第90話・事前調査
集まったオレたちが真っ先に行ったのは、図書館だった。
那由多くんは迷わずモンスター系の本の棚を探ると、「上級アンデッドの創造」と書かれた本を引っ張り出した。
「創造?」
「王とか主とか呼ばれるアンデッドは、基本的に死霊術師によって生み出されるんだよ。不死王と呼ばれるアンデッドも、死霊術師が転じてアンデッドとなった存在だ」
「何で死霊術師がアンデッドになるんだい?」
「錬金術師が不老不死を求めたってのは知ってる?」
「……ああ、何だか昔歴史か科学の時間に聞いたような……」
「錬金術師が賢者の石ってアイテムを使って寿命を延ばそうとしてたのに対して、死霊術師は自分が生きながら死霊になることを目指してたんだ。死霊はもう死んでるから死なないし、それ以上歳も取らないし、ってわけで」
ページをものすごい勢いでめくりながら那由多くんは主におっさんに説明する。
「元々はオウルみたいな魔力の高い死霊が上級アンデッドと呼ばれてたんだけど、死霊術師はそれを知って、そんなアンデッドに頼んで自分を死霊に変えてもらってた。だけど、それだけの力を持つ死霊は少ないし、自分より上に立つ死霊がいると迷惑だ、と成り上がり死霊が親死霊を倒して、そこから魔力を吸い取って更に強大な死霊へと変貌。一方その死霊の元弟子なんかがその方法を教えてもらったりして、人工的に死霊になる術が一時期異世界で大流行した。それが本来の死霊術師の意味」
「なるほど、死ねば食事も金もいらないしな……」
おっさんが納得した瞬間、那由多くんは手を止めた。
「――あった」
そこには、不死王と呼ばれるモンスターの説明が書いてあった。
――不死王。
人間が死霊転生の術を使ってアンデッドに転じた中でも最も高い魔力と闇の力を持ち、他のアンデッドを制した『生命亡き者の王』。
ラウントピア界でその製法が開発、その後十年で、ラウントピア界の人類の半数以上が不死王となり、同士討ちを始め、一時ラウントピアは死霊界と呼ばれるようになった。残った生者は死者の奴隷となり、死んだ者は更に不死王によって奴隷の死霊とされたりした。
一方、不死王同士の争いは、倒した相手の魔力を吸い取って力を得た一体によって統べられ、秩序が戻った。王の中の王と呼ばれた不死王キールは、ダンガスア界へ侵攻し魔王として暴虐を振るい、世界を訪れた勇者ヒロシ・アクトによって封じられ、ラウントピア界に残った不死王もほとんどが勇者によって封じ、或いは逃げ出して世界の狭間に隠れ、ラウントピアは平穏を取り戻した。
「えーと、つまりー……」
オレはこめかみに指を当てて考えて、続けた。
「魔王キールは不死王の最強バージョン?」
「ああ」
那由多くんは頷く。
「で、そのキールを封印したのが、ひろ……ヒロシ・アクト、つまり安久都先生と」
那由多くんは小さく頷き。
そして全員で机に突っ伏した。
「……先生に勝てると思うかい?」
「勝てないわね、現役の勇者よ?」
「不死王より強いのは覚悟してたけど、先生の方が強いってことか……?」
「そうなるな……」
だが、と皆は顔を上げた。
「封印されている不死王の力が分かれば、その上位で封じられているキールの力も分かる」
「先生もそのつもりでラウントピアの仕事を回してくれたんだ」
「早くオウル君に会いたいもの、頑張るわ」
「キールと復讐者を倒せばオウルが戻るってんなら、どんな卑怯技を使ってでも倒してやる」
そしてもう一度開かれたままの本を囲む。
「特殊能力とか、弱点とか、載ってるか?」
「僕もさらっただけなんだ、しっかりとは読んでないんだよ。まだまだ自分には手の届かない話だと思っていたから」
「よし、じゃあ読むぞ」
――不死王には、基本的に弱点らしい弱点は存在しない。
ただし、不死王になった時点で成長が止まるため、それ以上の力を手に入れるためには同じ不死王の魔力を吸わなければならない。
