第54話・神様のおかげかしら
「ところでここに祭られているのはどんな神様だったのかしら」
石段を下りながら、ハルナさんは思い出したように呟いた。
「天照大御神? 大国主? 八幡?」
「純粋に、この山が聖地であり禁足地であったからね」
おっさんが答える。
「異世界と繋がりやすいから?」
「うん。色々なモンスターが現れたけど、色々な知識を持った別世界の勇者が倒したりもしていたらしい。幸いも災いも山から来て山に帰るから、山自体が御神体。祟り神でもあり、守護神でもあったんだ。ハザマ様と言えば地元の人には通じるよ」
「でも、僕はこんな場所があるなんて、聞いたこともなかった。日本の有名なパワースポットなら大体網羅してるのに」
「ここは政府の施設だからねえ」
那由多くんの疑問におっさんは苦笑した。
「本当に異世界に繋がっていて、モンスターがいて、魔法があって、勇者の力を身につけられると知られたら、一体どれだけの人数が集まってくると思う?」
「山が人で溢れるな、うん」
「だから、江戸時代までは割と知られた修験場だったんだが、明治政府は直轄地として、諸外国からも、日本国民からも隠し通すようにしたんだ。諸外国に対する切り札にするためにね」
「その結果が、現在の勇者養成校に続く、と」
「そう言うこと」
この山は、意外と歴史があったらしい。
「じゃあ、ここのお社は?」
「何でも、ハザマ山の中でも最も力を与えられる聖地と伝えられていてね、今でも、何人かの勇者が来る度にお参りしていくとか」
「え、それだったら、改めてお参りしなおす」
聖地という言葉に敏感な那由多くんが反応した。
「勇者の力が増える様お参りしなおす! 雄斗、小銭! 小銭貸して!」
「人の金で神頼みするなよ」
「返すから僕のお金だ!」
「残念だねえ」
おっさんがくっくっと笑った。
「なんだよ土田さん」
「ここで霊験を受けるには、一人で来なきゃいけないんだとさ」
「え~」
不満を漏らす那由多くんに、ハルナさんは首を竦めた。
「御力を頂くには、それに相応しい才能の持ち主じゃないといけないということね」
「そうだね、少なくとも学校からここまで一人で来れるだけの実力がなければ、霊験はいただけないと言うことさ」
「じゃあなんでお参りに……」
「これからお世話になります、という挨拶かな」
鳥居を出て、おっさんは一度振り返った。
「日本の守り神でもあるんだから、一度ご挨拶しておいた方がいいだろうとね」
それから、またマッピングが始まった。
暗炎壁爆散の恐ろしさが伝わったのか、それともお参りしたハザマ山の御力なのか。モンスターはほとんど出てこなかった。出てきても慌てて逃げ出す。数に頼られたらまた那由多くんの魔法に頼るしかなかったけど、幸いそういう連中は鳴りを潜めてくれた。
お山様のおかげならば、感謝しなけりゃならないなあ。財布、持ってきてよかったよ。
「この辺りにゴブリンの住む洞窟が……あ」
おっさんが苦笑した。
「洞窟がどうしたって?」
「あれ、見て」
おっさんの差した先は、内側から木で固められたらしい洞窟が。
「内側から封鎖してあるよ」
「僕の魔法がそこまで怯えさせたか」
「かもね。あれはすごかった」
「一発で数十以上のモンスターが吹っ飛んだからなあ。そりゃ怯えもするわ」
「それに、根本的にこの辺りのモンスターは、装備で相手を見るからね」
ハルナさんは手斧を持って言った。
「ミスリル装備にあの爆散じゃ、多少でも知恵のあるモンスターなら近寄りたくはないでしょ」
オレの左肩にとまったオウルがまん丸くなった。
緊張感がないから敵襲ではない、と。
「どうした、オウル?」
「おともだち、いっぱいできたよ」
オウルのお友達は、と。
「……モンスターの死霊?」
「うん! おともだち!」
う~ん、それってオレたちが突いたり切ったり爆散したりしたモンスターの魂だよな?
殺した相手の言うことは聞かないと思うけど。
「いきたいひとは、いくところにみちつくった。のこりたいひとは、ぼくといっしょにいる」
「一緒にいる?」
「うん」
オウルはまた胸を張った。黒い石がきらりと光る。
「ああ、その石か」
「うん。ぼくのおともだちはこのなかにはいる。このなかでゆっくりやすんでる。ぼくがたすけてほしいときにここからでてきてたすけてくれる」
「確か、その石は破魔の石って言ってたっけ」
「うん。わるいことかんがえてても、なかでやすんでるとわるいことをかんがえなくなってくみたい。おもいおもりがはずれてって、おそらへいくこともできるみたい」
「破魔、浄化か。そりゃもう死霊使役者じゃないな。除霊師だ」
おっさんの言葉に、オウルは首を傾げた。
「じょれいし?」
「気の毒な霊魂を空に還してあげる人、かな」
「えへへ。じょれーし! じょれーし!」
だから可愛いけど顔の横で羽ばさばささせるなって、結構ビンタ並みの痛さが来るんだぞ。
「でも、おやかたがこういうのつくってくれたから、おともだちがおやすみできるばしょができたんだ。だからつくってくれたおやかたにとってもありがとうっていいたい」
「いい子だね、オウルくんは」
「いいこ! いいこ!」
だから痛いって。
でもそれを口に出したら「ならオウル君はもらい受ける」と三人に言われそうで、黙ってるけどさ。気付けオウル、オレの思いに。
「わかった」
ああよかった通じた、オウルはちょっと残念そうに羽根を閉じてくれた。御機嫌でまん丸のままだけど。
「おともだち、いっぱいふえても、このいしのなかだったらたくさんあつまれるし、たくさんいっしょにいられるし、たくさんらくになれる。ますたー、かえったら、おやかたのところいってもいい? もういっかいありがとうっていいたい!」
「おう、森のマッピングが終わったら行って来い」
「ありがとう!」
そしてオレは、三人がまったりとオウルに見入っているのに気付いた。
「……だから、オレのだからね。オレの使い魔だからね」
「みんなのオウル君!」
だから強調するなって! 最初ハルナさん反対してたじゃん! 死霊を連れて帰るってよくないんじゃ? 的な事言ってたじゃない!
もう全員オウルにメロメロだ。
オレ? オウルはオレのだから。間違いなく。
「今日はここで野営しましょうか」
小川の近くの更地で、ハルナさんが言った。
「昨日と同じじゃ何だし、当番を変えましょうか」
再びハルナさんはこよりでくじを作った。