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第85話・立ち直るには

 転移門が光り、オレたちは学校へ戻ってきた。


「無事だったか」


「……オレたちは」


「色々あったようだな」


 多分、見ていたんだろう。篠原先生は一人ずつ背中を叩いていった。


「そういう物も見ちまうんだ。どうしたってな。お前らは少しばかり早かったが、それでも」


「…………」


「この先はお前らの担任が言うだろう。……あまり気を落とすな」


 転移門の外へ出ると、腕を組んで博……安久都先生が待っていた。


「色々言いたいことはありますが」


 トカス半島往復で一週間振りに見た担任は、威圧感を増していた。


「とりあえず、教室へ戻りましょう」



「……で」


 先生は、装備姿のまま椅子に座っているオレたちを見渡して、言った。


「何か言いたいことはありますか」


「……ありません」


 苦いものを吐き出すようにオレは言った。


「野々原先生と篠原先生から話は聞いています」


 机に手をついて、博はオレたちを見た。


「担任に無断で勝手に異世界に行ったことは、違反です」


「……知ってます」


「そして、行った先で見たものについて、どう思いましたか?」


 誰も、何も言わなかった。


 しばらく、沈黙。


 そして、那由多くんが口を開いた。


「人間が、屑だった」


「そうですね」


 博は否定しなかった。


「勇者家業で一番思い知るのは、ろくでもない人間が多すぎる、そう言うことです」


 俯きがちなオレたちに、博は先生の口調で言った。


「そんな人間を助けるために、命を張れるか。それが勇者を名乗る人間に立ちはだかる最大の壁です。半年未満でそれに当たったのは貴方達が初めてでしょう」


 また、沈黙。


「先生は」


 ハルナさんが低い声で言った。


「先生は、どうやってそれを乗り越えたのですか?」


「それは、個々が見つけることです」


 しかし、と博は付け加える。


「忘れないことが、勇者の使命です」


「忘れない?」


「はい」


 博は真面目な顔で言った。


「全てを忘れないでいることこそが、勇者の使命です」



「……悲しかったわね」


 自分たちはオール工房へ行くから、オウルと一人と一羽で行ってきてくれと言われ、再び迎え入れてくれた魔法の塔で、スサナ先生は紅茶を出しながら言った。


「…………すいません」


 オレは小声で言った。


「謝らなくていいの。あたくしには見えてたから。その末にどうするかも。あなたたちは、幾つもあった選択肢の中で、最良の選択をしたとあたくしは信じているわ」


「…………」


「胃袋はオール工房に持って行ったのでしょう?」


「……はい」


「忘れないで、大事にしてあげなさい。あなたが助けた生命なのだから」


「助けた……?」


「ええ。あたくしには見えるの。その魂たちがあなたたちを見守っているのが」


「え?」


 オウルはこくりと頷いた。


「おそらにいったひとたちはね、ずっとみているんだ。こっちを。ときどき、がんばれっていってくれる。ほんとうにときどき、ちからをかしてくれる。このいしをつうじて」


「そう、なのか?」


「うん。ますたーにはみえないかもしれないけど、ぼくにはわかるよ。あのらいおんありさんもみてる。にこにこしてこっちみてる」


 オレは、思わず空を見上げた。


 見ているのか?


 あのライオンアリが、オウルが空にあげてきたライオンアリたちが、こっちを見守っている?


 オレにはスサナ先生のように見えないモノを見る能力も、オウルのような死霊使役術ネクロマンシーもない。分からない。


 だけど、その言葉が、少しだけ、心慰めてくれた。



「そう、なんだ」


 食堂で顔を合わせた三人にそのことを知らせると、みんな、ほんの少しだけ笑顔が戻った。


「彼らが、見守っていてくれているのか」


 おっさんが息を吐いた。


「うん」


「恥ずかしいマネはできないね」


 ハルナさんも少し赤くなった目で、笑った。


「一週間だぞ」


 ぼそりと声が聞こえ、そちらの方に意識をやると、一科の男性三人組がこっちを見ていた。


「一週間も勝手な行動をとって何で罰則を受けなかったんだ」


「勇者の娘だからだろ」


 ハルナさんが立ち上が……。


 ろうとして、スパン、スパン、スパンと景気のいい三連打。


「それで言えば貴方は勇者の息子なのになんで罰則受けるの」


 畑さんが三人組の頭をひっぱたいたのだ。


「は、た?」


「他人の成功を羨むなら、実行に移しなさいよ。ここでぶちぶち言ってたって強くなれるわけないんだから」


 言って、畑さんは困ったような笑みでこっちを見た。


「ごめんなさいね、うちの三馬鹿が」


「さ、んばか?!」


 武永がキレそうな顔で畑さんを見ている。


「実戦経験もない、旅をしたこともない、授業すらきちんと受けないない尽くしで、よくそんな言葉が言えるものね。あなたたちはね、勇者の息子じゃないわ。学校最下位の仲良し三人組よ。みっともない方の!」