一度魔力を吸われた不死王は、王ではなく隷死と呼ばれ、半永久的に吸った不死王の僕となり言われるがまま操られる存在となる。このように、不死王の魔力を吸う、吸われることによる上下関係は絶対で、転じて、生者に戦いで敗れた場合、魔力を吸われなくともその相手に自分の魔力を一部与えて、相手が自分の上に立つという認識を持ち、命令に従う。この与えられる魔力を『マーキング』と呼び、その魔力は人間間の戦いにおいても与える、奪われることがあり、その場合、不死王は『マーキング』の現在の所有者を自分の主と認める。自分の上に立つ人間が死んだ場合、後を追って消滅すると言われている。
「う~ん……」
思わず四人揃って唸ってしまった。
「めっちゃとんでもなく一言て言ってしまうと」
オレは溜め息交じりに呟いた。
「先生倒せばいんじゃね?」
「いやいやいや」
三人が手を振る。
「それはまずいでしょ」
「だよなあ」
「よかった、本気じゃなくて本当によかった」
おっさんが胸をなでおろす。
いや、冗談のつもりだったんだけど。冗談に聞こえなかったか。
それ程オレに余裕がないってことだな。多分。
「でも、確かにそれが一番なんだよなあ」
髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら那由多くんが唸る。いつもならオウルをもしゃもしゃにしているところなんだけど。
ああ、いつもいた存在がいないって、こんなに寂しいことなんだ。
「魔王キールを倒したのは安久都先生で、そのキールの『マーキング』なる魔力を持ってる、はず。つまり安久都先生を倒せばキールは倒した相手に従うわけであって」
「待ちなさいって」
ハルナさんは那由多くんの暴走を止めた。
「キールが卒業課題なのは、わたしたちが本当に危険な場合、止められるからじゃない? キールは先生に絶対服従なんだから」
だったら倒させて欲しいんだけどなあ。
「スサナ先生の予言は、勇者の証を手に入れたら復讐者が現れて戦いになる、それしかオウル君は帰ってくることはないというから……」
「勇者の証ってからには勇者に相応しい行い……つまり魔王を倒すことが必要なんであって、明日行くラウントピアにはキールと同じ能力を持つ不死王が封じられていて、その力を感じて来いって言うのが先生の提案だし」
「能力とかは?」
弱点を真っ先に見たので能力を見ようと思ってなかった。
「能力は……肉体的には人間の持つ制御を解くことで剛健であるが、魔力は個体差がある。弱点の項を参照して分かるように、個体の生前の能力、死後の魔力争奪によって差が現れる。だが、魔力を使って戦うことは、魔法から魔力を奪われることにも繋がるので、肉弾戦を挑んでくることが多い」
「お」
魔法を使わないことが多い、というのは、ちょっと安心材料だった。
魔法は広範囲一気ってのがあるからなあ。特に闇魔法なんてとんでもなくえげつない威力持ちもある。それが使われないと言うのは安心。
肉弾戦なら、ミスリル装備で何とかなると思う。
あとは、その剛健な肉体に攻撃が通るか、という問題だが。
「多分大丈夫だと思う」
おっさんが何度も読み返して言った。
「人間の死体、つまり脳の制御がないから強いんであって、モンスター的な剛健さじゃないよ。魔力で強化することもできるだろうけど、魔力で戦って放った魔力を吸われるのを恐れて魔法は使わないって言うんだから、何のためにアンデッドになったんだか」
「なってみたら予想外だった、ってわけだな」
「封印されている不死王だから危険は低いと思うけど」
ハルナさんは手を叩いて立ち上がった。
「これから不死王の様子伺いに行くことになるから、準備をして、ぐっすり寝て。そして移動に備えましょう」
「何か持って行くのに必要なものがあるかな」
「あなたは思った通りに持ってくればいいわ」
ハルナさんは「上級アンデッドの創造」を片付けながら返す。
「みんなは自分のいると思うものを用意して。旅の装備と、アンデッドに対抗する装備ね」
「戦いにはならないだろうけど、念には念を入れて用意したほうがいいね」
「そうね。じゃあ、集合時間に集合場所で」
オレたちは頷き合って、解散した。