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第63話・勇者の息子

「初めっ!」


 武永は長剣と盾を手に(もちろん学校支給品。オレたちのも)、胸を張って、「どこからでも来い受けて立つ」という雰囲気で立っていた。


 あーそうかよ。オレたち雑魚が何をしても痛くも痒くもないって言いたいんだな?


 よし、確実に決意は固まった。


 倒して、泣かす。勇者の息子だってのに雑魚に負けたってワンワン泣かしたる。


 オレはにやり、笑った。


「何考えてんのか、分かってるぜ」


「ほう?」


「オレたちには傷一つつけられない、って言いたいんだろ?」


「当然だろう。こちらは生まれた時から勇者としての教育を受けているんだ」


 なら何でハルナさんにはない雑魚感を出して堂々としてられるんだ? 


「じゃあ、もしも、オレに負けたら、赤っ恥だな」


「たち、にしてもいいぞ? 二対一でも負ける気はしないな」


「あっそう」


 オレはニヤリと笑った。


「二対一だから負けた、なんて言わないんだな?」


「言うわけない、私は勇者だ」


 完全に勇者の()()でしかないことを忘れている。


 勇者じゃないぞ、息子なんだぞ? お前は。


 分かってないなら、分からせてやる。


「じゃあ初手は、耐火レジスト・ファイアだ」


 オレは自分に受ける炎の威力を弱める魔法をかけた。


「ふん、火球爆発ファイア・ボールでも放つと思ったか? 私はあんな無理やり全体を巻き込む魔法は好きではない」


 苦手、なんだな。


 しかし安心しな、火球爆発ファイア・ボールを警戒してかけたわけじゃねぇよ。


 分かるかな? 分かんないだろうな。


 武永は畑さんを二科のほうに追いやって、オレと一対一の態勢を作る。


 完璧に舐められてる。


 ああそうかよ、なら覚悟しな、勇者様。


「行くぜぇええええ!」


 その後ろから、おっさんの呪文が来た。


暴風ウィンド・ストーム!」


「なんと、第三科が真っ先に動き出しました! 神那岐選手、耐火レジスト・ファイアで自らを守って、武永選手に槍を構えて向けて単独突進! 同時に土田選手が暴風ウィンド・ストームをぶっ放す! 武永選手狙いなのか、しかしこのままでは神那岐選手も暴風ウィンド・ストームに巻き込まれるぞ?! 最初の一手としてこれはまずくないか?!」


 まずいに決まってる、文字通りの特攻だ。だけど最初から勝つなんて思ってない。武永泣かす。それだけだ。


 ぶおっと後ろで風が広がるのが感じられた。


 オレの背後に風が、目の前には武永がいる。


 今だ。


炎壁ファイア・ウォール!」


「何とぉ?!」


 安藤くんの声がひっくり返る。


「ここで神那岐選手、まさかの炎壁ファイア・ウォールだ! 防御魔法で何をしようと言うのか?!」


 何もしねえ。


 炎に包まれたまま突進をかます。


 炎壁ファイア・ウォールは範囲魔法……広範囲に広げてかけられるが、特徴として、その()にしかかけられない。その場を()()ようにしかかけられないのだ。中にいる人間が移動すると動かない炎の壁に焼かれる羽目になる。


 走りながら炎壁ファイア・ウォールをかけるなんて、自殺行為でしかない。


 だけど。


 こっちは最初っからお前一人倒すためだけに策練ったんだ。勇者じゃなくて勇者の()()でしかないってことを思い知らせてやるために。


「フン、かかってこい」


 オレが走りながら炎壁ファイア・ウォールかけたのに気付いても、余裕余裕の姿で。


 絶対、泣かす!


 ぶわっと炎が風にあおられる。


 炎風が辺りに広がる。


「うおお?!」


 武永が間抜け面で辺りを見る。


 一人で立っていた武永も炎の風に巻き込まれていく。


「な、なんだ? 何?」


「なんと、炎壁ファイア・ウォール暴風ウィンド・ストームに煽られた! なんだこれは、合体魔法とでも言うべきか?!」


 説明ありがとう安藤くん、この目の前の馬鹿ッたれに説明してやる手間が省けたわ。


 熱風で皮膚がひりひりする。髪の毛がチリチリと焦げる。それでもオレは耐火レジスト・ファイアがあるからいいが、まともに受ける武永はたまったもんじゃないだろう。


 オレもおっさんもまだまだ未熟だから、暴風ウィンド・ストームで相手をずたずたに切り裂くのも炎壁ファイア・ウォールで通り抜けてきた相手を焼き尽くすことも完璧にはできない。だから、魔法をかけ合わせる。


