第72話・楽しい食事、でも
ほとんどの卒業生は決勝戦だけを見て、満足そうに帰っていったが、それでもそこそこの人数が学校に残っていた。転移門を使いに篠原先生を探していた勇者もいたし、オール工房に用があるついでに見に来たと工房に回れ右する人もいた。そう、ここは勇者家業の総本山。オレたちが課外授業の時に見つけたハザマ神社にお参りに行った人もいるだろう。
だから、選手の所に残っていたのは二人。
ハルナさんのお父さんのカケル氏と。武永の親父さんの武永末政氏。
その親父さんの声がここまで届く。
「この、馬鹿息子!」
「と、父さん」
「儂はお前に厳しく接したつもりだ。お前が勇者になりたいと言ったから! 儂の全ての教えを伝えようと!」
「ま、負けたのは一科が卑怯な手を使ったから」
「卑怯の塊である魔王と戦って負けた時、卑怯な手を使われたからと言えるか! それが言い訳になるか!」
「わ、私は、父さんに言われた通りに……!」
「何処がだ! 女性という色眼鏡で見て相手の強さを見極められなかった! 一般入試の相手だからと策も練らずに力圧して勝てると勝手に思って自爆した! それが勇者か、儂の教えた戦い方か!」
うっわ、怒られてる怒られてる。
そりゃそうだろうな、勇者相手に自爆戦法を使ってくるヤツは少なくはないはずだ。それを見極められず、油断に油断を重ねてオレとおっさんに倒された武永君、みっともないっちゃみっともない。
……オレが散々煽ったのも理由の一つだろうけど。
「そもそもお前が勇者を名乗ることがおこがましい、勇者とは少なくともこの学校を卒業して任務を三つは成功させられないと名乗れない称号だ! 儂の息子と言うことで無受験入学したことがそんなに偉いか。いや、違う! 無受験でパーティーを組むことになったということは、一人では訓練に対応できんと言う意味なんだ!」
「だ、だけど! 風岡ハルナはパーティーを……!」
「カケルの娘は自ら志願して受験を受けた! ミッションをクリアした! 忘れるな、勇者関係者の無受験対偶は決して高い能力を評価してのことではない、勇者志望者が少ないから! 知っている人間を入れた方が話が早いというだけだ! お前の中の、どんな才能も認められたわけではない!」
「怒ってるわね」
カケル氏の治癒魔法を受けながら、ハルナさんは呟いた。
「そりゃ怒るだろ。あれだけ勇者の息子息子と連呼しといて、雄斗の自爆戦法にあっさり負けたんだから。雄斗が初手、耐火使った時点で自分も近い魔法を使うのがセオリーだ。相手は自分をまきこむような火の魔法を使いますと言っているようなものだから」
「武永選手、末政氏に怒られてます」
こっそりの実況に、オレは後ろを見た。
あちこち青あざだらけの安藤くんと、浦部さんと幾野さん。星名くんも細かい傷があちこちにある。石礫のせいかな?
「怒るのも当然でしょう、あれだけ情けない負け方をしておいて」
「参った。強かったよ」
星名くんが残念そうに笑った。
「いや、二科も強かった」
カケル氏は微笑んだ。
「ただ、仲間内の戦力を把握し、相手の力量を見切る経験が足りなかったな」
「やっぱりパーティー課外実習を受けたか受けてないかだな。即急にアイテムを集めて、課外授業を受けられるようにしなければ」
「そうですね、仲間の戦力を分かっているということは、共に死線を潜り抜けてきたということでしょう。訓練だけでは身につかないでしょうね」
「そう言うことだ、二科も何か仲間と死線を潜り抜けることをすればいい。仲間の実力も、判断力も、全てがわかる」
「ありがとうございます!」
「あ、あの、あのね」
槍の使い手浦部さんが恐る恐る声をかけてきた。
「神那岐君、オウルのマスターよね」
「よく忘れられてるけどそうだよ」
「あの、ね。あのー……図々しいとは思うんだけど、その……」
オレはすぐに言いたいことに気付いた。
左肩のオウルを掴んで、ほい、と渡す。
浦部さんがぱああ、と花の咲くような笑顔になった。
「あ、ず、ずるい!」
「あ~ん、モフモフしてる~!」
「か、神那岐くん、私、私も!」
「あまり長くなり過ぎないようにしてくれよ」
オレは自分に治癒をかけながら肩を竦めた。
「可愛いオウルくん~! あ~ん、欲しかったこの子~!」
オレは戦場外を見て、おいでおいでした。
畑さんが自分? と自分を指さして、目を輝かせて走ってくる。
「わ、私も! 私もさわらせてくれるのよね?!」
「取り合いしないでね」
三人でもみくちゃにされているオウルがわーいと喜んでいるのを見て、オレはもう一度肩を竦めた。
最初からさわらせてって言えばよかったのに。
オウルを誰かに引き渡す羽目にならなくてよかった、と思い、そしてもう一度溜め息。
「食堂がごちそう作って待ってるんだって。行こうか」
「ああ、そうか。久々に食堂の飯を食えるか」
「お父さん、来るの?」
「食堂を解放しているから、関係者であれば入れるって言ってたからな。久しぶりにお前と飯が食いたい」
ハルナさんはちょっと、小さな子供っぽい笑顔を見せた。
食堂が大盤振る舞いして、ビュッフェ形式の食事で賑やかに食べていた。
女性陣が科を越えて、オウルをテーブルの中心において賑やかに食べている。ハルナさんが同性の前であんな風に笑うのだと初めて知った。三科は女一人だから。オール工房や神社から戻って来た現役勇者たちも、久々の食堂の食事を味わっている。
二科三科の男性陣も、カケル氏に色々話しながら楽しく食べている。
けど、全員が賑やかというわけではなかった。
武永は親父さんにまだ説教食らってたし、「勇者の息子におんぶ抱っこで勇者になれるか!」と一喝までいただいた瀬能と小黒もお葬式のような雰囲気でいた。
そしてオレ。
どうしても頭の中の考えに引きずられて、食事が楽しめない。
食べ終わって、皿を片付けに行っていると。肩を叩かれた。
ハルナさんのお父さん、カケル氏が立っていた。
「ちょっと話がしたい。来てくれるかな?」
……何だろう。
やっぱりハルナさんに一対二の戦いをさせたのに文句だろうか。
先生や母ちゃんにどれだけ怒られても落ち込んだことはなかったけど……ちょっときついかな……。
「何でしょう」
外に出たカケル氏の背中を見て、オレは口を開いた。
「ハルナさんを前線に出したなら……」
「いや、そんなことは思っていない」
カケル氏は振り向いた。
「あれだけの戦闘をこなしながら、君に妙に自信がないのが気がかりになってね」
「……え」
「戦闘中、君は懸命に戦っていた。その場で最善を選び、実行し、次を読む。大したものだと思った。なのに戦いが終わった途端、君に急に自信が亡くなったように見えた」
「……オレ、目標がないんですね」
同じ勇者でも、博には愚痴をこぼせなかった。
あいつは先生で、しかも幼馴染。そんなヤツに、弱みを見せたくないと言うのがオレのささやかなプライドだった。
だけど、この人なら。
何を言っても受け止めてくれそうだと思った。