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第73話・勇者の目

「目標がない?」


 カケル氏の言葉にオレは頷く。


「オレ、高卒ニートで七年無駄にしてるんですね」


 とぼとぼと歩きながらオレは続ける。


「コレクション売り払われて、家から追い出すって言われて、やっと腰を上げたほど。そこで狭間のことを知って、就職できる可能性があるって言うのに賭けてここに来たんです」


「ふむ」


「だから、オレがここに通っている理由は、コレクションを守るため、オレの生活を守るためなんですよね。ハルナさんみたいに勇者になるという目標もないし、那由多くんみたいに闇魔法を極めようって意思もない。土田のおっさんみたいにラストチャンスって焦りもない。そんな考えで、ただ一年間を過ごしていいのかな、と。そんな心構えで、命懸けで誰かを救う、そんな人間になれるのかな、と」


「ああ、同じだ」


「そうなんです、同じ……同じ?」


「私も理由はなかった」


 安藤くんに教わったところ、単独で世界に乗り込み、世界の人物を仲間にして、世界を救ってきた歴戦の猛者の一人。


 そんな人が、理由がなかったって?


「私も君と似たようなものだ。職が見つからず、そこで安定所にパンフレットをもらってここに来た。最初は強くなればそれでいい、と思っていたよ。私は体育会系というやつでね、何も考えないで体を動かして金がもらえることがありがたかった。単に強くなることが楽しかっただけだよ」


「…………」


「そんな私から見れば、君は勇者に相応しい心構えを持っていると思うがね」


「心構えって……んなもん、ないですよ……」


「いや、ある。ゾンビやスケルトンを、ただ倒すだけならハルナが一人いればよかった。だが、君はそれを止めた。死体に宿った死霊たちのささやかな願いを、聞いて、伝えた。死霊がどれだけ嬉しかったか、想像に難くない。死霊を救いたいと思い、その為にアイディアを出し、実行する。君が、死霊たちと村人たち、そして今は君の使い魔に宿っている死霊に、どれだけの恩寵を与えたか。村の人たちは死霊からの思いを胸に前を向いて生きていけるし、死霊は思い遺すことなく新たな生へと旅立った。使い魔に宿る死霊は初めて「友達」というものを得た。これが勇者に相応しくなくて一体何なのか」


「何で……それを……抜き打ちテストを」


「ハルナから手紙が来るのでね」


 ハルナさん、お父さんに、手紙書いてたのか。


 だろうなあ。あの再会の喜びようを見れば、ハルナさんがお父さんを大好きで尊敬していて憧れてるって分かるもんなあ。


「幼いあの子に、常に寝る前に一日あったことについて考えをまとめなさい、と教えたら、手紙を渡すようになった。私は手紙の感想は言わない。ハルナも感想を求めていない。自分のやったことの経過報告を手紙という形で私に渡すことで、考えをまとめている。それはこの学校に入学してからも続いている。抜き打ちテストのことも書かれていた」


 カケル氏は、残った右目で笑った。


「あの子が感情的に物事を書くことはなかった。一時感情的になったとしても、寝る前には冷静に戻り、考えをまとめていた。それが、あの日、初めて、あの子が感情を語ったんだ」


「感情……?」


「悔しい、と」


 ……悔しい?


「私は実力がある。私は能力がある。成し遂げる為の力も、みんな持っているはずなのに、負けた。勇者として、負けた。悔しい、と」


「勇者として、負けた……?」


「信じられなかったよ。あの子が負けを認めたなんて。いつも一人でそのくせ負けず嫌い、おまけに自信家のあの子が、負けたと認めたなんて。これまでの君たちの感想も聞いているから、ここまであの子が負けたなんて何だと思って、読み進めて、納得した。そして、嬉しかった。あの子が君に敗北を認め、そして、君を上回りたいと思ったことが」


「オレ……を?」


 考えて、オレは首を振った。


「いやいやいや、それないないないです。剣の腕も勇者としても心構えもハルナさんが上ですよ」


「それはそうだろう」


 カケル氏はあっさりと言った。


「あの子は小さい頃から勇者になるのだと、日々鍛錬し、その為にどうすればいいのかを考えていた。誰にも負けない、それが誇りだった。だけど、それはあの子にとっては危うい考えだと思っていた」


「危ういって……オレ、ハルナさんが負ける姿なんて想像もつかないんですけど」


「戦闘の勝敗じゃない。勇者としての心構えだ」


「それだって、ハルナさんはオレに色々教えてくれて……」


「ハルナから、君に自分の正体……世界と世界の間に生まれた、ワールドハーフと聞かされたはずだが」


「……はい」


「あの子は強くて当たり前。自分が一番で当たり前。そうでなければ存在理由がない。そういう環境に生まれた子供に、何ができるか。勇者しかない、だろう?」


「……そう、ですね」


 勇者の子として生まれ、強い力を持った。それだけで、将来が決まっていると言っていいだろう。


「同年代であの子と張り合える子はいなかった。運動だけでなく頭脳でも。負けたと思った相手はいない。次第にあの子は、同年代を見下すようになってきた。学ぶものは何もないと」


 確かに、入試の時、ハルナさんはオレたちを見捨てる判断をした。ニートと中二病とおっさんの組み合わせに、望みはないと切り捨てた。


「入試の時ケガをしたことはハルナさんは何か書いてました?」


「わたしの油断。独断専行の挙句負傷。反省」


 ハルナさんらしいな。


「だけど、そう言う子ほど、折れた時の衝撃が大きいんだ。魔法を暴走させたときもそうだった。この傷の理由も聞いているね?」


 カケル氏が指した左目の傷に、オレは黙って頷いた。


 初めて魔法の練習をして、風魔法を暴走させ、父にケガを負わせたのだと語った時の、沈鬱な表情。


「成功することが当然のあの子が、初めてやった失敗。初めてやることは失敗するのが当然なのに、あの子には当然じゃなかった。三日三晩泣きどおしてね。自分には何の意味もない、勇者じゃない自分は生きててもしょうがないって泣いた。小学校低学年の女の子が泣く内容じゃないだろう?」


 ……そうか。


 以前。那由多くんがハルナさんにいらん事言ってぶん殴られたことを思い出した。


 魔法の暴走は、勇者を志し、そしてその道を歩いてきたハルナさんの失敗。唯一の汚点。だから、あそこまで激高したんだろう。


 自分の傷跡だから。


「だけど……君たちに、君に出会えた」


 カケル氏は目を細めてオレを見ていた。

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