る予定。十分に英気を養われますように、との事です。」
「ありがとう。その鎧、だいぶ着こなせるようになりましたね。」
「はい、もう十分に戦場で動く事が出来るかと。」
「大剣は、どうして辞めたのですか。」
「団長に、長剣と盾での指南を受けています。混戦では大剣は不向き、との教えを受けまして、大剣は捨てました。」
「不思議なものね。」
「何がでしょう?」
「私にも貴方にも、共に戦う仲間がいた。それなのに、私も貴方も誰一人としていない。」
「またその話ですか。」
「私には見えない。ラインフォート領を取り戻し、領主となったその先が。共に戦った仲間達からの祝福も無い私は、どこへ進めば良いのか。」
「ここに集まった一万の兵は無視ですか?皆、南王陛下の為、貴女の為に明日命を懸けて戦うのですよ。」
「それは貴方の本心ですか?違いませんか。」
「・・・違ったらどうだってんだ、お嬢様。」
「ケイン?」
豹変するケインに、ルフィアは恐怖に襲われる。
「アンタはいいさ、そうやって愚痴を零せば。だが俺は明日戦地で戦う。もう妹を抱きしめる事も出来ないかも知れない。好きだった相棒と剣を交えるかも知れない。それでもこれは俺が、俺自身で決めた選択だ!アンタは殺させない。絶対に守り通してやる。」
ケインは踵を返し、天幕を去る。
「違う、違うのケイン。私は貴方を責めるつもりは・・・ただ、貴方の本心に触れたかった。」
明日、ついに南王軍はラインフォート領に進軍する。
南王軍10000に対し北王軍8000
数の南王軍か、技術の北王軍か。
南王軍第四騎士団陣営。
「功を焦るなよ、ケイン。まず生き残る事を考えよ。」
「はい、団長。」
一方、北王軍志願歩兵部隊
「お、兄ちゃん、アンタも騎士様目当てかい?剣や兜だけでも高く売れそうだものなぁ。」
「ええ、ホントいい金になりそうっすね。あ、オレ、シュロスってんでヨロシクっす。」
戦いの火ぶたが、今切られる。
厄災龍は、ただ静かに彼らの死を待つ。
最終話 願い
その日の昼下がり、南北両軍が激突した。戦場での中核となる歩兵の質は、南軍が練度の低い民兵が大半であるに対し、北軍は練度の高いドワーフ正規兵が主戦力であった。その上、北軍の新兵器である速射型クロスボウが威力を発揮し、南軍の弓兵よりも遥かに早い装填力と高威力で南軍歩兵をなぎ倒していく。ともすれば南軍の戦列が崩れ、早々に決着が付いた可能性が高かった序盤戦において、南軍を踏みとどめたのは一人の牧師であった。
「さあ、掛かって来なさい、異端者ども。戦場で散る事で、その犯した罪の大きさを償うのです!」
ガロア牧師の体術はドワーフ兵を悉く薙ぎ払っていく。そして、速射型クロスボウでさえも、「矢が、勝手に逸れたじゃと!」
「あれは、対遠隔防御魔法か?!これでは矢弾の無駄打ちになってしまう。」
たった一人の男が北王軍の進軍を止める。
「俺が相手をする。」
そう言うと、一人のドワーフが前に出る。
「誰であろうと同じ事。貴方も戦神の元でその罪を償うのです。」
「なら、俺が死んだら祈りの一つでも奉げてくれや。俺の名はブロウニー=ブラン。元戦士の鍛冶職人だ。」
ブロウニーは大斧を構え、牧師に突進する。
「その速さで突っ込んだところで、当たりなどしませんよ。」
「そうかな?」
(相手の動きは右からの振り下ろし。ならばそのまま相手の右に回り込み、デッドリーストライクを・・)
しかし、ブロウニーの大斧は振り下ろされる事は無く、牧師を追尾する形で、ブロウニーの左拳が牧師の左わき腹を捉える。
「ぐはっ!」
「終わりだ、牧師様。」
ブロウニーは大斧を持ち直し、牧師の右わき腹を両断せんと水平に振り抜く。
しかし、牧師はバックステップで回避、その勢いで味方陣営にまで転がり込んでしまう。
「やるな、アンタ。俺の拳で悶絶しなかったのは、人間族では初めてかもな。」
味方の兵士に起こされながら牧師は答える。
「いえ、十分悶絶しています。確かにアナタは戦士だ。私が名乗らないは失礼と言えましょう。私の名はエイブラハム=ガロア。アナタを戦神の御許へ導く者。次は仕留めます。」
「そうかい。じゃあ再開といこうや!」
再びブロウニーがガロアに突進する。そして大きく振りかぶり、ガロアに向かって斬りかかる。しかし、ガロアは反撃しない。
「どうした、反撃しないのか?!」
「ええ、する必要はありません。アナタは老練の戦士。故に持久力に限界がある。いくらドワーフといえど。だから、私は・・・」
ブロウニーの手が止まった瞬間、ガロアの反撃が始まる。
