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第58話・向けられた敵意

「三日振りの風呂だー!」


 寮の風呂で、オレは背筋を伸ばした。


「ベッドで眠れるのも風呂に入れるのも、恵まれているんだねえ私たちは……」


 おっさんもしみじみ呟く。


「マント一枚被って寝るのは寝心地悪かった。今度はちゃんと毛布、持っていく……」


「流君は準備が苦手なんだねえ」


「雄斗みたいに何でも持っていくって考えがないからな」


「オレは持っていけるものは全部持っていく主義だからなあ。無限ポーチは絶対に作ろう。あれがあればオレは悩まなくても済む」


「ていうかお前、修学旅行とかどうしてたんだ」


「人の三倍荷物があった」


 だべりながら風呂を満喫して、更衣室へ。風呂に入れる時間は一時間。夕食後から点呼までの三時間で科ずつで入っていく。今日は第三科は最後の一時間だった。


「てか、オウルは?」


「部屋で寝てる」


「風呂に連れてこないのか」


「フクロウって風呂入らないだろ。ニホンザルじゃあるまいし」


 三日間期着続けていた下着を洗濯物入れに放り、ご機嫌で至福の風呂タイムを終える。


 自販機でコーヒー牛乳を買って、それを飲んでいると、足音が聞こえた。


「?」


 第三科が最後の順番だから、浴室に用のあるヤツなんていないはずなのに。


 現れたのは。


「これはこれは、三日間風呂にも入らずきったなくなって風呂時間を遅れさせられた第三科の皆さん」


「えーと、第一科の……」


「瀬能。瀬能せのう俊之としゆきだ」


 基本科単位で授業を受けるので、他の科と顔を合わせる時間は食事時や自由時間に限られる。だから結構顔しか知らない相手が多い。


 瀬能と名乗ったこいつも、食事時間にしょっちゅうこっちを見てるなーオレと同年代かなーまあいいや他の科のヤツと何かすることもないしーで、四角四面の嫌味っぽい真面目君顔の彼と、まともに話したこともなかった。


「そこまでして点数を稼ぎたいのかねえ」


 後ろにいるのは、確か同じく第一科の、小柄でコマネズミみたいで何かやけに一番に食堂に入りたがって全力疾走している……。


「誰?」


小黒おぐろ久隆ひさたかだ!」


「それは失礼。知らない」


 那由多くんの言葉に小黒が噛みつく。


「知らないだと! 共に学んでいる人間を知らないなんて、よくも言えたものだ!」


「知らないものは知らない。挨拶なら初めまして。これでいいか?」


「この自意識過剰野郎が!」


「えーとそれで、何か用ですか?」


 こういう場合の折衝役は第三科はおっさんに任せてある。オレや那由多くんじゃ、見ての通りすぐに罵詈雑言ぶつけあいになるからな。


「ああ、最年長の役立たず」


 カチンと来たね。


 おっさんは特に何とも思ってないようだけど、オレと那由多くんは来たよ、カチンと。


 オウルが癒しなら、おっさんは判断装置だ。すぐに暴走するオレたちに常識と冷静でストップをかける良識代表だ。ニートと中二病と他人にあんまり興味がなかった三人が特に大喧嘩することもなくまとまっているのはおっさんのおかげだってことを、三人とも知っている。


「てめ」


 え、と言おうとして、オレは口をふさがれた。おっさんが手を伸ばしてオレの口を塞いだんだ。


「まあ、確かに最年長ですし役立たずですが、第三科の人以外に罵られるいわれもありません。それで? もう一度聞きます。何の御用ですか?」


 瀬能も小黒も、おっさんの声が一段低くなったのに気付いただろう。


 話すのは初めての人間に、役立たず呼ばわりできるヤツはいない。


 いるとすれば、それは常識ってものを知らないヤツだ。


 そして、この目の前の二人は知らないヤツだ。


 だけど、このケンカを買ったのはどうやらおっさんらしいから、オレたちは黙っておこうとオレは那由多くんに視線を向けた。那由多くんが小さく頷く。


「ず、図々しいマネはやめろと言いに来たんだ!」


「図々しい。何をもって図々しいと?」


「勝手に材料集めに行ったり、勝手にこっちより先に課外活動したり! 図々しいんだよ、そこまでして点数が欲しいか!」


「点数はいりませんが」


 おっさんはいつもの穏やかな笑顔で、しかし声だけが低い。


 おー怖。


 こんな一面も持ってたのかこのおっさん。


「私たちは私たちに足りないものを判断して、それを手に入れるために行動しただけです。ただ教えられるだけで実行に移さないのとは違います」


「何だと!」


「私たち第三科が求めたのは経験です」


 おっさんは静かに続ける。


「あなた方は一度でも、卒業条件である魔王と戦ったことがありますか?」


「え?」


 小黒が間の抜けた声を上げる。


 そうだろうなあ。那由多くんが言わなかったら、オレたちも魔王と戦おうなんて欠片っぽども思わなかったろうから。


「私たちは戦いました。自分たちの目指すものは何か、それを阻むものは何か、それに足りないのは何か、知るため」


 ますますおっさんの声が低くなっていく。


「その結果、実力の他に装備が足りないとなり、勇者としての最低限の装備に必要なのはミスリルと判断した。だから材料集めに行った」


「そ、それが図々しいって!」


「最後まで聞きなさい」


 ……おー怖おー怖。


 おっさんがキレるとこうなるんだ。覚えとこ。


「装備が揃って、何処まで通用するか、そして何が足りないか、それを判断するために野外活動の許可をもらいました。この三日で、足りないものが分かり、必要なものが分かりました。これからも私たちはそうし続ける。何故だと思いますか?」


「はんっ! 点数が欲しいからに決まってんだろ!」


「まだわかってないんですね」


 おっさんの声が、哀れみさえ帯びた。


「私たちに与えられた時間は、たったの一年なんですよ? そのうち二か月近くが過ぎた。残った時間はあと十ヶ月。十ヶ月で、先生の教えるとおりに行動していれば、勇者になれると本気で思ってるんですか? 本気で、今の進行度で魔王を倒せると思っているのですか?」


「そ、れは……」


「私たちは勇者になるためにここに来た。そして時間が一年しかないのなら、勇者となるには次へ次へと進み続けるしかない。だからこそ、先生も許可を出すのでしょう。本当に分かってるんですか? 私たちの行動は、全て、先生の許可を得ている。そうしなければ間に合わないから、先生は許可を出すのですよ?」


 二人は黙ってしまった。


「先生に言われた通り動くだけならそれでもいいでしょう。ですがね、魔王とのレベルの差を埋めるには、堅固な努力が必要だと私たちは気付いた。先生に言われてから行動しているなら、遅いです。いいですか、もう二ヶ月も過ぎたんですよ」


「へ、屁理屈を!」


 叫んで瀬能と小黒は走り出した。背を向けて。


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