4
どのくらいたったでしょうか、水槽が何度か新しいものに変えられて、ノアも子どもから背が伸びて少年になりました。
「おはよう、オレンジ。今日も綺麗だね」
返事をするのにオレンジは喉を震わせます。
オレンジは人間の言葉が少しづつわかるようになりました。
最初のうちは与えられる食べ物の名前から、そのうち何を話しているのかわかるようになりました。
もっとも喉の作りが違うのでオレンジは喋ることはできないのですが。
水槽から出てきたオレンジにノアは笑いかけながら手慣れた様子で抱き抱えて、車椅子に座らせます。
あれからオレンジも成長しました。それはノアより大きくなってしまったくらい。お屋敷の人たちからは人魚って人より早くに大きくなるのねと驚かれました。
抱えて運ぶと長い尾びれが地面に擦れるので、こうして車椅子で庭に作られたオレンジ専用のプールに行きます。
ノアが部屋にいない間は、そこにいるのが決まりです。
部屋から廊下にでると、執事長が花瓶の花の世話をしていました。
「ノア様、それにオレンジさん。今日はどちらのプールに?もうそろそろ、葉が落ちる頃ですから木が多い西側のプールはやめておいた方がいいですよ」
「ありがとう、執事長!じゃあオレンジ!東側の裏庭のプールにしよう!」
「ノア様、オレンジさん、おはようございます!」
「おはよう」
オレンジは挨拶をするメイドの一人に返事代わりに手を振ります。
「オレンジさん!今日はオレンジが手に入ったよ!明日食べれそうだから、明日の夜のデザート楽しみにしとけよ!」
このお屋敷の料理人がカゴを運びながら、オレンジに言いました。
執事長やメイド、料理人このお屋敷に使える者はオレンジのことをオレンジさんと呼びます。
人形のようだったノアを明るく人間らしい者に変えた尊敬もありますが、呼び捨てにするとノアがすごく睨んでくるので、みんな、オレンジさんと呼ぶようになりました。
「今日も天気がいいね、オレンジ」
プールに行く途中、車椅子に座っているオレンジは周りを毎回見ていました。いつかどこからか出口はないかと。
しかし、いつまで経っても見つけることができません。見えるのは綺麗な花や刈り込まれた芝生、手入れされた木と蔦が這う壁。
もう長いことノアといますが、自力で出られそうな場所は見当たりません。だからもうこれは癖で見ていました。
「なあ、オレンジ聞いてよ。僕そろそろ、婚約者、お嫁さん候補を作れってうるさいんだよ」
オレンジの後ろでノアはそうため息混じりに言いました。
お嫁さんとはハーレムの一員のメスです。人魚にとってハーレムを作ることは自然なことです。オレンジはそれを嫌そうにいうノアが不思議でした。
ノアを見上げると、ノアが笑ってオレンジの頬を撫でました。
「僕にはオレンジがいるのに」
どうゆうことだろう、オレンジがそう思った時でした。
「ノア様!ここにおられたのですね!」
そこに現れたのは見たことがないくらいギラギラした人間の男でした。肌も油でギラギラ、服も宝石や何やらでギラギラ。
ノアはオレンジに近づかせないようにオレンジを背中に隠して言いました。
「ここは私の庭だ!誰の許可を得て入ってきた」
突然現れた者に声を荒げるノア、今まで見たことがないノアの様子にオレンジは何が起きたのかわかりません。
「あなたのお父様からです!隣国の姫とお見合いをする日が近いというのに、衣装の合わせにもこない!なぜ王城に来ないのですか?」
「私以外にも王子はいるだろう、それに私は祖父母が残したこの領地を守るのが合った者だ」
「そのようなことを言わないでください!隣国の姫はあなたのためにお見合いを設けてくださったのですから!」
オレンジが聞き取れたのはここまでです。それ以外はすごい言い争って何が何だかわかりませんでした。
ギラギラした人間の男はオレンジを睨みます。
「こんな人魚なんかより人間の姫君の方がいいに決まっているのに」
その日の夜でした。
部屋に戻るときに水槽ではなくベッドの上に座らされました。
大体、オレンジを水槽から出しているときは触りたい時か、歌って欲しいときです。しかしらずっとベッドに腰掛けて、何が考えるように頭を抱えています。オレンジは何をしていいかわからず。
とりあえず、歌ってみるかと息を吸った時でした。
寝転んでいたオレンジの腰と尾びれの付け根をノアは触りました。
今まで、何度か触られそうになっていましたがあまり触って欲しくない所でした。だからいつものようにオレンジは体をねじりました。
しかし、いつもみたいにやめてくれません。
ノアの指先はお腹の真ん中からまっすぐに降りて魚の部分に触れました。
オレンジは暴れました。わけもわからず怖いから暴れました。
「ごめん!オレンジ!!ごめん!もう怖いことはやらないから」
ノアはオレンジを落ち着かせるように抱きしめようとしました。しかし暴れるオレンジに振り払われてしまいます。オレンジの爪がかすめてノアの顔に擦り傷ができました。
ベッドでオレンジの鱗がキラキラと散らばります。
海に帰してもらえない以外は嫌なことを一つもしてこなかったノアの突然の行為に怯えるオレンジ。
そんなオレンジをよそにノアはぶつぶつと何かと言っています。
「オレンジが、人間だったよかったのに」