第94話・すれいぶでっど の おわり
『さあ、さあ、戦って、私の退屈を紛らわせてくれ』
楽し気なアドニスの声。
「相手は魔法を使わない」
那由多くんが小声で聞く。
「持ってきたメモに隷死の情報がないか確認したい。しばらく三人だけでもたせてくれ」
「分かった、頼む」
「オウルが戻ったら一日モフらせるんだぞ」
「あ、それずるい」
「オレが言うのもなんだけど、現状分かってる?」
「分かってる」
那由多くんとおっさんを挟むように、オレとハルナさんが立つ。
若い男の姿をした隷死が襲い掛かって来るのに槍を繰り出す。
男は片腕でそれを弾くが、その弾いた腕に明らかな火傷。
「ゾンビは火とかに弱いんじゃなかったかい!?」
「アンデッドじゃなくても大抵の生き物は火が苦手!」
火傷を見たおっさんに、那由多くんがもっともな答えを返す。
「それにこんな所で火を焚いたら、酸欠起こして倒れるよ!」
スマホの表面をせわしなく指を滑らせながら那由多くんはぶつぶつ言いながら見ている。もしかしたら関連書物を全部写メってるのかもしれない。
「ぐぅうっ……」
ハルナさんが大剣を振り下ろそうとして、隷死の怪力に防がれて歯を食いしばっている。
「おっさん!」
「ああ!」
おっさんは咄嗟に対抗戦で勝った賞品の「聖別短剣」でその右腕に斬りかかる。
「ぐっ」
切り口を焼かれ、一瞬隷死の手が弱まる。それを逃さず、ハルナさんは大剣を全力で振り下ろした。
肩口から袈裟懸けに斬りつけられた隷死は、しかし、ゆっくりと塞がっていった。
「何……再生能力……?」
「不死王の肉体的特性だ、魂が肉体に宿っている限りは倒せない!」
「どうしろってのよ、こんな相手!」
「ええいもう、オウルさえいれば一発なのに!」
オウルさえいれば?
「何か手があるのか?!」
オレは那由多くんに聞いた。
「オウルなら取れる手が!」
「ある」
しゅしゅしゅ、と画面を撫でながら、器用に那由多くんは応える。
「死霊術師は肉体に魂を封じて無限の寿命を得る。逆を言えば、魂を解放してやれ
ば終わりなんだよ、どんなアンデッドでも共通、魂を解放すれば輪廻の輪に戻る」
何かないか、と探しながら半分上の空で答える那由多くん。
オウルなら。
もしかしたら。
オレはミスリルの手甲を外す。
その下には黒い石を埋め込んだ腕輪。
「ハルナさん、悪い!」
オレは叫んだ。
「ちょっとの間、もってくれ! 試してみたいことがある!」
「失敗したらただじゃ置かないから!」
「分かってる!」
オレは石に意識をやる。
この石の双子石には、オウルが封じた魂が眠っている。
オウルは魂を封印・解放する力があった。
使い魔にできることが、もしかしたらオレにできるかも知れない!
双子石をリンクさせて、もう片割れにつないだ瞬間、ずん、と全身に痛みが走る。
「ぐぅう……」
全身切り刻まれそうな、そして重く沈み込む痛み。
耐えろ。オウルはあの小さい体でこの痛みに耐えてるんだ。オレが耐えなくてどうする!
石よ……双子石よ。
そして、オレの使い魔よ。
お前の……お前たちの力。
オレに貸してくれ。
この魂たちを救うため!
き……ぃぃ……んん……。
(案ずるな)
脳裏に声が響いた。
(?)
(私と私の子供たちに、君たちがしてくれたことを、私たちは忘れていない)
この意識は……。
オレの中に現れたもう一つの意識に共鳴して、黒水晶が澄んだ音を立てる。
「な?」
「何、これ」
『ほう……』
アドニスの声が響いてくる。
『なかなかに無理をする』
「無理しなきゃ……勝てないだろ……」
全身の痛みに耐えて、精神を集中させる。
オウル……痛くて苦しくて、眠っている、オレの魂の片割れ。
頼む……。
そして……。
(分かっているとも)
ぃぃい……いいん……。
(私たちは、君たちの力となろう!)
