第75話・賞品をどうしますか?
翌日。
あれだけ筋肉痛に慣らした身体がギシギシと言い、頭が重い。
身体は動こうとは言わないし頭がまだ休もうと訴えかけている。青あざはキレイに消えているし、魔力ポーションも飲んだのに。
とりあえず……飯食いに行くか……。
「ますたー、だいじょうぶ? まりょくぎれ?」
止まり木にいたオウルが声をかけてきた。
「体力切れに魔力切れだな……」
治癒・回復系魔法は必ずしも完璧ではない、と、先生に教わったことがある。
ゲームらしく言えば、治癒はケガを含めたステータス異常を治し、回復はヒットポイントを回復す
る。体力を回復しても、傷を治して出血を止めなければどれだけ回復させても意味はないし。傷を治しても体力は回復しない。だから、両方激減している場合は、高位の魔法で両方同時に治すかアイテムを使うかしないと間に合わない。
おまけに、ケガを治癒したり体力を回復するのは、人間の自然治癒力を魔力で無理やり引き上げているから、治癒・回復しすぎると、言ってみれば自己治癒力の赤字状態。魔法で治らなくなったなら回復ポーションなどのアイテムに頼るしかない。回復魔法のスペシャリストがいても、回復アイテムを持ち歩かなければ、強敵に出っくわした後、体力ゼロケガも治せないで戦わなければならない羽目になるのだ。
それは、魔力の源である精神力の回復も同じ。魔力回復もあるにはあるが言ってみればブーストさせているだけなので、アイテムでよそから補充しないと後々大変なことになる。
これを何とかする手段は、シンプルイズベスト。
ヒットポイント・マジックポイントの最大量を上げる。
そうすれば治癒力も回復力もあがる。同じだけ使っても残りポイントは多い。
そして最大量が少なくて無理やり魔法で回復させると、次の日こんなことになるのだ。
「ヴ~……」
この学校にはいちいち手すりがついているけど何でだろうと思っていたけど、こんな風に体力不足の身体を引きずって移動する時には便利だと思い知った。
さて、他の人たちは……。
何とか食堂に辿り着いた。
「みんな、おはよー」
「おはようオウルくん」
ハルナさんはにこやかだけど、那由多くんとおっさんは少し右手を上げるだけだった。
「……最大ヒットポイントの差だ……」
ハルナさん並みに体を鍛えないと長時間や強敵との戦闘にはもたない、と改めて思い直した。
「おはよう」
別のテーブルから声をかけられて、そっちを見れば二科の四人。
「そっちもか」
「体力切れ」
星名くんは青ざめた顔で無理やり笑ってた。
「お互い体力も精神力も鍛えないと」
頷いて、椅子に座る。運動着の重さを久々に感じる。
「たくさん食べなさいね」
ハルナさんが言った。
「体力を回復するのは休息と栄養補給が一番だから」
「そうする~……」
気合を入れてスプーンを握った。
「はい皆さん、おはようございます」
博は相変わらず安久都先生という顔で出てきて、オレたちを見た。
「元気……ではありませんね」
「ヒットポイントもマジックポイントも一桁です……」
「早く風岡さんに追いつくように己を鍛えてください。と、言うわけで」
先生は魔法大全を取り出した。
「今日は校長の許可を得て、座学だけにしました。それでもつらいでしょうけど」
「わーい……」
嬉しいが喜びを表す気力がない。
「今日の座学は、対抗戦の賞品をどう使うかです」
「そうね」
ハルナさんが頷いた。
「聖別短剣と魔力コア。これらをどうすれば自分たちの戦力になるか。よく話し合って決めてください」
それだけ言って、先生は引っ込んで行った。
「この二つかー……」
オレの机の上に置いたお宝を、四人と一羽で囲んで唸る。
「聖別短剣は別に誰かが適当に持っててもいいと思うんだけど」
「僕はいらない」
分かってたけどね。即答だね那由多くん。
「魔勇者に聖別はいらないってか」
「当然だ」
「ミスリルも聖なる銀よ」
「……ごめんなさいでした」
「全員予備武器としてミスリルダガー持ってるから、いらないと言えばいらないんだけど……と言うか、主武器をダガーって結構人を選ぶのよ」
「人を選ぶ?」
おっさんの問いかけにハルナさんは頷いた。
「ダガーを主武器にする人って、結構限られてくるの。具体的に言えば二種類の人間しか武器としては使わない」
「二種類? 何で」
「戦い方によるのよ」
ハルナさんは指を一本、立てた。
「まずは、本当に戦闘訓練を受けた人。ダガーでの戦い方を完璧に叩き込まれた人。ゲームでは盗賊とかがそうね。懐に飛び込んで急所を突く。そういう人に持たれると、ダガーは強力な武器になる」
「もう一種類は?」
おっさんの言葉に、ハルナさんは二本目の指を立てた。
「……暗殺者」
物騒な言葉出て来たぞ、おい。
「彼らは自分の命を守ろうとしない。殴られようが斬られようがひたすら前に進んで、ダガーの一撃を掠らせるだけでいい。ダガーには毒が塗ってあるから。そんな特攻・自爆戦法の使い手が、ダガーを使う。隠し持ちやすいし気付かれにくいし」
「聖別されてるダガーに毒を塗るのは嫌だな」
「でしょ?」
「ハルナさんなら使えるじゃないか」
「わたしはどちらかというとこっちのほうが使いやすいわね」
ハルナさんが取り出したのは、手斧だった。
「補助武器としてミスリルダガーを作ってもらったけど、やっぱり使い道の多さで手斧に勝てるものはないわ。藪や茨にも対応できるし薪も割れるし超接近戦にも対応できる。動物を捌くのには使えないけど、それでも手斧は便利よ」
「確かに」
ある程度の重さがあるから、オレみたいに戦いに慣れていない人間が振り回しても当てれば結構なダメージになる。対安藤くん戦でその便利さは思い知った。
「とりあえず先生が魔法大全を置いて行ったってことは、この本の中に何かいい情報があるってことなんじゃないか?」
那由多くんが重い体を引きずって、机の上に重い本を置いた。
「聖別短剣と魔力コア、何に使えるか……」
那由多くんがページをぺらぺらとめくる単調な音に、眠気を誘われる。
寝たらダメだ、寝たらダメだ、寝たらダメだ、よし、寝よ……。
「雄斗!」
いきなり名を呼ばれてオレは飛び起きた。
と同時に体の全身がビキっと痛む。
「那由多くん、なんだよ、大声出して」
「寝てたのか。そんなんじゃ僕の発見を教えてやんないぞ」
「悪かったよ、生も根も尽き果ててるんだ」
「ほら、ここ」
那由多くんの差した場所に。
「ん? え? マジ?」
無限入れ物シリーズ、と書かれた一覧があった。