第67話・意外な魔法
「さあ、一科の二人が敗れ、二科と三科の激突! しかし今のところ二科が有利っぽい!」
確かにな。星名くんの光魔法は那由多くんの闇魔法にとっては天敵のようなものだ。ハルナさんも懐に潜り込んで殴打する幾野さんに苦戦している。
でも、オレは確信している。
あの二人が、簡単に敗れるはずがないと。
最初に動いたのは、星名くんだった。
「光明!」
明るい光が那由多くんを照らし、那由多くんは目を細める。
「闇魔法は明るい場所じゃ扱えないものが多い! 君には悪いけど、ここで倒れてもらう!」
「なるほど、光の中で闇魔法は使いづらいように思えます! これで星名選手、流選手を封じたか?」
「どうかな」
オレは呟いた。
「どうかな、とは?」
「那由多くんをただの中二病と思ったら大間違いだ。いや、入学したころはただの中二病だったけど」
「ほほう」
「多分、魔法に関する知識じゃもうハルナさんを抜いてると思う。知識だけだけど」
「それで、どうかな、なのですか?」
「一つ聞くけど、星名くんは闇魔法について勉強してる?」
「あんまり勉強していませんね、闇魔法を毛嫌いしてるから」
「なら那由多くんがまだ有利のままだ」
「それはどう……ああっ! こっちでも戦況が動いていた! 風岡選手、大剣を捨て、腰のダガーを抜いた!」
ハルナさんならそう判断するだろう。
彼女は勇者としての戦闘教育を受けてきた。こういう時、主武器にこだわらない方がいいと、オレに何度も教えてくれた。主武器はいざとなれば棍棒や木の枝でも構わない、主武器を失った時に使えるサブ武器こそが勝敗を分けると。そんなハルナさんが大剣にこだわり続けるわけがない。
「え?」
目の前の相手がいきなり武器を捨て、腰の武器を抜いたのに意表を突かれたのか、幾野さんが一瞬きょとんとする。それを見逃すハルナさんではない。
「これは――これはラッシュ! 風岡選手、ダガーで続け様に斬撃のラッシュだ! 二科一番の体術の持ち主幾野選手を追い詰めている!」
「あっちは盛り上がっているな」
「幾野さん、もう少し待って! 援護に行くから!」
星名くんの耳に引っかかった、小さな、喉にかかった音。
那由多くんが喉奥で笑っていた。
「光で包んだから闇魔法は使えないなど……勉強不足にもほどがある」
杖で星名くんを指す。
「闇魔法の神髄、見せてやろうじゃないか」
「流選手、何やら呪文を唱えているようですが……何の魔法を使うつもりだ?」
あー。あれだな。
死体は使いたくないと散々言っていた那由多くんが、魔法書で見つけた那由多くん好みの魔法。
「影召使召喚!」
光に当てられて深く濃く那由多くんの足元に凝っていた影が、にゅうっと伸びる。
「な?!」
那由多くんとほぼ同じシルエットを取った影。
自分の影を操る影召使召喚。影に闇を宿して操る……なんて中二病が憧れそうな魔法だ。那由多くんもどっぷりハマって、必死で覚えた。
「行け、召使!」
咄嗟に星名くんは投矢を投げるが影に物理攻撃は効かない。
「光浄化――!」
暗炎壁を破った光魔法も、召使には効かない。召使はそんな素早くはないが、すぐに星名くんに辿り着いて手を伸ばした。
「く、うっ?!」
「星名選手、影召使に攻撃を仕掛けるが効かない! 光浄化も効かないどころか、召使の色がどんどん濃くなっていくように見えるのは気のせいか!」
「気のせいじゃない」
「やはり、光が強いと影は濃くなるものですか?」
「そう言うこと」
「そして召使、星名選手の顔を掴んでいる、掴んでいるが……ダメージは受けているのか?!」
「それが、物理的ダメージじゃないんだな」