「見て御覧なさい、周囲の兵士が我々の闘いに熱狂している。つまり、この闘いは、ただの戦場での一幕などでは無い、南北両軍の士気を決する闘いなのです!」
「なら、俺が負けなけりゃいい話だな。」
ブロウニーは、諦めたように大斧を投げ捨てる。
「殴り合いで私と勝負するつもりですか?なぶり殺しになるだけですよ。」
「いいから来い、小僧。」
「分かりました。では。」
ガロアは、徹底したアウトボクシングでブロウニーの体力を奪う。
いつしか両軍分け隔て無く歓声が沸き上がっていた。
(まさか、私の方が体力を削られるとは・・・)
ガロアの強烈な右浴びせ蹴りがブロウニーを打つ。が、ドワーフは怯むことなく前に進み、左フックをガロアの右わき腹を狙い打つ。
「あばらの一本や二本、安いものです!」
相打ち覚悟で、ガロアは左手の呪文を発動させる。
「デッドリーストライク!」
呪文の直撃を受けたブロウニーは大きく宙を舞う。
「終わりです。ブロウニー=ブラン。」
ガロアはわき腹を押さえつつ、ブロウニーの死を弔う。
「行け・・・魔斧よ。」
次の瞬間、ガロアの死角から襲い掛かるブロウニーの大斧。
その威力は、ガロアの身体を両断するに十分過ぎるほどだった。
「先に行って待っててくれや、牧師様よ。」
そう呟き、戦士は息絶えた。
ガロアとブロウニーの死闘は、両陣営にも届いていた。
南王軍大本営。
聖騎士アンリは、騎士団の進軍許可をルフィアに要請する。
「現在、南王軍は劣勢の状況下にあります。騎士団を左右両面から挟撃させ一気に北王軍を瓦解させます。」
「承認した。貴公も出陣するのか。」
「いえ、私はルフィア殿をお守りします。第四騎士団はケインに指揮を任せます。」
「良いのですか?貴公の古参兵から不満が出るのでは。」
「私の意見に不満を漏らす者であれば、この戦いに参加しないでしょう。ご安心を。」
「そうですか・・・」
「貴女は名目上であれ、南王軍総大将です。くれぐれもお忘れなく。」
一方、北王軍。
「親方ぁ、騎士団が動き始めましたぜ!」
浮遊する魔術師が、ドワーフの職人衆に声を飛ばす。
「よおし、投石機の準備始めろぉ!仲間を巻き込むんじゃねぇぞ。両翼を狙って、アチアチの鉄火弾をお見舞いしてやれ!」
さらに一方、ギルド軍は小高い丘から両陣営が激突する様子を北王騎士団と共に静観する姿勢を取っていた。
「しかし、北王騎士団そのものを買収とはのう。北王陛下の威光も堕ちたものじゃ。」
ギームは首を振って大きく嘆く。
「騎馬を使えるのは人間だけですからね。寝返るなら全員になります。現北王のドワーフ族偏重の優遇策には我々も不満の限界に来ていました。この戦いで勝っても我々が得る物はありませんから、モルゲス殿からお誘いを頂いた時はむしろ感謝したほどです。」
北王騎士団長は、切実に内情を吐露する。
「ですが、お話した通り僕達の目的は厄災龍撃退にあります。全員が生き残れるとは思わないでください。」
「もちろんです。給金の分は働きますよ。」
すると、どこからともなく、馬のいななく声がする。現れたのは騎乗したシアナだった。
「ソルディック、ごめん。やっぱりもう一度ケインと話したい。」
「貴女の事ですから、止めても行くのでしょう。僕の本心も同じです。応援します。」
「ワシも思いは同じじゃ、行って来い。」
「ありがとう、行ってくる!」
そう言い残し、シアナは戦場へと向かっていった。
ガロア牧師とブロウニーの死闘が終焉を迎えると、戦局は再び動き出す。先に北王軍の両脇を南王騎士団が突き、北王軍は窮地に追いやられる。
(騎兵が動いたって事は、本陣は手薄。アンリならルフィアが暗殺されるのを嫌って本陣を動かないはずだ。)
シュロスは混乱する戦場をかいくぐり、主を失った空馬を見つける。
「それじゃあ一気に本陣に・・・」
手綱を引き馬を進めようとしたその時、それは落ちてきた。
轟音と共に吹き飛ばされる騎士団の兵たち。投石機からの煌々と燃える鉄塊が地上で次々に炸裂し、騎士団の統制は瞬く間に崩れ去っていった。
「全員持ち場を離れるな、散開したら敵の思うツボだぞ!」
ケインはただ一人、味方を鼓舞し孤軍奮闘を続ける。
「劣勢の中、一人ご苦労な事だね、騎士様。」
「シュロス、か。やはり、ギルドの仲間も加わっているのか。」
「いいや。ギルドは加わっていない。オレは単独で狩りに来ただけさ。」
「狩り?」
「が、その前に準備運動をさせてもらいましょうかね、ケイン殿。」
シュロスは馬を走らせ、ケインに突撃を掛ける。
ケインは盾を取り、シュロスの突撃に対応の構えをする。
「戦場は、そんなゴッコ遊びじゃないでしょう?ってな。」
シュロスは馬から滑り落ちる寸前まで体全体を傾け、ケインの馬の前足を切り落とす。
