第87話・偶像の不在
オウルが傷ついて意識不明なことは、一晩で学校中に知れ渡った。
何せ、女性陣からすればオウルはアイドルだ。愛想も良く誰であろうと平等に接していたオウルのお見舞いに行きたい、と言われたが、スサナ先生が助けて魔法の塔にいる、というと全員諦めた。魔法の塔は学生では行けないと思われているから。
そして、どうして、という話に当然なる。
オウルが誰かに恨まれたり妬まれたりしていたか? いや、それはないだろう。オウル程学園で好かれた存在はいない。無限サックができたと連絡を受けて受け取りに行った時、親方でさえ心配そうに事情を聞いてきた。オウルは本来魂だけの存在で、肉体との結びつきは弱い。ケガをした時点で魂が離れる可能性もあったとスサナ先生は言っていた。それを防いだのは、親方のあの首輪のおかげだとも。それを伝えて礼を言うと、親方は「ちょっと待ってな」と腕輪を取り出した。
「使い魔と所有者の結びつきを強めるアイテムだ」
ミスリル製で、オウルと同じ黒い石がついている腕輪。オウルの首輪の石の双子石でできていると親方が説明した。
「本来ならこんなもんなくても使い魔と契約主は深いつながりを持ってるんだが、お前さん方の場合、オウルの魔力が強すぎるせいでお前さんへの負荷を弱めるためにオウルのほうに負担をかけていた。だが。この石の力でほぼ同等の契約負荷をかけることができる」
使わないでお前さんが強くなって同等契約を結べればよかったんだがな、と言って、親方はオレの右腕に腕輪をつけた。
次の瞬間、全身に痛みを感じた。
なんだ、と思い、次の瞬間、オウルが感じている痛みだと気付く。
オウルはこんなになるまで頑張ってくれたのだ。オレを守るために。
「感覚を共有するが、お互い大怪我を負ったりした時は感覚の共有を断つことができる。それは意識するだけで出来る。そして、生命をも共有する。お前さんが死なない限り、オウルは死なない」
それを聞けただけで、安心した。
親方に頭を下げて、工房を出る。
さて、スサナ先生の予言を皆に話すべきだろうか。
相手は恐らく俺を恨んでいる復讐者。
オウルを助けるには、勇者の証を手に入れるために倒さなければならない存在……恐らくは魔王キールを倒さなければならない。そして、キールを倒すことによって、復讐者とまみえることになる。
キールを倒す。
だけど、どう考えてもオレ一人では倒せない。
復讐者が狙っているのはオレ一人で、その戦いにみんなを巻き込みたくはないけれど、魔王を一人で倒せる自信はない。授業を受け、旅をして、経験を積んでいるものの、どう考えてもあと半年ちょいで一人で倒せるようになれるとは思えない。
だけど、復讐者が狙っているのはオレ一人で、それにみんなを巻き込むのは……。
「雄斗」
ぼんやりと歩いていて、その声が耳から脳に届くまで時間がかかった。
顔を上げる。
「那由多くん」
おっさんも、ハルナさんもいた。
「オウルは……」
今も体を苛む痛みと苦しみ。それをあの幼い魂と小さな体で受けていると思うと、心が痛む。
オレがもっと早く目を覚ましていたら。
「オール工房の親方のおかげで、オレが生きている限りは死なないことになったらしい」
オレは我ながら力のない声で言った。
「でも」
言うべきか。
言わないべきか。
「話して」
ハルナさんが言った。
「……オレの、個人的な事だから」
「何言ってんだ」
那由多くんは自分の杖でオレの胸をトン、とついた。
「我々はパーティーだろう?」
おっさんが真剣な目で言う。
「一人で抱え込むことはない。ましてやオウル君もパーティーの一員だ。恐らく敵は君を殺しに来たあの誰かで、君は自分一人で解決しようとしている。でも、その必要はない。君が狙われ、オウル君が傷つけられたら、パーティーは当然動くよ」
オレは言うかどうか悩んだ。
だけど。
試練を何度も一緒に乗り超えた仲間たちが真剣な目をしているから。
オレは、覚悟を決めて、話すことにした。
昨日の夜、恐らくは襲撃があったこと。
スサナ先生に起こされて、校庭に行くと、オウルがボロボロで倒れていたこと。
スサナ先生の所に連れて行って、死だけは免れたけど……先生の予言では、恐らくは襲撃犯……
復讐者を倒さなければオウルは戻らないということ。
そして、復讐者を引っ張り出すには、勇者の証……恐らくは魔王キールを倒さなければならないこと。
「でも、復讐者が狙っているのはオレ一人で。だから、迷惑は……」
「何言ってんだ」
那由多くんは、オレの胸をさっきより強めに打った。
「今更遠慮する玉かよ」
「そうよ。オウルくんを巻き込んだ時点で、その復讐者とやらはわたしたち全員を敵に回したの。いい?」
「ハルナさん」
「そうだよ、私だってオウル君をあんな目に遭わされて怒ってるんだ。君に責任があったとしても、我々は君と一緒について行く。オウル君の敵は君の敵であって、しいては私たちの敵だ」
「おっさん……」
思わず涙が溢れてきた。
「それにしても、一体何なのかしら」
運動着の袖で目をこするオレの肩をぽんぽん、と叩いて、ハルナさんは唸った。
「あなたを殺したいほど恨んでいる人だなんて」
心当たりある? と聞かれ、オレは今度は悩んだ。
「……分からん」
「でしょうね」
那由多くんも腕を組んで空を見上げた。
「知らないうちに傷付てる、ってこともあるぞ。僕も覚えがある。僕が傷付いて恨んでも、相手は気付かない、そう言うことはよくあった」
「……ちょっと聞いて見る。親とか友達に」
「えっ。引きこもりニートに友達いたのか?」
「何でだろう。那由多くんに言われると微妙に傷付く」
「そう言うことだよ。僕は何も傷つけたつもりはないけど、雄斗は傷付いた。そう言うことは覚えがある」
返されて、頷くしかなかった。
「とにかく、キールを倒せるようになるまで努力するしかないね。偶然でも必然でもキールを倒さないとオウル君が戻って来ないと言うのなら」
「とにかく練習と実戦よ。キールを倒すことはわたしたちの中で決定済みだけど、オウル君を助けるっていう大義名分もあるんだから、多少……いえ、かなり無理をしてでも強くならないと」