第96話・だれも いなかった!
魔力の使い過ぎで足を引きずって螺旋階段を上って、やっと地上に戻った。
「つ……かれた……」
「隷死十体と戦うなんて、予定になかったから……」
「でも、これで、キールの倒し方も分かったし……」
「分かったのはいいけど、今の戦力じゃ到底キールを倒せないってのもよーくわかったし……」
「とにかく魔力をあげてかなきゃだな……」
祠を出ると。
そこには誰もいなかった。
「……あれ?」
案内してくれた兵士が待っているはずなのに。
「遅いのに怖くなって帰ったのか?」
那由多くんはうんざりしたように言う。
「かも知れない、わね」
日没近い辺りを見回して、ハルナさんは溜め息をついた。
「この世界の人間は死霊を恐れているから、夜に外にいるなんて考えもしないでしょうね。しかも、封印を調べるだけで戻ってくるはずなのにいつまで経っても戻ってこない……そりゃあ不安にもなるでしょう」
「馬の距離を歩いて帰れってのか……」
「とりあえず陽が出るまで祠で過ごすというのはどうだい」
「確かに、死霊は出てこないでしょうけど」
無数の神聖紋章に囲まれ。内に不死王を封じたこの祠は、アドニス以外の他の死霊が出てくることは絶ッッッッ対にない。安全と言えば安全だけど……。
「オレたちが戻って来なくて不死王の封印に何かあったと思って帰られたら厄介なんじゃないか?」
「そうだねえ。不死王復活を思われて新しい勇者を呼ぶには、この国にも金銭的負担がかかるしなあ」
「気合い入れて徒歩で帰るしかないか……」
オレたちはげんなりしながら、両脇に炎の焚かれた街道を歩きだした。
街道は両脇に赤々と火が焚かれているため、道に迷う必要はなかった。
しかし、街道には誰も、だーれもいない。
死霊が怖いって本当なんだな……ていうか。
オウルと繋がっている腕輪の力なのかどうかは知らないが。
オレにはオウルの言う「おともだち」があちこちに見える。
怨念がそれほどでもない死霊がふわふわと風に流されながら彷徨っている図が。
なるほどね、死霊術師の見てる世界はこれなのか。
ふらふらと彷徨っている死霊は、暗がりから暗がりへ渡り歩き、生きた肉体を探している。……ミスリル装備のオレたちに死霊が取り憑かれることはないけど。
暗がりという暗がりに死霊が見える……。
オウルはそんな魂を相手にして、望んだ相手を天にあげていたのか。
すごいねえオウルくんは……いなくなって分かるものの大きさ……。
「死霊が見えるのかい?」
「うん、まあ」
オレの視線の動きを見たおっさんの言葉に頷く。
「何で分かんの?」
「君の視線が暗がりから暗がりに向かっている。けど視線の先を追っても何もいない……そして不死王アドニスの言ったような死霊術の神髄を使えるようになったのだとしたら、死霊が見えてもおかしくないと思って」
「相変わらず勘がいいなあおっさんは」
「見えてるの?」
「うん。そこらの暗がりのあちこちに潜んでる。明るさとミスリルで近付いてきてはいないけど」
「僕も死霊の気配は感じるけど、見ることはできないな。雄斗の闇魔法は死霊術に特化してるんだろう」
「だけど魔力は低いからなあ。キールクラスの死霊の肉体と魂を引き離して浄化なんてことをするには、ライオンアリをどれだけ召喚しなきゃ分からないし……。那由多くんの魔力共有を使って全員の魔力を突っ込んで……でやったとしても復讐者がそこに襲い掛かってきたら、勝ち目はない」
つまり魔力を上げなきゃどうにもこうにもならないと言うことがはっきりわかった。
「魔力を上げるのはどうすればいいんだろうな、今まで考えてこなかったけど」
「瞑想とか催眠とか……一番手っ取り早いのはオウル」
那由多くんは首を竦めた。
「魔力を倍増させるには、誰かに引き出してもらうのが一番なんだ。僕の場合はオウルが魔力を引き出してくれたから、自分の内にある魔力を引き出すコツとかを学べたんだけど」
「……じゃあ、那由多くんは出来るかい?」
「僕?」
「ああ」
このパーティー内どころか学校でも有数の魔力の持ち主。先生も認める魔力量。永遠の中二病は、喜んで引き受けると思いきや難しい顔をした。
「う~ん、僕は引き出してもらっただけで、引き出すコツは難しいかもしれない。だからオウルがいればいいんだけどって言ったんだ」
「オレで試してみる気はないか?」
「やってもいいけど……失敗しても文句は言うなよ。僕は引き出してもらっただけで引き出したことはないんだから」
「分かってる」
「じゃあ、学校に戻ったらやってみる。それでいいか?」
「ああ」
のろのろと歩いて歩いて、夜明け近く、ようやっと城へ辿り着いた。
「ゆ、勇者様!」
東の空が白み始めて、銀の鎧と剣で固めた対死霊用の装備で立っていた兵士が声を上げる。
「え~……まあとにかく、封印は無事でしたと王様にお伝えいただければ……」
「お、お待ちください!」
一人が城の中に駆け戻る。
兵士がわらわら出てくる。
その中に送ってくれた兵士さんがいて、思わずオレは声をかけた。
「あ、オレたちを送ってくれた……」
「もももも、申し訳ございません! その、あの……!」
「あ~、オレたちが悪いんで~……もうちょっと早く出て来ていれば、不安に思って帰っちゃうなんてしなかったでしょうから……」
事実、隷死との戦いがなければオレたちはさっさと階段を上がって、兵士さんと一緒にここに帰って来ていたはずだから。
ひらひらと手を振るオレの肩を、誰かが掴んだ。
振り向くと、険しい顔でおっさんが兵士を見ていた。
「もしかして」
こんな険しい表情と声を出すおっさんを初めて見た。
どんなに怒っても穏やかなイメージがあったこのおっさんが。
「誰かに頼まれましたか?」
「ななな、なにを」
「我々を祠に置き去りにして戻ってこい、と誰に頼まれましたか?」
「すっすすすすすいませええええんんんん」
ずい、と詰め寄るおっさんの、言っていることをやっと脳みそが理解した。
兵士さんは、誰かから言われて、オレたちを置き去りにしたのだと、おっさんはそう問い詰めているのだ。
そして、この兵士さんの対応を見る限り、おっさんの推測は正しい、ということ。
「誰に……とは聞くまでもありませんね」
「いえいえいえいえいえ私怖くて逃げて帰って」
「謁見許可を頂けますか?」
おっさんがずい、と一歩踏み出した。
兵士たちが一歩下がる。
「国王陛下に無事帰還したと報告しなければならないので、即急に謁見を申込みます」
「わかりましたああああ」
また兵士が数人走って城内に逃げ込む。おっさんはその後をついて走り出す。おっさんが走るとオレたちも走らなければならないから、仕方なく体を引きずって走る。
気付いたら城内に入り込んでいた。