馬は痛みで大きく反り返り、ケインを地面に叩き落とす。
「がふっ!」
シュロスは、同じく馬から降りケインの元に歩み寄る。右手で長剣を抜き、かかとを鳴らすと同時に一気にケインの前まで踏み込む。
「くっ!」
ケインは、シュロスの攻撃に備え、盾を構え反撃の体勢を取る。しかしシュロスはケインの想像を遥かに超えた跳躍でケインの背後を取る。背面を取られたケインは身体を捻り反撃しようとするも、今度はシュロスの水面蹴りがケインの足元を救う。ケインは思わずよろけ腰砕けになる、その瞬間を逃さずシュロスの長剣が左下腹部を貫いた。
(コイツ、鎧の隙間を狙って・・・)
「オイ、まだくたばるなよ。勝負は始まったばかりだろう?」
ケインは盾を構えると、じっと防御の姿勢で呼吸を整える。
「黙ったままかい?じゃあ、オレから聞かせてもらうわ。姫様に仕える騎士の気分から目が覚めたかい?」
「どういう・・・意味だ。」
「言葉どおりさ!窮屈に感じただろ?、この騎士団がよぉ!」
シュロスは、右の長剣でケインの盾に連撃を浴びせ続ける。
「貴様に何が分かる、故郷を失ったこの俺の悔しさが!」
ケインの長剣がシュロスの左わき腹を狙う。が、その攻撃は、シュロスの左の長剣に受け止められてしまう。
「二刀か!」
「誘いに乗ってくれてありがとよぅ!」
シュロスの弾きに大きくバランスを失ったケインに、再びシュロスの剣が突き刺さる。
「すぐには死ねないぜ。急所の多くはその鎧で守られているからな。」
「・・・なぶり殺す気か、俺を。」
「違うな。オレは傭兵だ。お前みたいな弱い連中から搾取する側。」
ケインの振り払う長剣がシュロスの顔面をかすめる。
「届かない!?」
「届くと思ったか?それがお前という人間の限界なんだよ。」
「殺すなら一思いに殺せ!」
「まだ分からねぇようだな。」
シュロスの、バネを利かせた蹴りがケインの下腹部を直撃する。
「直に厄災龍とかいうバケモノがここに出現するらしい。ギルドはその為にこの近くに待機している。」
「それが俺に関係あるのか。」
「参謀のソルディックからの通達なんだよ。“大剣のケイン”を見た者は攻撃をせず、本部に報告せよ、と。ヤツはそのバケモノ退治にお前の力が必要と思っている。ティムってガキも、ギームとかいうドワーフも、バカみたいにお前を信じて待っている。当然、あの人も。」
「シアナの事か・・・ゴフッ、ゴフッ。」
ケインは、剣を杖代わりに何とか立ち上がると盾を捨て剣を構える。
「それを伝える為だけに、この戦場に紛れ込んだのか、貴様は。」
「ご冗談を。これはあの人への義理立てさ。」
「義理立て?」
「喋り過ぎたな、さぁ続きを始めようか。」
シュロスが再びケインに斬りかかろうとしたその時、一本の矢が二人の間をかすめ飛ぶ。
「止まりなさい、二人とも!」
声の主は、騎乗し弓をつがえるシアナだった。
「シュロス!アンタ一体何の・・・」
「それよりも彼氏の方を見てやった方がいいぜ。相当量の血を失って普通なら虫の息だ。」
「!?」
「その鎧も外した方がいい。そろそろ高値の付く騎士団の装備品目当てに南北の歩兵どもが群がってくる時間だ。」
「シュロス、アンタはどうするの。」
「狩りが、まだ終わってない。」
「冗談でしょ?!厄災龍を討伐しなければ何もかも終わりなのよ。」
「それは、ケインの役目だ。オレじゃねぇよ。」
「それじゃあ、アンタの役目って何だっていうの!」
シュロスは空馬になっていた馬に飛び乗ると笑って答える。
「ケインに伝えてくれ。ルフィアの事はオレに任せろ、って。」
「え?」
「じゃあな、シアナ。最後に会えて嬉しかったぜ!」
「待ちなさい、シュロース!!」
シアナの声に未練を見せる事無く、シュロスの馬は南軍大本営へと駆けていった。
投石機の投石が止む頃には、もはや両軍入り乱れての大混戦となっていた。
騎士の装備品に群がる歩兵たちは、もはや南北関係なく奪い合いを始める。中には速射式クロスボウを奪って南王騎士を打ち落とす南王兵まで現れる始末。
そんな中、シアナがギルド本営までケインを連れて戻った。
「ギーム、回復、回復魔法をお願い!」
「分かっておる、ケインの生命力を信じろ。」
ギームはケインに回復魔法を唱え、傷の治療を行う。
「恐ろしい男じゃの、シュロスとやら。後少し刃の位置がずれていたら致命傷になっておったぞい。」
「そうだよ、だってアイツは【ウロボロス】だもの。」
フィリスの言葉に周囲がざわめく。
「彼が自分からそう言ったのですか?」
ソルディックの問いかけにフィリスは静かに頷く。
