第48話.・はじめての野営
「ところで、食事は持って来てあるの?」
「食事?」
ハルナさんは那由多くんの返事に思わず頭を抱えた。
そりゃあ……なあ……。野外活動するのに食料品持ってこないってのはあり得ないからなあ……。
「私は簡易携帯食を五日分ほど持って来てあるよ」
「多いのね」
「若い頃鉱石を集めてたって言ったろう? 一人で鉱石のある場所に行く時は、道に迷ったりしたときのために簡単に食べられるお菓子や食事を多めに持って行け、というのが常識だからね」
「ちなみに聞くけど、あなたは」
「四人と一羽分一週間ほど」
ハルナさんは溜め息をつき、那由多くんは目を輝かせた。
「無限ポーチがなかったらあなた、潰れてたわよ」
「うん、本気で無限ポーチの材料探さないといけないとは思ってる」
「毛布は?」
「もうふ?」
那由多くんの声に、最初に言っておくべきだったという顔でハルナさんは言った。
「野営するには常識よ。マントと毛布で暖を取る」
「このマントじゃ、まずい、か?」
「ヤサ絹を使ってたって言うなら大丈夫だと思うけど」
ヤサ絹。確かミスリル衣服鎧の材料の一つだったはず。魔法を帯びた絹糸だって言うけど。
オレの疑問に相変わらずハルナさんはきびきびと答えてくれる。
「ヤサ絹が最高級品なのは、保温撥水効果が高いって言うのもあるわ。マント一枚で十分毛布の代わりになるって」
「へえ」
「じゃ、じゃあ、これで、僕は、大丈夫」
胸をなでおろしている那由多くん。
「分かったらちゃんとマップを書いて」
「……はい」
目立つ目印の自然物などを書きながら、てくてくてくてく歩いていく。
意外に役立ったのが、ハルナさんの個人所有と、オレが借りて腰に吊るしてきた手斧だった。
山の中、結構茂みや藪も多く、迂回するには範囲が広すぎるということもある。
そんな時、手斧でオレとハルナさんが薙ぎ払いながら無理やり直進するのだ。力技だけど一番手っ取り早い。
「もうすぐやぶをぬけるよ」
オウルが教えてくれて、もう少しだと薙ぎ払う。
そして、一日目の探索が終了した。
ハルナさんが言った通り、そこそこの広場に辿り着いたのは十六時半くらい。それから薪になりそうな木を集め、ハルナさんが持ってきた携帯用着火装置で火をつけて、座って一息ついたのは陽が暮れかかる頃だった。
オレたちは焚火を囲んで、携帯食を食べることにした。
「風岡さんがいてよかったよ」
おっさんがしみじみという。
「アウトドアに詳しい人間がいなかったら、今頃どうなっていたことやら」
「少なくとも、薪も焚けなかったな」
「ふん……闇の眷属に炎は無用」
「なら食も無用だなオレの持ってきた食い物返せ」
「ごめんなさいすいません僕の分までありがとうございます」
携帯食はお世辞にも美味しいとは言えなかったけど、誰も文句は言わなかった。
食事の話をしていた時、ハルナさんが言ったからだ。
「それだけあるなら、狩りはしなくても良さそうね」
「狩り?」
「これだけの森だったらウサギもいるだろうし、クロスボウがあれば鳥も狙える。近くの川で魚を釣ることだってできるし、山菜や果物だって」
「すいません、捌けません」
オレは即白旗を挙げた。
「ていうか風岡さん、ウサギや鳥を捌けるのかい?」
「野営の基本は父に叩き込まれたから、手斧と短剣があれば大体の生き物は獲れるし捌けるし調理できる」
「……すごいねえ」
「野蛮だな」
自分がその上に立っていると言いたげな那由多くんの言葉に、ハルナさんは冷たく返した。
「じゃああなたはこれから水だけで生きてちょうだい。肉と魚と植物以外で口にできるのはそれだけだから」
「……え」
「今まで自分が何を食べてきたのかよく考えなさい。スーパーで加工されて売られているものは、何処かの誰かが加工してくれたものなのよ。それを食べながら生命を奪って食することが野蛮というなら、あなたは水しか飲む資格がない」
「…………」
那由多くんは完璧に反論を封じられ。
「……ごめんなさい二度と言いません」
と半べそで頭を下げた。
「植物なら採れるかもだけど」
「知識のない内はやめておいた方がいいわ。有毒かも知れない」
「あ、そうか」
毒キノコで食中毒とか、時々聞くもんな。
「って、フグとか毒蛇とかはどうなんだ?」
「専門家に任せるべきね」
ハルナさんはあっさりと返す。
「例えば獣牙先生のような」
「あの先生、あんまり存在感を感じないけど、一体どんな勇者なんだい?」
「野伏よ」
そして、食事に至ったわけだが。
「野伏って何だい?」
ゲームとかを知らないおっさんの食べながらの質問に、水気のない乾燥食品を水でもどして口に運びながらオレは説明する。
「クラス……って言っても分かんないか。冒険者の職業の一種で、自然の専門家」
「まあまあね、75点」
「ありがとうございます」
「野伏は自然を利用して生きているの。例えば獣を狩り、捌き、毛皮や内臓や肉に分けて売ったりする。と言っても自然を食い物にしているわけじゃない。自然と一体化し、自然の中にあるものを使って生きる。だから動植物に詳しいし、気配を消したり逆に感付いたりするのも得意よ。もっとも自然のない所に行ってしまえば何も出来なくなるわけだけど。獣牙先生はいつもこの森で、森のモンスターたちが暴れ出したり、学校を抜け出そうとする生徒を捕まえたりしている。この森の専門家で、学校で使ってる革製品の大半も、獣牙先生のお手柄よ」
「あんなほそっこいのに、すげーんだな、獣牙先生」
「この森であの人を敵に回したら、死ぬわね」
ハルナさんのあっさりと言い切った言葉に、那由多くんは青ざめて辺りを見回した。
「無理無理。森の中で獣牙先生に気付くなんて、金塊の中からコインを一枚見つけ出す以上に難しいわ。今の流君の魔法でも無理よ」
「ぼくならわかるよ? たぶん」
それまで黙って干し肉をかじっていたオウルが口を挟んだ。
「分かるの、オウル?」
「その、じゅうがせんせいが、ますたーをころそうとしてたなら。どれだけけはいをけしても、それだけはきづく」
「そうね、あなたは神那岐君の使い魔だものね。そしてフクロウに宿っているんだから、気配も感じられるわね」
ハルナさんはにっこりと笑みをオウルに送った。
「へへ」
オウルは右足で肉の塊を押さえつけ、力づくで引きちぎって、干し肉の筋をくわえながら得意げに笑った。
「さて、食べ終わったら交代で寝るんだけど」
「え、もう寝るのか?」
那由多くんが目を丸くした。
「夜が始まったばかりだぞ!」
「いつもの半分しか眠れないんだけど?」
「う」
「四人だから、二人ずつ交代で起きていましょう。今から、そうね……」
ハルナさんは腕時計を見た。
「三時間ずつ四交代。大丈夫?」
「あーだいじょぶだいじょぶ。ニート時代完徹よくあることだから」
「仕事の忙しい時期は残業したもんだよ」
「……仕方ない」
ハルナさんは持っていたハンドティッシュでこよりを四本作り、うち二つに黒い印をつけた。
「黒い印が一回目の番、三回目。白いのが二回目と四番目。いいわね?」
「OKOK」
オレたちはくじを引いた。