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第81話・ぼうれいはんとう とかす

 転送して、ついた先は。


「……うっわ」


 絶句してしまうほど、何もない場所だった。


 むき出しになった地表。樹どころか雑草の一つも生えていない荒野。


 生き物の気配がまるでない。


「ここ、トカス、だよな」


 オレは支給スマホを取り出した。


 マップには「ディストレアル・トカス地方」と出ていて、マップを縮めると現在地は南北に伸びた半島の南の付け根の部分だと分かった。


「そう、トカス。またの名を亡霊半島」


「亡霊半島?」


「ライオンアリの棲み処のことを亡霊〇〇と呼ぶわ。全ての生命が食い荒らされる地として。だからトカスは亡霊半島。この世界にいくつかあるライオンアリ生息地で、もっとも多くライオンアリが棲み、そして死んでいった地」


「北の、北の、北の果て、か」


 多分それはこの半島の北端だろう。


「ここにライオンアリのいる可能性は」


「ないわね」


 ハルナさんはきっぱりと言い切った。


「この何もなさから言って昔ライオンアリが生息していた場所なのは確か。でも、多分今は何もいない」


「言い切るね」


「だって、本当に、何もないんだもの」


 オレも目を細めて北の方を見た。


「確かにな……一匹でも生きてるライオンアリがいるなら、それが死ぬのを待ってる人間もいるはずだ。でも、人の気配もない。ってことは、ここはライオンアリが死滅した場所なんだろう」


「とりあえず北へ向かおう」


 那由多くんは杖を肩に乗せた。


「予言で北の果てって言われたからには、北の果てまで行かないと多分僕たちが胃袋を手に入れる可能性はないってことなんだろう。だったら行くしかないよ。ここに長居は無用だ。ここはオウルにとって居心地のいい場所かも知れないから」


「オウルに?」


「そうだろオウル? 君、ここにいっぱい()()()がいない?」


「いっぱいいる」


 オウルはオレの左肩で答えた。


「おなかすいて、たべるものなくて、しんじゃったいまもおなかがすいたっていってる」


「ライオンアリの死霊……ていうかライオンアリ死霊になるのか?」


「普通の動植物は死霊にはならない」


 ハルナさんは先頭切って歩き出しながら答える。


魔狼デモンズ・ウルフはほぼ人狼《ルー・ガル―》の僕みたいなモンスター。闇に近いから、死霊になる可能性はあるけれど、基本的に死霊となれるのはある一定以上の知性を持っている存在なの。ただ、合成魔獣キメラ系なら、創造者によって知性が与えられている可能性がある」


「アリとライオンのハーフに何で知性与えんの」


合成魔獣キメラを作った後に、不十分な所とか失敗したところとかを調べるためにせっかくできた命を解体するのは勿体ないとは思わない?」


「……なるほど」


 おっさんが納得した。


「モルモットは痛いとか辛いとか言えない。なら、キメラに知性を与えて、こうすると痛いとか、不自由な所が当事者から聞けるということか」


「おじさん、正解」


 ハルナさんは頷く。


「ライオンアリはそうやって作られて、不自由が多く捨てられた種って話。そりゃそうよ、確かにアリの力は強いしライオンの力と合わせれば強くはなるでしょうけど、二者の間が掛け離れすぎてるもの」


「せめて哺乳類同士とかにするべきだったね」


 とおっさんは呟いて、唐突に顔を上げた。


「じゃあ、ライオンアリには知性があるのかい?」


「ちせい?」


「ああ、物事を知り、考え、判断する能力のことだ。オウル君、前に、魔狼デモンズ・ウルフの死霊をお友達にしたって言ってたよね」


「うん。でも、あのおともだちはおなかすいた、だけ。ここにいるおともだちは、おなかすいた、つらい、かなしい、くるしい、たすけてっていってないてる」


「辛い、悲しい、苦しい、助けて」


 それは獣の思考回路にはない。


「ますたー、このおともだち、おそらにいかせてあげていい? ずっとずっと、くるしいのはいやだっていってる」


「お前の思うとおりにしていい」


 オレは軽く肩を揺すった。


「死霊の声はお前にしか聞こえないんだからな。そんな悲しい死霊はちゃんと成仏させてやらなきゃ」


「ありがとう、ますたー」


 オウルは翼をはばたかせて中空に留まる。


「いくみちはこっちだよ。いきたいひとはみんないってもいいよ。おいで……」


 一瞬、寒気が走った。


 次の瞬間、あちこちから黒い塊が現れ、オウルに向かう。


「オウル!」


「だいじょうぶ。このおともだちは、なにもしない」


 オウルに触れると同時に黒い塊は白い光となって、天に昇っていく。


 たくさんの、たくさんの死霊が集まって来て、オウルの示す空へと。


 荒野の何もなさと比例するように雲一つない空に、高く高く昇って行った。


 オレたちは兜やフードを取り、自然に頭を下げていた。


 しばらくして。


 オウルがオレの左肩に戻ってきた。


「ただいま」


「ちゃんと、みんな、空に行けたか?」


「うん。でも、きたにはもっとたくさんいるっていってた」


「……だろうな」


 望んでないのに知性を与えられ、死んでもなお飢えと苦しみに支配されている合成魔獣キメラ……。


「オウル」


「ん?」


「ありがとな」


 オレはオウルの頭を撫でてやった。


「お前がいなかったら、あいつらは苦しいままだったから」


「でも、オウル君は大丈夫なの?」


 ハルナさんが不安そうに聞いてくる。


「あれだけの死霊を天に導くなんて、一流の僧侶プリーストでも苦労する浄化よ。オウル君の身体に何か異変が起きたら……」


「だいじょうぶだよ」


 オウルはこくりと頷いた。


「ぼくがやってるのはね、そらにあがるみちをおしえてあげるだけ。そらへあがるみちはいっぱいあって、でもおともだちはそれがみえない。だからぼくがみえるようにしてあげるの。そうしたら、そらへいきたいおともだちはそのみちにいくだけ。ぼくはなんともないんだ」


「何ともなくない時は?」


「そらにいきたくないっていってるおともだち」


 オウルの声が少し低くなった。


「くるしくてつらくて、それをだれかにぶつけたいっていってるおともだちをそらにいかせるのはたいへん。どれだけいっても、おともだちがそらにあがりたくないっていってるあいだはあげられない。むりやりあげようとしたら、あばれて、たいへんなことになる。だから、おやかたのくれたこのいしがあってよかった」


 オウルの首を守る黒水晶モリオン付のミスリル首輪。


「しばらくこのなかにいたら、こまったおともだちもすこしずつくるしくなっくなっていくんだ。くるしくなくなったら、そのひとをいたいめにあわせなくてもいっかっておもったら、そらにあげることができる」


 オール工房のテ・スコー親方に感謝だな。フクロウの姿をした死霊術師ネクロマンサーに最高のアイテムを与えてくれた。


「よし、亡霊半島を北に向かうぞ。最果てまで」


 おうっと力強い応えがあった。

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