第97話・おうさま は あせっている!
「おおお、お入りください」
衛兵が声を震わせながら槍を引いた。
おっさんが先頭に立ってずんずんと入っていく。
オレも那由多くんもハルナさんも、ここまでキレたおっさんは初めてだろう。おっさんは時々思いも寄らない感情を見せる。ゴーレムに襲われた時、戻って来て一緒に戦ったように。
「お、おお、勇者殿。無事戻られたか」
「大変失礼なことを申し上げますが」
おっさんは前起きなく切り出した。
「既に他の勇者派遣要請を出された、ということはないでしょうか?」
「ままままままさか」
王様がめっちゃどもってる。
オレたちはいまだにおっさんが何を言いたいのか分からない。
「私たちが失敗するという前提で……いえ、私たちが不死王の封印を解くという前提で、祠に派遣して兵士を戻したのではないですか?」
「よよよよよよもや、勇者界に大恩抱くラウントピアの王が、そんな、ことを」
「ラウントピアの国王が勇者派遣を依頼しておきながら派遣された勇者を置き去りにするとはどういうことか、説明をお願いしたい」
「い、いやいやいや、兵士が、兵士が怯えて」
「怯えて帰る程度の兵士しかラウントピアにはいないと仰りたいのか」
「よよ、よもや、そのようなことは!」
「ならばなぜ兵士が帰ったのかお聞かせ願いたい」
「いや、ラウントピアの民は、死霊と、夜を、恐れておって」
「存じ上げております」
おっさんの目が完璧に座っている。
「しかし勇者派遣を依頼しておいて、その援護すらせず帰還したなどとは、これは勇者界に帰った時に報告させていただきます。今後の勇者派遣は厳しくなるとお覚悟頂きたい」
「それは困る!」
おっさんはオロオロする国王を言葉の刃で斬り続ける。
「困るならどうして兵士に戻るように命じたのか、私の納得できる説明をして頂きたい。仮にもラウントピアで勇者の案内をするような兵士ならば、身を守りながら夜を乗り切ることもできたはず! 怯えて帰るような兵士を勇者につけたのか、それとも兵士に帰るように命じたのか! そこがはっきりするまでは、ラウントピアに派遣される勇者はいなくなるとお考えいただきたい!」
「そ、それは、な」
「ない?」
王様が慌てて口を閉じる。しかししっかり聞き取ったおっさんは、連撃を続ける。
「ないと言うのは何故です? 勇者界の誰かと約束でもしたのですか? それは個人的に?」
「ちち、違う違う違う」
「勇者界そのものと約束をしたのであれば、それは我々が勇者界から見捨てられたと? つまりこの世界は勇者を見捨てる先に選ばれたのだと? そうすればここに派遣されたいという勇者はいなくなるでしょうね。死霊界は勇者の姥捨て山と評判が立てばもう二度と」
「ないないない! 見捨てられたら、そんな、マネは」
「ならば個人ですか」
ヒッと王様の顔が青ざめる。
「私たちをこの世界でどうにかすれば、後は自分が何とかするという確約があったわけですね」
ここでやっと、オレたちもおっさんの激怒の理由に気付いた。
王様は、オレたちを見殺しにしようとしたのだ。
不死王の封印を確認するという言い訳でオレたちを呼び出し、祠に置き去りにする。不死王が隷死を召喚できると知っていれば、勇者の卵をここに入れれば、暇を持て余していた不死王は必ず勇者の卵と隷死を戦わせる。先生に「ミスリルに着られている」と言われるオレたちでは、普通に戦ったら勝ち目はない。もしかしたら、勇者界の誰かさん……復讐者は、ついにオレの仲間を巻き込むことを躊躇わなくなった……のか?
とにかく、復讐者は、勇者界……日本である程度発言権がある人物だろう。でなけりゃ、王様や不死王なんて存在を使ってオレたちを始末しようとしない。おっさんが言った通り、勇者が必要なラウントピアが姥捨て山にされてしまったら、この世界を助けに来ようとする勇者はいなくなる。王様はそれを承知なんだから、相手は不死王を倒せるような勇者を派遣できるような存在。
そして、今おっさんが王様に詰め寄っているのは、激怒じゃない……。
王様と通じ合い、勇者の卵を殺すかもしれない派遣を頼んだのは何者かを、王様から引き出そうとしているんだ。
さっすが元営業職。オレや那由多くんやハルナさんではできない駆け引き。
「お教えいただけますか? 我々を合法的に亡き者にしようとした者のことを」
「わ、儂は、知らん、のだ!」
初対面の時は威厳すらあった王様は、半泣きで土下座しかねない表情だ。
「勇者に、大恩ある、ラウントピアの民が! 勇者を、嵌めるような真似など! 民の誰もが、許す、はずが!」
「貴方は許したのでしょう?」
「許して、など、おらぬ! ただ、君たちを、祠まで、案内すれば、良い、とだけ!」
「……いいでしょう」
おっさんは引いた。
「この件は勇者界に持ち帰ります。どうなるかはあちらで判断してもらいます」
「わ、我らは決して勇者を殺そうとしたのではなく」
「見捨てようとしたのだと報告いたします」
おっさんは背を向けて召喚の間に向かう。オレたちもそれを察して、その後に続いた。
「ゆ、勇者殿」
王様も大臣も半泣きで追いかけようとするが、おっさんはオレたちを手招きすると、召喚の間のスイッチを入れた。
「ま、待ってくれ――」
王様の涙交じりの声が、いつまでも響いてきた。
「お帰りなさい」
博と篠原先生が難しい顔をして待っていた。
「今までのことは聞いていましたか?」
「無論だ」
「すぐに校長に伝えます」
博はスマホを取り出しながら間を出た。
「しかし、よくやった」
篠原先生が労ってくれた。
「隷死は、一年未満の卵に倒せるようなアンデッドじゃない。それを浄化封印するってのは。生半可な事じゃ出来ねえ」
「……オウルの、おかげです」
「そうだな」
篠原先生は難しい顔をして頷いた。
「だが、お前たちがオウルの力を使えなかったら、確実にお前たちは死んでいた」
「……はい」
「復讐者とやらの見当は?」
オレたちは顔を見合わせて首を横に振り……。
いや。
一人だけ、首を動かさない人がいた。
おっさんだ。
「目星はついています」
「ふん」
「ただ、証拠がない。だから問い詰められない」
「それは仕方ない。誰の仕業であったとしても、恐ろしく複雑に組み合わされた襲撃だ。用心深く、慎重に組まれた話だよ」
そこへ博が戻ってきた。
「校長に報告しました。とりあえず皆さんは寮に帰って休憩しろ、だそうです。魔力を無理やりにでも回復させないと、何が現れてもどうにもできませんから」
「でも、オレたちを狙ってるヤツはこの世界の人間ですよ」
「先生方に各ポイントで見張るように言ってあります。寮で何かあればすぐ誰かが駆けつけます。皆さんはとにかく体を休めてください」
オレたちは疲れた体を引きずって、寮に帰った。