「多分、シュロスはルフィアを助けたいのだと思う。多分、ルフィアは罪悪感で押しつぶされている。自分の命令で沢山の人が死んだ現実に。だからシュロスが行った。戦争の現実を一番身近に知る彼だから。」
フィリスはケインに寄り添うシアナに告げる。
「だからシアナが落ち込む必要は無い。アイツは死なない。そういうヤツ。」
「・・・ありがとう、フィリス。」
シアナはフィリスの励ましに笑顔で返し、互いに微笑みあう。するとその二人の間隙を縫うように、メルルンが大慌てでソルディックに走り寄り警告する。
「ソルディックさぁん、来ますぅ、来るのですぅ。」
「メルルン、残り時間は?」
「分かりませぇん、でも急いだ方がいいでぇす。」
「各員、戦場へ向かう用意を。魔術師、神官は可能な限りの強化魔法の配布を始めてください!」
「俺は・・・生きているのか。」
ケインは目覚めると上体を起こし、うわ言の様に言葉を吐き出す。
「すみませんが、早速お仕事です。ケイン。」
「お帰り、の一言も無ぇのかよ。」
「その代わりに先に報酬を渡しますよ。」
ソルディックがケインに見せたのは、鈍く銀色に輝く大剣と鎧だった。
「ブロウニーさんに依頼して製作して頂いた、ミスラル銀製の大剣と重装鎧です。
感覚は以前の鋼鉄製装備と同じになるよう調整していただいています。」
「すげぇ・・・」
ケインは、その出来栄えに感嘆の声を漏らし、装備を始める。
「討伐対象は、厄災龍【カラミティ・ドラゴン】。その巨体から、地上に這い上がるまで一定の時間を要するはずです。もし這い出し、飛び立たれた場合、僕達の敗北となります。」
「つまり、這い上がる前に仕留めろ、ってか。面白ぇ。」
ケインは大剣を大きく振り下ろす。次第に秘められていた彼の闘志が前面に現れた事を示すかのようにケインの口角が大きく上げる。
「心配は無用でしたかね。」
「何の事だ?」
「いえ。全てが無事に終わったら、分かりますよ。」
「了解。」
突如、大陸全土を巨大な地震が襲う。震源地は・・・
「来ましたぁ!厄災龍【カラミティ・ドラゴン】ですぅ!」
大きな地割れが南北両軍の激突する地点出現し、兵士たちを飲み込んでいく。
その暗い地の底から這い出る巨大な龍の顔。
「ギルド軍、北方騎士団、全軍突撃です!」
ソルディックの号令に併せ、鬨の声を上げ、厄災龍に突撃する軍団兵たち。今、1000年の安息を賭けた戦いが始まろうとしていた。
時はさかのぼり、シュロスは南軍大本営を駆け抜ける。
「侵入者だ!取り押さえろ!」
「おい、総大将。隠れてないで出て来いよ。シュロス様が挨拶に来てやったぜ。」
兵士たちを振り回し、とうとうシュロスは本陣までの到達を決める。そして天幕から姿を見せる、鎧姿のルフィアと聖騎士アンリ。
「何故貴方がここまで。」
「最初は見捨てるつもりだったさ。でも、その男の実体を知らずに処分されるのは忍びなくてね。」
「お下がりください、ルフィア様。この様な男のたわ事など聞く必要ありません。だろう?傭兵【ウロボロス】」
「久しぶりだなぁ、聖騎士様よぉ。」
「シュロス、何を知っているのです?」
「いいか、コイツは聖騎士でも何でもない、根っからの『戦争屋』なんだよ。二年前の戦争時、ラインフォート領領主の援軍にコイツの軍団は行くことが出来た、でも行かなかった。被害が拡大してから遅参した。その理由は、北方領の勝利が新たな大乱の呼び水になる事を計算していたのさ。ガキの頃から傭兵やって来たんだ、コイツの戦い方は勉強したさ。それで、だ。お嬢ちゃんには分からないだろうが、今日の戦場は南軍の動きが鈍い。おまけに新参のケインを自軍の副将にして出撃させた。なぁ、実は本気で勝つ気無いだろう?聖騎士様。」
「それは本当ですか?アンリ。」
「勝つ気が無い、とは失敬な。現に兵士は勇敢に戦っている。騎士の装備品を売り大金を得る為に。今回の戦いで勝利したならば、次なる戦いを民衆は求めるでしょう。仮に敗北したならば、北王は聖騎士アンリを破った事に気を良くし、次なる領土に手を出すでしょう。負の連鎖とはそういうものです、ルフィア嬢。一度の敗戦で失うものは貴女と私では天と地ほどの開きがある、それだけお伝えしておきましょう。」
聖騎士アンリの容赦ない言葉に、ルフィアは思わず膝を折る。
「しかし、目の前の勝利には全力で戦いますのでご安心を。」
「言っておくが、ルフィアを人質にするゲスな手段はオレには効かないぜ。」
「貴様如きに、姑息な手段をこの私が何故使う?では始めよう。」
聖騎士は一歩踏み出すと、長剣と小盾を部下から受け取る。
(さすがに威圧感がハンパ無いぜ。さて、どう踏み込む?)
