13-6
九尾は、自室で猫又についてや猫花家の家系について調べていた。
今は深夜なため、辺りは静か。
あやかし達は起きていることが多い時間帯だが、皆静かに自室で過ごしている。
「――――ふぅ。やはり、デスクワークは性にあわないな」
眉間を抑え、一度資料から目を離した。
普段から体を動かしている九尾は、資料に目を通したり、頭を使うのは苦手だ。
「はぁ……。乗っ取り……だと思うんじゃがなぁ~」
チガヤと話した時はそんなことないと思っていたが、今一人になって考えてみると、狙いが確実に九尾とチガヤに絞られている気がする。
屋敷を襲ったのも小手調べ。チガヤの近くをさ迷っているのは観察。
隙を見つけて、乗っ取りを考えているように感じる。
だが、今回は目的だけがわかればいいというものでもない。
なぜ、あやかしの長の力が無くても神木を開くことが出来ているのか。なぜ、人間世界を行き来出来ているのか。
それも調べなければならないと、九尾は「あぁ、めんどくさいのぉ~」と、そのまま目を閉じ眠ってしまった。
※
いつもと同じ日常を送っていた百目は、今日も人間に紛れタクシードライバーとして仕事を全うしていた。
今は、休憩中。人気のない、自然に囲まれた道の端にタクシーを止め、外の空気を楽しみながら煙草を吸っていた。
煙草は、人間が吸っているのに興味を持ち、百目は思わず手を伸ばしてしまった。
最初は咳き込み、これが人間にとって癒しになるのか? と、思いながら吸い続けていたが、今では癖のように楽しむようになった。
偶然、吸っているところを九尾に見られてしまい、「煙草は絶対にあやかしの世界に持ち込むでないぞ」と、口を酸っぱく言われたため、百目は絶対に人間世界でのみしか吸わない。
念のため、あやかしの世界に戻る時は、しっかりと臭いを消していた。
そんな至福の時を楽しんでいる際に、空からバサッと、大きな羽音が聞こえた。
見上げると太陽の下に、鳥より大きいシルエットが映った。
目を細め見続けていると、シルエットが徐々に大きくなる。
降りてきていることに気づいた百目は、後ろに少し下がった。
「――――あ、あれ? 烏天狗さん?」
上から降りてきたのは、人間世界で生活しているもう一人のあやかし、鴉天狗。
片手に錫杖を持ちながら百目の前に足をつけ、立ちあがった。
「百目よ、今回の九尾様の話、どう思う」
「やっぱり、納得出来ていなかったんですね」
百目は質問を受け、煙草を手に持ち火を消し、うーんと顎に考える。
「…………正直、私も今回の九尾様のご命令には疑問を抱いております」
「なら、なぜすぐに引き受けた?」
「九尾様からのご命令だからですよ」
「なぜ…………」
烏天狗は、何故百目がここまで九尾を信頼しているのかがわからない。
九尾はあやかしの長。力も強く、全あやかしをまとめられるほどの包容力と統率力がある。
それは、鴉天狗も理解していた。
だからこそ、下に付き命令に従っているのだ。
それでも、やはり今回の件は抽象的過ぎて、簡単には従えない。
そもそも、人間をここまでしてあやかしである自分たちが守らなければならないのかも理解に苦しんでいる。
森で一人、考えていたがわからず、百目にわざわざ聞きに来たのが今回のことの経緯らしい。
「んー。普段の九尾様は、時間にだらしなく責任感が無いように見えます。それと、自分に興味のないものには適当で、仕事も言われなければやらない子供じみたところがある方です」
「本当に信用しておるのか?」
「ですが、いざという時は誰よりも頼りになります」
口角を上げ、笑いながら言い切った百目に、鴉天狗は首を傾げる。
「私達を信用し指揮をとり、危険なあやかしを相手にする時は自分が出る。私達あやかしを大事にし、信用してくださる長を、私達も信じなければなりません」
「それだけではないですけどね」と、百目は優しく笑う。
「それだけではない、とは?」
「…………私は九尾様に命を救われた身なのですよ、だからです」
百目は、九尾に出会う前、ある城の護衛を行っていた。
人を斬るのが当たり前。血なまぐさい日常を送っており、人から恨まれるのは当たり前だった。
体が重く、それでも斬らなければならない。
苦しいという感情すらわからなくなった頃、九尾が現れ救ってくれた。
その時の感謝を今、返しているのだと百目は話を終らせた。
「なるほど。たしかに、それは信頼もするな」
「鴉天狗さんにはそういうのはないのですか?」
百目が聞くが、鴉天狗は遠い目を向けた。
「…………何があったのです?」
「なんでもない。話は分かった。なら、今回は百目を信じ、九尾様の言う事を聞くとしよう」
「まだ、納得出来ないがな」と、言い残し、鴉天狗は姿を消した。
残された百目はクスッと笑い、やれやれと肩を落としながらタクシーへと乗った。
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