第78話・予言者スサナ
「魔法の塔にいるって……予言学のスサナ先生に聞くの? 正気?」
ハルナさんはさすがに目を見開いていた。そりゃそうだ。言ったオレだってこんなことを思いつくとは思わなかった。
予言者スサナ。
学校のちょうど中央部分にある「魔法の塔」と呼ばれる塔の一番てっぺんに住んでいる。「予言学」担当で、それ以外にも最上級と呼ばれる魔法を教えられる唯一の先生だけど、今、この学校の生徒で、スサナ先生の顔を見たことあるヤツは多分一人もいないと思う。
それも当然のことで、この学校は勇者を一から育てる施設であると同時に、異世界からの勇者要望を受け取る場所であり、勇者を送り出し、また帰還させる門であり、そして新しい知識や武具を手に入れる為の学び舎でもある。そんな勇者の中でもトップクラスになった勇者が学びたい魔法を教えるのがスサナ先生なのだ。つまり、オレたちがスサナ先生に教わるには力量不足ってこと。学びたきゃ強くなって最上級魔法を使えるくらいになれってわけ。
何でそんな先生の顔を思い出したかというと、実はハルナさんの顔を見たからなんだよな。
スサナ先生もまた、ハルナさんと同じく異世界間の生まれだから。
世界で一番名高いワールドハーフ、世界の危機の声を聴き、勇者を呼ぶ声に反応し、その先にある危険を教える予言者。
……まあオレの知ってるワールドハーフはハルナさんと転移門の篠原先生と噂に聞くスサナ先生しかいないんだが。
「スサナ先生にライオンアリの居場所を聞きに行くのか? 本気で?」
いつもなら無茶を言い出す役の那由多くんですら、唖然としていた。
「旅立つ者に予言は与えられる、だろ」
そう。異世界に旅立つ者に、スサナ先生は一つ予言を与えるという。それは危機の逃れ方であったり、重要アイテムの在処だったり、敵の弱点であったりする。
「ライオンアリを倒すために異世界に行くんなら、スサナ先生の予言を聞く資格はオレたちにもあるってことだ」
「でも、まだ勇者じゃないのよ。わたしたちは……」
「異世界に旅立つ者であって、勇者じゃないだろ」
「そりゃあそうだけど」
「とりあえず行ってみねえ? 予言を聞ければ御の字、聞けなかったとしても魔法の塔は見れる」
「まほーのとー?」
それまで大人しく聞いてたオウルが首を傾げた。
「あそこよりたかくとべないね」
「うん、結界が張ってあるから……ってオウルくん、魔法の塔より上に行こうとしたの?」
「うん。どこまでとべるかやってみたくて」
「危ないじゃない、スサナ先生があの塔を中心に学校に結界を張っているから、一般人はここに辿り着けないのよ。逆を言えば結界から外に出ればそこは日本国なんだから、喋るフクロウなんて大騒ぎ」
「うん、おんなのこにおこられた」
おんなのこ?
「その女の子て、塔にいた?」
「うん。とうのてっぺん」
予言者スサナは性別すら不明だったがどうやら女らしい。
「もううえにいっちゃだめ、あぶないからねってかえしてくれた。だからときどきあいさつにいく」
女の人で、塔に住んでて、オウルと知り合いで……。
オレたちは思わず顔を見合わせた。
「女の子ならオウルくんかわいいってなるわよね」
「かわいいとならなくても知り合いなら会える可能性はあるな」
「オウル君を先頭に出せば最低でもオウル君は通してもらえる可能性がある」
「そうすれば集中すればオウルの目を通してオレは見えるし、オウル越しに交渉もできる」
もう一度顔を見合わせた。
「勝算はゼロじゃない」
「無限入れ物を手に入れる可能性があるなら、行ってみて損はない」
「そうでなくても、生徒でスサナ先生に会えたヤツはいないし」
「行ってみる価値はあるね」
そして同時に頷いた。
『よし、行くか!』
というわけで、まだ体力不足と軋む体に鞭打って、オレたちは魔法の塔に向かった。
学校の中心部にあると分かっていても、生徒で見た者はいないという。何故かというと、塔に用のない、或いは塔に認められない人間に、塔に姿は見えないし塔の場所にも辿り着けないのだ。
だけど、オウルは塔とそこにいる女性を見たという。
なら、オウルだけでも……。
グラウンドのど真ん中にあると言われている塔は、しかし誰も見たことも触れたこともない。
オウルだけでも行けたなら……。
と思いながら歩いていたら、ぼんやりと霧がかかってきた。
おかしいな。確かにこの学校は山の頂上だけど、今の時間は昼近い。そんな時間に霧が出てくるなんて考えられないんだけど。
と、風が唸って霧を吹き散らした。
「うわ……あ……」
オレは思わず口を開けた。
グラウンドのど真ん中。校舎全体が見渡せる場所。
そのど真ん中に文字通りそそり立っている、高い高い塔。
「ここだよ」
オウルがオレの左肩にとまって言った。
「ぼくのみたとう、これ」
「塔に……辿り着いた?」
おっさんは呆然と見上げる。
「オウル君にしか見えないと思っていたが……」
「つまり、オレたちは最低でもここまでくることが認められたんだな」
白い大理石のような石材で作られた塔は、魔力に聡くないオレでも強大な魔力が感じられた。
校長より偉いという予言者スサナ先生は、一体どんな人なのか。
ぎぎ……ぃぃ……。
重い音がして、扉が開く。
恐る恐る入ってみる。
「失礼しまーす……」
恐る恐る入ってみると、中にもう一つ扉があって、それもまた開いていた。
「入っていい、ってことだよな」
「多分……」
オレたちは恐る恐る塔に入り、塔の中のドアを抜けた。
すると、ドアがバタンと閉まる。
そして、急激なG!
「なっ、に?!」
「エレベーター?」
おっさんの呟きに全員が気付く。
あのドアはエレベーターの入り口で、部屋全体がエレベーターなのだ。
そりゃそうだ、スカイツリーと同じくらいの高さがあると噂される塔を歩いて昇ったら、どんな勇者でも足が棒になる。
そして、Gは起きた時と同じ、唐突に終わった。
ドアが外側に開く。
「どうぞ、おはいりなさい」
幼い声が促した。
恐る恐る入る。
そこは、もちろん展望デッキなどではなく、白い石で作られた部屋だった。
ふかふかのソファとしゃれたテーブル、そして四人と一羽分置かれたお茶。
そして、上座に座っているのは、……真っ白い髪をふわふわとさせた、七歳くらいの女の子。
「初めまして」
幼い声で女の子はにっこり微笑んだ。
「学園の現役生徒にお目見えするのは初めてね。あたくしがスサナ。予言者スサナ」