本陣の兵士たちも息を呑んで見つめる中、先に動いたのはアンリの方だった。
シュロスの右に回込み、小盾でシュロスの右側面を殴りつける。
「がふ・・!」
怯んだシュロスの頭上目がけ、アンリの長剣が振り下ろされる。
鮮血が飛び散るも、シュロスは紙一重でこの攻撃を躱す。
「よく躱した。」
(危うく一撃で終わるところだった。なら次はこっちが行かせてもらう!)
シュロスは、両刀を構えたままじっと相手を伺う。
「・・・そこだ。」
聖騎士の剣が何もない空間を斬る。すると再び鮮血が舞い、苦痛に悶えるシュロスが姿を現す。
(何故、何故オレの場所が分かった?探知魔法でも唱えていやがるのか。)
「その強化魔法、全て消し飛ばしてやる。“大解呪“の魔法喰らいやがれぇ!」
シュロスが指輪を構え、解呪魔法を解き放つ。
「・・・カウンターキャンセル発動。」
アンリも同様の構えを見せる。同じ大解呪がぶつかり合い、そして無と消え去った。
「これが貴様の切り札か。」
「消された?・・だと。」
「その指輪がこの世界に一つしか無い、とでも思っていたのか。おめでたい男だ。」
(くそっ、インヴィジブル(透明化)発動!)
今度はその場で姿を消し、アンリの背後を取る。
(もらった!)
「無駄だ。」
アンリは、今度は背後から飛び込んだシュロスに小盾でカウンターを易々と当ててみせる。
(何でだ、何で全部読まれる!)
「俺が聖騎士と呼ばれるか判ったか。豊饒の女神より授かった、この“真実の目”がある限り、貴様のまやかしは全て無に帰すのだ。」
「わざわざ種明かしどうも・・・」
「この絶望的状況で、なお眼は死んでおらず、か。よかろう、望み通り最後まで全力でもって叩きのめす。」
シュロスも半ば諦めかけたその時、大地が揺れた。
「うおおっ!」
「厄災龍か?!」
シュロスは踵を鳴らし、空中に跳び上がる。
「ルフィア、掴まれぇ」
「シュロス!」
シュロスは鎧姿のルフィアを抱える。
大本営は地が裂け聖騎士アンリを含めほとんどの者が地の底へと落ちていった。
「さすがの聖騎士アンリも飛行アイテムは持っていなかったか。」
「シュロス、私・・・」
「今は何も言いなさんな。オレは今の君を責めやしない・・・」
シュロスの眼前にあるもの、それは厄災龍が大きく口を開ける姿だった。
(ど、ドラゴンブレス。あれを喰らったら終わりだ。彼女を抱えたままじゃ逃げる手段がオレには無い・・・いや、そうでもないか)
「シュロス?」
シュロスはルフィアに微笑み、天に指輪を掲げる。
「豊饒の女神よ、我願う、ルフィア=ラインフォートを厄災龍の息から護りたまえ!」
次の瞬間、厄災龍が放つ獄炎の息が二人を飲み込んだ。
再びギルド軍、いやもはや南北混成軍と呼ぶべきだろうこの一団は、厄災龍との死闘を繰り広げていた。最初のドラゴンブレスは両軍に壊滅的な被害をもたらした。次のドラゴンブレスを喰らえばもはや止める戦力は皆無となる。
「うぉぉぉっ!」
ケインはひたすら前足を叩き、厄災龍からの攻撃を誘う。
「最大火力の魔力はまだ温存するように。支援魔法を優先で。矢弾への魔力付与も忘れずに行ってください。通常の矢弾では厄災龍にダメージは通りません。」
ソルディックは陣頭指揮を執り、各部隊への命令を行う。
「ソルディックさぁん。見えましたぁ。勝利の運気がぁ。」
「本当ですか!教えて下さい、メルルン。」
「はぁい。まず、厄災龍の眉間に強い力をたたみ込むでぇす。たぶん、ケインさんが適任でぇす。厄災龍がケインさんに耐えかねて顎で潰しにかかりますぅ。その時がチャンスですぅ。
眉間は厄災龍に痛みを与えますぅ。正しく言うと吸われた魂の叫びなのですがぁ。このタイミングで厄災龍が竜の息を吐く為大きく口を開きますぅ。ここに全火力の魔法を叩き込むですぅ。火力で勝てば厄災龍は再び奈落へと落ちますぅ。」
「失敗の場合は、全滅ですね。」
「だから運気ですぅ。」
「教えてくれて感謝しますよ、メルルン。君は僕達の勝利の女神になるドワーフです。だから、最期まで見届けてください。彼ら南北軍、そして冒険者達の戦いを。」
「必ず見届けて、ヴァネッサ様にお伝えするですぅ。」
ソルディックはテレパスを唱え、ケインに念を送る。
(コイツの眉間にか?)
