第50話・突然の襲撃
時計の長針が12の位置を指したのを確認して、オレは伸びをした。
「話してると時間がたつのが早いな。もう三時間だ」
「あ……本当だ」
那由多くんも抜き打ちテストがあってから常に身につけていられる支給品は身につけるようにしたから、本気でまずいことがあっても大丈夫だろう。
……食量と毛布を忘れたのは驚きだけど。
「那由多くん、おっさん起こせ。オレハルナさん起こすから」
「うん」
モフっていたオウルを地面に置いて、頭から毛布をかぶっているおっさんの所に行く。オレもハルナさんの所へ行って。……。
ずん、と空気が重くなるような感覚を感じた。
なんだ、この「圧」は?!
獣か。モンスターか。それとも人間か。
「なんか、くる」
オウルが警告した。
「こわいもの、くるよ」
次の瞬間、寝ていたハルナさんが布団を跳ねのけて飛び起きた。
「何よ、この重圧」
低い声で呟きながら、枕元に置いてあった大剣を手に取る。
「おじさん、土田さん!」
那由多くんがおっさんを揺すって、おっさんは薄目を開けて、そして「圧」に気付いたんだろう、眼鏡をかけながら起き上がって弩に矢をセットする。
「相手はなんだい?」
おっさんに聞かれ、ハルナさんは唸る。
「分からない。でもこれだけの重圧を生み出せる敵となると、相当ね」
ハルナさんが「相当」というからにはかなりの強敵と言うことになる。
「オウル、分かる?」
「おなか、すいてる」
「そうじゃなくて」
「いや違う、それでいいんだ」
オウルの言葉をフォローしてやる。
「相手が空腹を感じてるって意味だ」
「そうなの。ごめんねオウル」
「ううん、いいよ。でも、おなかすいてるのが、いっぱい、こっちにむかってはしってくる。よつあし」
「野生動物か、獣類のモンスターか……」
ハルナさんは無限バックの中から取り出した松明を二本、巻いてある布の所に火をつけておっさんと那由多くんに渡した。
「何これ」
「獣や獣類モンスターは基本的に火に弱いわ。ここら辺はすぐに燃え移るものがないから、両手が必要な時は地面に落として。地面に落ちたくらいじゃ消えないから」
「確かに」
おっさんは弩を一旦おろし、松明を握った。
「襲ってこられるなら、弩を撃つより松明で鼻の頭を殴った方がダメージが大きいからね」
「魔法が必要な時はすぐ言ってくれ」
真剣な声で那由多くんは言った。
「いくつか使える魔法がある」
「助かる、頼む」
「分かった」
オウルが真っ直ぐ見ているのは、コンパスでは南の方向。
「くる、くるよ、すぐそこ!」
荒い息遣い、大地を蹴る音、生臭さ、それらが重なって「圧」になる。
「きた!」
オレは反射的に槍を突き出した。
「ギャンッ!」
鼻の頭から血飛沫を飛び散らせてよろける獣。
狼か?
いや、それは違う。オレは狼を直で見たことがないから狼の大きさは知らないけど、大型犬と呼ばれるアフガンハウンドやセントバーナードは見たことがあるけど、あれより二回りくらいは大きい。
「魔狼……」
「知ってるのかハルナさん!」
そんなデカいのが群れを成して襲ってきたからさあ大変。
幸い、焚火があるせいか一斉に突っ込んでは来られなかったけど、オレたちの周りをぐるぐる回りながら、こっちの統率が乱れるのを待ってやがる。
オレは槍を振り回し、ハルナさんは大剣を諦めて落とすと手斧と松明を両手に持って襲ってくるヤツらの鼻の頭に一撃を食らわせ続ける。
「魔狼ってなんだ!」
「森に棲む獣系モンスターの中じゃ最強クラスよ! 下手をしたら怪力オーガーより厄介かもしれない!」
鬼、とも呼ばれるオーガーよりも強いって何なんだ、ていうかそんな危ないのこの森にいたのか?!
「知能は!」
聞いたのはオレじゃなかった。
那由多くんだ。
「そうね、獣の中で頭はいい方だけど!」
「獣、そうだね?」
「ええ!」
那由多くんの呪文を呟く低い声が、魔狼たちの襲撃の合間を縫って聞こえてきた。
何か魔法があるのか? この事態を打開する魔法が?
「焚火の周りに集まって!」
那由多くんの声に、オレは槍を振り回しながら後退し、ハルナさんはバックステップで戻り、おっさ
んは松明で魔狼を脅しながら後退した。
「そこから動かないで! 闇の炎よ、我らを囲め! 暗炎壁!」
それは圧巻だった。
黒い炎が渦を巻いて現れ。オレたちの周りを囲みながら燃え盛る。黒い炎は熱を外側に向けながら、ぐるぐると壁になった。
「ぎゃん!」
それを無視して突っ込んできた魔狼が一匹、黒い炎に焼かれて悶えるのを、素早くハルナさんが仕留める。
「炎だ。光ってなくても熱は分かるだろう? どうする魔狼。この炎を無理やり超えれば焼け死ぬぞ?」
暗い炎の向こうで、低い、無念そうな唸り声がすると、足音が南に向かって去っていくのが分かった。
それでも。
「オウル、上から、他に何かいないか見てくれないか?」
オウルはこくんと頷くと。力強く翼をはためかせて黒い炎の壁の最上部に行った。
「だいじょうぶ。みんないなくなった」
「炎を消しても大丈夫そうかい?」
「うん、だいじょうぶだとおもう」
那由多くんは息をついて杖を下ろした。
途端に黒い炎が消え、夜の森の中焚火と持っている松明の灯りだけになった。
「何時の間にあんな魔法を覚えたんだい?」
おっさんに聞かれ、那由多くんは座り込みながら答えた。
「炎系の魔法は一つ覚えておくと便利だって言われて」
「普通の炎壁じゃダメだったのか?」
「僕は魔勇者だぞ」
「なるほどね、闇魔法で近いのがあったらそっち代用するのな」
「そうだ」
「でも獣を脅すにはやっぱり炎壁の方がいいわ」
「なんで」
「炎が生み出すのは光と熱で、獣はその両方を恐れるから。暗炎壁は光がないから……」
しゅん、と落ち込んだ那由多くんに、しかしハルナさんはこう続けた。
「でも魔狼が賢いから助かったわ。この中に飛び込めば生きて戻れないという脅しになったもの。ありがとう、流君」
「全くだ、私も腕の一本食われるんじゃないかと思ったが、那由多君のおかげで助かったよ」
「うん。本当にありがとう」
オレが最後に言うと、那由多くんは全員の顔を見て、嘘をついていないと分かって、そして。
「えへへ」
と、照れたように笑って。
「あれ……」
と辺りを見回した。
「オウルは?」
その時、南の方の空からバサバサっと翼の音が聞こえた。
闇に慣れた目には、首に銀の輪をつけたフクロウに見える。オウルで間違いない。
でもなんであんなにまん丸くなってるんだ?
オウルがまん丸くなる……羽毛を膨らませるのには、両極端な理由がある。
満足している時と、警戒している時だ。
何があった?
降りてきたオウルに、オレは左腕を差し出す。
オウルはオレの腕にとまり、180度回る首で南を見て、頷いた。
「何かあったか?」
「うん、ますたー、だいじょうぶ。いちばんこわいの、むこういった」
「……え?」
「ますたーのことをうらんでいたひとは、にげていったから」