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ここは深い海の底、今日はそこで人魚たちによって長の宴が開かれていました。
華やかに広がる歌声、この日のためにとあつらえられた魚や貝が美味しそうな香りを漂わせているなか、1人だけつまらなさそうにしている人魚がいました。
黒い癖っ毛の橙色の尾鰭を持つ人魚です。彼は長の子どもでしたが、沢山いる子どもの中でも小さな子でした。
人魚の長の一族の中で体が大きい者がオスへと変化してその中で一番大きい者が群れの長になる。
生まれた時から小さかったその子にはその見込みがなく、これだけ小さければ、大人になる前に死ぬ。大人になったとしても誰かのハーレムのメスになるだろう。そう思われて、王の世話周りの人魚たちは体が大きい他の兄弟の方ばかりに行ってしまい、名前も立場も何も与えられずに、この子は一人ぼっちで育ちました。
小さな人魚は退屈に耐え損ねたのか、水面に向かって泳ぎ出しました。
遠く、遠く、歌声と食べ物の匂いが届かない陸にほど近いそこで月明かりがゆらゆらと波を光らせます。
海底から遠く人の棲家からも近いこの場所に他の人魚はあまり近づきませんここは小さな人魚のお気に入りの場所でした。だからいつも小さな人魚はそこにいて歌を歌っていました。
今日も誰もいないと思い小さな人魚は歌いました。小さな人魚は小さい上に鈴の音よりもっと冷たくか細い声しか出ないため辺りに響きません。だから、誰にも聞こえないそう思っていました。
その時でした。海の上に一つ光があるのを見つけました。そこは確か、陸の砂浜です。
こんな月が高くなるような真夜中に人間は普通動かない。なんだろうと思った小さな人魚はその光に近づきました。
光の正体は人間が持つランタンでした。
しかし、その人間は小さな人魚が知っている人間と比べると小さく、砂に足を取られるようにゆっくりと歩いていました。
人間の中にも小さなやつがいる。子どもか?こんな子どもなら自分だって捕まえられないだろう。
そう思った小さな人魚はこの子どもにイタズラをすることにしました。
小さな人魚はすぐ後ろの波打ち際で尾びれでバシャバシャと音を立てました。その音は静かな砂浜に響きます。
子どもは止まって、人魚の方を見ました。ランタンの光で子どもの姿が見えました。
銀色の長い髪をだらりと垂らしていてまるで、人魚から見ればお腹を空かせたクラゲの足のようでした。そして、髪の毛の間から紫色の眼が見えました。
小さな人魚はどこか怖いと思いながらもきっと子どもはびっくりして逃げ出すだろうと思っていました。
次の瞬間、子どもはさっきまでの歩き方はどこへやら、走って小さな人魚のところに向かってきました。
「****」
あまりの出来事に小さな人魚は逃げるのを忘れました。逃げようとした時にはもう遅く、気がつくと尾鰭を掴まれて陸の方に引きずられていました。必死に掴んだ水と砂はするりと指の間を抜けていきました。