 拍手。


 真っ先にハルナさんが拍手して、二科も加わった。当然オレたちも。


「よく言った畑っ」


「気持ちよかったわよっ」


 畑さんはちょっと困ったような笑みを浮かべて座り、食事に戻る。


 武永が畑さんに何かしようとした瞬間。


  びーん。


 畑さんと武永の間を、投矢ダートが裂いて壁に突き刺さった。


 使い手はもちろん星名くん。


「言っとくけど」


 星名くんはいくつかの投矢ダートをジャグリングしながら言った。


「見た限り、一科で一番強そうなのは畑さんだから」


「なっ」


「星名くん、その根拠は?」


 オレの合いの手に星名くんは頷く。


「三科のいない一週間、一科の様子見てたけど、授業をまともに受けてるの、畑さんだけだし」


「あ~」


「確かにその通りっ! 私の情報網では、一科の三人が未だ初級魔法訓練スペースを出ていないということですっ! 真面目に授業を受けているのは畑さんだけだとか! そんな根性で三科を羨んでも意味ないぞ一科!」


 安藤くんナイス。


「私は本気を出していないだけだ。本気を出せばあのくらい……」


「ならさっさと出して次へ進めと私は言いたいっ!」


「だよな。足並み揃えるなんて意味ない。先に行ってコツかなんかを教えてやるのが一番だ」


「私は最下位だけど、待ってくれなんて一度も言ったことがないねえ」


 おっさんまで参加してきた。


「そのおかげでみんなから教えてもらえるからそれはありがたいけど」


「ていうかさー」


 さあ人をイラつかせる那由多くんの参戦だ。


「運動着、着てないし? つまり体力づくりに真面目に取り組んでるわけじゃなさそうだし? それでちゃんと運動着着て授業も受けてる畑さんが勝つのって当然じゃないか?」


「この私に向かってっ」


「お、殴るの?」


 襟首を掴まれた那由多くんは、それでも平然としていた。


「殴ってもいいけど、その場合退校覚悟だよね? 正当な戦闘練習ではない私闘で他者を傷つけた場合、その生徒は退校処分とする。当然聞いてるはずだよね?」


 武永は歯が鳴りそうなほど歯軋りし、那由多くんを睨み……。


 そして突き放した。


「ふん。所詮私の敵ではない」


「そうかなあ」


 那由多くんはおっさんの物真似のようにゆっくりと言った。


「魔法では生徒の中で僕が一番ってお墨付きもらったんだけどなあ」


 え、と一同の視線が那由多くんに向く。


「あー。そうだよね」


「闇魔法だけでなく幅広くガンガン覚えてってるし」


「その調子で色々魔法覚えてるから本当に助かってるよ」


 武永はそのまま背を向けて行ってしまい、腰ぎんちゃく二人も後を追って出て行った。


「ごめんね。うちの三馬鹿が」


「四人しかいないのに三人馬鹿って大変だろ、畑さん」


「三科のみんな、何だかお葬式の帰りみたいな顔してたから、そっとしておいてあげようと思ってたのに」


 気遣ってくれてたんだ、畑さん。


「気にしないで。むしろこれでちょっと調子戻った」


 要するに、人間の屑に出会ったときは、屑が騒いでも聞こえない程高みまで登ってしまうのが一番なのだ。


 屑のレベルに自分を落としても仕方ない。それも試練と受け止め、忘れず育ち、屑が手の届かない勇者になればいい。


 だから。


「じゃあ畑さんにオウル五分間進呈」


「ありがとーっ!」


「あー、畑さんずるいー」


「私も一週間オウル君いなくて寂しかったんだよー」


 女性陣の黄色い声を聴いて、やっと人間是皆全て滓、という思考回路から解き放たれた。

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