第86話・夜遅く、来る影
女性陣にもみくちゃにされたオウルの羽毛を丁寧に戻してやって、オレは欠伸をした。
久しぶりに睡魔が襲ってきた。
トカス往復の一週間、暑さと寒さで熟睡できず、特に帰りなんか人間への嫌悪感やなんかで腹立たしくて眠れもしなかったので、気持ちが少し晴れたら、身体が睡眠不足を訴えてきた。
「オウルも寝なきゃ」
「うん。ぼくもねる」
「オウルは一番疲れてるだろうから、しっかり寝るんだぞ」
「はーい」
オウルの頭をぽふぽふと叩いて、そのまま、オレはベッドに横になった。
オウルはうとうとしていた。
オウルも天への道を死霊に導いていたので、疲れていたのだ。
肉体も魂も疲れている。
だけど、何故か眠れなかった。
(おかしいな)
オウルは心の中で首を傾げた。
(いつもだったら、ちゃんと、ねれるのに)
興奮しているからだろうか。
いいや違う。
オウルは真円の目を開いた。
(だれかが、いる)
誰かとは、誰か。
(ますたーをねらってる、だれか)
オウルは雄斗の使い魔だ。雄斗と魂の契約を結んでいる。しかも死霊が地上にいるためには、使い魔の肉体と同化しなければならない。よって、より雄斗との魂の結びつきが強い。雄斗がそれに自覚がないのは、使い魔の研究をしている教師が、教師立ち合いの正式契約の際に、雄斗に負担がかからないように契約を結び直したのだ。まだ魔力も未成熟な雄斗が死霊憑きの使い魔と正式契約を結んだら、雄斗に負担が大きくなるため、魔力的に強いオウルに負担をかけるようにした。
だから、オウルが危なくても雄斗が気付く可能性は低い。
オウルは雄斗が危ないことに気付けるのに。
でもオウルはそれを負担に思っていないし、不自由とも理不尽とも思っていない。
オウルにとって雄斗は恩人なのだ。寒い中冷たいお友達と暗い中にいるしかなかった自分を光の下に連れ出してくれて、一緒にいてくれて、いろんな暖かい人と会わせてくれる、誰より大事な恩人。
だから、オウルは決めていた。
雄斗は絶対自分が守るのだと。
だから、オウルは。
熟睡する雄斗を起こさないよう、そっと外に出た。
外に出て、オウルは確信した。
あいつだ。
ドワーフの鉱山で、学校山の探索で、マスターを狙ってきた誰か。
ますたーは、ぼくがまもる。
オウルはバサッと翼を広げ、寮棟の屋根に乗る。
フクロウは夜の狩人だ。その目から逃れられる獲物はいない。ましてや死霊術師でもある自分からは、生者も死者も逃げられない。
目が獲物を捕らえる。
獲物は黒いマントを羽織ってフードを深く被っているが、熱と生気を放っていれば見つからないはずがない。
オウルは黒水晶に念を込めた。
石に宿る、怨念を持つ死霊の力を借りる。
エネルギーを集約させて、黒マントのノーマルに向けて放つ。
「!」
黒マントは気付いて、そこを飛びのいた。
(たぶん、ますたーたちがゆうしゃっていう、そういうあいて)
今まで出会った勇者の強さを思い出して、オウルは再び念を込める。
(つかれてるますたーじゃ、たたかえない。だれかにたのみにいくこともできない)
自分がやるしかないのだ。
一旦夜空に向かって羽ばたき、校庭全体を見下ろす。
黒マントは弩を構えてこちらを見ている。
暗い中、闇に紛れたフクロウの、羽音を聞き取れる人間もいない。
オウルは心の中で呼びかけた。
(ちからをかして!)
きゅううう、と黒いエネルギーが黒水晶に宿った。
(ぼくは、ますたーをまもるんだ!)
きゅごごごごごごごっ!
黒いエネルギーが雨となって、黒マントの人物に向けて叩きつけられる!
黒マントは飛びのきながら、弩を向ける。
オウルは初めて……多分、自我を持ってから初めて、恐怖を覚えた。
(みつかった!)
闇に紛れようとするが、弩は確実に自分を狙っている。
だけど、退くという選択肢はない。
(ますたーを、ぜったい、きずつけさせたりしない!)
(起きろ)
泥のような眠りの中、その意識が不意に飛び込んできた。
(起きろ!)
強い、意思を伝えようとする思い。
「なっ?!」
オレはベッドの上で目をぱちぱちさせた。
また陽が姿を見せる時間でもない。
「オウル、何……」
オウルはいない。
「オウル?」
また夜の散歩か?
だけど。
なんだ、この不安は。
なんなんだ、この違和感は。
その時、スマホが鳴った。
発信番号は……。
電話番号だけが出ている。見たことのない番号だ。
出ないで寝る、という選択肢もあった。
だけど。
不安に駆られて、電話に出た。
「はい、神那岐です……」
『起きたかしら』
「……スサナ先生?!」
「急いで校庭に行って、あの子をあたくしの所へ連れてきて。今ならまだ、間に合うかもしれない」
あの子。
オレには、オウルしか思いつかなかった。
飛び起きる。
靴を履いて、真夜中の校庭へ。
オレは必死で走る。不吉な予感に背中を押されて。
校庭の真ん中に、小さな何かが落ちていた。
何か。
駆けつける。
オウル。
オウル!
そこにいたのは、力なく地面に伏したオウルだった、
「オウル!」
オウルは目を閉じたまま。
いつもなら、つぶらな目を開けて「ますたー!」と言ってくれるはずなのに。
動かない。
どうして。どうしよう。どうしたら。
『あたくしの所に』
そうだ、スサナ先生。
スサナ先生!
オレはオウルを抱えて走った。
オウルは、白い絹のクッションの上に置かれていた。
「なんで……」
オウルは全身にエネルギーでの攻撃を受けたとスサナ先生は言った。
「スサナ先生は、気付かなかったのか?!」
白い子猫を連想させる先生は、静かに首を横に振った。
「あたくしは、あなたたちを見守る魂に告げられて、それを知らせただけ」
「オレたちを、見守る?」
スサナ先生はそっと小さな鏡を取り出した。
そこに映っているのは……オレじゃない?
『済まない、ノーマル』
四日前に、別れを告げた魂。
ライオンアリ。
「あんた!」
『私が彼を通じずに君を起こすには、彼の意識がなくなった時しかなかった』
「あんたが、オレを起こしてくれたのか……?」
『死霊術師の力を借りなければ、私は君に何も伝えられない。この黒水晶の力を借りて、やっと君を起こすことができた』
オウルを祈るような気持ちで見る。
ゆっくりと上下しているから、生きているのは分かる。でも。
「先生」
オレはスサナ先生を見た。
「オウルを、こんな目に遭わせたヤツは……!」
「あたくしには分からない」
「予言者だろ?! 分かるだろ!」
怒鳴りつけたオレに、スサナ先生は目を伏せて首を横に振った。
「ただ、あなたに予言をすることができる」
「予言?」
スサナ先生は静かに目を閉じる。
「復讐は、復讐を産むの」
明るい、場にそぐわない程明るい声。
「大事な子を取り戻すには、勇者の証を手に入れて。それを倒すことによって、復讐者とまみえることになる。でも、忘れないでね、復讐者。あなたのまみえる敵もまた、あなたを憎み、恨んでる。それに気付いたその時に、あなたは一体どうするのかしら。この先はわたしにも何も見えはしない。あなたの判断、それこそが、あなたの未来を変えていく」