「これは、そうか、炎風ファイア・ストーム! 炎を巻き込んだ風が神那岐選手とその先にいる武永選手を巻き込んでいく!」


 余裕かまして防御魔法をかけなかったのが災いしたな武永、魔法保護プロテクション・マジックでもかけておけば威力が半減したってのに。


 槍を構えて突進。熱風に焦っている武永は、オレが目の前に迫っているのに気付いて初めて表情を変えた。


 まずい、という顔に。


 今更気付いても遅い、ハルナさん並みの反射能力があるなら別だが、どう見てもお前にはないよな武永。


 慌てて盾を構えようとする武永に、炎風ファイア・ストームと一緒に突っ込む!


「なるほど、これは、肉を切らせて骨を切る! 神那岐選手、武永選手と場外心中のつもりだあ!」


 当たりだよやるな安藤くん!


 どすん!


 槍を構えて盾を弾き、そのまま体当たりをぶちかます。


「うわああ!」


 武永が吹っ飛んだ。


 当然、相手が吹っ飛ぶ勢いで体当たりしたんだから、オレも場外だ。


 炎に包まれて飛ばされた武永は、ごろごろ転がり回ってあちこちの火を消そうとする。


 オレは、耐火レジスト・ファイアで大した火傷はしてなかったけど。


「神那岐君、怪我は!」


「ない! それに目的達成! おっさん、あと頼むわ!」


「ひ……卑怯だぞ!」


 治癒魔法を受けながら、武永が絶叫していた。


「これは作戦か第一科、神那岐選手、優勝候補の武永選手と心中成功! しかし残った土田選手だけで勝利はつかみ取れるのか?!」


 掴まなくていいわ。オレは満足したし。負け犬の遠吠えは心地いいわあ。


「ひ、一人で勝てないからってあんな反則技で!」


「どこが反則だか言ってみな」


 周囲を取り囲まれて治癒キュア・ウーンズをかけられている武永は、オレに吠え掛かる。


「ふ、二人がかりで!」


「二人がかりでいいってったのはお前じゃねえか」


「魔法を使って!」


「勇者だから魔法も使えるはずなんだけど? 先生、魔法の使用は可だよな?」


「もちろんです」


 駆けつけた博が保証してくれた。


「なら魔法攻撃は卑怯でも何でもない。第一、お前、オレが最初に耐火レジスト・ファイア使ったの見てたろ」


 オレは座り込んでいる武永の遠吠えを聞きながら、冷静に言ってやった。


「だったら火でなんかするって言うのは気付くだろうが」


 ふん、と鼻で笑ってやる。


魔法保護プロテクション・マジックか、耐火レジスト・ファイアがあればなんとかなったんだ。お前は自分から勝ち目を捨てたんだよ勇者の息子様」


「…………!」


 オレは自分の焼け焦げに治癒キュア・ウーンズをかけながら、睨み上げてくる武永を見下ろした。


「なーんだ、自分のケガも治せないのか。治癒キュア・ウーンズ回復ヒールは必須だってのに、勇者様の息子さんは覚える必要ないって判断したのか。それでよく一人でやれるなんて言ったもんだな。補助・回復系は絶対必要なのに、目立たないからって覚えなかったと。あーあ、オレたちに負けるなんて赤っ恥だな? みっともないよな? 恥ずかしいよな? 気分はどうだ、オレたちにあっさり負けた気分は」


「う……お……」


 武永は地面に拳を叩きつけた。


「うおおおおおおおおお!」


「武永選手、叫んでいます! そうでしょう、あれだけ強い自分をアピールしておいて、一人も倒すことなく――心中だから倒したわけではなく――開始早々に戦場から消えた! これは恥ずかしい、勇者の息子だと散々言っていたあれは何だったんだ!」


 安藤くんありがとう。あんたのことよく知らないけど大好きになりそうだわ。


 チラッと見物していたハルナさんと那由多くんを見る。


 視線に気づいた二人は、こっちを向いて。


 ハルナさんはよくもまあ……と言いたげな苦笑を浮かべ、那由多くんはぐっと親指を立てて突き出していた。

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