第93話・ふういん の つよさ
「さあ、帰ろうぜ。任務は終了。さっさと戻ろう」
オレは息を吐いてアドニスに背を向けた。
『おや? いいのかね?』
「お前の意識があろうとなかろうと、ちゃんと封じられていればそれでいいんだよこっちは」
『そうか……君たち程面白い匂いを宿した人間はそうそういないから、もう少し観察したかったが……残念だ。また次の封印を見張るために来る人間を待つとしよう……』
「そうしてくれ。オレたちはもう目標を達成したんでね」
『今のままでは君たちに到底キールは倒せまい……返り討ちに会うだけだ。そして……君を狙う人間に殺されるだろうな……ククッ、その瞬間を見られないのが残念だが』
「オレを狙う、人間……?」
復讐者……それしか考えられない。
「何でお前が……それを知ってるんだ」
『君に濃くまとわりつく憎悪の匂いさ……。勇者を名乗る者は大抵我々闇の者の憎悪を買っているものだが、お前への憎悪は同じ人間からの憎悪……しかも相手の方が技量も力も遥かに強い。何故相手が直接報復に訪れないのか理由は分からないが……』
オレは深呼吸してから振り向いた。
アドニスは紫の瞳に、アンデッドとは思えない……好奇心とでもいうべき光を宿してこちらを見ている。いや、好奇心満載のアンデッドが身近にいたじゃないか。しかしこっちは不死王であっちはフクロウで……と混乱している場合じゃない。
「復讐者の匂いまで分かるのか……?」
『当然だろう? ミスリルの下からでも感じられる憎悪の匂い……そこまでの憎悪を人間が持ち合わせるのだな……。ククッ、そう言えば私も元は人間だったか……』
懐かしそうに呟くアドニス。
「その匂いの元は分かるのか……?」
「神那岐君!」
ハルナが服の裾を掴んで引っ張った。
『分かるとも。同種の匂いはな』
アドニスは口元に笑みを浮かべつつ、頷いた。
『教えてほしければ、少し私と遊んでくれたまえ』
「遊ぶ?」
『私は封印される際、眠らされなかったのでね。退屈で退屈で仕方がないのだ。何も封印を解け、と言っているわけではない。君たちの寿命からしても短い時間、その後の数百年、退屈の中に思い出して笑ってしまうようなことが欲しいだけなのだよ。全く不死と言うのは退屈の始まりだ』
「……どう思う?」
ハルナさんに小声で問われ、おっさんが考える。
「う~ん……嘘を吐いているようには思えない。封印は、解くには相当の力を必要とするほどで、私たちが全力を出しても解けるものではない。多分不死王もそれを知っているんだろう」
「一発ネタでもやれってか?」
『戦ってもらえればいい』
オレたちはその言葉に、一斉に武器をアドニスに向けた。
『何も私と、というわけではないよ』
くっくっとアドニスは笑う。
『私は十人の不死王を吸ったと言ったろう? 他の不死王に魔力を吸われた不死王がどうなるかは知っているかね?』
『隷死……あんたに付き従う死霊だな」
『その通りだよ。彼らと戦ってみてはくれないかね?』
「OK出すわけがないでしょ」
ハルナさんは大剣を構えたままアドニスをじっと睨む。
『安心したまえ、隷死は私に付き従う死霊だからこの聖なる空間にも入って来れるが、この封印は彼らには到底解けないし、この空間では力も失っている。今の君たちと同等くらいだ。そいつらとここで戦ってくれればいい』
「魔力でも吸おうって言うんでしょう」
『この封印では君たちの魔力は吸えない。そして、隷死には吸うだけの魔力がない。だが、君と隷死たちとの戦いが見られ、君たちは同レベルのアンデッドとの戦いという、戦闘訓練になる』
「随分と親切ねえ」
『ここまでの条件を出しても戦いはしないというのかね?』
磔の不死王アドニスは、つまらなさそうに声を上げた。
オレとしてはアドニスから復讐者の情報をと思ってたんだが、他の三人が乗り気じゃないから仕方がない。オレ一人残ってアンデッド十体と戦えって無理ゲーだ。
『仕方がない』
アドニスは残念そうに言った。
「諦めてくれた?」
『いいや』
アドニスはニッと笑う。
『無理やりにでも戦ってもらおう』
そして、その場に十人の人影が現れた。
「隷死……」
那由多くんが息をのむ。
十人の老若男女。全員が苦しそうな目をしている。聖なる空間に無理やり召霊されたからか。
どれもこれも普通の人間にしか見えないが、どれもこれも闇の気配を色濃く宿している。
「那由多君、こいつらに対しての情報はないのかね?」
おっさんの声に那由多くんは声を低めて応える。
「元は死なない肉体を得た不死王で、魔力を奪われ死なない肉体に魂を固定されたまま不死王に従う死霊……肉体を持っているから死霊とは言い難いけど」
「つまり、自分の肉体に封じられた死霊ね」
ハルナさんは大剣を構えると、襲い掛かってきた一体に斬りかかった。
「!」
「マジか」
オレは目を疑ったし、那由多くんは自分の正気を疑った。
あっさりと、隷死はハルナさんの一撃を片腕で止めたのだ。
その手はミスリルの聖な力で焼けただれているが、それでもあの大剣を、ハルナさんの力を全部引き出す大剣を片手で止めたぁ?!
『そうそう、言い忘れていた』
楽しそうなアドニスの声。
『隷死は魔力こそ失ったが、肉体的にはあの時のまま……つまり不死王と戦っているのも同じことだ』
「それの何処がオレたちと同レベルのアンデッドだああ!」
『ミスリル装備の君たちにちょうどいい相手と思ったが?』
まだミスリルに「着られている」段階のオレたちには手に余る!
「逃げられるか?!」
「無理だ」
おっさんは絶望的な声を上げた。
「階段を塞がれている……あの一体を倒さなければ」
「全力で倒すしかないわね!」
「くそっ、今回ばかりは恨むぞ雄斗!」
那由多くんは杖を掲げ、おっさんはミスリルのダガーを抜く。
「悪かったって! チキショウ、気にしなきゃ無事に帰れたのに我ながら!」
オレも槍を構える。それしかない。
隷死たちは、一斉に襲い掛かってきた。