(そうです。全力で叩き込んでください。直に顎の叩きつけ攻撃が来ます。)
(わか・・・)
途中で交信を遮断し、大きく息を付く。
「慣れない呪文はさすがに疲れますね。先に僕の方から、ケインに先鞭を付けました。さすがに全域へのテレパスは僕には無理なのでメルルン、どうかお願いします。」
「はぁいなのです。」
メルルンの交信が戦闘区域の戦士達全員に伝わる。
北方軍投石機部隊。
「親方ぁ、投石機の鉄火弾もあの野郎にぶつけましょうぜ!」
「バカヤロウ、あの大砲がこっち向いてきたら俺達も終わりだろうが!」
「確かにそうでした、スミマセン。」
南方軍残存部隊。
「ヴァネッサ様の呪術師か?なら信じるしかねぇな、この際」
「明日になればどうせ敵同士になるんだ、今は仲間でいいだろう?」
「明日があればねぇ・・・」
北方軍残存部隊
「何かドワーフ達が盛り上がってるわね。」
シアナが不満げに呟く。
「割と隠れアイドルっぽいみたいだよ。不思議ちゃん系のエキセントリックな感じが良いんだってさ。」
ティムが本人も良く分かっていないような解説をシアナに言う。
「ワシは余りタイプでは無いな。どうも話が噛み合わん。」
「誰もオジサンのタイプは聞いていない。彼女の言葉は信じるに値する。」
「誰がオジサンじゃい。ワシはまだまだ若いんじゃ!」
「新しいツッコミ役が増えて本当は嬉しい癖に。アタシもこれでお役御免で嬉しい限りよ。」
死地の中、わずかだがフィリスの周りに笑いの輪が広がる。
(絶対に勝つ。シュロス、お前は勝ったか?勝ったと信じてるぞ、みんな)
厄災龍がその首を大きく持ち上げた。ケインの居る場所目がけ、自身の前足など無いかのように叩きつける。
「生きておるか、ケイン。」
「ああ、何とか。」
「最後の回復魔法じゃ。後は気合で凌げ。」
「相変わらず、無茶を言う。」
「ケイン、“飛行”の呪文!厄災龍と一緒に落下なんてしないでよ。」
「ああ、俺に任せておけ。」
「!?」
ケインは踵を返すと厄災龍に向かって走り出す。
「何かあったか、急に顔を赤らめて。」
「分からない。けど、ケインがすごく大人に見えた気がした。」
「なら、きちんと伝えるべきじゃな。お互いに。」
「うん、絶対に勝つ!」
厄災龍の眉間にまで到達すると、ケインは飛行を使い距離を取る。
「俺が到達するまで起きてくるなよ、厄災龍!」
ケインは、ミスラル銀の大剣を構えると、加速を付け厄災龍の眉間にその大剣を突き立てる。
「これで、どうだぁっ!」
「グオオォォォン!!」
これまでの戦いで上げた事の無い、悲鳴ともとれる音が周囲に轟き渡る。
「やったか!」
「ダメ、まだ口が開かない!」
厄災龍は、何とかケインを振り落とそうとする。その動きに大剣の柄は離すまいとケインは懸命にこらえる。
(チキショウ、足場が無けりゃこれ以上差し込めねぇ。ここまで来たっていうのに、諦めてたまるかよ!)