無数の影が、聖域に現れた。
「ライオンアリ?!」
その独特のフォルムを、オレたちは多分、一生忘れることはない。
オウルが天にあげてきた、トカス半島の悲しい合成獣。
「くっそ……魔力が……もたね……」
これだけの数のライオンアリの霊魂がオレの魔力を吸って現れたのだから、オレは限界が近い。だけどここで倒れれば、隷死を解放することは誰にもできなくなる!
「力貸す! 魔力共有!」
ぎゅるんっと音を立てて、魔力の流れがオレたちのちょうど中間地点に生じた。
その場にいる仲間と魔力を共有する魔力共有、那由多くんが強力な魔法を覚えてもそれに対応できる魔力を持っている那由多くんには必要ない、と覚えてなかったのに。
当の那由多くんが覚えるとは思っていなかった!
「那由多くん?!」
「覚えたんだ、僕も! 僕の魔力があれば、誰かが何か出来るなら!」
「感謝する那由多くん!」
やっぱり……那由多くん、魔力キャパ、デカいな……。これなら……まだライオンアリを召喚しておける!
「風岡さんに、土田さんも、この力場に、魔力を!」
「手があるのね?! 分かった!」
隷死から視線を離さず、ハルナさんは力場に魔力を同化させる。おっさんも短剣を構えたまま、魔力を注ぎ込む。
「おっし……これなら、行ける……!」
オレは更に精神を集中させる。
「死霊……魂……来い……」
ゆらり、と隷死が揺らぐ。
ライオンアリのシルエットが無数に現れては、隷死たちに貼りつく。
ずぶり、ずぶりと前脚を、触角を沈み込ませて、直接、固い封印をかけられた魂を力尽くで引きずり出す。一体が無理なら二体、四体と増えていき。
そろそろ限界だぞ……オレたちの魔力全部かき集めても、これ以上の魂の具現化は無理だ……!
そのうち、隷死の一体がばたりと倒れる。
倒れた遺体は神聖紋章の刻まれた床に倒れ込み、ぐずぐずと崩れ落ちて消える。
ライオンアリは一体を残して別の隷死に取り憑き、残った一体が魂を抱えてこちらに来る。
強力な魔を宿した魂。
いいぞ……構わない、どんどん来い……!
親方がオウルとオレのために作ってくれた双子石とミスリル銀の腕輪を差し出す。
魔除けと浄化のシンボルでもあるミスリル銀と黒水晶《モリオン:》は、不死王アドニスの封印にも使われているのだ、魔力を失った隷死ならば、オレたちが戦うより確実に魂を解放してやれる。
よし……大丈夫だ。
ぎち、ぎちとライオンアリの唸りが響き、隷死の身体から直接魂を引きはがしていく。
ぐしゃあ、と肉体が崩れ落ち、魂が再び黒水晶に宿り、静かに眠りにつく。
確かに死んだのに永遠に死ねない、それがアンデッドで、目の前の隷死はアドニスに魔力を奪われてその命令に従うしかない、肉体は堅固でも囚われた存在。解放は決して苦痛ではない。
次々に魂の来るスピードが上がる。もし本来の不死王であったなら、双子石があったとしても死霊術師ではないオレでは魂を封じることはできなかったろう。闇の存在だが魔力がないから、オレでも何とかなる。
あと……三体?
それまで抵抗していた隷死たちは、急に大人しくなった。
そのまま、ライオンアリに従うように魂が抜け落ち、黒水晶にやってくる。
最後の一体が封じられた瞬間、オレは魔力を失って膝をつき、槍にすがっていないと立つことすら出来なかった。