星名くん、闇魔法が嫌いだって言うなら、それに対抗するためにもう少し闇魔法を勉強しておくべきだった。
「影には実体がない。だから物理的ダメージは皆無。ただ、触れた相手の魔力を吸い取る。長い間触れられてると魔力カッスカスになるぞ」
「それはまずい! 星名選手、知っている光魔法が効かない上に実体のない相手に魔力を吸い取られれば、何の抵抗も出来ないぞ!! とりあえず逃げろ!」
安藤くんの実況に星名くんは影の手から逃れようと走るが、もう密着してしまった影は離れない。
「ダメだ、影は離れない! 流選手、何と言う化け物を召喚したんだ! 星名選手に逃げる術はあるのか?!」
実はある。しかもたくさん。
那由多くんは闇魔法に長けてはいるが、それでも本当の勇者から見ればやっと初心者から脱却できたくらいのもの。影召使召喚なんて、無敵に見えるが、実は初歩的な魔法で逃れられる。光魔法に固執する星名くんがそれに気付くかどうか。
「そしてそして! こちらでは風岡選手のラッシュが未だに続いている! 幾野選手、隙を見ての打撃はあるが、風岡選手に有効打撃を与えられない! 得意の懐に潜り込んだと思っていたが、逆に懐に入られている!」
星名くんが気付くか。それでこの試合は決まる。
「う……くっ」
「星名選手、辛そうだ! 時間が経てば経つほど魔力が落ちていくぞ! 影召使から逃げられない、逃れられない! ……と、いや?」
小声で星名くんが呪文を唱えている。これは……そう、気付いたんだ。
「魔封!」
一瞬、星名くんの顔に張り付いていた召使の手が弾かれた。再び触ろうとするが、上手く触れないようだ。
そう、召使は、光にも物理にも強いが純粋な対抗魔法には弱い。魔封や闇保護は天敵だ。
「闇魔法を勉強しとくべきだったな。星名くんは」
「なるほど、光に強くとも、魔法……対抗魔法には弱いのか! 影召使、動けない! 星名選手に触れられない!」
「じゃあ、これは意味ないな」
那由多くんはパン、と手を叩いて影召使を消した。
星名くんの顔色が悪い。魔力をかなり吸い取られたと見える。一回戦のおっさんと同じ感じだ。しかし後一発、二発は使えるだろう。那由多くんはそれにどう対抗するか……。
「きゃああっ」
悲鳴が聞こえてそっちを向けば、体中に切り傷を作った幾野さんがどんどん押され、そして体当たりを食らっていた。
場外。
これ以上やったら下手すれば失血死していたかもしれない。勝利が決まったとハルナさんは判断し、場外に叩きだしたのだ。
「風岡選手見事3キル! 幾野選手を場外に叩きだした! これで残ったのは星名選手だけ、しかも魔力が残り少なく、必殺の魔法は使えるか! 不利だ、圧倒的不利!」
「まだ……負けてない!」
星名くんは呪文を唱えだした。
ハルナさんがダガーを持って走る。
星名くんは同じくダガーを持ちながら、呪文を唱え、大きく横っ飛びに避けながら、呪文を完成させた。
「分身!」
ハルナさんが軽く舌打ちした。
星名くんの魔法は完成し、そこにいるのは十人の星名くん。
魔法で自分の幻影を作り出す、分身は、分身はダメージを与えられないが、見た目は全く同じ分身を作り出すので、一人ずつ潰していくしかない。そして、一人ずつ潰している間に本体が回り込んで一撃を加えるというなかなかに嫌らしい魔法だ。
大剣を一閃させれば本物ごと分身を潰せただろうけど、大剣は向こうに捨てたまま。今から取りに戻るハルナさんではない。しかし彼女の持つダガーで十人をまとめて攻撃するには……。
だけど、那由多くんが呪文を唱えた。
「ふん。こっちを一撃で殺す魔法は打てるかな?」
「そんなことをしなくても本物は見分けられる」
那由多くんは呪文を解き放った。