皆が、厄災龍の動向を見守る。半ば諦めの空気が流れたその時、厄災龍はその動きを止める。
「ボクにだってミスラル銀の武器はある!一振りでも多く叩き込んでやるんだ。」
ケインが付けた傷口に叩き込んだ、ミスラル銀の短刀での連撃。厄災龍を止めたのはティムの捨て身に近い攻撃だった。
「厄災龍の口が開きます!ワッチの合図で一斉に撃ち込んで下さい!」
メルルンから全員にテレパスが飛ぶ。
「・・3・・2・・1!今です!!」
ギームがその手に金色の槍を召喚する。
「アビスへ還れ、厄災龍。戦神の槍!」
シアナがその最大魔力で精霊の力を指先に集める。
「四大精霊よ、今一つになりて不浄なる全ての存在を消し去らんとせよ。エレメンタル・ストライク(精霊の一撃)!」
魔術師部隊、神官部隊も持てる魔力全てをその口の中へを撃ち込む。
が、徐々に口の中が光輝き始める。
「この野郎、さっさと諦めやがれぇ!」
ケインが渾身の力で大剣を根本近くまで押し込むも、なお未だ厄災龍は、もがきあがく。
「まだ耐えますか。さすがは、というところ。しかし使役する貴方の魂力には限界があります。これで終わりです、モルゲス=ヘイドラー。厄災龍と共にアビスへ行きなさい。」
ソルディックは、呪文を唱える。しかし、その詠唱を聞く者は、誰もいなかった。ある一人を除いては。呪文を一斉掃射した後に討伐軍が見たのは、力を失い崩れ落ちていく厄災龍の姿、そして断末魔の鳴き声であった。一瞬の静寂の後、周囲は大歓声に沸きあがる。しかし、再び巨大な地震が起き、皆を恐怖させる。そして地割れは元の姿へと戻っていく。
「ケイン、ケイン!」
狂ったように無くわめくシアナを皆が引き留める。
「聞こえてるよ、あんまり喚くな。」
裂け目が閉じる直前、飛び出すケインの姿を皆が確認し、ホッと胸を撫でおろす。
「だったら返事くらいしなさいよバカぁ!」
「手ぶらで帰るのも何だし、と思ってよ。」
ドサっと地面に落とされたのは厄災龍の鱗だった。
「鱗・・・?」
「いや、ドラゴンの鱗って言ったらレアアイテムの定番だしさ。高く売れるかな、と。」
「厄災の塊じゃぞ、誰が買うんじゃこんな物。」
「あぁ、メルルンなら買うかも。あの子呪術師だし。」
フィリスが適当な事を言うと、周囲が笑いに包まれる。
「あンた、そのせいで遅れたんでしょ。間に合わなかったらどうする気だったのよ。」
「間に合うさ。」
「何、その自信。」
「お前が待ってる。」
「!?」
「さーて、後は若い者に任せて祝勝会の準備でのするかのう。」
「いや、ボク達の方がケインより若いよ?」
「野暮な事は言うな。さ、行くぞ。」
一方、ソルディックとメルルン。
「初めて見ましたぁ。時間呪縛の呪文を使える人ぉ。」
「さすがに気付きましたか。タネ明かしも何も、単純にその呪縛時間に最大火力の攻撃魔法を置いただけです。(笑)」
「ヴァネッサ様に伝えておきますぅ。あの人にケンカ売ってはダメですぅってぇ。」
「いや、僕も同行するよ。君の力を借りた分、今度は僕が彼女にも協力する番だ。」
「北の人たちは大丈夫ですかぁ?」
「しばらくは往復だね(笑)。」
「じゃあ、よろしくお願いしますですぅ。」
「それとも、祝勝会に参加するかな?」
「遠慮しておくですぅ。目立つのは、まだ恥ずかしい年頃なのですぅ。」
「(ドワーフの年頃って何歳だったかな・・・)それならテレポートを唱えるよ。さ、お嬢さん、お手を。」
「はい、ですぅ。」
こうして二人はヴァネッサの元へとテレポートする。
時は遡り、南王領王都王宮。
クレミアは、ルフィアの私室のベッドメイキングを行っていた。
(ルフィア様がいつ戻ってもいいように、ここだけはいつも清潔にしておかないと。)
本来であれば、神官である以上それなりのお勤めがあるのだが、ヴァネッサの計らいで王宮内の出入りが許されており比較的自由行動を取る事が出来た。
「クレミアさ~ん、ヘルプお願い~。」
「あ、今行きます。」
クレミアがルフィアの部屋を出ようとした直後、強烈な地震が王都を揺らす。クレミアは咄嗟に棚から避難し難を逃れる。
「皆さん、無事ですか!」
「棚の食器が落ちたけど平気よ。クレミアさんは大丈夫?」
「私も無事で・・・?」
ルフィアのベッドの上で輝く人の姿。やがてそれは、鎧をまとった、ベッドの主へと姿を変えていく。
「ルフィア様?!どうしてここに。」
「ルフィア様?クレミアさん、ホント大丈夫?」
宮女の心配の声もよそに、クレミアはルフィアのそばに駆け寄る。
「ルフィア様、お怪我はありませんか?」
「シュロスが・・・」
「シュロスと会われたのですか?」
「シュロスが、私を助けてくれた。“願いの指輪”の力で。」
「彼は、彼はどうなったのです?」
「シュロスは、女神に私の名前しか告げなかった。だから・・・」
