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第49話・夜に話そう

 くじ引きの結果、一番目はオレと那由多くんになった。


「じゃあわたしたちは寝るから」


「お休み」


「ぼくは起きてるよ?」


「寝なくて大丈夫か?」


 オウルはオレの左肩にいる。


「ますたーがおきてるあいだはおきてるよ」


「そっか」



 ……それから三十分ほど。


「本当に徹夜に強いのか?」


「ゲームで最高五徹した。その後三日は起きなかったけど」


「……本当にニートのゲーマーだな」


「中二病に言われたくない」


 第一ここ一年は求職と訓練校で、それまでの三分の一以下しかゲームできてなかったし。


「中二病というがな」


 那由多くんは不愉快そうに言った。


「僕を何歳だと思ってるんだ」


「最低でも十八以上なのはわかってるよ」


「……千四百歳だ」


「設定な」


「本当に千四百歳だ!」


「うるさい」


 オレは持参の毛布にくるまって丸くなっているハルナさんと、頭から毛布をかぶっているおっさんを見た。


「安眠妨害だ」


「…………」


 那由多くんは膨れ上がって、太い木の枝で薪を突っついた。パチン、と枝が爆ぜる。


「……お前は一体何でこの訓練校に来たんだよ」


「オレが七年ゲームニートやってたってのは知ってんだろ」


「ああ」


「一年以内に就職しないとコレクション売り払われたうえで追い出されるって言われたんだ」


「コレクション?」


「ゲーム、ソフト、マンガ、小説、DVD、その他色々」


「安いな」


「悪いか。お前はなんだよ、確か元素マテリアルを捨てられると言ってたっけ?」


「……よく覚えているな」


元素マテリアルって言ってたけど、具体的には何なんだ」


「闇烏の風切り羽根、死者の眠る土、魂秘めたる水晶球、全てを記憶する杖、温もり保ちたる筒……」


「……悪い、カラスの羽根に墓場の土にきれいなビー玉に、……もしかしてUSBメモリと保温ポット?」


「…………」


「……なあ、途中から家電とかに走ってなかったか?」


「…………」


 ……当たりだったらしい。


 顔を膝の間に埋めてしまった那由多くん。


「……元素マテリアルを手に入れて、何をするつもりだったんだ?」


「闇の世界に帰りたかったんだ」


 顔を見せないまま、ポツリと那由多くんは呟いた。


「闇の世界?」


「僕が認められる世界。僕がいていい場所。僕に誇りをくれるエリア」


「……あー……」


 そんなもんだ。


 中二の頃は、みんなオンリーワンの自分を認めてもらいたくて、自分の作った世界に行ってしまう。自分が一番。自分が天才。自分が万能。


 覚えがあるのは、孤独なヤツほどそんな世界に行ってしまうこと。


 誰にも認められないヤツほど、頭の中の世界に入っていってしまう。


 大体はそんな自分と折り合いをつけて、心の中に世界を残したまま大人になっていくけど、那由多くんは心の中の世界に現実が侵食されている。もちろん、自分の頭の中の世界が存在しないのは分かっているけど、一縷の希望を持ってしまっているんだ。自分が認められる世界に行けるって望みを。


 行けるなら行きたいと。


 だから、手近にあるものに望みを託す。


 もしかしたら、カギなのかも知れないと。自分の世界に行ける可能性があるのかも、と。


 オレはその世界をゲームに変えてしまい、ゲームをし続けて異世界に滞在していたけど、現実という世界が外にあるのは自覚してた。面倒だから出なかっただけで、出ようと思えば出られる世界だった。


 那由多君にとっては、それは息吹を感じられるほどにリアルな世界なんだ。例えばタンスの向こうとか、引き出しの中から行けてしまうように。


 だから、元素マテリアルと思えるものを手離すことを恐れる。


「この世界は、嫌いか?」


「嫌いだ。誰も僕を認めない。親も僕を認めない」


「まあな。オレもクソだと思ってるよ」


 那由多くんは顔を上げた。涙で潤んだ目でこちらを見る。


 オレはオウルを膝から降ろし、モフりながら頷いた。


「ゲーム世界で生きていけるもんなら一生だって生きてたい。それを捨てられるって言うから求職したんだよ」


「そう、なのか?」


「ゲームの世界なら誰もできないようなことができるからな。オレゲーム上手かったし、アイムナンバーワンって叫んでも誰も文句言わなかったし」


「……ん」


「その世界に行く手段がなくなったら、ってのは、家を追い出されたら、よりも怖かった。現実世界はイベントもミッションもないし」


「…………ん」


「だからオレは必死で求職したし、訓練校に飛び込んだ。寮にコレクションも全部送ったし。現実は面白くなかった。この学校に来るまではな」


「え?」


「この学校、面白くないか?」


「……分からない」


「魔法は使える。不思議なアイテムを持っている。ミッションがあってクエストがあって、多分お前の頭の中にある世界に近いものがあるだろ」


「近いけど、違う」


「一番じゃないから?」


「……うん」


「でも、世界を共有してくれるヤツはいるだろ?」


「……え」


「オレがゲームを好きなのは、同じ世界の話題で現実で盛り上がったり落ち込んだりできるからだ。そう、みんなでってとこが重要」


「僕は、僕だけの世界がいい」


「だけど、同じダンジョンの情報を共有したり、あいつがクリアする前にオレがクリアするって対抗意識燃やしたり。そう言うのが楽しいんだよ」


「……そういう相手、いなかったから」


「あるだろ、相手も世界も、今」


 すがるようにオレを見てくる那由多くんに、オレは視線を合わせるのも恥ずかしい気がしてオウルの首筋をモフりながら言った。


「この狭間訓練校は空想でもゲームでもない現実で、オレたちは魔法を使えるし武器も使えるしマジックアイテムまで持ってる。そして、今、モンスターの襲撃を警戒して、こうして二人で起きてるじゃないか」


「でも……」


「ほれ」


 オレはオウルを持ち上げて、那由多くんに向けて放った。


「うわ」


 那由多くんは慌ててオウルを受け止める。


「そいつは使い魔で、中身は死霊で、でも可愛いオウルくんだ。そいつも現実にいるんだぞ?」


「……うん」


「それに、今は山の中で野営してるだろ? 十分現実離れした現実じゃないか。それに午前中のバネザルの襲撃だって、お前の魔法一発で動き止めたじゃないか。それは間違いなくお前のおかげで、下手したらバネザルにオウルが食われてたんだぞ?」


「おれいわすれてたね。ありがとうなゆたおにーちゃん」


 那由多くんはオウルを持ち上げて、自分の顔の前にあげた。


 細い足をちたぱたさせて羽根を広げているオウルを見て、モフモフといじって、ぎゅっと抱き締めた。


「この世界が現実でいいのかな」


 怯えるように呟いた言葉。


「本当に、こんな世界が現実でいいのかな」


「現実だよ。少なくとも一年間はこれが現実だ」


「そう……そうか」


 那由多くんは全身でオウルをモフりながら言った。


「ぼくがこの世界にいていいのかな。ハルナさんみたいに役に立たなくても?」


「そうだよ。第一、お前の魔法は今のところ一番頼りなんだし、地図だって描いてくれてるじゃないか」


「うん……」


那由多くんはもみくちゃにしたオウルに頬ずりした。


「そうだね……」

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