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砂浜では一人の青年が座って夜の海を眺めていました。
だいぶ大きくなって体もがっしりして青年なっていますが、ノアです。
ノアがオレンジが攫われたこととお屋敷の人たちが酷い目にあったのを知ったのは隣国のお姫様とのお見合いが終わった後です。
やっと帰れると思ったとき、ギラギラ男、もとい大臣がニヤニヤ笑いながら近づいてきました。
ノアは自分と隣国のお姫様が結婚すればこの大臣の権利が強くなる。だからノアとオレンジを引き剥がそうとするのはそのためだと知っていました。
大臣はノアに言いました。
「いやあ、ノア様に会おうとお屋敷に行ったら強盗に会うなんて、災難でした。いやあ、多少ものは盗まれてますけど、例えば人魚とか」
荒らされて壊されたオレンジの水槽やプール、執事長はもちろんメイドや料理人まで怪我をさせられていたのです。
頭に包帯を巻いた執事長はノアの姿を見ると、地面に頭をつけました。
「申し訳ございません!ノア様、オレンジさんを守ることが出来なくて!」
執事長は恐れていました。オレンジさんを失ってしまったらきっと以前のように、それよりひどく心が石のように無表情の人形のようになってしまう。
「執事長、やめて」
仕事をやめてという意味ですか。そう聞き返す間もなく
「あなたの傷に触るからやめて」
執事長が顔を上げるとノアはにっこり笑って言いました。
「オレンジがまた、陸に帰ってくるまで、いろいろと綺麗にしたい。だから、塵取りと箒の場所教えて」
執事長は別の壊れ方をしてしまったと思いました。
ノアはオレンジは生きていると思っていました。ノアはポケットに入れていた袋を開けます。
その中にはオレンジ色の鱗がキラキラと輝いています。人魚の鱗は不思議なもので人魚が生きている間は、キラキラと鮮やかな色を放ち続けるのです。
今は離れ離れでも、ぜったいにまた会える。だからそのためにもお屋敷と、特にこの陸を綺麗にしなければ。そう思いました。
しかし、今、ノアは困っていました。
お屋敷の人たちに酷いことをした人はみな、お屋敷へ強盗にきたということで死刑という名の口封じのせいで、主犯である大臣が証拠不十分で捕まえられなかったのです。
大臣はたまたま強盗が来た現場にいてたまたま、強盗に攫われていた。事実上大臣は可哀想な被害者ということになっていました。
大臣は他にも後ろ暗いことをしていて、それを全部集約したのが、お屋敷強盗オレンジ誘拐事件。
しかし、事件の全容はもう犯人か、その被害者しか語ることができない。そうなってしまいました。
それに、隣国の姫との婚約も着実に進められてきました。
女王になる予定の隣国のお姫様とこの国に沢山いる王子の一人。
海老で鯛を釣るどころか、クジラを釣ったようなものです。
それにオレンジは元は海で暮らしていた人魚です。ノアが陸に上げ、無理矢理一緒に暮らしていました。今、海の底で幸せに暮らしているのでは。そう思った時でした。
声が聞こえます。何度だって聞いた。聞き間違えるわけありません、オレンジの歌声です。
いくら月明かりで明るいとはいえ、人間のノアがオレンジを見つけるのは不可能です。ですから、見つけてもらうことにしました。
ノアはランタンをつけて波打ち際を歩きます。
オレンジに会いたい。そう思いながら一歩一歩、砂の上を歩きます。
バシャバシャ
ノアのすぐ後ろで、何が水を叩く音が響きます。
ノアは振り向きました。