第51話・「うらんでるひと」
オレを、恨んでいる人が、向こうに行った。
オレを恨んでいる人間がどれだけいても問題ないが、それがこっちの命を狙って来たら問題だ。そして、そうしようとしている誰かがいるのも、今のオレは知っている。
知っていても、そう告げられると、混乱するしかなかった。
「うらんでるひとって、あの鉱山で襲撃してきた?」
「うん」
「どうしてそれを先に言わないの!」
「だって」
ハルナさんの声に、オウルはまん丸のまま答えた。
「みんな、でもんず・うるふでたいへんそうだったから。いいおともだちができたから、なんとかおいかえせるかとおもって」
「そんな、危険な事」
「オウル。最初から話してくれないか? いつオレを恨んでるヤツに気付いた?」
「ますたーたちがくろいほのおにかこまれたとき」
オウルは膨らんだまま。まだ興奮してるってことだ。
「うえにいって、でもんず・うるふがいないのはわかったけど、おじさんのもってるくろす・ぼうみたいなのでますたーのあたまをねらってたのをみた。でもんず・うるふがおなかすいてますたーたちをたべようとしてるのにまぎれて、いやなかんじをけしてたから、きづけなかった」
オレは唾を飲み込んで、「それから」と話を促した。
「そのとき、でもんず・うるふのおなかすいたたましいがきたから、あのひとをたべちゃえってたのんだ。あのひとならいいって。そしてすこしちからをあげた。ほんのみじかいじかんだけ、たましいだけでもさわれるちから。それで、こわいひとをおいだしたの」
「無茶をしたねえ」
おっさんが歩いてきて、オウルの頭をいい子いい子した。
「だって、ますたーがあぶなかったから。みんなそれどころじゃなかったから」
「使い魔の五感は主と共有できるんじゃなかったか? なんでオウルのことに気付かなかった」
那由多くんの声に、オレは首を竦めた。
「ただの獣なら、五感を共有できる。でも、オウルは人間の魂が中に入っているから、ちょっと接続がおかしいって言うのか、お互いの考えが分からない時があるらしい。使い魔召喚の魔法の勉強の時に先生にそう聞いた」
「それで? 魔狼の魂はどうなったの?」
「けされた」
寂しそうに、オウルはぽつりと呟いた。
「あのひとがもっていたのも、みんなとおなじ、みすりるだった。でもんず・うるふのたましい、まっぷたつにされてきえちゃった。おなかいっぱいになったら、ちゃんといかなきゃいけないところにつれていってあげようっておもってたのに」
死霊使役者にとって、死霊や死体は操る対象だ。だけど、小さい時に死んでその力に目覚めたオウルには、無念を抱いた魂も、腹を減らした狼の魂も、みんな友達になる。オウルはよく「おともだちのちからをかりる」という言い方をする。操るのではなく、頼む。そして、望む者を逝くべき場所へ導く。
だから、勇者の使い魔として認められたんだろうって博は言ってたけど。
「相手が弩を持っていたなら、君は狙われなかったのかい?」
「ねらわれた」
全員、顔色が一斉に変わった。多分オレも真っ青になったと思う。
オウルは第三科の癒し系アイドルだ。落ち込んだ時とかに励ましてくれる。つたない言葉で一生懸命応援してくれるし、モフらせてくれる。オウルがいなかったら、オレたち、もうちょっとギスギスした集まりになっていたかもしれない。
その、オウルを。
大事なオウルを狙った、だと?
