13-5
九尾が猫を捕まえるため屋敷内を走り回っている時、庭の影にも一匹、隠れるように大人の猫がいた。
その猫は茶色の毛並みで、黄色の瞳を屋敷に向けている。
鼻をヒクヒクとさせたかと思えば、九尾の屋敷から逃げるように駆けだした。
猫は俊敏さを武器とする動物。走りにくい森の中でも、立ち止まることなく走り続け、屋敷から離れた。
徐々に人の気配がなくなる。完全に一人になると、木の陰に隠れるようにして、立ち止まった。
数秒後、強い光が猫を包み込み始めた。
その光は大きくなり、弾ける。
中から現れたのは、一人の美しい女性。名前は、雫。
茶色の髪を後ろで一つにまとめ、黄色の瞳を光らせる。藍色を主体とした着物に付いた土を払い、九尾の屋敷へと視線を向けた。
「ふーん。あれが、九尾様。あやかしの長なのね」
見定めるように、じぃ~と屋敷を見続ける。
「今まで、遠くからしか九尾様を見てこなかったけれど、普段はあんな感じなのねぇ。あれなら、穴を突けば簡単に崩せそう」
赤い口元を横へ引き延ばし、手で隠しながら、笑う。
「人間の長もそれほどの力を感じなかったし、案外、簡単にその地位を奪えそうね」
クスクス笑っていると森の奥から、一人の女性が現れた。
黒色の髪を無造作におろし、闇がかっているような藍色の瞳は下に向けられている。
女性が現れると、雫は振り向き冷たい視線を向けた。
「あら、雪女じゃない。また、辛気臭い顔をしているわね。その顔、辞めてくれないかしら?」
「申し訳ありません」
雪女は腰を折り、頭を下げる。
だが、顔は無表情から変わらない。
「ふん。まぁ、いいわ。それより、貴方、九尾様をこれからずっと監視してなさい」
「っ、そ、それは、何故でしょうか」
「あら、なんで私が貴方の質問に答えなければならないのかしら。自分の立場、お分かりで?」
黄色の瞳に睨まれ、雪女の肩が大きく震える。
「も、申し訳、ありません」
「わかればいいの。目を離すのではなくってよ」
「はい…………」
腰を折り、頭を下げ続けている雪女の横を通り過ぎ、雫は森の中から姿を消した。
残された雪女は、頭を上げたかと思うと、九尾の屋敷を見た。
「…………九尾、様…………」
足音一つさせずに、雪女は森の中を歩き出す。
向かう先にあるのは、九尾の屋敷。
「言う事を聞かないと、溶かされる……」
その声には恐怖心が込められており、ほんの少しだけ、震えていた。
※
「ふむ。それはありがたい情報じゃ、ありがとうな」
「いえ。こちらでは、まだ被害が出ていないため問題はありませんが、そちらは大丈夫なのかい?」
今、緊急で九尾とチガヤは話し合いをしていた。
場所は、蒲公英亭。
ここは、人間の世界では料理が推しの料亭とうたっているが、本来はチガヤが九尾との話し合いをするために作らせた高級料亭である。
従業員の中にはあやかしも混ざっているが、完璧に人間の世界に紛れている為、他の従業員は気づかない。
そんな蒲公英亭は、秘密の話をするには絶好の場所。
絶対に情報は洩れず、誰も侵入を許さない。
「猫が屋敷に大量出現した以外には、まぁ……気になる問題は特にない」
「ね、猫?」
「猫又じゃよ。おそらく、猫花家の者だろう」
「猫花家?」
刺身を摘み、食べながらチガヤは問いかけた。
「うむ。猫花家は、あやかし世界の中では上位に位置する家。自身の目的の為なら手段は選ばぬ、猫又のあやかしよ」
九尾が説明をすると、チガヤは「ほう」と、またしても刺身を口の中に入れる。
「今まで自由な面はあったが、ここまで大きな事態を起こしては来なかった。おそらくじゃが、猫花家に嫁入りした猫又が原因だと考えておる」
「猫又の家に、猫又が嫁いだのかい? なんだか、不思議な感じだね。それで、なぜ、その嫁さんが怪しいと思うんだい?」
「タイミングと、調べた結果だ」
九尾はお猪口に注がれているお酒を一口、飲む。
「それでじゃが、その嫁いだ嫁がなにやら、凄いことを考えていそうなんじゃよ」
「凄いこと?」
「うむ。例えば、乗っ取り、とかな?」
にやりと九尾が笑いながら言うと、チガヤは吹き出した。
「それはないでしょう!! あははっ! 笑わせないでほしいものだよ、まったく」
「じゃが、それくらいしか思いつかんのじゃよなぁ~」
腕を組み、九尾は考える。
涙を拭きながらチガヤは、刺身に手を伸ばした。
「ですが、それって、逆に乗っ取れると思われてしまったという、こちらの落ち度でもあるのでしょうか」
「それは言い過ぎではあるが、あながち違うとも言い切れないのぉ~」
二人は、難しい顔を浮かべてしまった。
仮に、猫花家の嫁が乗っ取りを企んでいたとしても、まだ大きな被害を喰らってはいない。
最悪、人間の世界で大きなことをしない限りは、こちらも警戒を高めるだけにしようということで話はまとまった。
「チガヤが本気を出せば、ワシですら止められんからなぁ」
「それは、お互い様ですよ、あやかしの長」
「それもそうじゃのぉ、人間の神よ」
お互いに酒を注ぎ、ここからは雑談タイムへと移行した。
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