第59話・対抗馬
「お」
角で誰かとぶつかりかけたのが、魔の抜けた声が上がって、消えた二人の代わりに顔を出す。
「第二科の」
「星名秀彦。悪い、途中からだけど聞いちゃった」
オレより若いけど那由多くんほどじゃないだろう彼は、苦笑してた。
「土田さんだっけ、結構怖いんだね。最年長で勇者になれるかって言われてたのに、あそこまで言葉で相手を追い詰められるんだ」
「何なんだあいつら」
それまで黙ってた那由多くんは憮然と呟いた。
「図々しいだの点が欲しいかだの。そんなもので魔王が倒せるわけないだろうに」
「へー。じゃあ先生から聞いたのはほんとだったのか。第三科が一ヶ月で魔王と戦った話」
「戦ったっつーか……あしらわれたな」
「ああ、指二本で大剣を投げ返されたしね」
「正直、あんなのあと十一ヶ月で倒せるかと思った」
おっさんと那由多くんも頷く。
「そんな強かったのか」
「マジ強い。てかオレたちが弱いのか。あいつ、戦う気のなさ満々で、オレたちの攻撃全然効かなくて、挙句攻撃もせずに追い出された」
「子供扱い?」
「ハムスター扱いだな」
「ハムスターは噛みつけるだろ。俺たち一撃も与えてないんだぞ」
「じゃあアリだ」
「とにかく強い、ということだね」
三人揃って頷く。
「そうか……こっちも材料とか探しに行った方がいいかもな……」
星名くんは腕を組んで天井を見上げた。
「ある程度の山の知識を得てから野外授業するって言ってたけど、その為にも装備は揃えておいた方がいいか……」
うんうんと三人で頷いた。
「先走ることを先生が止めてないってことは、できたらどんどん次へ行けってことだろ。多分そうでなきゃ魔王を倒せるレベルにはなれない」
「うちの女性陣キーキー言ってたよ。ミスリルの装備も羨ましいけど、何よりあの使い魔が羨ましいって。そう言えば彼、いないね」
「オウルも疲れてると思うから」
「うん、オウル君、学校の女性陣の間で人気出てるんだよ」
『オウルは第三科の』だ」ですよ」
「だからオウルはオレの使い魔だって言ってんの」
「可愛いし死霊の死霊使役者って強いスキル持ちだしね。何より小首傾げてる姿が可愛いから私もフクロウの使い魔作る、そして魂入れるなんて張り切っちゃってさ」
そうか、飯時に時々キャーって声が上がってたのは、第二科の女性二人か。なんかこっちに視線が来るなーと思ってたらオウル見てたのか。そういや第一科にも女性一人いたけどあっちからも声上がってたよなー。
「使い魔はともかく、死霊使役者の魂は入れれないだろ。何処で見つけるよ」
「うん、だから、そう言うのがいそうな異世界行こうって張り切っててさ……でもとりあえず装備を揃えなきゃまずいって忠告と材料集めなきゃって提案をしよう。ぼんやり考えてたけど、今の会話でそれを確信した。土田さんの言う通り、僕らに時間はあまりない。風岡さんが時間ギリギリまで魔法の練習をしてたのもそうなんだね?」
頷いたのに星名くんも頷き返す。
「じゃあ、僕らも君たちをマネするよ。勇者になるにはなりふり構っていられない。材料集めを先生に聞いて見るよ」
「うん、それがいい」
おっさんは穏やかに笑って頷いた。
「何か協力できることがあったら言ってくれれば、可能な範囲で応じるよ。卒業のためには魔王を倒す、残り十ヶ月でそれくらい強くならなきゃいけないからね」
星名くんは頷いて去っていった。
「あ~せっかく風呂上がりのいい気分だったのに害された。害された!」
「那由多くん。繰り返さなくても分かってるって。つーか」
オレはチラッとおっさんを見た。
「おっさん、意外と怖かったんだな」
「いやーちょっと常識知らなかったみたいだから忠告しておかないとって娘を叱っている気分だったな」
「そうか、土田さん家族がいたんだっけ」
「過去形だけどね。離婚されたし娘は既に成人してるし」
「あんな調子で怒られたらオレ泣いてた。うちのかーちゃんがすぐ手が出る人だったけど」
「それに抵抗して七年ニート続けられるお前は何なんだ」
「しかし七年目にして堪忍袋の緒が切れて、八年目で家を追い出されました。恐ろしや恐ろしや」
「結局職に就かないとまずいのは確かだからな、僕たち三人とも」
「その為には魔王を倒すしかない」
「その為には使える魔法を覚えなきゃいけない」
「もっと知識も知っておきたい」
「装備ももっと上級クラスが欲しい」
「最低でも無限ポーチは欲しい」
「実践と実戦をもっと積みたい」
「大変だ、やらなきゃいけないことが多すぎる」
指折り数えて、その多さにプチ絶望したくなった。
「まあ、同時進行でやれるのはやっておけばいいよ。材料探しに行けば実践と実戦は積めるから」
「とにかく今は、広範囲魔法かな?」
「それと、炎壁みたいな自分たちの身も守れる魔法もだ」
おっさんが追加してきた。
「そうだな、オレの魔法盾も、防御力を上げるだけで壁になるわけじゃないからな。結界みたいな魔法がいる」
「僕の魔法はどうしたって攻撃的なものが多くなるから、おじさんか雄斗にそっちは任せる」
フルーツ牛乳を飲みながら那由多くんは続けた。
そこへ、女性浴室から出てきたハルナさんと出っくわした。
今までの話をかいつまんですると、ハルナさんは首をかしげてから、頷いた。
「話に出てたけど、壁は?」
「壁?」
「炎壁に代表される結界魔法よ。那由多くんの暗炎壁は応用バージョンだけど、風とか土とか、水とか、光とか闇の壁もあるわ。使い分ければかなり強力になるわよ」
「なるほどねー……じゃあオレ、魔法の面では本格的に回復・防御に回ろうかな」
「そうしてくれるとありがたい。わたしの肉体操作系はある程度以上強くならないと良い効果が出ないんだ。攻撃魔法を覚えるのに同時進行で結界も、なんてなったらついて行けない」
「そうだな、おっさんが広範囲魔法を覚えてくれれば那由多くんに負担かけなくて済む」
「……僕がいらないとか?」
「んなわけねーだろ。那由多くんには闇魔法を極めてもらわないと。闇魔法にはえげつない攻撃力の魔法がたくさん揃ってるからな。魔勇者になるには闇魔法を極めないと」
「ふん」
那由多くんはちょっとにやっと笑って、すぐ表情を戻した。
「だけど、気になるな、一科の人たち……」
おっさんの呟きを、オレは何故か心に刻んだ。