「選択したのは彼です。なら、彼の分までルフィア様が生きるしかありません。戦争の勝敗はいずれ分かります。どちらとなったにせよ、私はルフィア様の味方です。」
クレミアの力強い言葉に、泣き崩れるルフィア。その姿は、今までの様な毅然とした凛々しさは消え、ただ一人の少女としてクレミアには映るのだった。
厄災龍戦以降、北方領の力は地に落ちた。そしてわずか1年で南王軍によって制圧され、北方領は滅び、初の統一王朝が誕生する。旧ラインフォート領は、ソルディックの暗躍もあり晴れてギルド直轄領となり、自由都市ラインフォートが誕生する運びとなった。しかし、市長として推薦されたルフィア=ラインフォートはこれを辞退、ラインフォートの姓も国王に返上する。彼女は自らが引き起こした戦いで亡くなった兵士を弔う為として、神官の道を選ぶ。こうしてルフィアもまた、クレミアらと共に祈る事で、自らの心の平穏を得たのだった。
自由都市ラインフォート
わっせ、わっせ、と大勢の人の手で引き上げられる大空を指差す、一人の男性の彫像。
「あれ、誰だ?」
フィリスが呟く。
「ホント、誰だろうね。」
ティムも同様に呟く。
「何だ、お主等あの方を知らんのか。あの方はじゃの・・・」
髭をピクピクと引きつかせ、ギームが自慢げに語る。
「冒険者の英雄、モルゲス=ヘイドラー氏です。この方がいなければ、冒険者の結束は無かった、と後世の歴史家は書き記すでしょうね(笑)。」
「んなっ!」
「私の記憶と全然違う・・・」
「ボクの記憶も違う・・・」
「そうやってもったいぶってるからソルディックに取られるのよ。」
「貴様も言えた口じゃなかろうが!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。」
ソルディックは二人の諍いを止めようとするも、逆に睨まれてしまい思わず苦笑する。
「で、結局この銅像は何なのさ?」
「単純に偶像ですよ。あの戦いの。100年、200年先には僕達はこの地にいません。ギームにしても分かりません。シアナは恐らく語らないでしょう。でも偶像は残ります。石碑に名が刻まれた冒険者達を奮い立たせた勇気ある人として。僕は今を生きるので手一杯です。」
ソルディックの言葉にフィリスとティムは不思議そうな顔をする。
「そうだ、ボクも慰霊碑作らなきゃ。リリーのも、ガロア牧師様のも、ブロウニーのも。」
「たくさん亡くしたんだな、ティム。」
「やっと口に出す事が出来た。ボクだけが忘れない、じゃダメなんだきっと。」
「おおぃ、お前らメシの準備出来たぞ~」
皆が振り返るとエプロン姿のケインがギルド新会館から手を振っているのが見える。
「メシだ、メシだ~!」
シアナ達は急いでギルド新会館へと走っていく。
「だいぶ、様になってきましたね、ギルドマスター。」
「誰のせいだと思ってるんだよ。」
「誰のせいでしょうね。」
「相変わらず皮肉の通じないヤロウだ・・・」
「妹さんは呼び寄せないのですか?」
「ああ、彼女は彼女なりに役目を見つけた。ルフィア嬢の事も見てくれている。それ以上、俺から求めるものは無いよ。」
「彼女には、“お兄様が寂しがっていた”と伝えておきましょう(笑)。」
「サラっと図星を指しやがって・・・でもよ、やっと名乗れて嬉しいぜ。」
「ほう?」
「今まではどちらかと言えば冒険者は、ならず者と同じ扱いだった。けどこうして皆が各地に飛び回って活躍してくれた事で、冒険者は違う意味の言葉になった。英雄とは違う、でも困っている人を見捨てず果敢に助けてくれる身近な人、のような。」
「僕も同じ気持ちです、ギルドマスター=ケイン。」
「だから今は胸を張って言える。“冒険者ギルドへようこそ!”ってな。」
「どーしてこーなっちまったんだろうなぁ。」
鬱蒼とした森の中。
「頭の中の記憶じゃあ、女神様がオマケで助けてくれたっぽいけどよぉ。」
男は周辺を見渡す。取りあえずは食料になるモノ。
「装備は残った。火は手持ちの装備でしばらくは熾せる。」
再び大きく嘆息すると、立ち上がり日の差す方へ目指す。
「お、割とすぐ抜けるじゃん。」
森を抜けると見渡す限りの草原が男を出迎える。
「生き永らえたなら、選択するしかねぇだろ女神様。ああ生きるさ、“冒険者”として。」
長い時間お付き合いいただいて心から感謝をしよう。これにて彼等の物語は閉幕である。詳細は伝聞につき多少脚色を交えている事はご容赦願いたい。・・・どうやら私の目的地に着いたようだ。と、この語り口は疲れるなぁ。最後に本当のボクの自己紹介だけ終えて幕引きにするよ。ボクの名はクロード、通称“大剣のクロード”。父は人間で、母はエルフ。いわゆるハーフエルフって人種さ。ボクの物語はいつか他の≪アンノウン≫が語る、と思うよきっと。それじゃあ、いつかどこかで!
Next Stage 【Season 2】