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第80話・トカスへの門

「これ、は?」


「見て分からない? トカスへの移動許可証よ」


 微笑むスサナ先生に、オレたちは顔を見合わせて、もう一度書類を見る。


 細い丸文字で記されたそれは、学校の正式書類だ。生徒が異世界へ移動するのに必要なもの。


 そして、手に入れなければならないアイテムの中で、一番手に入れるのが難しいと思われていたものだった。


 何故かというと、危険な世界だから。


 この学校と繋がる異世界はたくさんあって、その中には生徒……実力のない人間が行けばあっさり殺される世界があるから。


 ライオンアリの棲まうトカス地方のある世界、「ディストデアル」もその一つ。


 魔王は倒されたものの、魔王の支配から解き放たれたモンスターがたくさん溢れていて、レベルアップには持って来いだけど、戦い方を間違えれば体力削られ倒される。という、危険な世界なのだという。調べてみたら、生徒でも行けないことはないが、最低でも半年以上の授業を受けなければ許可は難しい、とあった。


 どう説得すれば博を納得させられるか、と悩みながら来たのだ。


 その許可証が、目の前にある。


「いいんですか? 本当に?」


「ええ。あなたたちは行ってしまう人たちですもの。例えあたくしがここで止めても、あなたたちの担当が止めても行ってしまうわ。無理やり止めることもできるけど、そうしたら、あなたたちを取り囲むすべてが歪んで行ってしまうの。あなたたち自身も」


「それは予言を成立させるため、ですか?」


「違うわね。敢えて言えば、あたくしのお節介」


 ミルクを飲み終えた子猫のように、スサナ先生は微笑んだ。


「あたくしは予言者。歪みを正す者の背を押すのが仕事。だけど、あたくし自身は何もできないの。ただ告げるだけ。それ以外には何もできないの。だから、かしらね。あたくしがしてあげられることがあったのが嬉しくて。だからこれはあたくしの個人的なお節介。受け取ってくれると嬉しいわ」


「いや、喜んで受け取りますけど、安久都先生に後から文句を言われませんか?」


 おっさんが不安そうにスサナ先生に聞いた。


「お叱りは全部あたくしが受けるわ。だからあなたたちは行きなさい。装備を揃えてね。篠原先生にもあたくしから連絡を入れておきますから、問題は起きないはずよ」


「ありがとうございます、何から何まで……」


「上手く行くと良いわね」


「お礼を言いに来ます、必ず」


 オレは思わずそう言っていた。


「戻って来て、最初に、お礼を言いに来ます。絶対」


 スサナ先生は微笑んで頷いた。


「必ずよ。あたくしの唯一の楽しみは、無事戻ってきたあなたたちの顔を見ることなのだから」


「ありがとうございます!」


 オレたちは頭を下げて立ち上がった。


「すさなおねーちゃん、ばいばい」


「あなたも気をつけてね。時々迂闊なのだから」


「はーい」


 オレたちは先生に促されるままに小部屋に戻る。


 小部屋のドアが閉まるまで、スサナ先生は手を振り続けてくれた。


 すぅ、と降りる感覚があった。



 スサナは閉まったドアを見て、溜め息をついた。


 いつもそう。


 自分の喉は、思ったことを告げられない。


 見えたものは他にもあるのに、それを告げることを自分の喉はさせてくれない。


 精一杯のお節介。


 だけど、本当にしてあげたかったことはできない。


 今までにどれだけのことを告げ、どれだけの人を見送っただろう。


 その誰にも、本当に言いたいことは言えなかった。


 だから。


「頑張ってね」


 スサナは小さく呟いた。


「必ず戻って来て、そしてまたあたくしに会いに来て」



「先生に言わなくていいのかしら」


 塔から出て、グラウンドに戻ったハルナさんが呟いたのに、那由多くんが首を振った。


「ダメダメ、絶対止められる」


「せっかく許可証をもらったんだから、何も言わないで行っちゃおう」


 オレも同意する。


 博はこういうことにはうるさいんだ。小さい頃、あいつがまだ近所に住んでいた時、近所の崖を滑り降りるという遊びをしようと相談したら、博はお母さんにダメって言われたからダメ、危ないよ、と言って、オレとオレの悪友たちに何度も何度も繰り返して説教し、行こうと言っても頑として動かなかった。ちなみにオレたちはその忠告を聞かず遊びに行って崖滑り降りてるところを警官に見つかって母ちゃんと先生と警官にめっちゃくちゃ怒られた。


「スサナ先生が言ってくれたんだから、行っちゃおう。装備揃えて移動門前で集合な」



 やっぱり集合はオレが一番遅かった。


「アイテム用意したのかね?」


「いりそうなものは全部突っ込んだ」


「僕も食事も毛布も回復ポーションも」


「やっぱり無限バックパックが欲しい」


 オレは思わず呟いた。


「入り口狭いから入れるの大変だった」


「頑張って手に入れないとね、無限胃袋」


 先生や他の生徒の目を気にして、装備の上からマントを被って鎧を隠し、オレたちは転移門に行く。


 篠原先生が難しい顔をして待っていた。


「スサナから聞いた」


 いかつい顔にしわを刻んで篠原先生は言った。


「まさか生徒でスサナに会い、移動門の許可までもらえるヤツがいるとは思わなかった」


「ダメ、ですか?」


「ダメじゃない」


 ハルナさんの問いに篠原先生は首を横に振ったけど、顔は難しいままだった。


「教師が許可を出したら通すのが儂の仕事だ。スサナがいいと言ったなら儂がどうこう言える立場じゃない」


「ミスリル採りに行く時に試したじゃないですか」


「だから、どうこう言える立場じゃない、んだ」


 篠原先生は、難しい顔を解いて、二ッと笑った。


「ミスリルの必要を感じて採りに行き、課外授業が必要だからと獣牙を引っ張り出す。今年の三科はなかなかに規格外だ。そして無限胃袋を手にするために生徒でありながらスサナに会い、あいつから許可証をもらった。安久都はカンカンだろうが儂は気に入った。行って来い。行って、無限胃袋手に入れてこい。頑張れよ」


 篠原先生は許可証を受け取るとパソコンを叩き、メダルをくれた。


「だがな、トカスは危険だ。ミスリル装備を持って、対抗戦で見せたチームワークでも難しいかもしれん。それは覚悟しておけよ」


 一つの門がぼんやりと光を宿した。


「行って来い!」



「はあ?」


 安久都博は電話を告げるスマホの相手を見て驚いた。。


 予言者スサナが自分のスマホに連絡をしてきたことに驚愕して、そして何やら嫌な予感を感じて電話に出る。


「安久都ですが」


 電話の向こうの声は予想以上の事実を伝えた。


「ちょ……スサナ先生、許可証まで出したって! 彼らはまだ学生なんですよ?!」


 電話の向こうの声は冷静だ。


「いや、そうですけど。ですがね! 私は……」


 職員室中の目が博に集まる。


「……はい、分かりました。はい」


 通話を切り、椅子に座って。


 博は頭を抱えて、机に突っ伏した。


 まさか、こんなことになるなんて。


 予言者スサナまで関わってくるなんて。


 博は願った。


 自分の生徒たちの無事の帰還を。


 彼らには、まだまだやらなければならないことがあるのだから。

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