第61話・一石二鳥を狙うヤツ
「聞いたよ三科」
授業のため廊下を移動中に、二科の星名くんが声をかけてきた。
「一科と賭けするんだって?」
「あっちから言い出してきたんだ」
オレはぶすっと答えた。
使い魔の譲り渡しは不可能。だけど、マスターがその人と一緒にいるように、と言えば、使い魔は別の人間と一緒にいるのだ。……もちろん所有権はマスターのままで、使い魔が望まなければ意思疎通も出来ないけど。
「少なくとも、一科は勝つ自信があるみたいだ」
「練習もしないで?」
「うん、……無受験入学って知ってる?」
声を潜めた星名くんに、オレは咄嗟に知らない顔を取り繕った。
「一科の武永栄泉ってのが勇者の息子らしくて、それで無条件でこの学校に入学出来たって」
無受験入学。この学校の推薦入試みたいなもんだ。勇者が身近にいてそれに鍛えられた人間は、優先的にこの学校に入学できる。ハルナさんが言っていた。ハルナさんは無受験を嫌って入試を受けた人だから。
「だから勇者の仕事も戦闘も魔法も何でも知ってるって、こっちに聞こえるように自慢してくるのを聞いたことがある。……君たちは聞いてなかったけど」
うん、それは知らなかった。時間外訓練するために削れる時間は削ってた。食事なんて重い運動着でどれくらい早く動いて咀嚼して次に行けるかの練習みたいなもんだったしな。
てか、ハルナさん、前言ってたよな。無受験は強すぎるんで、一般入試の勇者候補とは別に一人だけで教えられたりするって。なのに一科に入った?
「その武永におんぶ抱っこだから、武永さえいれば勝てると思ってるみたいだ」
「あー。クソだな」
「それと、さ」
星名くんが更に声を潜める。
「賭け、二科も入りたい……って言うか入らせてくれ」
オレは眉を吊り上げた。
「お前らもオウル狙いなのか?!」
「ウチの女性二人が賭け物にオウル君が出てるって聞いて、異様に盛り上がったんだよ。勝てばオウル君をモフモフできるから頑張るー! って」
「でも賭けだぜ? 一科と三科の賭け。あっちは魔力のコアでこっちはオウル、お前らは何出すの」
「これでどうかな」
星名くんは無限ポーチから、繊細な飾りの施された短剣だった。
「これは?」
「こっちも抜き打ちテストの賞品だけど、聖別短剣って言って、邪悪な存在に有効なんだそうで」
「いいのか? コアが使えない一科に比べて、これそのまま武器になるじゃないか」
「オウル君ゲットするのに賭けるなら、こっちも本気を見せないと! って持ってる装備の中で一番のモノを出した。これでどうだ?」
「一応他の三人に聞いて見てからじゃないと分からないが」
「相談してくれ。こっちのやる気がかかってる」
星名くんはじゃあなーと去っていった。
「で、オウル君を賭けの材料にしたと」
「していいかって聞こうと思ったんだ」
「オウル君は人気だねえ」
「ぼく、にんき?」
「大人気」
今はハルナさんがオウルをモフっている。
「だいじょうぶだよ。えっと、かけもの? にしていいよ」
「オウル君、私たちが負ければ君は別の誰かのものになってしまうんだよ?」
「だいじょうぶ。だってぼく、しってるもん。みんなががんばってつよくなってるって。ぼく、わかるもん。だから、しんぱいしてない」
「あーもうオウル君可愛いっ」
ハルナさんはオウルをぎゅっと抱き締めた。
「風岡さん、順番だよ、変わってくれよ」
しぶしぶおっさんにオウルを渡したハルナさんを、手招きした。
「何?」
「武永栄泉って知ってるか?」
「武永……ああ、先生から聞いたわ。今期たった一人の無受験合格者」
「そいつがいるから一科は強気に出られるんだって」
「なるほどね」
ハルナさんは右手の親指を軽くかんだ。
「そういう自信があるから、あんな賭けに出られたわけ」
「ハルナさんは知ってるか?」
「知らない」
「そっか、無受験の縁で知ってると思ったんだけど」
「でも、第一科に所属してるのよね」
う~んとハルナさんは唸って、そして首を傾げた。
「対戦者を選べるようであればわたしが相手するわ」
「うん、それは頼むわ。対戦方式がどうなるか分からないけど」
「でも、大丈夫だと思うわよ。努力はちゃんと応えてくれる」
三日後、対戦形式が決まった。
バトルは最低二回行われる。くじ引きで二人ずつ出して、二対二対六人バトルを二回行う。そこで二勝した科が出ればそれでよし、一科ずつ残った場合はその二組が最終決戦。
「くじ引きかあ」
「かなりくじ運に左右されるわね」
「理想としては、前衛後衛一人ずつだけど……」
「そうならない可能性もあるからね、何か考えないと」
貼り出されたルールにオレたちが考え込んでいると。
「フン、こっちは確実に一勝をとれるってことだ」
本当に無受験野郎におんぶ抱っこだな。
「まあ、勝ちは任せておけ」
初見の大柄な青年が胸を張った。
「勇者、武永末政の息子、武永栄泉が一科に勝ちをもたらす」
なるほど、あれが無受験ね。
武永末政って知らないな。調べてみよう。
それよりも、今は。
「今から泣いて謝れば取り下げてやるぞ、無謀な挑戦を挑むことはない……って、おい!」
武永が何か言うのを無視して、オレたちはさっさと次の授業へ向かった。
そこで勇者の息子だという自慢話を聞いてやる義理はオレたちにはないしな。