全員顔を見合わせ、そして南の方を向いた。
「ケガは、ないんだな」
「うん」
使い魔に憑依しているとはいえ、オウルは死霊だ。下手にミスリルの矢か浄化の光でも食らったら、どうなるか分からない。とりあえず怪我がないようだから安心したけど。
「相手は撃たなかったのか?」
「うったよ、でも」
オウルはまん丸いながらも必死で首を伸ばした。
黒い宝石をあしらった白銀の輪がきらりと光る。
「おやかたのつくってくれたこれがあったから」
工房のテ・スコー親方がオウルのために作ってくれた、破魔の力を秘めた首輪。
「このいしがね、ぼくのちからをつかってね、かべをつくってくれたの。だから、やはあたらなかった。うらんでるひとは、やをうったとたんに、にげていったから、おいかけられなかったけど」
「そんな無茶をする必要はない!」
おっさんが珍しく声を荒げた。
「君に何かあったら、私達は悲しいよ」
「よかった……本当によかった!」
ハルナさんがオウルの全身をもしゃもしゃに撫でまくった。
「もう無茶はしないでよ、そんなことであなたが消えちゃったりしたら、わたし、どうしたらいいか……!」
……オレの使い魔なんだが。
皆でモフモフして、オウルをもしゃもしゃにしてから、オレたちは再び焚火の周りに集まった。
「魔狼の襲撃に合わせて攻撃を仕掛けてくるだなんて」
ハルナさんは憤慨していた。オウルファンクラブを作ったら那由多くんと一番の座を争いそうなほど、普段クールなのにオウルに対しては熱狂的だ。
「あなた、何をそんなに恨まれたの」
「当人をとっ捕まえて聞いて見るほかないよ」
ようやく興奮はおさまったがみんなでモフったせいで羽毛がもしゃもしゃに毛羽立ったオウルを膝の上で整えながら、オレは肩を竦めるしかなかった。
「七年選手のニートに恨みを持つとすれば、ゲーム関係だけど……」
「だけど?」
「オレ別に動画上げてないしオンラインゲームでも正体は隠してたから、パソコンをハッキングするとかならともかくこんな直接的に来るヤツなんて思いも当たらない」
「直接的に来ないの?」
「朝の早から夜の遅まで延々ゲームやっているヤツに恨みを持つんなら、多分相手もゲーム廃人だ。それだけ行動力があってオレの居場所を突き止められるなら、オレが学校に入る前に行動に移してるだろ」
「事故に見せかけて殺すのは、この学校の方が都合がいいと思うが」
「それだったら入試の時に仕留めてるよ。おっさんと合流する前なら、オレはあっさり殺されてた」
「一応、先生には連絡を入れておくわよ」
ハルナさんがスマホを取り出した。
「え? 使ってもいいのか?」
那由多くんが目を丸くする。
「相変わらずちゃんと先生の話を聞いてないわね」
ハルナさんはあきれ果てた顔で言った。
「スマホの通信機能を使う場合は、自分たちではどうにもならなさそうな事態が起こった時。明らかに森にいないはずのモンスターが現れた時とか」
「魔狼は森にいない?」
「そうじゃなくて、神那岐君が狙われたことを報告しておかないと」
「あ、そ、そっか」
「全くもう……」
ハルナさんはスマホを取り出して電話をかけた。この深い森でも届く電波は、実はこの地に満ちる魔力を電波に変換したものだ、と博は言っていた。波であるのは魔力も電波も変わらないらしい。よくわからないけど。
「先生ですか? あの、実は」
ハルナさんが話している間に、何とかオウルの羽毛は元通りになった。モフりやすいというのも問題かもしれない。
「はい。分かりました。はい。では」
スマホを下ろして、ハルナさんは小さく溜め息をついた。
「安久都先生は何と言ってました?」
「わかった、って」
「わかった」
おっさんは難しい顔をした。
「わかった?」
「ええ」
「それだけ?」
「獣牙先生に連絡を取ったから、予定通り行動してって」
「命狙われてるのに続行しろって?!」
「いい機会だからって」
「機会って!!」
「忘れたの? わたしたちは、勇者を、目指してるのよ? 勇者は恨みを持たれる仕事なのよ?」
「……ゲームではそうだろうけど」
「現実に命を狙われることになるんだから、慣れておけって」
ふぅ、と息を吐いて、ハルナさんはおれたちを見た。
「わたしと土田さんで次の夜番するから、寝なさい」