第56話・ふくふくまん丸の威力
ハルナさんが自分のことを語るなんて滅多にない。
魔法以外の授業では何でもみんなの先を行く、いや、むしろみんなを率いているんだ。
オレにリーダーシップがあると博は言っていたが、冗談じゃない、ハルナさんの方がよっぽどリーダーっぽい。
だから、そんなハルナさんが弱みをさらすなんて、青天の霹靂だった。
でも、オレは相槌を打ちながら聞く。
多分、彼女がオレにしてほしいことは、黙って聞いてほしい、それだけだろうから。
「小さい頃は純粋に嬉しかったのよ? 立派なお父さんと同じ勇者になれるって。でもね、だんだん分かってきた。勇者は綺麗事だけじゃなれないって」
「どういう意味?」
「言葉通りよ。命に優先順位はつけられないのに、私の判断で助かる命と失う命が出てくる。助かった方に感謝されても、助けられなかった方への痛みが大きい。だから、父は言ってた。『お前と組むヤツらがいればいいな』って。そんな弱いヤツを助けるなんてお断りだって言ったら、父は微妙な顔をした。『弱いというのは、腕っぷしか? 魔力か? 度胸か? 根性か?』って」
初めて会った頃のハルナさんなら、「全部」って答えそうだな。
オレはぼんやり思いながら、焚火の向こうにいるせいで揺らいで浮かび上がるハルナさんを見ていた。
「父はこうも言ってた。『一人だと、誰も背中を守ってくれない。誰も話を聞いてくれない。何をしても、何をやっても一人だ。だから、俺はいつも誰かと組んだ。どんなに大変でも、手を組んで、死線を共に乗り越えれば、どんな相手でも最高のパートナーになれるんだって。だからかしらね、わたしがわざわざ受験を受けるって決めた時、父は言ったわ。頑張れよって。良い仲間と会えるといいなって」
「会えた?」
「良い仲間かはまだ判断つかないけど」
「ははっ、キツイな」
「何せ最初が最初だったから。どう見ても筋肉のきの字もない二人に運動が苦手って言ってた熟年が一人だったからね、こんなだったらポリシーを曲げても無受験で入るべきだったかしら、とにかく期待できないんだからさっさと学校へ行こうって思って」
「そうだったな、それでケガをした時オレたちと出会ったんだ」
「頼りないことこの上ない三人だったのに、ちゃんと手を組んで、モンスターの森を移動してた。あなた、言ったわね。『足手まといと一緒に行動するか? もしくは一人で救助隊でも待つか?』って」
「言ったような言ってないような……」
「正直に言えば、屈辱だったわ」
ハルナさんの声は心底悔しそうだった。
「見捨てた受験生に助けられて、しかも助けがなければ合格できない。こんなに自分が弱かったなんて思わなかったし、冒険をしたこともなさそうな初心者に正論ぶつけられたのも悔しかった。でも、確かにその通りだったから、頷くしかなかった。頼りにならない相手に命を預けなければならない恐怖、分かる?」
「……悪い、分からない」
「うん、分からなくていいの。これはわたしの個人的な事だから」
「ハルナさん」
「でも、でもね。弱くて、どう見てもてんでんばらばら、気が合うなんて思えない三人なのに、変な時に力が組み上がる。抜き打ちテストの時もそうだった。あなたが予想以上の荷物を持って現れ、土田さんが村人から細かく話を聞いて。那由多君は……ちょっと役に立ってなかったけど」
思わずオレは吹き出して、慌てて口を塞いだ。
「その時、思ったの。わたしがいなくてもいいんじゃないか? って。この三人なら、役割分担して、成し遂げる。むしろわたしが異分子なんじゃないかって、そう思った。強いからってあなたたちを見下してるたのに、大したこと全然やれてない。それなのに、わたしがあなたたちのパーティーの一員だから、村人たちの感謝を得られたんじゃないかって。その時、また、受験の時の感情が、今度は違う形で顔を出した。悔しいって。自分にも何かやれることがあったんじゃないかって」
「……そっか」
「だから、魔法制御の訓練も、体術や剣術の訓練も、本当に初歩からやり直すつもりで努力した。魔王と勝ち目のない実験バトルをするって那由多君が言った時も反対しなかったし、強くなるには最低でもミスリルって教えもした。あなたの命が狙われてる状況や、オウル君のこととか。そうやってるうちに、何だか、そうね……。自分が丸くなったように感じたの」
「丸く?」
「いびつだったけど、角が少し取れたみたいな。そしてね、見下してた連中のレベルまで身を落とした、そう思った時、気付いたの。意外と幸せって、こういう中になるのかもしれないって。毛布を持ってこなかった那由多君を叱ったり、みんなでオウル君取り合ったり、ケンカしたり、教えたり教えられたり。そんな時間が、本当に楽しいんだってわかった。一人でいるのもいいけど、誰かといるのも案外楽しいって思えてきた。これは堕落かしら?」
「堕落とは言わないだろ」
機嫌よくまん丸になったオウルにほっとして、頭を撫でてやる。
「触るものをみんな傷つけるような尖った人間を、誰も魅力的だとは思わないし近寄りたいとも思わない。それ見ろ、オウルだって、ボサボサになったり、びしょ濡れだったりするのとふくふくまん丸だったらまん丸選ぶだろ」
「オウル君なら何でも可愛い」
「あ、そ……」
「でも、そうね。確かにふくふくまん丸のオウル君は可愛いね」
「ハルナさんもそうなって来てるんじゃないかってオレは思うんだけどな」
「オウル君みたいに?」
「そう。毛並みを整えるか乾かすかすればもっと丸くなれる。丸いオウル君の攻撃力は半端ないだろ」
ハルナさんの顔がほころんだ。
「凶悪ね」
「ハルナさんだって丸くなれば凶悪になれるよ」
「なれるかしら」
「元がいいから、なれる」
「あら」
クスッとハルナさんは笑う。
「オウル君並みに可愛かったら、取り合ったりされるかしら」
「そうだろうな。可愛いってのは武器だからな」
「可愛いに可愛いを足したら強いわよね」
ハルナさんはしばらく考え込んで。
「じゃあやっぱりオウル君ちょうだい」
「オウルを狙うな、自分で召喚しろ」
「オウル君は中身も合わせて可愛いの。中身がなきゃ」
「……言っとくけど、魂込みでオレの使い魔になってるからな。オウルの肉体と魂、無理に引き離せば魂が崩れるからな」
「卑怯」
「しょーがないだろ、使い魔学の先生に教わったんだから」
「じゃあせめてモフらせてよ」
「しゃーないな、特別にモフる許可出してやる。ただし」
「な、なに?」
「モフってぼさぼさになった羽毛はきちんと直すこと」
「大変だったのね」
オウルはぱさぱさと羽音を立ててハルナさんの方に行った。
「オウル君、可愛い、可愛いねー」
「うん、ぼく、かわいい」
ハルナさんは表情を崩して、オウルに触れていた。