第99話・オウルの容体
それから数日。
自由時間は瞑想……魔力の流れを意識してコントロールできるようにして、一日一回那由多くんに魔力を流してもらってのショック療法を繰り返す。
数値として魔力が分かるなら、何処まで上げるか分かりやすいんだけどなあ。
那由多くんが表現した「詰まったホース」の感覚は大体分かった。脳と肺、心臓を流れる魔力が確かに体の節々で流れが留まったり詰まったりする。その詰まっているところを確認して、那由多くんの一呼吸分の魔力流し込みで、そこを強制突破させる。
荒療治は覚悟の上。オレ一人の魔力でキールを倒せなきゃ、その隙を狙ってくるであろう復讐者に他のみんなが対応できない。何とか魔力キャパシティを上げなきゃあ……。
今は先生たちが警護についてくれているけど、襲撃がなければ監視は弱まる。そこを狙ってくる可能性も大だとおっさんは言っていた。警戒が硬い今のうちに魔力を限界まで上げるしかないなあ。
そんな日に。
スマホが鳴った。
発信者は……「野々原スサナ」。
スサナ先生?!
オウルに何かあったのか?!
「はい、神那岐です」
『ごめんね、今時間はいい?』
「大丈夫ですけど、何かあったんですか?! もしかして、オウルに」
『できるだけ急いで塔まで来てくれる? 一人で』
「は、はい、分かりました」
オレはダッシュで魔法の塔目指して走った。
学生には縁がないという魔法の塔だけど、これで三度目の訪問だ。……二回目はそんなこと思う余裕もなかったけど。
でも、スサナ先生がわざわざ電話をかけてきたということは、何かがあったということ。
小部屋エレベーターに乗り込んで一気に上昇。止まり切っていない部屋からドアを開けて飛び出す。
「ごめんなさい、いきなり呼び出したわね」
「いえ、……何かあったんですか?」
「ええ」
スサナ先生は深刻な顔で、テーブルの上の籐の籠を指した。
白い絹の上にいるのはオウル。何だか小さく見える……。
いや?
「弱ってる……?」
「……ええ」
そっとスサナ先生はオウルに触れた。
オウルの呼吸は、細く、浅い。
「……オウル君は貴方と繋がっている。それは分かっているわね」
「ええ。……それが」
「貴方の魔力強化が、オウル君に悪影響を与えているの」
「え」
「オウルくんは死霊」
そっとオウルを撫でながら、スサナ先生は落とした声で言う。
「でも、宿っているのは勇者の使い魔と言う神鳥」
「神鳥?」
「ええ。勇者の召喚した使い魔は神に近しくなるの」
「つまり、使い魔に死霊を宿すってことは」
「かなり難しいことなのよ。オウル君が純粋で、悪意で死霊術を使ったことがなく、あなたと一緒に行きたいと心から願ったことから起きた奇跡」
でも、とスサナ先生は目を伏せた。
「貴方の魔力が闇魔法に偏って、オウル君の肉体と精神が引きはがされそうになっている。闇の魔力に影響されて闇の精神と聖の肉体が反発しあっているの」
「そ、んな」
魔力を高めなければキールに、そして復讐者に勝てないから、必死で魔力を高める練習をしていたのに。
それがオウルを傷つける方向に向かっていただなんて。
「どう……すれば」
「手段は二つ」
スサナ先生はすっと顔を上げた。
「正反対の属性である聖、あるいは光の力を高める」
「つまり、相殺する?」
「ええ。でも、貴方の魔力は大きく闇に傾いている。今から相殺しようとすればかなりの魔力を高めなければならない。あるいは」
「あるいは?」
「今の魔力でキールと復讐者を倒すか」
湧いた生唾を、飲み込む。
「今の、魔力で?」
こくりと頷くスサナ先生。
「でも、今の魔力じゃ」
「そう。厳しい戦いになるのは確かだわ」
「でも」
「光の魔力を今の闇の力と同じくらいにあげるのは、光の魔力を流し込むしかない。あたくしがその役を負ってもいいのだけれど、今の貴方の闇の魔力と同じくらいに高めると、貴方の魔力キャパシティがもつか分からないわ」
「それに、今のオレたちでは死霊術でないとキールは倒せない……」
「ええ」
「……どうすれば」
「一番オウル君のことを考えるならば」
スサナ先生は目を伏せて言った。
「今すぐにでもキールを倒しに行かなければならない」
「先生……」
「今、オウル君が生きているのは、貴方を通して流れ込んでくる闇の力を私が受け取っているから。でも、限度がある」
「……オレは」
「分かっているわ。貴方は何も悪くない。貴方はオウル君を助けたい一心で、その方法を探し、見つけ、実行しようとしているだけ。そして、それは正しい方法」
「でも、それがオウルを苦しめてたんだとしたら、無意味だ……!」
オレは膝をついた。頭を抱えて。
オウルを助けるには復讐者を何とかするしかないとスサナ先生は言った。だから、キールを倒した隙を突いてくるであろう復讐者に対抗するために、オレ一人、死霊術でキールを倒すという道筋を考えていた。
だけど、それがオウルを苦しめていただなんて。
そんなの!
オレは顔をグイ、と拭った。
「決心はついた?」
「……はい」
キールを倒す。今すぐに。
オレが死んだらオウルは死ぬ。それが使い魔ってヤツだから。
だけど、このまま放っておいてもオウルが苦しむだけ。
オウルを苦しみから解き放つためならば。
「オレは……やれる……やれる」
「ええ、やれる」
ワールドハーフは真剣な声で言った。
「ライオンアリだけじゃない。隷死もお使いなさい」
「隷死を?」
「ええ。強力な闇の力を持つ彼らは、貴方に感謝し、貴方のために滅する覚悟を持っているわ。だから、キールとも、復讐者とも戦える。必ず」
スサナ先生は真剣な目をしていた。
「今の貴方ならば、キールは倒せる。復讐者をどうするかは貴方の判断一つ。それがいくら苦しみと悲しみを引き起こすものだとしても、貴方は正しい道を選択すると……あたくしは、信じているわ」
オレは頷き、そっとオウルに触れる。
ふくふくほかほかだった毛並みは、弾力もなく垂れている。
「絶対、戻してやるからな……」
オレはエレベーター室に戻った。
「絶対」